#7.かみさまの霊園
青空のもと、私たちを乗せた車が唸り、太いタイヤでガレキを踏み越えていく。
窓から入ってくる風はむわっと暑く湿っていて、本格的に夏に突入したのだと感じる。道の凹凸を拾って車が縦に横にと揺れるたびに、積み込んだ荷物がガタガタと音を立てる。
1週間分の燃料。
1週間分の水と食料。
1週間ほどで石塚組は私たちの帰還を待たずに、今のキャンプを離れるそうだ。
つまりそれが、私たちに与えられた宇々ちゃん捜索の納期。
目的地は日光。約60㎞の旅だ。
日光から今のキャンプ地に移動した時の道を遡っているだけだから、ルートは確定している。それに、時速60㎞で走れば1時間。何だったら自分の足で走ったって良いくらいの、あっという間の旅。
「とは行ってくれないよね」
「道を間違えたか?」
「いえ、合っています」
慧摺ちゃんが呟くが、緯兎ちゃんは間違いないと言う。
この前までは確かにあった道が、大量のコンクリートの破片で塞がっている。10tトラックが通れたのだけど。
「高架橋が崩落したんだね」
国道の立体交差が崩れてしまったのだ。半端なところで折れた橋梁の断面から、縮れた鉄筋が生えているのが見える。野良のかみさまが暴れたのかもしれない。
「仕方ない、迂回するか」
まあ、土壌改善型新人類の旅が順調に進むことなんてまずない。その証拠にハンドルを握っているえーちゃんはご機嫌だ。鼻歌なんか歌っちゃって。
「この車、何て言ったっけ。タイタン?」
「乙産自動車のウルトラタイタンだ。オリオン通りで廃車を2台、別の店で見つけてさ。ニコイチ狙ってたんだよねえ」
「第1次エネルギー戦争初期から、第2次大戦後期まで製造されたロングセラーモデルですね」
いーちゃんがそう言う。
「そうそう。高い走破性と、V型8気筒のディーゼルエンジンはどんな燃料でも動くって、軍用を中心にバカ売れ。荷台に銃座を置いて、サラダ油で走ってかみさまと戦ってたバケモンピックアップトラックでさ――」
うんぬんかんぬん。
延々としゃべり始めてしまった。
「えーちゃん、こういう大きい車、好きだよね」
「まあな! 昔からコイツに乗るのが夢だったんだよねえ。いや~、絢子様様だわ! あっはっは!」
うーちゃんを探すためのお金で私腹を肥やしているハイパーアキュムレーターはそう言って笑った。往子ちゃんに話を振る。
「おーちゃんはこういうの好きじゃないの?」
「好きだよ。あとで運転させてってお願いしてる」
「運転席、譲ってくれそう?」
「……多分」
「そうなんだ。それにしても、えーちゃん、よくしゃべるね」
「えーちゃんはオタクだから、情報が好物なの」
「聞こえてるぞ!」
えーちゃんは、エンジン音に負けず劣らずの大声を出した。
――♺――
灰色から、緑色へ。
30㎞走っただけなのに旧ウツノミヤとは風景が一変してしまった。廃墟だらけなのは同じだが植物がたくさん生えている。
すっかり日光だ。
ここまでくるのに日が傾いてしまったから、暗くなる前にキャンプ地を探す。
「この辺りが良いかと。軍事施設や研究施設がほぼなかったため、戦争の影響が比較的軽微です」
いーちゃんが見つけたショッピングモールの駐車場に入った。スーパーにホームセンター、車用品店とガソリンスタンドまである。当然、みんな機能していないけれど。今夜は屋根と壁には困らなそうだ。
兵器の格納庫を改装したような、大きな店舗に入って4人で歩き回る。あまり同業者は来ていないのか、天井まで積まれたままの商品を見てえーちゃんが呟いた。
「日用品とか家電はけっこう残ってるな」
「お宝あるかな」
ジャンク屋の性なのか、こういう廃墟に入ると使える物がないか歩き回ってしまう。えーちゃんと一緒に箱のラベルを一個一個をライトで照らしていると、
「お! 見てみろ、あー子」
「何か見つけた?」
「大容量の太陽光発電システムだ。開けてみろ」
木箱に書いてあるラベルを指差して、えーちゃんはにやりと笑った。私は持ってきたバールを箱の隙間に突き刺し、てこの原理で釘を抜いていく。
中身が露になって、金属製の箱に付いた埃を払った。
「良いねえ。パネルに蓄電池、パワコンまでパッケージになってる」
「うわ、でっか……誰が買うんだろう」
「DIYでシェルターでも作る奴がいたのかもな」
「売ったらいくらくらい?」
「状態は悪くないし、動作確認さえできたら……そうだな……500円はいけるな」
「うおお。お宝だ」
「よし。ちょっとフォークリフト探してくる」
「私も行く!」
「それ持ち帰れないよね?」
「……」
冷や水をかけるようなおーちゃんの声で我に帰る。
「えーちゃん、あーちゃん。それ、持ち帰れないよね?」
いけない。つい夢中になってしまった。おーちゃんが怒ったところを見たことはないが、もしも怒らせたらと思うと恐い。
「うーちゃんを探しにきたんだもんね!」
「そ、そうだな! トラバサミでも探すか!」
仕事とはどれだけ「やっている感」を出すかが重要である。そう、昔、誰かが言っていた。やれやれ、という表情を浮かべているであろうおーちゃんの顔を見ないように、えーちゃんとふたり、カサカサとお店の中を動き回った。
「っと。花」
突然、ライトの光に映し出された、白くて小さな可愛らしい花を踏まないように足を引っ込めた。店の中にいきなり現れた場違いな花だ。
辺りを見回すと、
床のコンクリートは完膚なきまでに叩き壊れている。
辺りの商品棚には破壊の痕が残り、園芸用の土の袋が破れている。
見上げると、崩落して穴が開いた天井から冷たい月明りが射し込んでいる。
確か、
「ハクサンハタザオ……だったっけ」
「喋らないで」
といつの間にか傍に来ていたおーちゃんが短く言った。
肌がピリつくのを感じた。
危険が迫っているのだ。
口を閉じる。
えーちゃんがいーちゃんに目で合図をすると、彼女は棚で身体を隠しながら小銃を構えて周りの確認を始めた。
丁寧にクリアリングをしながら、月明りが一番射し込んでいる方向へ向かう。あそこに何かがいる。
緊張で引き延ばされた永い永い数分間が経ってから、
「問題ありません。死んでいます」
といういーちゃんの声が聞こえた。
月明りに照らされたハクサンハタザオの花畑に頭を突っ込んで、巨人が死んでいた。6mくらいの身長。ギリシアの彫像のようなマッシブな体つきを鎧のような装甲で固めている。
間違いない。"かみさま"だ。
「シューヴェアトリオン工業製、"アトラス"。機能停止から長い時間が経過しているようです」
「アトラスか……死体でよかった。ほんっとに」
えーちゃんが特大のため息を吐く。
「もし生きてたら……?」
彼女はやれやれといった表情で自分の首を斬るジェスチャーをした。
――♺――
夕食を皆で囲む。
焚火を熾して、インスタント食品を温めながら、
「あそこまで完全な死体は珍しいな」
「リサイクルに回せばそれなりに儲かりそう」
えーちゃんと一緒に呟く。
かみさま。
神角ヘヴィーインダストリアル社が基礎技術を開発し、各社が模倣、世界的な超後期高齢化社会による労働力激減への対策として普及し、やがて第1次エネルギー戦争で兵器に転用され、最終的にはこの世界を滅ぼした工業製品群。
資源の枯渇。エネルギーの枯渇。爛れていく世界で、人間はたくさんの同族を養うだけの優しさを維持できなくなったと聞いている。
人間は引くに引けなくなった。のっぴきならないところまできてしまった。
気が遠くなるような数のかみさまが造られて、人間に使役されて戦い、理由は分からないが人間を憎むようになり、最後にはかみさま同士で破壊を繰り広げ、そして死んでいった。
問題は、かみさまの身体にはカドミウムやニッケル、コバルトとかの重金属が大量に使われていて、それらが電解液と一緒に流れ出て、この星を命の育たない不毛の大地に変えてしまったこと。
それが私たち、土壌改善型新人類の旅の始まりだった。
「放っておこうね」
さっきのように釘を刺すような口調ではなく、死者を悼むようにおーちゃんは言う。
惜しいが、放っておくしかない。今回の目的は商売じゃないから。
「もう寝よう。明日から登山だ」
前方にそびえる巨大な山の影を見てえーちゃんが言う。
男体山、あそこで私たちはしばらく過ごした。




