9 婚約者 ―未知との遭遇―
「やあ、イリーナ久しぶりだね」
昼休み。
1年生の校舎の中庭で、友人のご令嬢達とランチボックスを拡げて昼食を取っていると、後ろから声が聞こえる。
『げぇ・・・何でこんな所に・・・』
後ろを振り向くと、自分自身にとって人生最大の汚点になるだろう未来を予測させる以外の何者でもない御仁、トーマス・セイブル伯爵令息が、毎日イリーナのロッカーにやって来ては焼却炉の燃料をたくさん寄付していくのを日課にしている女性達を数人引き連れて立っている。
トーマスは今日も陽の光にブロンドヘアーが当たりキラキラと輝き、海のように深い青色の瞳が優しげに瞬いている。
もっともそれはイリーナにとってどうでもいい自然現象だが、周りの友人たちにはそうでもないらしく
『まぁ、素敵。御髪が輝いていますわね』
とか
『いつ見ても麗しいですわね、まるで王子様のようですわ』
とか言って、顔を赤らめて囁きあっている。
まあ、見る人によってはものすごーく眼福なのだろう・・・幸いイリーナは他人の趣味嗜好にケチをつけるつもりは無い。
そんなに素敵なら熨斗つけてリボンでぐるぐる巻きにして無記名の婚姻誓約書付きで差しあげるわよ~! と言いたいのをグッと我慢し、アルカイックスマイルをその小さな顔に貼り付けるとサッと扇を口元に広げる。
「お久しぶりです、セイブル伯爵令息」
その様子を見て、嘆息するトーマス。
「折角久ぶりに会ったんだから、席の一つも勧めるのが礼儀じゃないかい? 本当に君は気が利かないねぇ」