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クラウド  作者: マダラ
2/5

武闘大会 ①

 大陸アースガルド。

 この大陸に王都カナンはある。

 王都カナンは王城と貴族達の居住地である中央区を中心に五角形をしており、居住区を含め十五もの区に分かれている。

 その区の中の一つである学園区は、数多くこれからの王国を背負って立つ若い世代を輩出するだけあって、王都の中心部付近にあり、学術のみならず、王国を守護するための騎士や、武芸者の育成も行っていた。


 クラウドという青年も学園に通う内の一人であった。

 もっとも、彼の場合は少し、いやかなり特殊ではあったが。

 というのも、彼の場合は『通っている』のではなく、『通わされている』からだ。

 この学園というものは、お金を出せば誰でも入学できる訳ではない。

 学生とは、今後国政や軍を筆頭に国を担っていくことを前提としたエリート達のことだ。

 そのため、厳しい試験や人格審査を経て合格した、いわば国中から選ばれた少数精鋭とも言える。

 まあ、生徒数は全体で六百人程いるので人数自体では少数と言えないが、それでも王都全体の人口で考えるとかなりの少数になるだろう。

 この学園には自発的に入学するのだから当然生徒達の意識も高く、常に何事にも意欲的に取り組み、卒業後はより良い待遇や役職を目指している者達ばかりであり、学園卒業者というだけでも順当にいけば将来高官を約束されているようなものだった。

 なので、通いたくても通えない人達の方が圧倒的に多い中、クラウドという青年は非常に異色で、尚且つ不真面目であった。


 どうでもいいことだが、そのクラウドには年中通しての幾つかの悩みがあった。

 今日はその内の一つである、『人は生きていくのが何て面倒な生き物なんだろう』ということについて考えていた。


 「人って面倒臭いよなぁ…」

 そこは立入禁止になっている学園の屋上であり、しかも今は授業中ということもあって周りには誰もいない。

 入学試験不合格者や、元から通うことができないその他大勢の者達から見れば、クラウドのこの振る舞いは業腹もいいところであろう。

 だが、本人はそんな事は他所に、誰もいないのをいいことに盛大に寝転がり、呟きとは言い難い大きさの声が独り言を続けて漏らしていた。

 「だってさあ、生きるためには飯を食わなきゃいけないクセに、そのためには金が必要なんだぜ?

金のためには働かなきゃいけないし、飯を食ったら食ったで、それだけ身体から出さなきゃいけないしさぁ。

お前はいいよなぁ…。プカプカ浮いてるだけで…」

 とこの場には自分一人しかいないのに誰かに問い掛けるように独り言を言っていた。

 おそらく、空に佇む雲に話し掛けているのであろう。

 天気の良い日は、こうして空を見ながらぼーっとしたり、昼寝するのが好きだった。

 はたから見ているとのんびりとした休日の一時に見えてしまいそうなのだが、いかんせん今は授業中なのだ。

 学生として将来を心配させる光景なだけでなく、今後国を担う事を確定している学園生徒としてはあるまじき言動であった。

 「あぁ〜、いっそのこと人生やめて雲にでもなれたらなぁ」

 と、寝返りをうつと馬の尻尾のように伸ばしている裾髪が陽射しの中に舞、キラキラと輝いた。

 やはり、雲に話し掛けていたようだ。

 このクラウドという青年の容貌は燃えるような緋の髪に同じような緋色の瞳をしており、目鼻立ちも整ってはいるが、気怠そうに力の入っていないせいで少し垂れている瞳が更に細く垂れて魅力を半減させている。

 だが、本人の知らないところでは、一部の人に笑った顔は優しそうで可愛いという評判もあった。

 あまりの陽気に気持ち良くなり、眠りに入ろうと更に寝返りをすると、ふいに人影がクラウドと重なった。

 「あらあら、クラウドさん。授業にも出席しないで楽しそうでなによりですこと」

 クラウドは聞き覚えのある女性の声にギクリと言動を止めて引き攣った顔で人影の方を見上げた。

 寝転がっていたため、声の主が履いていた制服のスカートを覗き込む形になり、形のいい綺麗な脚を眺めるには絶好なアングルになったのは、不幸中のささやかな幸いだった。

 「いいですわよねぇ。他の生徒は勉学や訓練に勤しんでいる中、お昼寝ですかぁ。ああ、うらやましいですわ。」

 少女は言いながら、わざとか脚を少し開いて片脚に体重を片寄らせる。

 更に絶景なアングルになり、後で誰かに自慢してやろうとすら考えてしまった程だが、よくよく考えてみるとこの学園には友達と呼べるものは極僅かしかいないことを思い出した。

 この不真面目な青年は、真面目で堅物の集団である学園内において、先生・生徒共に嫌われ者であった。

 この少女とリオンという親友を除いてだが。

 「や、やあ、ミリアリア…」

 …平然な声で言えたと思う。

 ミリアリアと呼ばれた少女は肩と背中の間くらいまで伸ばした綺麗な金髪に翡翠如く宝石のような瞳をしており、整った美しい目鼻立ちを更に美しく引き立てていた。

 「何か用か…?」

 「…あんた、本気で言ってんの?」

怖ず怖ずと尋ねるクラウドの言葉にため息混じりに問い返す。

綺麗なソプラノの音声に明らかな不機嫌さが混じっている。

クラウドは少し考えるが、全く思い当たるふしがない。

 その間も視線は太腿部からは外さない。

 「なんだっけ?」

 「散々言ってたでしょ!今日、この時間空けといてって!」

 「言ってたっけ?」

 「言ってたわよ!昨日もメールしたし!」

 「何、もしかして、愛の告白…」

 「んなわけないでしょう!ってかメール見てないの!?」

 「いや…うん」

 ミリアリアは額に青筋を立て、大袈裟ではないかと思うくらい大仰的にはぁ〜っ…とため息を吐き出す。

 そのため息からは何か邪悪なモノが吐き出されたかのように、静かにミリアリアの気配が怒りに染まり、限度を通り越したのかいきなり小さく笑い出した。

 「ふふふっ。もういいわ。あんたに期待したのが間違いだったのよ」

 「ミ、ミリアリア?」

 「うふふっ。そうよ。みんな、あんたが悪いのよ。私に期待させたことも、あんたが私の知る中で一番馬鹿なのも、私に手紙を出してくるのが異性からよりも同性の方が圧倒的に多くて『お姉サマと呼ばせて下さい』って可愛い字で綴られてくる内容ばっっっかりなのも!…みんな、あんたが悪いのよ!」

 「前の二つはともかく、最後のヤツは関係ねぇだろ」

 「うるさい!」

そう言うと、ミリアリアの表情が急に冷ややかになり、

 「何か言うことは?」

「はぁ?」

 「何か言い残すことは!?」

イキナリ遺言ですか!?っとクラウドは太腿に向けていた視線を変え、ミリアリアに目で訴える。

 何とか怒りを鎮めようと考えるが、何も思い付かない。

 ちなみに、クラウドの態勢はまだ寝転がっているままだ。

 クラウドはいい加減、眠気も取れたので起き上がろうとすると

ひゅるる〜

っと風が吹く。

 ミリアリアのスカートが風でほんの少しだがフワリと浮くが、クラウドのアングルからは充分だった。

 「…水色、似合ってんな」

 そのこの場には不適切で、正に遺言にもなりかねない発言に、ミリアリアはみるみる内に恥じらいからか更なる怒りからか、はたまたその両方からか頬を紅潮させ、下着に全くチラリズムを感じせないぐらいまで、クラウドの頭の真後ろに近付いた途端、

 「そのまま死ねっ!」

 と、クラウドの顔面を踏み抜こうと凄まじい勢いで叱声と靴の裏が襲い掛かって来たのだった。







※※※※※※※※※




 「言っとくけど、悪いのはあんただからね」

 「……」

ミリアリアの言葉にクラウドは答えない。

 チョンチョンとクラウドの鼻辺りを綿でつつく。

 「そもそも、女性との約束を破るのがイケないのよ」

 「……」

 「それに、人と話す時は瞳を見て話すべきでしょ」

「……」

 クラウドは何も答えない。

チョンチョンと湿った綿はクラウドの顔をつつく。

 その綿からは消毒液独特のアルコール臭がするだけでなく、部屋全体からも病院の診察室と同じような臭いがする。

「そ、そうだわ。瞳を見るだけじゃなくて、姿勢も正さなくちゃ相手に対して失礼ってもんよ。」

「……」

クラウドの無言のプレッシャーにミリアリアも焦ったのか、少しばかり冷や汗をかき始めていた。

 「えぇ…っと、だからそのぉ〜…。えへっ。ドンマイっ」

「『ドンマイ』じゃねぇ!」

やっと口を開いたクラウドは顔をしかめながら怒鳴る。

というよりツッコミを入れる。

その顔は元の二倍はあるのではなかろうかというくらい腫れ上がっており、その中心には今まさに『でんっ』と大きめのガーゼが貼られたため、顔の半分ぐらいは隠れてしまった。

ここは保健室。

 あの後、顔を踏み抜かれたクラウドの鼻血が止まらなくなったため治療しに二人は来てたのだが、保険医がいないためミリアリアが代わりに手当てしていた。

 「しかも『えへっ』とか可愛いくねぇんだよ!」

「なっ!聞き捨てならないわ!これでも毎日のように手紙は貰っているのよ!」

「圧倒的に同性の方が多いけどな」

「な、ななっ!何でそれを!」

「お前が俺の顔を踏ん付ける時に自分でそう言ったんだろうが!」

「あうっ…」

わざと説明口調で言ってやると、ミリアリアは自分の行いを思い出したのか、目を伏せて俯く。

「しかも人の顔をこんなになるまで殴り回しやがって」

「それはあんたが悪いんでしょう!?」

伏せていた顔を上げながら抗議したミリアリアの真意を感じ取り、クラウドは人の悪い笑いでニヤリと口元を引き上げる。

「まぁ、可愛いと思うぜ?グレパンダ」

「……っ!」

言われた言葉にミリアリアは更に赤面し、耳まで真っ赤にしている。

今度は恥ずかしさのあまり声にならなかったようだ。

 グレパンダとは、リーゼントをしたパンダがサングラスを掛けて煙草を片手に持ってヤンキー座りをしているという、何ともデザイナーのセンスを疑いたくなるような微妙なキャラクターだ。

 ミリアリアはそのグレパンダどゴリックマというゴリラとクマとが入り混ざったまたまた微妙なキャラクターが好きだった。

 そしてその大好きなキャラクターの一つがばれてしまったのは、先程の屋上でのことだった。




「ちょっ、落ち着ついて下さい、ミリアリアさん!?」

屋上でイキナリ顔面を踏み抜かれたクラウドはミリアリアのあまりの剣幕に思わず口調が変わってしまっていた。

立ち上がって怯んでいるクラウド。

その顔には焦りと、…血がダラダラと垂れていた。

その必死な宥めようとする姿か、一発お見舞いしたせいかミリアリアはクラウドが思っているよりも、ずっと平静になっていた。

 「はぁ…。とりあえず保健室に行くわよ。そんな汚くてみっともない顔じゃ何処にも行けないしね」

「誰のせいだよ!」

「あんたよ」

しれっとそう言ってミリアリアはティッシュをクラウドに手渡す。

 そのティッシュを調度良いサイズにちぎり鼻に詰め込む。

 ティッシュからは持ち主と同じ匂いがした。

 これをミリアリアを想い募らせている奴に幾らで売れるだろうかと考えながら息を大きく香りを吸い込もうとして、自分が何故鼻にティッシュを詰めていたか思い出す。

 ミリアリアはこの場所を後にしようと振り返り、クラウドもブツクサと文句を言いながら、仕方なしに後に続く。

俯いて歩き出したので、視線は自然とミリアリアの足元へといく。

「まったく、覗きなんて最低よ。恥を知りなさい。恥を」

「おいおい、見られるのは嫌なクセに、見せるのは良いのかよ」

「見せてないわよ!」

「じゃあ、スカートで人の頭の後ろに立つなよ」

「見たの!?」

言いながらミリアリアは振り返り、クラウドに詰め寄る。

「見たんじゃない、見えたんだ。そもそも、あの状況で男に見るなって言う方が無理だろ」

クラウドは面倒臭そうにシッシッと手を振ってミリアリアを促す。

ミリアリアは不満げに促されたまま出口へと向き直ったが、

そこへ…

ヒュウゥ〜

っと突風が吹き、再度スカートを揺らつかせる、というか今度は下から吹き上げたように豪快にめくり上がらせた。

クラウドは先程自分で言った通り、目線は反射的にそちらの方へ向く。

その先にあったものは予想外のものがあり、思わず口から零れる。

「…グレパンダ」

その独り言にミリアリアは異常に反応し、先程の倍ぐらいの赤面になるばかりでなく、目に涙を溜めながらも姿が霞む身のこなしでクラウドに右フックを見舞ったのだった。






※※※※※※※※※


 「だからってマウントまで取ることはないだろう!?」

そうなのだ。

ミリアリアは右フックを打ち込んだ後、倒れたクラウドに馬乗りになり、彼が気絶するまで殴ったのだった。

「何が『記憶をなくして〜!』だ!。

記憶なくす前に命なくすわ!」

「あははっ!それおもしろいわね」

「面白くねぇよ!」

クラウドは歳柄もなく泣きそうだった。

なんでこんな凶暴女が人気あるんだと思う。

しかし普段のミリアリアは凜とした態度をしており、優しく面倒見が良いだけでなく弱い者を護り、実際そういう場面で立ち向かっている姿を見たことがある。

容姿も申し分ない。

というよりもクラウドからしてもタイプの部類に入っている。

遠目から見ているだで自分にもまともな恋愛感情というものが備わっていたのなら、その他大勢のように密に好意を募らせていたかもしれない。

だが、クラウドという人間は今まで異性を好きになったことはなかった。

 というより必要な感情を感知する能力に欠けている感じだ。

あえて挙げるなら、自分の妹と親友の姉妹、そして目の前に佇んでいる、この凶悪女ぐらいだ。

 だが、クラウドにとってはそこに恋愛感情はなかった。

 よく聞く言葉を使うならば鈍感。

 誤解を招く言い方にすれば異性に興味がなかった。

 だから、よく友人同士で話すような、所謂『恋バナ』というものに共感は持てない。

もっとも、友人や気の許せる相手が極僅かなため、話すことはなかったが。

先程まではだんまりだったクラウドが良く喋るようになったことで安心して調子を取り戻したのか、ミリアリアは饒舌になってきた。

「ま、私の下着を見れたことに感謝なさい」

「しねぇーよ!ってか年頃の女が下着下着言ってんじゃねぇ」

「あら、意外とウブなのね。その鼻血も実は私に興奮してだったりして」

「だからしねーよ!」

大声をだして顔が痛んだのか、クラウドは顔をしかめる。

 「ムキになる辺りが怪しいわね。もしかして私のこと視猥した?上から下まで舐め回したように!?きゃ〜、やらしいぃ〜!」

「だから…」

「だから賠償金を請求します」

まるで言葉の先を代わりにと言わんばかりに、きっぱりと言われた。

もっとも、そんなことは一切言うつもりはなかったが。

「そうね。今飲食区で人気のにある『ラ・マン』のスペシャルティーセットでいいわ」

ミリアリアの言う『ラ・マン』とは王都で今人気が高く有名(王都で一番と言っても過言ではない!)で超高級店(これまた王都で一番と言っても過言ではないのだ!)である。

 『私は皆様方の愛人にはなれないが、心は愛人でいたい』というオーナーの意向の下に付いた名前が『ラ・マン(愛人)』だが、オーナーの容姿や物腰から実際に女性達のアプローチが止まないというのはあまりに有名な話だった。

 そして、スペシャルティーセットとは学生どころかマダム達でもそうそう手が出せない、殆ど貴族様御用達であり至高の一時を味わえると名高い品だ。

ミリアリアは何の躊躇いもなく、真面目にきっぱりとその至高とも呼べるセットを要求してきたのだ。

「ちょっと待て!何であんなモノを見ただけで…」

「あ・ん・な・も・の・ぉ〜?」

クラウドの抗議を途中で遮って、ギロリと険しい目つきで睨む。

「ほぉ〜、あんたは私のスカートを覗いておいてあんなモノと言えちゃうわけ?」

そのあまりの剣幕にたじろぎながら一歩後ずさる。

「いや、今のは言葉のあやで…」

「言葉のあやでこんな酷いことを言われるなんて…。」

ミリアリアは両手を顔に当てて、泣いたような仕草をして酷いわと言いながら、さながら舞台劇かのように顔をふる。

「追加請求をします」

と、またまたきっぱりすっぱりあっさりと告げる

「そうね、ブレイクタイムの前のランチにで手を打ちましょうか」

「打てるか!」

「何よ、ディナーの方がいいわけ?」

「ランチよりランクが上がってるじゃねぇか!」

「ぐだぐたとうるさいわねぇ!さっさと腹を括りなさい!」

「そうですよ、クラウド君。女性からの誘いを断るなんて不粋です。男らしくありませんよ」

「『男らしく』なんて今時流行ませんよ、学園長」

「ヴァ、ヴァレンタイン学園長!?!?!?」

 と、保健室にはいつの間入って来たのか、歳の頃は三十代中頃か四十代前半とも思える銀髪、

黒瞳の長髪の男性がいた。

その男性の登場にクラウドは溜め息混じりに言い返し、ミリアリアは心臓が止まるのではないかという程驚いていた。

「ミリアリアさんも、男性をデートに誘うときはもっと色っぽく誘った方がいいですね」

と言いながらヴァレンタインは身振り手振りを加え、しかも見事に表情まで変えて、ミリアリアにこうするのですよとさながら演劇指導かのようにやって見せる。

ミリアリアは余程不意をつかれて動揺したのか、何故かヴァレンタインのさながら熱血演劇指導を受けている。

 その様子を見ていたクラウドがミリアリアの限界を感じたのか、先程のミリアリアへの問いに答える。

 「別にデートの誘いそいなんかじゃありませんよ。」

「…ほう。今のランチやブレイクタイムの打ち合わせに、立入禁止である屋上での密会、もはや芸術とも呼べるパンチラでのミリアリア君の誘惑&魅惑の花園である保健室への誘い出しを見せ付けてもなお!それでも、なお!!デートの誘いではないと言えるのですか!?!?いや、言えるはずかない!!!」

そう反語を言いながら、何故か涙を流し、びしっと指差すヴァレンタイン。

そんな暑苦しい、向けられても困る熱意のこもったヴァレンタインに対してクラウドの考えは、自分なりに要点を短く上手くまとめられたと思う。

「…あれは単なる恐喝です。」

それを聞いた、クラウド曰く恐喝犯が講義の声、というか態度で答えを示したのだった。






※※※※※※※※※


「それで、話しというのはもうよろしいんですか?」

ヴァレンタインがそう問い掛けたのは、彼曰くイチャつきもとい、ミリアリアの愛情表現もとい、クラウドの恐喝疑惑を晴らして落ち着いた時だった。

恐喝犯扱いされたミリアリアがクラウドの誤解だということを身体に聞くという、極めて強引で豪快で無理矢理な解決策をとったことで、ヴァレンタインの中のミリアリアに対するツンデレ度が急上昇したことは二人の知るところではなかった。

それはさておき、ヴァレンタインに言われるまで本気で用件を忘れていたミリアリアは、自分の間抜けぶりを恥じてか、頬を少し赤らめ、屋上にクラウドを呼びに行った時も含めて、やっと本題を話し出したのだった。

「ブトウタイカイ?」

「そう、ブトウタイカイ。しかも私とペアで。」

ミリアリアは短く、簡潔にそれだけを伝えた。

伝わるはずだった。

しかし、用件を告げられた当の本人は困ったように眉間に皺を寄せた。

「俺、踊りなんてできねぇよ。」

しかも仮面とかもってねぇし、と付け加えた。

ダンスとは言わず踊りと言う辺り、本気で踊れないのだろう。

 それを聞いた二人は長嘆し、それぞれやっぱりといった表情と酷くがっかりした表情をした。

「舞踏大会じゃなくて武闘大会よ。」

「クラウド君、年間行事一覧はずいぶんと前に配布したはずでが…。」

「だって俺あんまり学校来てねぇし。」

「来てても授業サボってるしねぇ。」

嫌なことを嫌な場面で嫌な目つきでヴァレンタインに告げ口をするように、いや実際告げ口をされた。

それを聞いたヴァレンタインはギロリと睨み、睨まれたクラウドはさっと視線を逸らす。

「まぁ、それは後で話すとして、武闘大会は毎年の恒例行事ですよ?そもそも、貴方は…」

などとぶつぶつ言うヴァレンタインを横にしてクラウドは当然の疑問を口にする。

「用件はわかった。でも、どうしてパートナーが俺なんだ?」

クラウドが言うのは何故ミリアリアが自分を選んだのかではなく、何故自分が団体戦のメンバーに選ばれたのかということだ。

団体戦は個人戦の全員参加とは違い、条件がある。

全生徒の中で百番以内の成績を修めるか、学園長推薦の二十人に選ばれるかだ。

ミリアリアは成績優秀でトップから五番以内を外したことはないし、昨年は団体戦優勝、個人戦準優勝といった実績もある。

それに対してクラウドは、武芸の成績は全生徒の中でも下から数えて両手の指で足りる程だし、昨年の個人戦は成績を残すどころか参加すらしていない。

普通に考えて推薦枠に入るはずがないのだ。

「どうしてなんだ?」

クラウドはその理由が何となくどころか確実と言える程予想できるが、確認の意味を込めて、もう一度聞いた。

「リオンよ。」

と、返って来た返事を聞いて、自分の予感が正しかったのだと確信した。

「あんたとの決勝戦を楽しみしてるってね。んで、学園長推薦枠に入ったのはいいんだけど、誰もあんたと組みたがらないのよ。あんたは嫌われ者だからね。」

 だから私ってわけ、と付け加える。

なるほど、経緯はわかった。

でも、まだもう一つ腑に落ちないことがあった。

それは、

「どうして貴方は俺を推薦したんです!

と、いつの間にか自分の世界から返ってきたていたヴァレンタインに目をやった。

「私がリオン様の意向を無視できるわけないでしょう?」

そう言って肩をすくめるヴァレンタイン。

その動作、表情には半ば諦めが混じっており、リオンという男とヴァレンタインの事情をよく知っている二人は、同情の眼差しを送ったのだった。



この学園においてリオンという男の発言はかなりの効力を持っている。

特にヴァレンタインにとっては絶対的であり、『私がこの学園の法律です』と 常日頃から好き勝手しているヴァレンタインを手中に納めることはこの学園を手中に納めることと同義であった。

もっとも、その好き勝手な諸行の半分ぐらいはリオンのせいでもあるのだが。

これだけの影響力を持つリオンという男はクラウドの親友であり、ミリアリアの婚約者であった。

そして、このカナンの王位第三後継者であり、すでに王位継承はリオンがするということは殆ど確実だった。



 リオンは三男であるがゆえ、当然二人の兄がいる。

共に武力に抜きん出ており、アースガルドでは『カナンの双剣』の勇名で知られている。

しかし、カナン王が二人に武力を競わせるように育てた為、その才能は開花し武官としては一流なものの、文官としては武力の方ほどの才覚を現しはしなかった。

いくら足りない点を補うために大臣達がいるにしても、やはり王たる者には必要なことであり、幸い二人の兄もそれが解らないほど愚かではなかった。

自分達は『カナンの双剣』として火の粉を振り払う、お前は玉座から『カナンの盾』として民を護ってくれというのは両親と兄達の総意であり、そこには醜い王権争いはなかった。

その為、公には公表していないが、次期国王はリオンということで話は纏まっている。

そんな王族達には『王の刃』(ロード・スパーダ)と呼ばれる秘蔵の懐刀が存在する。

軍の中でも精鋭部隊である近衛親衛隊ロイヤル・ガードの中でも特に傑出した者や、それに同等する者にのみ付けられる称号であり、名誉と共にこの国が『カナン』であるが所以の一つ、『神器』を授かることができる。

このヴァレンタインという男も、その名誉ある『王の刃』(ロード・スパーダ)の一人であった。

元々、彼はカナン王の友人だった為、リオンが幼少の頃からの知り合いでもあった。

リオンもヴァレンタインに懐いていた。

そんな彼の希望は戦地に赴き、戦果を挙げ、国の英雄になることではなく、自分に続き国を支える若い力、自分の後を継ぎ後世へとその役割を導く後継者を創り上げることだった。

そしてカナン王の力添えもあってだが、ヴァレンタインが異例の若さで学園長へと就任したこともあり、リオンが学園に通っている間、ヴァレンタインはカナン王からリオン付きの王のロード・スパーダとなった。

正確には学園長という立場を利用しての、リオンのお守り役を任命された。

 その為、一時的とはいえ自分の主となったリオンには服従であり、絶対であったのだった。



ダラダラと話が長くなってしまい、なかなか進展しません。


次回はリオン登場で、もう少し話が進む予定です。

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