第1話 依頼人
「だから、今すぐダンジョンに潜らないといけないの!」
レアドロップ品の買い取りを終えた俺が冒険者ギルドの階段を降りていると、突然大声が聞こえてきて、思わず足を止めた。
「ですから、今案内人は出払っていて、いますぐ出られる方がいないんです」
「そこをどうにかして欲しいって言ってるのよ! 三日以内に第五階層を踏破しなきゃいけないの! 誰でもいい! この際、案内人じゃなくても、冒険者でも何でもいいから!」
受付嬢のアメリアの困った声と、それに食い下がる声。
ダンジョンの第五階層までなら、今からでも二日後の夕方には余裕で戻って来られるだろう。
第五階層まで行くのに案内人を要するということは、初級者ということだ。下手したら潜るのが初めての初心者だという可能性もある。というか、その可能性の方が高い。
そんなヒヨッコの相手は御免だ。
関わり合いになりたくないと思った俺は、そっと二階へと戻ろうとした。
足音を立てないようにしたつもりだったが、古い階段は、ぎしっと音を立ててしまう。
不幸なことに、ちょうど二人が黙っていたタイミングで、他の客も二人のやり取りを見ていて話し声はなく、その音は静かなギルド内に不自然なほど響いた。
アメリアがこちらを見て、ぱっと顔を明るくした。
「クロトさん!」
うわぁ。
「この方たちを案内してくれませんか?」
「断る」
見つかってしまった俺は、首を振りながら階段を降りた。
受付の前にいるのは、柔らかい顔つきのアメリアとは対照的に、眉を吊り上げている女。
赤い髪をポニーテールにして、金色の金属鎧をつけ、背中には赤いマントをつけている。腰に佩いているのは女には似合わない武骨な両手剣だった。
じろじろと不躾な視線を向けて来る。
「あんたが案内人? 冗談でしょ」
はっ、と鼻で笑う女。
「レナさん、初対面の方にそういう態度は良くありませんわ」
たしなめたのは、太腿までの白い服を着た波打つ金のロングヘアの女だった。胸のふくらみで服がぱつんぱつんになっている。履いているのは白いニーソックスだ。背丈ほどの杖を持っているから、魔法使いなのだろう。
その後ろに隠れるようにしているのは、小柄な女。長袖のTシャツと短パンを履いている。青い髪の上から二つの耳がのぞいていた。獣人だ。両手につけた籠手としっかりとしたブーツを履いている所から見ると、近接肉弾戦タイプか。
「クロトさんの管轄でないのはわかっています。ですが、他に頼める方がいないんです」
眉をへの字にして困り果てているアメリア。
「戻ってきたばかりで疲れてるんだ。今日と明日は休むと決めた」
ごきり、と首を鳴らし、肩をぐるぐると回す。
まだ日が傾いたばかりだが、ぼちぼち酒屋も開くだろう。懐も潤ったことだし、一杯飲みながら美味い物でも食おう。保存食ばかりの食事には飽きた。
アメリアには悪いが、俺は休みを重視する質だ。
今回のは楽勝の依頼だったから本当は疲労はないが、酒と飯の誘惑の前には勝てない。
じゃ、と片手を上げてギルドの出入り口の方へと足を踏み出す。
「クロトさん、待って下さい! このままだと――」
ギルドを出ようとしたその時、ごつい鎧と青いマントをつけたがっしりとした体つきの男が入ってきた。
「よぉ、クロトじゃないか」
「アラン……」
会いたくない男に会ってしまった。
「また善良な冒険者からぼったくったそうだな。――ああ、すまん、正当な報酬だったか」
せせら笑うように言うアラン。
俺は無視してその横を通り過ぎようとする。
「何か言えよ」
アランが突然胸倉をつかんできた。
俺はアランを無表情で見返した。
その態度が気に入らなかったのだろう、アランの目つきが鋭くなる。
めんどくせぇ……。
「アランさん、ここでもめ事はやめて下さい!」
止めたのはアメリアだった。
「ちょっとじゃれてただけだ」
手を離したアランは、アメリアにわざとらしく肩をすくめてみせる。
「お、こりゃあ、可愛いお嬢さん方。案内人をお探しかな?」
「いいえこの方たちは――」
「そうよ」
アメリアが否定しようとするが、腕を組んでアランを見上げたレナが肯定した。
「目的はどこまでだ?」
「二日後までに第五階層よ」
「すぐだな。俺が連れてってやろうか?」
「あんた、強いの?」
「ははっ。強いのかって? 俺は上級者だ」
アランが首にかかった細いチェーンを引っぱり、首元から金属のタグを取り出すと、レナが目を見開いた。そのプレートは金色に光っていた。
一緒にいる白い魔法使いと猫耳も驚いている。
「ゴールド……第二十階層踏破者……」
ぽつり、とレナが呟く。
「なら不足はないわね! お姉さん、この人にするわ。契約をしてちょうだい」
「え、でも……」
無作法にびしっとアランを指差したレナに言われたアメリアは、目に見えてうろたえた。ちらちらと俺の方を見てくる。
アランがにやりと下卑た笑みを浮かべた。その目が白い魔法使いの体を舐め回すように見ている。
はぁ、と俺は嘆息した。酒はまだお預けのようだ。