#8.友達ハンティング!
男体山の辺りは戦場にならなかった。
中禅寺湖の方から望めばきれいな円錐形の、標高2,486mの成層火山には多くの緑が残っている。
草と土を踏みしめるたびに、熱と湿気を帯びた森の香気が身体に入ってくる。
夏とは言え山歩き。
薄着という訳にはいかないから、長袖長ズボンに厚底のブーツ。サバイバルに必要な装備を背負っている。すぐに汗だくになった。
杖にしている棒LEDとバールが重く感じる。置いてくればよかったかな。
小川のせせらぎを唯一の清涼剤にして、森の中を進んでいく。
一番期待していた以前のキャンプ地は真っ先に探したものの、宇々ちゃんの姿はなかった。
あの子どころか、森には満ち満ちるほどの命の気配があるのに、視界に入るのは草と虫くらいだ。潜在的にはたくさんの動物がいるはずなのに、その姿を捉えることはない。
なんだか動物たちから一方的に見られているような、動きを監視されているような気分になってくる。
がさがさ――、と。
不意に物音が聞こえた。
咄嗟に目を向けたのと、数羽の黒い鳥が飛び立ったのは同時だった。
「なんだ、カラスか」
何もない。誰もいない。木の高いところで枝が揺れているだけだ。こんなことが何度も続いている。やっぱりあの子は日光にはいないんじゃないか。そんな気がしてくる。
「ここには……いない……んじゃないか……」
ぜえぜえはあはあと肩で息をする慧摺ちゃんにそう言われてしまった。何か言い返そうとしたが、持久力に優れると言われる「ア」型土壌改善型新人類の私でさえキツイ登山だ。体力のない「エ」型の彼女にはつらいだろう。
緯兎ちゃんと往子ちゃんは、高性能な「イ」型の身体能力とオフロードバイクで山を走り回っているはずだ。
日も傾いてきた。
「キャンプに戻ろっか」
そう言うと、えーちゃんはほっと息を吐く。
結局、うーちゃんのいた影も、えーちゃんへの反論も、見つからなかった。
かつては赤く塗られていたのだろう、大きな鳥居が立っている。
「そっちは何か見つけた?」
聞くと、いーちゃんとおーちゃんは揃って首を横に振った。
日が暮れる前に下山して、中禅寺湖のそばのキャンプに戻って成果を報告し合うが収穫はないみたい。あと残り5日で宇々ちゃんを探し出して、石塚組のところまで戻らなくちゃ。
ざらざらとした焦りを背骨の辺りに感じる。
えーちゃんは缶詰の焼き鳥を串でつつきながら、
「男体山ってエリアを絞ったと言っても、山ひとつだ」
「えーちゃんでも居場所の想像はつかない?」
あいつは動物すぎるからなあ、と諦めたように呟いている。えーちゃんくらい頭が良くても、宇々ちゃんの行動は読めないのか。
「闇雲に探してもダメだろうな。宇々のいた証拠を探していこう」
「証拠……証拠か」
えーちゃんは串に連なった焼き鳥を焚火で温めている。
うーちゃんは石塚組で色々なことを学んでいたはずだ。飲み水の確保。食べられるもの、食べられないものの見分け方。手軽に火を起こすやり方。簡単な材料でシェルターを立てる方法。
自然だらけの山でそんな文明の片鱗が見つかれば、そこにはうーちゃんがいた証拠になるかも。そこから追えるかもしれない。
探すべきは、人が暮らした痕跡。
「ウ型のハイパーアキュムレーターは、その土地において侵略的外来種になりうる。在来種を食い荒らせる性能だ」
えーちゃんが言う。
「山の王になっててもおかしくないよね」
おーちゃんが変な喩えを出して、
「大型の哺乳動物がいた形跡を探しましょう」
いーちゃんが頷いた。
…………。
みんな、うーちゃんのこと何だと思っているのだろう。
――♺――
ふと目を覚ますと、まだまだ夜だった。
深夜だろうがテントから身を出そうが、蒸し暑さは変わらない。ちょっとトイレを探して……喉も乾いた……。
月明りでじゅうぶん明るかったから、目をこすりながら彷徨っていると、話し声が聞こえてきた。
「いつまで付き合うつもりだ?」
「最後まで」
咄嗟に物陰へと身を隠した。
物音を立てないようにして様子を窺うと、月明りに照らされて、手すりに肘を付いて静かな湖を眺める、えーちゃんとおーちゃんがいた。
「本気かよ」
「うん」
隠れる必要はないし、盗み聞きするつもりもなかったのだけど、何となく、体育座りの姿勢から動けない。
「時間が解決するだろ。そのうち」
「そうだね」
「うー子と合流できたところであいつが自信を取り戻すとは限らないし」
「……」
私の話をしている。心配しているような声色で。
抱えた両膝に視線が落ちる。
「もし、うー子が死ん――」
「それでもね」
身体がビクつく。
直視してこなかったリスク。危険が満ちるこの世界で行方不明になったあの子が、この世にもういないかもしれないという悲観を、
「壊れてしまったものは元には戻らない。過ちは取り戻せない。だけど――」
おーちゃんは遮って、
「瓦礫から新しい世界をつくることはできる」
誰かの言葉を諳んじるかのように、静かに続けた。
ため息交じりにえーちゃんは呟く。
「うー子が見つからなかったら。石塚組に戻れなかったら……」
「その時は、独立しようか」
「おい、私といー子も道連れにするつもりか?」
「うん。来てくれるでしょ」
はっはっは、とえーちゃんは笑った。
「どうしてそこまでやる?」
「私はまた、あーちゃんの、どこまでも突き進んでいく姿が見たいから」
――♺――
空を見上げると、ピカーンと効果音が聞こえてきそうな晴天だ。
蒸し暑さで目が覚めると、もくもくと巨大な入道雲が沸き立ち。崩れたアスファルトが熱気を放って、ゆらゆらと揺れているように見える。
あれから2日間、山を駆けまわって見つけたのは、
倒されて食べられた草、
水分を含んだ動物の糞、
爪痕の付いた木の幹、
打ち上げられて頭だけになった川魚、
人のものではない足跡。
大型の哺乳動物がいるのは分かったが、人為的なものは何も。
「喉乾いた」
誰に聞かせるでもなく独り言を言うと、動物が集まりそうな水辺、つまり水源を中心に探そうという意見が出た。
「えーちゃんは?」
「夏バテです。キャンプにいると」
いーちゃんが答える。
仕方がないから、三人で手分けして山に入った。
「うーちゃん」
草の根を分けて探す。
「いる……?」
山に満ちる命に突っ込んで探す。
「また会いたいよ――」
常に納期が頭をちらつき、連日の猛暑を浴びて、人手も減った。
ちょっと注意力が落ちていたのかもしれない。
がさがさと茂みが揺れた。
もしかして、と視線を注いで、背筋が凍った。
黒い毛玉だ。
無警戒にこっちを見ている。
子供だ。動物の。
心臓がガンガンと奔り出す。
つまり――!
茂みの向こう、100メートル先で立ち上がったもっと大きな黒い毛玉。
見据える眼光。
3メートルはありそうな巨躯。
フッフッと鼻で鳴らす興奮が聞こえる。
ある日――
森の中――――
クマさんに出会ったたたたた。




