6 父と義母
「え、何だって結婚式をしないの?」
ジュリーが屋敷に引っ越して来て一週間後、2人が結婚式はしないとイリーナに告げてきた。
彼らの婚姻も実は王命ではあるが、忙しい父は再婚だし貧乏な男爵家の事情もあって書類だけの結婚なのだという。
「そんな・・・お義母様が可哀想です」
イリーナは本気で義母の花嫁姿を楽しみにしていた。
母も姉妹もいない一人っ子のイリーナはあっという間に優しくて綺麗な義母にまるで仔犬のように懐いてしまったのだ。
彼女の言葉を聞いて2人がなんとも言えない顔でお互いの顔を見合わせた。
そして義母が
「ありがとうイリーナ様。でも大丈夫よ」
そう言って、フワリと抱き締めてくれた。
イリーナは嬉しくてスリスリとジュリーの胸の辺りに頭を擦り付けながら、何故か渋い顔をしている父親に向かって
「お父様。結婚式をしないなんて女の敵ですわ」
と言って睨むと、ますます嬉しそうなジュリーにぎゅうっと抱き込まれた。
そして更に渋顔になる父。
「ジュリー、やっぱり駄目だ。俺がイリーナに嫌われるじゃないか」
父がむくれた顔でそう言うと
「ナニ言ってるんですか、旦那様が決めたことでしょう? それに・・・」
何故かイリーナを抱きしめたまま、すっくと立ち上がるジュリー。
そのまま足が床から離れてしまい宙を小さなパンプスが泳いでしまうイリーナ。
「お、お義母様、力持ちなのですね」
目を白黒させながら彼女がそう言うと、
「あ、ゴメンね」
そう言って義母が解放してくれた。
離れたときにフワッとネロリの甘く爽やかな匂いがした。
「イリーナは小柄でホントに可愛らしいわ」
ニッコリ笑う義母が眩しかった。
そして渋い顔をする父親は表情は変えないままで溜め息を吐いたのだった。