#1.地球はでっかいゴミ箱さ
人という字は、倒壊したビルとビルが支え合ってできている。
今にも崩れそうな建物の群れへ、かっぽかっぽと近付いている。
「暑くなってきたね」
そうだね、とつむじのあたりから涼やかな声が返ってきて、会話したことに満足する。そっけなく聞こえるが、往子ちゃんはリラックスしている時ほど口数の少ないお姉さんだと知っているから、これで充分。
廃工場地帯までくらい歩けるよと言ったのだけど、相乗りが好きだからと断られ、おーちゃんの人工馬のうえで抱きかかえられるように揺られている。楽ちんだ。
何となしに下を見て、手綱を握るおーちゃんの右手首が目に入った。長袖と手袋の隙間から、古めかしいアナログ時計が覗いている。
文字盤を覆っているガラスはヒビ割れ、3本の針が動くことはない。ずいぶん昔に落としてしまい、壊れてしまって、それから時を刻むことはなくなったそうだ。
――地球は、この時計みたいなものかもしれないね――
前に、おーちゃんがそんな風に言っていたことが甦る。
白い手首から目線を前へ向けると、景色いっぱいに工場の群れが音も立てずに佇んでいるのが見える。時計と同じように、壊れた瞬間に時が止まってしまった精密機械たち。
人がかみさまを使った戦争。
人とかみさまの間で起きた戦争。
かみさま同士の戦争。
エネルギーを奪い合う大きな戦争が3回あって、この惑星はダメになった。
人がコツコツと築き上げてきた文化と文明はガラガラと崩れ、かみさまから流れた血は土壌をドロドロに汚した。
100分の1くらいに減ってしまった人間は、地下に造った秘密基地に引きこもるようになり、地上でまた暮すために私たちをたくさん作って、土壌を綺麗にする仕事を丸投げした。
人間に憎しみは無い――と言えば嘘、ではない。まったくない。
なかには人に憎しみを抱いて、私たちが戦ったこともあったみたいだけれど、それもまた昔の話。過去の人たちに対しては、こんなに汚しちゃって、と呆れるくらいだ。今となっては、地下は人、地上は私たちで棲み分けて助け合いながら、わりと共存できている。
さらに言うなら、土壌を綺麗にすると言っても惑星規模だ。2000年はかかるんじゃないのかと真顔で言われたら、そんな長い時を重く考えながら生きるのは馬鹿らしい。投げやりにもなるし、いいかげんにも、気楽にもなるというものだ。
まあ、そんなわけで、私たちには地球をキレイに掃除するという使命がある。
改造した向日葵とか苔とかの重金属を吸い上げる植物の種を預かり、通ってきた道々に植えながら旅を続けるのだ。
とは言え、日々を暮らすための日用品や食べ物は必要だ。遺伝子改造された私たちの身体は人と比べて色々と優れているけれど、生き物であることに変わりはなく、普通にお腹は減ってしまう。
重金属をたっぷりと含んだ植物など食べられるものではない。糧を得るには、原始人よろしく凶暴な動物を狩るか――旧文明の瓦礫からまだ使えるものを探して、売り買いするか。
安全第一。
専ら、私たち土壌改善型新人類がやるのは、景色いっぱいの廃品からお宝を見つけ出すゴミ拾いとなる。それがジャンク屋のお仕事だ。
……植物を植えるのをサボり気味なのは、仕事の方が面白いからとか、人の設備をメンテナンスして感謝されることに満足感があるとか、こちとら齢15の乙女なんだぞ土いじりなんぞやってられんとか、そんなことは決して思っていない。
やっぱり日々を暮らすことの方が優先度は高いからね。しょうがないしょうがない。
「アブラナが枯れてるね」
おーちゃんの声が聞こえて、飛んで行っていた思考が戻ってきた。道端に枯死した植物が見える。同業者がここを通ったのは、随分前のようだった。
――♺――
ピ――。ピ――。ピ――。
暗い工場に、一定で、高い周波数の、不気味な電子音が響いている。
ガス検知計は静かにしている。変な臭いもしないし、脈拍もだいじょうぶ。
ここは農機かなにかを作っていた工場のようだ。棒LEDの光に、作りかけで放り出された機械が照らされていた。
散策しながら見つけた電線を剥いて、中身の銅線を取り出していたら、その電子音が聞こえた。腰に取り付けた携行バッテリーの計器はオレンジ色に光っている。ライトが消えるまでにはまだ数十分あると、音源を探し始めた。
やがて、制御盤室に辿り着く。
両方の壁際には自動販売機のような箱が整然と並び、暗い奥の方へと続いている。
工場の機械を動かすための神経が集まる場所。人が作った直線の洞窟のなか、アラームのような規則的な音は、私の足元から聞こえていた。
ブーツが踏んでいるメンテナンスダクト、金属で編まれたマフラーのような、グレーチングの下だ。持ってきたバールでグレーチングを剥がし、1.5mくらい下へ降りる。
「うそ……無停電電源装置《UPS》だ。まだ生きてる」
電子音の主は、雷などが原因で不意打ちの停電が起きた時、パソコンとかの電源が落ちないように、緊急の電気を供給する機械だった。
音が鳴っている理由は、なかに入っているバッテリーの劣化をお知らせするものだ。電池の交換時期ですよ、と。
それにしても、何年前の物なのだろう。UPSは、確か、長くたって20年くらいしか保たないはず。この工場が何年前に止まってしまって、放置されていたかは分からないけれど、BB後の技術が使われているのは間違いない。
詳しくは分からない。でも、私でも分かるのは……これは売れる。
バッテリーを取り出してリサイクルに回せば、それなりの希少金属が抽出できるはずだ。
「けど……」
ホルスターから電動ドライバーを抜いて六角ネジを外し、気合を入れて持ち上げてみるが、数十㎜しか上がらない。
「重い!」
大きな独言が洞窟に反響した。機械から手を離し、プラプラと手を振る。重量が凄い。軽く100㎏はあるんじゃないか。
目線を上げると、降りてきた地面がちょうど目線の高さにあった。こんな重い物を、こんな高く持ち上げて、さらに持ち帰るだなんて――「イ」型、「ウ」型、「エ」型のハイパーアキュムレーターならともかく、「ア」型の私ひとりではとても無理そうだ。
何でこんなグレーチングの下の、メンテナンスしづらそうな場所に装置を置いたのだろう。恨むぞ旧人類。
心のなかで悪態を吐きながら、無線機のボタンを押して外で作業しているおーちゃんへ声をかけた。
「こちら絢。UPSを見付けたんだけど、持ち帰れそうになくて……どうしよう」
数秒後、ノイズ交じりに聞き慣れた声が返ってくる。
≪お疲れ様。あーちゃん。他に見付けた物はある?≫
「うん。いつもの銅線。今日の分くらいは」
≪何が問題?≫
「重くて……」
≪運べないんだね。使えそうな物は周りにある?≫
「ここにくるまでにいくつか見つけだけど……」
≪分かった。何か手伝って欲しい?≫
「えぇと……」
準備万端、なんて状況は少ない。いや、無いと言っていい。だから、限られた持ち物で、限られた状況で、どう最善を尽くすかがジャンク屋としての腕の見せ所だ。
下の階には手で移動できるクレーンがあったし、台車もあった。ジャッキアップできる機械も見た気がする。確証は無いけど、それらを使えば問題を解決できるかもしれない。
入口まで運べればサクラに結び付けてキャンプまで運んでもらえるだろう。
でも、おーちゃんは足が悪い。ここまで来るのは大変だ。少なくとも工場の入口までは自分で何とかしなければならない。
これを売って、お金を稼げれば――。
おーちゃんは私のやりたいことを尊重してくれる。これまでもそうだったから。私が一言、「頑張る」と言えば、「じゃあ待ってるね」と言って、無線の電池が切れるまで話して、一晩中でも待ってくれる。
だからと言って本当に夜になってしまったらおーちゃんも危ない。今、集めた銅線だけ持って外に出れば、日が暮れる前にキャンプまで戻ることができる。
バッテリーのインジケーターは、まだオレンジ色に光っている。
≪どうする? あーちゃんに任せるよ≫
無線機から、静かにこちらの意志を質す声が聞こえる。
ピ――。ピ――。ピ――。
こちらの迷いなどまったく意に介さない機械と、真っ暗な工場のなかで、ふたりきりで見つめ合う。
――もし、お金がたくさんあれば。あの娘を探しに行けるのに。
≪大きな危険を冒して利を取りにいくか。小さな危険を冒して今日をやり過ごすか≫




