21 壊れた?
軽く下げていた頭を上げると、そこにはジュリーの予想とは全く違う景色が目の前に広がっていた。
顔を真っ赤にしたトーマスの取り巻きたち。まあこれは、想定内だった。
『コレは? 何だ?』
呆けるジュリー。
何故か彼の足元に、トーマス・セイブル伯爵令息、つまり憎っくき《《恋敵》》――当然だが相手であるトーマスもジュリーが恋焦がれている相手である当のイリーナにも、全くもって認知はされてない――が、自分の足元に膝をつき項垂れている。
『おいおい、何やってんだこの坊っちゃん?』
突然、ガバリと顔を上げ
「美しい女神様、どうか私めに貴方様の美しい手を取る権利をお与えください!!」
と叫ぶご令息・・・
「どうなさったんです? セイブル伯爵令息様?」
『おいおい、どーした兄ちゃんまさか俺に惚れちゃったとか、いくら何でも、んなこたね~よな~』
引き攣る笑顔で自分の足元から潤んだ瞳でこちらを見上げているトーマスの顔を、のぞき込む。
『何ウルウルしちゃってんだよ?』
「か、か、か、・・・」
「か?」
「感激ですっ!」
「わっ!?」
唐突に立ち上がるトーマスに無理矢理、両手を取られて思わずのけぞるジュリー。
「危ないですわ、御令息?」
『あっぶね。コイツ出会い頭の事故に見せかけて、俺にチューしようとしやがったな?!』
「ああっ、惜し・・・じゃなかった。申し訳ありませんっ! レディを驚かせてしまいまして」
「惜しいって言いました?」
「いえっ! 聞き間違いです!!」
「一々叫ばなくても聞こえましてよ?」
首を傾げるとミルクティーブロンドがサラリと揺れた。
「美しい・・・」
「うえ・・・気持ち悪い・・・」
両手を振り払おうにもガッチリ抑え込まれているので、そのまま振りほどくと令息が吹っ飛ぶな、と遠い目になり考えるジュリー。
「とおっ!!」
突然、ジュリーの両手を握るトーマスの手に、空手チョップが降り注ぐ・・・慌てて手を引くトーマス・セイブル伯爵令息。
「うわっ。何をする!? イリーナ?」
「セイブル伯爵令息こそ、私の大事なお義母様に乱暴を働くとは、無礼千万ですわっ。手打ちにして差し上げます! そこにお直りなさいませっ!!!」
鉄扇を片手にパチンパチンと鳴らしながら、フンスと鼻を鳴らすのは、誰あろう、伯爵令嬢イリーナであった・・・
「あ、お嬢様壊れちゃったわ・・・」
側で一部始終を黙って見ていたメイドがボソリと呟き、御者を務める馬丁がウンウンと頷くのを横目で確認したジュリーである。