#11.家に帰るまでが冒険です!
建物を叩く風雨の音はどんどん大きくなっている。呼吸が整うまでの数時間で台風はさらに近づいてきているようだ。
身体を起こせるようになって、雨が染みた服を着替えて、どのくらい前に封をされたか分からない水で喉を潤しながら、コンクリートの上で揺れる焚火を眺める。
「大丈夫?」
誰の口からも咳が出なくなってきたタイミングを見計らって、往子ちゃんが言葉を投げた。
「うん」
「問題ありません」
「ああ」
「平気」
私、緯兎ちゃん、慧摺ちゃん、宇々ちゃん、それぞれ口数少なく答える。みんな、疲労の色が濃いけれど大きな怪我はなさそうだし、汚染の影響も軽そうだ。良かった。
「これからどうしようか」
おーちゃんは焚火に古びた木炭を焼べる。
これから……これからか。
何とか下山できたものの車は壊れてしまった。最低限の装備を残して重い物はほとんど捨ててしまった。
色々と失った今、旧ヒライデまで約30㎞の距離を、吹き荒れる汚染台風のなか歩き切ることができるか。
無理だ。
ガスマスクが無ければ息すらまともにできなかった。ここまでたった数kmだけでも、隙間から入って来た汚染物質でこの有様。
あの日拾った幸運は台風が攫っていってしまって、命以外はほとんど何もなくなってしまった。
「独立するか?」
慧摺ちゃんが笑う。
「汚染台風が収まるまで雨宿りして、それで組の出発に間に合わなかったら……こことか……あとはオリオン通りで仕事して。また廃車でも直してさ。生きてりゃそのうち石塚組と合流できるかも」
「慧摺に賛成します。台風のなかを帰ることができたとしても、巻き上げられた重金属によるイタイイタイ病や、真菌によるムコール症に罹患していた例があります。非常に危険です」
緯兎ちゃんも帰るのには反対。
「日光にいるなら私が養うぞ。鹿でも熊でも獲ってくる」
自信満々に宇々ちゃんが言う。
ここには置き去りにされた商品がたくさんあるし、台風が過ぎ去ったら豊富な自然からうーちゃんが獲物を獲ってきてくれるだろう。普通に考えたら、ここで暮らすのが安全だ。
キャンプできる準備を整えたら歩いて旧ウツノミヤまで行って、オリオン通りの近くを拠点にして仕事をして、そして――。
石塚組と合流できるのはどのくらい先?
1カ月後?
冬が終わったら?
それとも、もっともっと、何年も先?
分かってる。
この世界で生き別れたらまた会える保証なんてない。
独立すればいいなんてえーちゃんは言ったけれど、それは強がりだ。
置いてきた私の道具家具やえーちゃんの軽バン、おーちゃんの人工馬を失うだけじゃない。
土壌改善型新人類は環境に適応できるように遺伝子を改造されているし、自分の命に責任を持たなくてはいけない個人事業主だが、たったひとりでできることなんてたかが知れている。わざわざ組を作って協力するのは、そっちの方が大きな仕事ができるから。
帰れなくなると言うことは、最初から始めると言うことは、石塚組を失うと言うことは――これまで培ってきたすべてを失うということだ。
いったい何年の間、身を粉にして働いてきた?
そんな簡単に捨てていいものなのか?
でも、そんなことを言って良いのか分からない。うーちゃんを探しに行こうと言い出したのは私だから。これ以上、皆のことを巻き込んで……。
「あーちゃん」
はっとして顔を上げると、おーちゃんは私の目を覗き込んでいた。私に仕事を教えてくれた彼女まで、ここにいようと言うのか。
「リスクをゼロにはできないよ」
見透かしたような言葉を投げかけられて無意識に唾を飲み込む。おーちゃんが、ハイパーアキュムレーターとしての師匠が、何かを教えてくれる時の声色だったから。
「何をするにもリスクは伴う」
私は黙って、おーちゃんが何を伝えたいのかを考える。
「病気、悪意、事故、災害。それらに……世界に身を晒さないと……何かを賭けしないと、リターンは得られない。決して」
ぱちっと焚火が小さく爆ぜた。
「ここには何をしに来たの? あーちゃん」
「……」
うーちゃんを探しに来た。でも、それだけじゃないのかも知れない。
私はどうかしてしまったのか。雨風のなかで車を押し始めてからそうだ。
身体は震えるほど寒いのに、魂はめらめらと燃えている。
「みんな、ごめん。もう一回だけ私のわがままに付き合ってくれないかな」
皆は私の顔を見た。またうーちゃんの意見と対立することになる。だけど今はあの日と違って迷いはない。
「帰ろう。石塚組のところに」
幸運に後押しされて、皆の知恵を借りてやっとここまで来られた。うーちゃんとの再会だって果たすことができた。それなのに、こんなところで潰れるなんて認められない。
「私が取り戻したかったのは……直したかったのは、皆と過ごした世界だから」
このトラブルを打ち砕き、嵐を突っ切って、私たちは家に帰るのだ。
――♺――
えーちゃんは問う。
「帰ると言っても、実際問題どうする?」
「どうにか車直せないかな?」
彼女は顎に指を当てて思案に耽る。
「エンジンは多分ダメになってる。水が入ったか、クランクシャフトが曲がったか分からんけど。ぶつけた時に車軸もイカれただろうな。パンクしたタイヤは土でも詰めとけば少しは走れるが……」
ウルトラタイタンを直せるかどうかは、とっくの昔にえーちゃんが検討しているはずだ。言い出していないということは望み薄だということだけど。
「エンジン直せば動く?」
「……どこが壊れてんのか分解してみないと何とも……整備できる設備はありそうだから……でも原因調べて修理するには時間が……別のエンジンでもあれば載せ替えるとか……」
質問に答えると言うより、思考を整理するための独り言のようになっている。そこにおーちゃんが割り込んだ。
「えーちゃん、モーターは?」
「は?」
えーちゃんは思考の海から急浮上してきょとんとした表情を浮かべた後、もう一度、脳内の海に潜っていく。
「……なるほど……でも……いや……可能か?」
「えーちゃん、何百kmも走るわけじゃない。旧ウツノミヤまで行ければいいの」
「なら……アレを使えれば……」
「行けそうなの?」
「成功確率は低いぞ」
「聞かせて」
「ああ。EVだ」
えーちゃんは倉庫を改装した大型店舗の方に目線を向けた。
「廃品を使って、ウルトラタイタンを電気自動車に改造する」
――♺――
暗いホームセンターを歩く。天井に空いた穴から汚れた雨風が入って来ているから、ガスマスクを忘れずに。
「最低限必要なものは、モーター、バッテリー、インバーター、コンピューターだ」
行き先は、見覚えのある空いた木箱。
「まずバッテリーだ。これを使おう」
私たちが日光に入った時に見つけた太陽光発電システムだ。えーちゃんは情報が刻印されている銘板を撫でて顔を近づける、
「うん。BB後に製造されたリチウムイオンバッテリーだ。寿命も容量も申し分ない」
「バッテリーはクリアだね」
「それだけじゃない。太陽光パネルで発生させた電気は直流なんだ。だから電化製品で使えるようにするために、|パワーコンディショナー《パワコン》がセットになってる」
「直流を交流に変換するための装置のこと」
「ああ、そっか。インバーターだ」
おーちゃんが相槌を打って、えーちゃんの考えていることが分かった。
この大容量太陽光発電システムは、電気を貯めるバッテリーとそれを交流に変えるためのインバーターが一緒になっているのだ。このふたつは車のエネルギーソースのために絶対に必要。
なら、あと必要なのは、心臓。
「肝心のモーターは?」
「アトラスだ」
「死んだかみさま?」
ハクサンハタザオに頭を突っ込んで死んでいた巨体のことを思い出す。
「戦闘に特化したかみさまには、電解液を回すためのデカいポンプが搭載されてるはずだ。解体してモーターを取り出す」
壊れたエンジンを切除し、かみさまの心臓を摘出して移植する。そうすればウルトラタイタンはまた息を吹き返してくれる。
「あとは、そいつら部品を制御するためのコンピューターなんだが……」
「頭脳ってこと?」
「そうだ。だけど……こればっかりは今から作ったんじゃ……他に電気自動車でもあればそこから……最悪ボタンとリレーで無理矢理……」
えーちゃんはこれまで以上に眉間に皺を寄せた。
エネルギーを貯めて供給するバッテリー、変換するインバーター、タイヤを回すためのモーター、それらすべての働きを統合して制御する車の基盤が無い。
修理と移植で身体はできそうだが、それを動かす脳みそが欠けている。
「慧摺、私が」
「……」
いーちゃんが手を上げた。えーちゃんの表情がさらに深刻になる。
「大戦中の車両にはイ型ハイパーアキュムレーター用のインターフェースがあります。私が制御系を担います」
いーちゃんはロボットだ。
彼女を車に繋ぐことで、足りない頭脳を肩代わりしてくれると。できそうな気がするがえーちゃんの表情は台風のなかにいた時より暗い。
「あのスクラップ同然のタイタンを身体にするってこと、分かってるんだよな」
「はい」
「設計も部品選定もクソもなくて、ノイズだらけの、それこそお前にとって台風の中で複雑な計算をし続けることになるんだぞ。もし走ってる時に電気系統が焼き切れでもしたら、お前は……」
いーちゃんは私たちと違って汚染台風の影響は軽い。そんな彼女が私たちのためにリスクを背負うと言っている。
えーちゃんは、できればその選択肢は取りたくはなかったのだろう。
「皆は命を賭けるのでしょう?」
しばらく黙ってから、
「――分かった。頼んだぞ」
「ありがとう。慧摺」
えーちゃんは私の方を向いた。
「材料はある。これでいいか? あー子?」
「うん。やろう」
「ハイリスクな帰り道になるぞ」
「でもハイリターンだよ」
ふ、とえーちゃんは諦めたように笑って。
「私たちはジャンク屋だもんな。よし! 仕事を始めるぞ!」




