#12.世紀末ブラック労働者ちゃん
夜になっても汚染台風の勢いは落ちない。
びゅうびゅうと吹き荒れる風とばたばたと屋根に打ち付ける雨の音が絶え間なく店内に響いている。整然と置かれていた木箱類は、今は乱雑に開けられている。
まあ、これは私たちのせいなんだけど。
兵器の保管庫を改装したような大型ホームセンターの中は今、泥棒が入った後のように散らかっている。これはジャンク屋が活動した後の典型的な風景だ。
家の中をひっくり返して使える物を漁っても怒る者などいないから、自然と土壌改善型新人類はお片付けをしなくなる。
私もお掃除お片付けは苦手。必要性を感じない。
「あ、これ使えるかも」
棒LEDの光で木箱の中を検めると、色々な大きさの帯が入っていた。プラスチック製で、頭の穴に尻尾を通すだけでカチカチと固定できる簡単な……
結束バンド、タイラップ、インシュロック、ケーブルタイ、だ。
「こいつの正式名称は何なのだろう」
1本つまんで眺めていると、ばきばき……がたん! と暗闇の奥から物音が聞こえる。
見つけた食い物は好きにして良い、と伝えた宇々ちゃんがバールを片手に暴れまわっている音だ。
あとは彼女が興味を持たなかった箱の中身を私たちが物色して使える物を探す。持てるだけ持ったら、車の整備ブースで作業している慧摺ちゃんのところへ。
非常用発電機の電気を回した整備ブースには白色の明かりが点いていて、自動車整備用のリフトが上下に動いていた。
空いていたスペースには、すでに皆で集めた物資が積んである。
「結束バンドあったよ」
「いいね。インシュロックはいくらあっても足りない」
えーちゃんは「インシュロック」派閥か。
「じゃあ、粘着テープ、工具類、それと、アクリル板なんかもあったら持ってきてくれ」
「……注文増えたね」
「絢子よ、仕事はやればやるほど増えるものだ。決して減るものではない」
「ハイパーブラック管理職だ」
「先陣切って頑張ってもらおうか、ハイパーブラック経営者」
「行ってきます!」
台風の中を車で家に帰るぞなどと言い出したのは私だ。だから言い訳しないで店舗へ戻る。時間もないことだし。
走り去りながら、ちらりとホワイトボードいっぱいに書かれたマス目を見た。
えーちゃんがあのハイパーブラック工程表を作ったのが2時間前。
「さて、これからの作業内容だが」
えーちゃんは油性マジックにキャップを付けて言った。
ホワイトボードには定規で書かれたようなマス目状の表が書かれている。縦軸にやるべき作業がずらりと並び、横軸は時間刻みになっている。
「作業時間は約50時間。ウルトラタイタンの電気自動車化を完了させて日光を出る」
明後日の夜に出発すれば、夜明けと共に出発するであろう石塚組と合流できるかもしれない。
「何か質問は?」
「慧摺、この紙には寝ると食うが書いてないぞ」
うーちゃんが頭の上にクエスチョンマークを浮かべながら聞いた。
「よく気が付いたな、うー子。これから二日間、我々は不眠不休で労働する」
「??????」
うーちゃんは宇宙の真理を説かれたような表情を浮かべた。
「大量のタスクを片付ける必要があるからな。トラブルもあるだろうし、正直これでも間に合うか分からん」
今見ると縦軸の仕事のところに「気密の確保」、「車体の軽量化」、「発電用燃料の確保」が書き足されていた。
「仕事ってほんとに増えるんだ……」
――♺――
外に放置されたウルトラタイタンを整備ブースまで押し、かみさまの死体から心臓部を摘出、そして大容量の太陽光発電システムを運んだ。
それらを要るところと要らないところに分別していたら、あっという間に丸一日が経過していた。
「折り返しだし、しっかり休憩と栄養、取っとこうか」
さすがに何度か仮眠をしておやつを食べていたが、さすがにさすがと往子ちゃんが提案し皆で汚れた床の上に座る。
おーちゃんは、うーちゃんが見つけたチキン味のインスタントラーメンと焼き鳥の缶詰めを大きな鍋で煮て、取り分けてくれた。
汚染とカビと雨の匂いに慣れた鼻が、湯気と共にふわりと立ち上がる香りに大喜びしている。
いただきます! が整備ブースにこだまして皆で夢中になってすする。
「……! ちょっと味濃いかな?」
おーちゃんは困り眉でこちらを見たが、
「しょっぱくてうまいッ!!」
「沁みるゥ」
「元気を食べてる気がする……」
うーちゃん、えーちゃん、そして私は迫りくる塩分と脂分を歓迎している。
「おかわりあるからね」
そう言って、おーちゃんの表情が少し緩んだ。
「あと1日で何とかなりそう?」
「多分な。でも、ああ、こんな姿になっちまって……」
えーちゃんはラーメンをすすりながら、リフトで上げられた骨組みだけのウルトラタイタンを見てそう呟いた。
「昔からこいつに乗るのが夢だったんだけどなあ」
えーちゃんはげんなりとしながら呟き、
「短い夢だったね」
おーちゃんはすげなく言った。まさか憧れの車が4、5日でクラッシュするとは思わなかったえーちゃんは、ぐっ、とすっぱい表情を浮かべる。
「えーちゃん……」
なんだか可哀そうだ。
「他にも乗ってみたい車あるんだっけ?」
「うん。ランドクルーザーと、ランサーエボリューション……。あ、フォレスターも渋いし。GT-RとRX-7に乗るもの前から夢だったんだよねえ」
「あ、そ」
一瞬前まで沈んでいたえーちゃんはなんだかもうホクホクとしている。おーちゃんは慣れた様子だ。そう言えば、えーちゃんはメンタルが弱いけど回復も早かったっけ。
「さっさと別の夢叶えに戻ろうか」
「そうだな! おいうー子、焼き鳥取るなよ!」
「食わないと思って」
「返せ!」
心配して損したわ。
――♺――
設計図のない行き当たりばったりの作業だったけれど、時間内である程度形にはなった。
2台分の部品で1台を組み立てした経験が活きたのだろう。車の構造はほとんど把握できていたから、エンジンがあったところにモーターとインバーターを置き換えて、大きな荷台にはバッテリーを積んだ。
およそ48時間が経ち、当初予定していたタスクのほとんどをこなすことができた。
「さあ、何で動かない」
目の下にクマを作ったえーちゃんは顎に手を当てて考え込んでいる。
試走しようとアクセルを踏んで、数メートル進んだところでウンともスンとも言わなくなってしまったらしい。
これまで何百と解決してきたトラブルのひとつだ、と言ったえーちゃんに任せ、私たちは荷物の最終準備を進めていた。
が、そこから2時間。
「まだ動かなそう?」
おーちゃんが声をかけたが、反応は芳しくない。またえーちゃんに全責任が行ってしまっている。
「絢。汚染台風ですが、徐々に風速が落ちています。いわゆる台風の目は過ぎたようです」
「あ、緯兎ちゃん」
「ただいま戻りました。依然として汚染には注意しなくてはいけませんが、これから天気は良くなっていくと思われます」
50時間が経過して元気が残っているのはいーちゃんだけだ。ちょっと前から彼女には外の様子の確認と、簡単なマッピング、それと石塚組と連絡が取れないかお願いしていた。
「9.8㎞まで安全性の高いルートの割り出しは成功。ですが石塚組との無線連絡は取れませんでした」
「ありがとう、いーちゃん」
雨風でもさもさになってしまった髪の毛をタオルで拭く。いーちゃんは頭を差し出してされるがままだ。
……そうだ。
「あれも何とかならないかなあ」
「あれ、とは。……なるほど。了解しました」
いーちゃんの尾てい骨の辺りからにゅるりと太いケーブルが伸びた。「イ」型ハイパーアキュムレーターに標準装備の、尻尾みたいな外部接続用インターフェースだ。
彼女はタイタンの助手席に乗り込むと、グローブボックスの中にある穴に尻尾を挿し込んだ。USBケーブルのように接続しウルトラタイタンと「語り合って」いる。
「慧摺。インバーターとモーター間の信号がありません。断線の疑いがあります。ヒューズも見てみましょう」
えーちゃんはボンネットを開けると両腕をせわしなく動かして、
「……焼けてるな」
ちゃちゃっと配線しなおして、トラブル解決3分間。
「始めからいー子を頼れば良かったなあ」
「……?」
いーちゃんは首を傾げている。
いつものえーちゃんならすぐに解決できたトラブルのはずだ。
責任感が焦りに繋がることがある。自信が邪魔して最適解が取れないこともある。疲労のせいで普段ならできることができないこともあるだろう。
「すまん、皆」
「君は良くやってる。ブラック管理職」
おーちゃんが、えーちゃんの肩に手を置いた。
大抵の場合、最も労働量が多いのはやる気のある中間管理職だ。
――♺――
朝日が昇りかけていた。
予定では石塚組の出発時刻だが、まだ私たちは日光にいる。タイムリミットには数時間ほど遅れてしまった。
台風はまだ吹き荒れている。もうまともに瞼を開けていられないほど、身体の疲労はピークに達している。
「だけど!」
諦めない。
台風の影響は石塚組の方にも出ているはずだ。出発を遅らせていてもおかしくない。私たちが足止めを食らっているように。
比較的視界の通る日中に走った方が安全だし、台風の勢いは確実に落ちている。
今から出ても間に合うかもしれない。
電気自動車に生まれ変わったウルトラタイタンに乗り込む。
不要な断熱材も後部座席も軽量化で取り外した伽藍洞に、隙間なくテープ類を貼ったようなみすぼらしいインテリア。
割れたフロントガラスは外してアクリル板を付けて、ワイパーも外した。ぶつけてひしゃげたバンパーを結束バンドで固定した、世紀末なエクステリア。
曲がったドライブシャフトはうーちゃんがバールで叩いて真っ直ぐに見えるようにした。真っ直ぐ走るかどうかは運次第だ。
働きづめだったえーちゃんを後部座席のあったところに敷いたマットに転がして、いーちゃんを助手席に座らせて意識を車に移してもらう。
運転席に座るのはおーちゃん。
皆の手で生まれ変わったこのウルトラタイタンなら、私たちを旧ウツノミヤまで連れて行ってくれるはず。
「……あれ? ライトが切れた。まあいいや」
やっぱりダメかもしれない!




