#5.良い子のマネーロンダリング!
今日もいい天気だ。
青空と入道雲の下、石塚組の土壌改善型新人類たちがお行儀よく並んでいる。
「えぇ、じゃ、斫理副隊長、よろしく」
「はい隊長、ありがとうございました。何か他に連絡のある方はいますか?」
自分の筋肉が重そうに立っている隊長が、塗装の剥げた拡声器を斫理さんに渡し、明瞭な声で皆に質問を飛ばす。
いつもの朝礼の流れ、いつもなら何もなく終わる光景を突き破るように、慧摺ちゃんの長い腕がすっと伸びた。
「では、慧摺」
えーちゃんは淀みなくハイパーアキュムレーターたちの前に出ると、斫理さんから拡声器を受け取る。
彼女は、すう、と息を吸って。
「今日は私から仕事の依頼だ! 野郎ども!!」
そうして、日常通りになりそうだった緩慢な夏の朝はガビガビの大声により吹き飛ばされた。
――♺――
天を覆うアーケードは、崩れたジグソーパズルのようにところどころが崩落している。これでも修理が進んでいるのだそうだ。
大通りに向かい合うように隙間なく並ぶ商店には、服やら食料やら廃品やらが積みあがっていて、大勢のハイパーアキュムレーターたちが行きかっている。
大声で呼び込みをかける店主と、客の値切る声が混じり合っていて、あまりの雑踏に圧倒されてしまった。
「これが"オリオン通り"……」
ここいらで暮らすハイパーアキュムレーターたちが作った町の中心地だ。旅する同業者のほとんどが立ち寄る商店街となっている。
私たちはこの取引の中心地に、犯罪を犯しにきたのだ。
不意に手に入れてしまった500円玉の山。しめて10万円分。
これだけあれば何でも買えるし何でもできる。一生働かないで暮らしたり、安全な中央取引市場に引っ越したり。
それこそ「さがさないでください」と置手紙を残していなくなった宇々ちゃんを探しに行くことだって。
だけど、大金はそのまま使うことができない。
ハイパーアキュムレーターが作った町のほどんどは規模が小さい。だから経済的に崩壊しないよう大金を使わせないための規則が決められている。
「街ごとにハイパーインフレを防ぐための施策は違うが、オリオン通りのルールはこうだ。『住人以外の500円玉を使用した取引を禁じる』。両替も10万円なんて金を想定してない」
慧摺ちゃんが雑踏に粉れるくらいの声量でおさらいし、
「町が使えるお金の上限を設定して、市場価格をコントロールしてるの」
おーちゃんが補足する。
つまり、私の拾った500円玉は無用の長物。いくら持っていても、銅と亜鉛とニッケルの合金でしかない。規則を破ればこの町では犯罪者だ。
えーちゃんが緯兎ちゃんの方を向く。
「いー子、罰則は?」
「はい。初犯は見逃される傾向にありますが、悪質さを認められた場合、少額であれば町への奉仕労働。高額の場合は罰金の上、追放、その後に立ち入り禁止処置になった判例があります」
「10万円なら?」
「実刑は免れないでしょう。80年ほどの強制労働です」
「奴隷ってわけだ、絢子」
えーちゃんに冷えた目線を向けられて、口の中が急に乾く。捕まったら行方不明の友達を助けに行くどころではなくなる。
でも、この機会を逃したら、二度とあの子には会えなくなる気がする。だから私はリスクを冒してでも探しに行くと。
――資金洗浄をすると決めた。
「気持ちは変わってないよ」
背の高いえーちゃんを見上げて呟くと、彼女は頷いた。
「500円玉を使用した取引は禁止だ。100円玉も多いと渋られる。店の者が受け取ろうとしない。ただ、この町の規則には明確な抜け道があるんだ……」
えーちゃんは目線を上げる。アーケードの隙間から射し込む陽の光の眩しさに、すっと眼が細くなった。
「物々交換は青天井なんだよねえ」
商店街を覆うアーケードの隙間から、どこまでも高い青空が見える。
違法なお金を洗濯して、キレイにするマネーロンダリングは大きく分けて3段階。
第1段階。
数日前のこと、えーちゃんは私の拾った10万円を丸ごと使って隊長に取引を持ち掛けた。内容は石塚組の所有する一番良い10tトラックを買い取りたいと。
おにぎりのような頭の隊長が、梅干しを食べたように渋い顔を浮かべたのを覚えている。長く、重苦しく、静かな話し合いの末に、取引は成功。
500円玉の山はきれいさっぱり無くなって、でっかくて高価なトラックが手に入った。
第2段階。
ハイパーアキュムレーターの集まりのことを「組」と呼んではいるものの、前提として自分の面倒は自分で見なければジャンク屋として一人前とは言えず、そこには女も子供も関係ない。
つまり私たちは個人事業主の寄り合いなのだ。上意下達は双方の利益があってこそ。隊長の指示を受けるかどうかは個人の裁量に任されている。
自分の命に対する責任はあくまで自分自身にあり、どんな仕事を選ぶかは自分で決めるもの。
そんな皆に、朝礼でえーちゃんは仕事を依頼した。
内容は、購入した10tトラックをバラバラに分解して、部品をオリオン通りに持ち込んで取引をすること。
お金ではなく、価値のある機械部品と電子部品の山。これならただの物々交換だ。皆には、多めの手間賃を渡すから、必要な物資を手に入れてきて欲しいと頼んだ。
うだるような暑さの毎日を送る皆の目にこの仕事は魅力的に映ったようで、喜んで協力してくれた。
そして――。
いーちゃんはヘッドセットに指を当てた。効率よく無線会話を済ませると、えーちゃんの方を向く。
「慧摺。準備完了です」
「お、流石に早い」
前から見知った顔の「ハ」型ハイパーアキュムレーター3人組が歩いてくる。石塚組の若い兄ちゃんたちだ。
「三馬鹿がおつかいを済ませて来たなあ」
えーちゃんが意地悪そうな笑みを浮かべる。
ガラの悪い3人はすれ違いざまに私の手にバッグを押し付けて、そのまま通りすがっていった。振り向くと、どうや、やってやったで、と言いたげな横顔が見える。
ずっしりと重たいバッグの口を開くと、中にはたくさんの100円玉、10円玉、5円玉、1円玉がキラキラと輝いていた。
第3段階。
皆がトラックの部品を使って物々交換したお釣りや、取引を繰り返して手にした小銭を、私たちに集める。
今、私の手元には、使えなかったはずの大金がある。
「よし。楽しいお買い物と行こうじゃないか」
そう、えーちゃんは満足気に鼻で笑った。




