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ジャンク屋ちゃん! ~Scavenger Girls!~  作者: 山田擦過傷
1話:壊れた世界を直す旅
19/24

#10.クラッシュ! アンド! バーン!

 


 ピー! ピー! ピー!


 目覚ましの音が聞こえる。

 彼らはどうしてこう神経に(さわ)る音色で(わめ)くのか。

 もっと優しく起こしてくれてもいいじゃない。


 ピー! ピー! ピー!

 ひゅー。ひゅー。ひゅー。


 目覚ましの音で浅くなった眠りが、強い風の音を拾い始める。

 宇々(うー)ちゃんは見つかったけれど、連日の山歩きとクマの襲撃で疲れている。

 もう少し寝かせて欲しい。


 ――や――あや。


 変わった目覚ましの音がどこかから聞こえる。

 そう、まるで、私の名前を。


(あや)! 起きて下さい! 絢!」

緯兎(いー)ちゃん――!?」


 危機感が電気のように身体を貫いた。柔らかい寝袋から跳ね起きると、開いたテントの入り口から声を張り上げているいーちゃんがいる。


「な、なに……」

(タイタン)へ! 早く!」


 目をこすっていた手を引かれて立ち上がり、(バックパック)だけ()(つか)んでよろよろとテントから出たところで、強風が私の髪を散らしていった。


 いーちゃんはトタンの板を盾のように構えて風除(かぜよ)けになってくれた。何とか(まぶた)を開けると――視界が黄色く濁っている。

 私の目がおかしくなったんじゃない。


 きれいだった日光の植物も、男体山も、中禅寺湖も、すべて黄色いフィルターがかかったように薄汚れて見える。


 ピー! ピー! ピー!

 バッグに引っかけているガス検知計は狂ったように喚いている。


「なにこれ……ケホっ……」


 風景のあまりの変わりっぷりに呟いたが、私はこれを知っている。

 洋上で発生、成長し、日本列島に上陸した熱帯低気圧が、北上する過程でたまたま汚染のひどい地域を通った時、重金属などの汚染物質が巻き上げられる数年に1度の異常気象。


 出会うのは二度目だ。


汚染台風ポリューションタイフーンです。すぐに避難します」

 いーちゃんはこちらを見ずに言った。


「コホっ」

 何回か呼吸しただけで、持久力と耐候性(たいこうせい)に優れているはずの「ア」型土壌改善型新人類ハイパーアキュムレーターの身体から空咳(からせき)が出る。


「う、うーちゃんは? 皆は!?」

「避難準備を始めています」


 風除けとなってくれるいーちゃんがいなければ(まぶた)を開けていることもできないだろう。手を引かれるがまま歩くと、車のドアに辿(たど)()いた。


 アイドリングの振動が手のひらから伝わる。(すで)にエンジンはかかっている。


「さあ、乗って」

 コンコンと止まらなくなってきた咳に顔をしかめながら車に乗り込む。車内には厳しい表情の皆がいた。ハンドルを握るえーちゃんが風の音に負けないように声を張って。


「よし! 山を降りるぞ!」



 中禅寺湖は男体山の(ふもと)にあるとは言え、その標高は1200mを超える。私たちは相当に高いところにいるのだ。


 旧ウツノミヤまで行くには延々と続くつづら折りの下り坂、いろは坂を走らなくてはいけない。身体が右左に揺れるのは、ヘアピンカーブのせいか、荒れた路面のせいか、強風のせいか。


「今何時?」

 同じ後部座席に座っている往子(おー)ちゃんと宇々(うー)ちゃんの方を見て聞く、


「6時くらいかな」

「日が出てすぐか。皆、無事だったんだね」


 窓の向こうはとても昨日と同じ朝だとは思えない。

 バタバタとフロントガラスが鳴り始めた。雨足が増してきたのだ。どっと勢いを増して、音を車内にこもらせる。


 全力でワイパーが動いている。


「うーちゃんが起きてきて、変な臭いがするって」

「くせえ」


 うーちゃんは暗いうちに気が付いたのだろう。それでおーちゃんを頼って避難を始めた。


「暑い日が続いてたし、積乱雲が成長していた。しばらく雨は降ってなかったのは分かっていた。予想はできたはずなのに……ごめんね」


 おーちゃんはしおらしくそう言った。

 違う。責任があるとするなら、この旅を言い出した私で。


「おーちゃんは悪くないよ……」

「あー子の言う通りだ。気象庁は瓦礫(がれき)の下だよ」


 そうえーちゃんが吐き捨てる。



 ――♺――



 車内で響く話声は、助手席に座るいーちゃんの道案内(ナビゲーション)とえーちゃんの短い返事だけ。


 皆、口には出さないものの、考えていることは同じだ。


 石塚組がキャンプを出発するまで今日を含めて3日。1日あれば移動できるが、それは快晴だったらの話。汚染台風ポリューションタイフーンが1日や2日で通り過ぎてくれるとは限らない。


 旧ウツノミヤに戻れなければ他の皆とは生き別れだ。


 えーちゃんが舌打ちする。

 車のフロントガラスからガタガタと音がする。ワイパーが止まっていて、大量に打ち付ける雨粒を弾いていない。壊れてしまったのだ。


「こんな時に」

 苛立(いらだ)っているえーちゃんにいーちゃんが声をかけた。

「もう少しで下山です。慧摺(えすり)。頑張って」

「おう!」


 車の外は真っ黄色になっていた。数m先だって見えない。そんな中をいーちゃんの声を頼りに車を走らせている。


 私は乗っているだけだ。ハンドルを握るえーちゃんに頼るしかない。集中して欲しいから応援もできない。


 何もできない自分が、とてつもなく(くや)しい。


 それでもしばらくは何とか走っていた、だけど、唐突に車が大きく揺れた。


「やばッ……」

 えーちゃんが鋭く言って、重力が飛び、悲鳴が車内で攪拌(かくはん)される。

 衝撃が来るまでの一瞬に見えたのは、迫ってくる前の席で――。


 ピー! ピー! ピー!


「ああ……」

 (うめ)き声を上げて、何とか目を開ける。


「申し訳ありません。慧摺」

「いー子は悪くねえ、道路が陥没(かんぼつ)してた……」


 陥没した道路にタイヤがとられて峠道(とうげみち)()れた。車は崖を駆け下りて木にぶつかって止まり、私の頭は慣性に従って前の席に頭突きをした。


 シートベルトがなかったらもっと酷いことになっていたかも。顔を上げると、フロントガラスが蜘蛛(くも)の巣が貼ったように割れているのが見える。


 エアバッグを()()ったえーちゃんは振り向くと、

「すまん! 大丈夫か!?」

「平気だよ、行って!」

 おーちゃんが短く答えた。


 頷いたえーちゃんは鍵を回す。

 ギュギュギュギュッ! とセルモーターを回して、1回目……2回目……3回目でやっとエンジンが(うな)りを上げた。


 無理矢理に車をバックさせて道に戻る。そこからすぐにいろは坂は終わってくれたものの、車はガタガタと揺れる。


 舗装(ほそう)された道の上でも真っ直ぐ走ってくれない。


 割れたフロントガラスから外気が入って来ているのか、ガス検知計が甲高い声で(わめ)き、咳が止まらなくなる。


 何回もエンジンが停止(エンジンストール)してしまう。その度にえーちゃんは鍵を回してエンジンの再始動をするが、段々と言うことを聞かなくなってくる車に、焦っているのがこっちにまで伝わってくる。


 そして、ついにセルモーターすら回らなくなった。えーちゃんは振り上げた拳を無言でハンドルに叩きつける。もうクラクションも鳴らない。


 彼女だけが責任を負っている。


 それを私は見ているだけ。


 何で私は座ってるだけなんだ。


 怒りに似た感情が身体を動かした。


「確か……あった」

 バッグを(あさ)って見つけたガスマスクを着けてから、車のドアを開ける。


「えーちゃんN(ニュートラル)に入れて――いーちゃん、手伝って!」

「何する気だ!?」

「押すの!」


 車から出た途端(とたん)に暴風と豪雨に背中を押されて体勢を崩した。車を支えにして後ろに回り、荷台を押す。


 道路は緩い下り坂だ。舗装も大分マシではある。押せば動くはず。 

 いーちゃんがタックルするように荷台に身体を押し付けた。

 ぐぐぐ、と車が進み出す。


「運転しろ、往子(おーこ)

 ガスマスクを着けたえーちゃんが降りながら、運転席を譲った。


「私も押す」

「誰かがハンドル取らないとだろ」

「でも」


 おーちゃんは唇を噛む。

「……バイクは捨てて」

「分かった。うー子!」


 同じくマスクを着けたうーちゃんが荷台に上がり、オフロードバイクを固定しているワイヤーを(ほど)いて道に転がした。


「良し! かみさまの死体(アトラス)のところまで行くぞ!」


 4人で車の荷台に手を着いて、おーちゃんが舵を取って、じりじりと台風の中を進んだ。



 ――♺――



 車を駐車場に置きっぱなしにして店内に駆け込んだ途端(とたん)に、膝から力が抜けてしまう。ガスマスクで防ぎきれなかった有害物質のせいか、咳は止まらず、雨に濡れた身体は震えている。


 いーちゃんだけがテキパキと動いていた。バッテリーをショートさせて火種を作り、コンクリートの床の上で焚火を(おこ)してくれている。


 息が上がっている。

 空気を吸って、咳で吐く。

 まともに息もできやしない。


 拾った大金で手に入れた車は壊れて、物資も最低限のものだけを残し捨ててしまった。石塚組の元に帰れるかどうかも、もう分からない。


 この旅は失敗だったのだろうか。


 でも、それを認めてしまうのはやっぱり悔しくて、

「また5人(そろ)ったんだ」


 抵抗するようにそう呟いた。



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