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雪の王妃  作者: きりしま
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0.黒

 アドルフを浴場へ侍女の一人に案内させた後、イリーナは城の自室へと戻った。

 パタン、とカリナに閉められたドアを確認してから、イリーナは口を開いた。


「この後はお茶会よ。…メラニーを含めた、ね」


 先ほど城の廊下をアドルフと歩いているときに誘われたお茶会。メラニーが提案したというが、彼女はきっと二人でお茶会をするつもりだったのでは、とイリーナは思う。

 だがそんな思惑などアドルフが思い当たるわけがなく、彼は当然のことのようにイリーナを誘ってしまった。国王の、夫の誘いを断るなんてイリーナにはできるわけなく、もちろん彼女は笑顔でその誘いに応じた。


「お召し物を替えましょう」


 ふんわりと柔らかく笑ったミラに、イリーナも同じように笑い返す。心中察すると言いたげだ。

 イリーナもイリーナで何も言わず、彼女たちに導かれるままに体に重くのしかかる上着を脱いだ。






「それで、アディが私のことを助けてくれたんですよ」


 春先であるが、この白亜の城の春はまだ冬の名残りを消さずに、今日も北の山々から冷たい空気がやってくる。ここは何といっても最も冬に近いカルシュ国の北端。そのため、都会であれば用意される外のテラス席はもともと存在しないし、暖かい温室で花々を見るだけのサロンしか用意されていないのだ。

 そのサロンで、桃色のドレスを身にまとったメラニーが、鼻を高く上げ機嫌よさそうに紅茶を片手に話している。話の内容は、どれだけ自分がアドルフに大切にされているかの自慢である。

 それを黙って聞いているのは、イリーナの優しさでもあり、アドルフの詰めの甘さでもある。


「3か月間一緒に旅をして、私たち、とっても強いきずなで結ばれたと思うわ。ほら、例えばあのときだって私が」


 かれこれ30分近くは彼女の独壇場だろうか。

 アドルフを出迎えた時とは違うドレスを身にまとっている王妃がいるのだから、本来ならばそれに気づきその話題を取り入れるのが淑女であり、礼儀というものであるのだけれど、彼女にはどうやらそれがないらしい。いやわかっていてこのような行動をとっている可能性もある。

 アドルフは席に座る前に、なれない言葉でドレスをほめてくれた。それにイリーナは安堵したが、それでもメラニーがお茶会に参加するのを咎めないところをみると、やはりまだ未熟なようにも感じる。

 イリーナの紅茶のカップはそろそろ底を見え始めている。それに気づいたカミラが、何も言わず新しい暖かい紅茶を注いでくれた。


 3か月間の遠征の目的は、南東の国との国境にたまる盗賊たちの討伐だった。わざわざそんなものに国王が遠征する必要はないのだが、この討伐を通して南東の国との国交を図ろうとしたのだ。討伐への誠意と政治をしやすくするための緩和剤として国王自ら遠征へと出向いたのだ。

 実際はこの遠征自体はアドルフが国王になる前、つまり王子のときから決まっていたので、現在の王室では王子と同格の人物がいないために国王が派遣されるという異常事態。それをわかっているのかわかっていないのか、目の前のこの娘は依然と国王がどれだけ男らしくどれだけ討伐に対し雄々しい様子だったかを語るのだ。本来国王というのは前線には出ないし雄々しい姿は兵士や騎士に必要な要素であって、国王にはいらない。ライオンでもあるまいし、とイリーナはやはり一人心の中でごちる。

 もうそろそろ彼女の自慢話にも飽きたので、ようやくイリーナは口を開くことにした。


「陛下、メラニー様はいつから合流なさったのです?」


 もちろんメラニーに話しかけるつもりはないが、話題は自然と自分の知らない事情聴取になってしまう。メラニーからすればうれしい限りかもしれない。


「まあ、王妃様!ご存じなかったのですか?ちょうど陛下が遠征先に到着して5日目のことですのよ。あのときは…」

「わたくしは、陛下のご無事を祈りながらこの国の統治をしておりましたの」


 言外に、メラニーのアドルフに対する行動など些末なことであるとわざわざ彼女の言葉をさえぎってまで伝えたつもりだったのだが、彼女にはあまり効果が無いようだった。遮られたことに憤った顔をしている。そもそもそういう行間を読むというのが少しでもできる子であれば、おそらくこの3人での茶会はもう少し有意義なものになっていたかもしれないだろう。いやそもそも国王夫婦の茶会に入り込むなどということはしない。


「イリーナ、カルシュは変わりないだろうか」

「ええ、陛下。グートマン侯爵に協力していただきましたし、何よりわたくしにとってとても貴重な経験になりましたわ」


 イリーナの国はもとより文武両道だ。

 レベジェフ国の王女時代では、剣も筆も持たなければ生きていけない環境だった。どちらも秀でていなければ王女として国民から認められないし、王室としての誇りがそれらの才能を持たないことを許さない。

 剣の実践は、レベジェフ国の伝統の祭りの中で剣技大会などで行われたが、政治の実践はあまり機会がなかった。イリーナには兄と姉がいる。継承権の優劣はあまり無いに等しいが、実際あの二人の政治の手腕は、ただでさえ優秀なイリーナでさえ手が届かないものだった。そのためイリーナができることは二人の補佐として王女の務めを果たすだけだった。結果的にその補佐役が、カルシュ国の女王となるのにふさわしい材料になったのだが。


 今回、アドルフが国を留守にしている間、様々な書類に代理としてサインをしていたのはイリーナだった。

 イリーナに持ってこられる内容は、ほとんど議会で議決されたものばかりだったが、イリーナはしっかりと精査した。その議会へ至るまでの経緯、議会での記録。すべて目を通し、わからないことへの真摯な対応は臣下たちの心を動かした。

 決して仕事が早いわけではないが、決断力の速さと物事を見極めようと公平な立場を貫く姿勢は、イリーナの生まれが垣間見えるものだったと後に当時の臣下は語る。


「そうか。君の国は確かとても優秀でスパルタ教育だったと聞いている」

「はい。その成果を発揮できる機会をいただけたこと、光栄に思います」

「王城で臣下たちに会うのが怖いな、比べられそうだ」


 軽い口調でそう返すアドルフに他意はない。

 初対面の時よりも何十倍も気軽に話してくれるようになったとイリーナは思う。イリーナ自身も、昔ならばこのような軽い冗談を流せず、謝っていたかもしれない。

 それほど、アドルフとイリーナはこの2年ほどで打ち解けていた。


「アディのほうが優秀に決まってるじゃない、何言ってるの?」


 そう軽やかな雰囲気に棘を入れるのは、やはりメラニーだった。

 メラニーからしたら、このような雰囲気は気に入らないだろう。彼女はその大きな目を吊り上げて、口を開いた。


「そもそも国王を支える王妃が政治をするなんて、信じられない」


 メラニーの言葉に、思わずため息をついてしまいそうだが、生憎それは王妃教育の賜物が許さない。イリーナは黙ったままメラニーを見つめる。

 イリーナの瞳に怖気づいてしまったのか、メラニーは一瞬だけ言葉を詰まらせ、億劫そうにまた話し出す。


「そうやって人を威圧させたんでしょう。いやだわ、恐怖政治なんて何も生まないんですよ」

「わたくしは、国王を支える王妃であり、国に付き従うものです。王妃としての役目を全うしたまでですわ」


 イリーナはそう返すと、少しぬるくなった紅茶に口付ける。

 メラニーの高い声がだんだんと頭に響いてきているように感じた。そろそろもうよいだろう、とイリーナは侍女に目配せを送る。

 それに気づいたミラがすっと近寄り、イリーナの椅子を引いた。


「本日は楽しいお茶会でございました。陛下、カルシュ国についてはまた後程、報告書を持参してお話いたしますわ。…メラニー様も、あまりここに長居しては風邪をひきますのでお気をつけて。それではごきげんよう」


 軽く腰を引き礼をする。

 言外にさっさと自宅へ帰れと伝えたのだが、これはさすがに伝わっただろうか。

 メラニーのほうを見ずにそのままイリーナはサロンを出て自室へと戻る。アドルフに提出する報告書を整理しなくてはならないのだ。


 自室へと続く長い廊下を歩く途中、窓からひんやりとした冷気がイリーナの頬をかすめた。


「戻ったのね」


 音もなくイリーナの後ろに跪く影が現れる。

 イリーナは立ち止まり、その影に向き直った。影は下を向いたまま、まだ何も口を開かない。


「顔を上げて」


 命令された影が、漆黒の髪を揺らして顔を上げた。

 真っ赤に燃えるような瞳が射貫くようにイリーナを見つめる。


「報告をお願い、ゼフ」


 イリーナと引き連れた侍女、そして名前を呼ばれた影以外に存在しない冷えた廊下に、イリーナの凍った声が響いた。



登場人物

〇イリーナ・レベジェフ

怖そう、冷たそう、でもすっげぇ美人

〇アドルフ・カルシュ

優しそう、怒らなさそう、金髪碧眼王道王子様ふぇいす

〇メラニー・グートマン

わがままそう、黙ってれば絶対かわいい、ポメラニアン的な

〇グートマン侯爵

モノクルしてそう

〇先王妃

胸でかそう、垂れ目そう、髪の毛ゆるゆるしてそう

〇ゼフ

黒髪赤目絶対かっこいい、細身、私の好み


今後追加されれば新しい登場人物紹介を作ります。

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