現実の幼馴染の女子なんてこんなもんだと思う。感謝はしてるけど礼はいわない
足取り重く帰宅し、2階にある自分の部屋へ引きずるように登り、やっとの思いで部屋の扉に手を掛けたのは夕方の5時を少し回った頃だった。
おかしいな、学校を出たのは2時前だったのに。
ドアを開けて部屋に入るとヤツがいた。
「なんだ来てたのか美和」
「おかえり佑真」
ラフな格好の美和は我が物顔で俺のベッドにうつ伏せのまま、俺の漫画を勝手に読んでいる。
いつもの光景といえばいつもの通りなのだが、それでも勝手やすぎませんかね、幼馴染さん。
こいつの名前は清水 美和。近所に住んでいる小学校からの腐れ縁で、高校まで一緒になった幼馴染の女子である。
今でこそ学校内では清楚系美人さんと言われているが、ガキの頃は俺よりも背が高く、俺よりも攻撃力の高い、言ってみればご近所内のボス猿であった。
「佑真、オマエは私の子分1号だ」
「ありがとう美和ちゃん」
といった思い出したくもない逸話があったりするのだが、この記憶は絶対に墓の中まで持って行く予定だ。
そんなガサツ女子も中学に入ったら髪を伸ばし、高校に入ったら「おい、お前の幼馴染かわいいな。ちょっと紹介してくれ」なんて言われるように成長しやがった。
中身は未だに猿のくせに。けっ。
「今なんか失礼な事考えてなかった?」
「勝手に俺の部屋で好き勝手やってるお前のほうが失礼と違うんかい」
「私はカワイイからいいのー」
「このやろう・・・ぶっとばしたろか」
美和との関係は、いつもこんな感じだ。お互いに遠慮はない。
「佑真~~、美和ちゃ~ん。お菓子あるけどいるー?」
下から母さんのおおきな声が聞こえた。母さん、こんなヤツをおもてなしする必要な無いんだよ、と思っていたら。
「真紀子さーん、ありがとう!今から佑真に取りに行かせるー」
と、ベッドの上から大声を出す美和。
ちなみに真紀子とは母さんの名前だ、っておい、なんでお前が返事してるんだ。
「解ったわ~、佑真ぁ、取りにいらっしゃいキッチンに置いておくからねぇ」
俺の返事を待たずに母さんのスリッパの音が遠ざかるのが聞こえた。
「私に奉仕する権利を与えてやろう。早く取りに行け」
ほら、と顎を振る美和。何様だこのやろう。
「何様って幼馴染様だっつの。イヒヒ」
腹の立つゼスチャーをして菓子を得ようとする暴君である。ここは大人な俺が折れるとしよう。決して、こんなヤツに頭が上がらない訳で断じてない。
ないったらない。
世の中には、可愛くて控え目で主人公に一途な巨乳で将来結婚しようねって幼い時の誓いを健気に覚えていて、毎朝可愛く起こしてくれる料理な上手な素敵な幼馴染がいるようだが、あれは完全に男が描く妄想の中にしか居ない存在だというのが良くわかる。
本当の幼馴染の女子とは横柄で自分勝手で面倒な相手なだけである。
しかも、こちらの部屋に勝手に来ては何の承諾も無しにこちらの大事なコレクションを持ち出すくせに、こっちが行こうとすると
「ちょっと!何勝手に入ろうとしてんのよ?キモっ!うっわ キモ!!! こっちくんな」
だとよ。
俺だって行きたく行くんじゃないんだっつの。お前が勝手に持って行った漫画を返せって言ってるんだ。なんで4巻と7巻だけもっていくんだよ。途中はどうしたんだ。いや、間の5巻と6巻を貸す話じゃないぞ。ちゃんと返せって話だ。
などと脳内で悪態をつきながら母さんの用意したお菓子をもって部屋にあるちゃぶ台の上に置いた。
「ほら持ってきたぞ。飲み物は麦茶でいいだろ?」
「サンキュー。お!フィナンシェだ。真紀子さん解ってる~」
「フィナンシェは俺が好きなんだよ。本来俺の分なの」
「ま、それに関しては昔から良く言うじゃない」
「え?何を・・・?」
「私のモノは私のモノ、佑真のモノは私のモノ・・・ってね」
「ジャイアニズムを全面に出すな」
「このフィナンシェも佑真みたいなもっさりした男に食べられるよりも私の体内に入った方が喜んでるよ」
「何言ってやがる。俺が食べるべきお菓子を勝手に食いやがって、あー俺が食うべきフィナンシェが減ったんだけどー」
「買ってきたのは真紀子さんでしょうに。いう事が小さいなあ。ほんと小さい、小さい」
「小さいを連呼すんな。男には色々な意味で禁句なんだぞ」
「器も小さいし、言う事も小さい。フィナンシェに麦茶っていうセンスの無さも小さい。ついでに言うと女を見る目も小さいよねぇ」
「え・・・」
「そんなんだから、フラれるんだっつの」
ぐはっ!!
クリティカルヒット!俺に100のダメージ。
「ちょ・・・っと・・・美和さ・・・ん?何を言って・・・おるじゃかなもし」
「佑真、語尾が変」
変にもなるわ。何こいつ、エスパーなの?
完全に動揺している俺は次の言葉が出てこない。そんな俺に美和は追い打ちをかけた。
「アンタが真っ白な顔して下駄箱に向かっているのを偶然見ちゃったのよ。何事かとおもったけど、あまりの悲壮感に声かけられなかったわ。スマホで連絡しようか、追いかけてみるかなんてしばらく考えていたら、反対側から水原と佐々木が並んで歩いてるのが見えたわけ。そこで、あーナルホドねって思ったのよ」
「ナルホド・・・とは?」
「いや、やっとバレたのね・・・と」
「バレた・・・とは?」
「最初に言ったよね?水原はやめときなって」
「確かに、4か月前にそんなことを美和が言っていた気はするけど」
「とりあえず様子を見ようとこの部屋で待ってたけど、こんなに長く待つ事になるとは思わなかったわ。どこ行ってたのよ」
「よくわからん。気づいたらこんな時間だった」
「あらあら、カワイチョーでちゅね」
「くっ・・・コロせ」
「はいはい、で?大体は察しが付くけど何があったのか言ってみなさいよ。その方が楽にもなるっしょ」
俺は今日この目で見たことを美和に語りだした。
午後の授業が無くほとんどの生徒が下校した中、ちょっとだけ長引いた委員会の会議に出席していた俺は、会議が終わったので教室に忘れ物を取りに教室に向かおうとした所、吉村先生に呼び止められた。
「松本すまん。先生これから職員会議があるんだ。申し訳ないがコレを用務室に返却しておいてくれないか」
薄汚れた巾着袋を手渡す吉村先生。中身を見るとスコップが二つ入っていた。
「なんでこんなもの持ってるんですか」
「さっき花壇をちょっと手直しするのに使ったんだよ。返すの忘れててな。すまん」
ちょっとふくよかな丸顔の吉村先生に穏やかな笑顔で言われると、なんとなく断れない。
「はあ、しょうがないですね。貸し一つということで承ります」
「ありがとうな。よろしく頼む」
吉村先生はバタバタと教室を出ていった。その間に他の委員会の生徒も疎らに教室を出ていく。
じゃあねと手を振り合う女子生徒、帰りにコンビニ付き合えよと肩を叩きあう男子生徒。
俺は忘れ物の回収とスコップの片づけがあるので皆と別行動だな。そんな日もあるさ。
鞄を持って自分の教室に向かおうとすると、廊下で話し込んでいた女生徒の一人がこちらに気づいた。
「あれ?松本君帰らないの?」
「ああ、忘れ物を取りに行くのと、吉村先生に頼まれごとされちゃってね」
「そうなんだ。大変ね」
「田嶋は帰るんだろ?」
「うん、よっちゃん・・・って言っても知らないよね。友達と待ち合わせしてるの」
「そっか、まあ気を付けて。えっと、よっちゃんだっけ?によろしく」
「ふふっ。ちゃんと伝えておくわ」
そういって、俺は田嶋・・・えっと下の名前はなんだっけ?まあいいか。同じ委員会で先ほどまで一緒に会議に参加していた女の子と分かれて、自分の教室に向かった。
廊下を歩きながら外を見ると、いまだ残暑厳しいが日差しは少し柔らかみを感じ気が付かないうちに秋が近づいているのが解る。
毎日、暑い暑いと言ってた割にはあまりプールに行けなかったな、なんて少し後悔しながら歩く俺。
やはりもう少し計画を立てて、色々な可能性を書き出し・・・
「ちょいちょい、まってまって佑真」
「ん?なに美和」
「詳しく心情を語ってくれるのはありがたいんだけど、そこのくだりって今必要なの?」
「やっぱり細かい描写があったほうが、臨場感があって良いのかなと」
「話が長い!結論からしゃべれ」
「え?話聞いてくれるんじゃなかったのかよ」
「アンタの夏の感想とかどうでもいいのよ。聞いてあげるって言ったのは水原の事よ」
「いきなり核心についてしゃべるのって勇気がいるんですけど」
「本当にミジンコね。今言おうが後で言おうがおんなじでしょうに」
「ミジンコってなんだよ」
「アンタが小さいが禁句だっていうから解りやすい例えをだしたのよ」
「もう少し優しい例えは無かったのかよ」
「じゅうぶんに優しいでしょうが」
どこがだよ。
でなに?つまらない話は端折って完結に話せ?つまらないってお前鬼か?まあいいや。
そんなわけで教室行って忘れ物を収めて吉村先生から依頼されたスコップを戻しに用具保管室に向かった。
ウチの学校の用具保管室って美和知ってるか?うん知らないだろ?基本的に生徒は使わないからな。
用務員さんとウチら委員会のメンバーぐらいしか使わないと思うんだけど、掃除用具やらスコップやら花壇の土やらネットやらが保管してある場所が校舎の裏にあるんだよ。
埃くさいし基本的に人が近づかないから鍵も掛かってないんだ。貴重品もないし。
今考えると、それも良くなかったんだろうと思う。用具保管室の中に俺より先に中に入ったままのヤツラが居るなんて思ってもみなかったんだ。
「え、そんな汚い場所でハチあわせたの?」
「おい、先にオチを言うなよ。まあ話の流れから容易に察することは出来るだろうけど」
「あ、ごめん話の腰折って。続けて♪」
「こんな時だけ上目使いするな。逆にイラつくんだよ」
この用具保管室ってL字の構造で、曲がった先には棚があって奥が深い造りになっている。
吉村先生からのスコップは入り口手前の箱に戻すのですぐに用事が終わったんだけど、その時になんか話し声が聞こえたのだ。
この保管室には何度か来てるけど、誰かと会ったことは一度も無かった。
フラフラと声が聞こえる角まで近づいたが、会話を聞いて俺の足は歩みを止めた。
「ん・・ちょっ、誰か来たらどうするのよ」
「こんな所誰も来ねぇよ。だからこそ穴場なんだって」
「いいところがあるって着いて来た私が言うのもなんだけど、ちょっとここはカビ臭い」
「においなんてすぐ慣れるさ、な?」
鼻息の粗い男の言葉の後に続くリップ音。
「ん・・・ウン・・ちょっと・・・」
「な?いいだろ・・・」
「バカっ、これ以上はダメよ・・・」
おいおいおい。こんな所で盛っちゃってるの?
無防備にも程があると思うよね。俺みたいなのにデバガメされちゃうよ~。
なんて、普段の俺ならそう思うであろうし、意識の半分はそんなつもりだった。
でも、残りの半分はこれ以上の詮索を中止するような警告を受けていた。だめだ。動いてはいけない。角を曲がった先にいる二人の事を確認しちゃだめだ。
なぜなら、聞いたことがあるから。
なまめかしい声を出している女の声を知っているから。
俺の前でそんな声を出したことは一度もないけど、そのしゃべり方を聞いたことがあるから。
付き合って4カ月である俺の彼女の水原の声にそっくりだから。
でもでも、しかし、大丈夫大丈夫。声が似てる女子生徒なんて沢山いるはずだ。
俺の彼女である水原が俺以外の男と、浮気なんてしないはずだ。
親友である正博が「おい、水原ちゃんってお前の彼女だよな?この前の日曜日に隣のクラスのヤツと居るのを見たんだけど。他人の空似だよな」なんて言ってたけど、幻聴って事にしたばかりじゃないか。
落ち着け、俺。
今回も幻聴だ。それが一番の解決方法だ。
むやみに他人の情事を覗くなんてゲスの行為だからな。
そうやって無理やり脳内で納得した俺に決定的な声が聞こえた。
「そういや水原。お前ちゃんとアイツと別れたんだよな」
「ん・・・え・・・?アイツって松本君の事?」
「そんな名前だっけ?なんか彼氏気取りしていたお前の遊び相手」
「遊び相手って酷いわ。ちょっといい顔したら尻尾振ってきたので何度かデートしただけよ」
「やっぱり遊び相手じゃないか。向こうは本気だったんじゃねえの?」
「さあ?知らないわ。3回ほどデートしたけど、面白味も無かったしお金も無いしで、ここ1ヵ月ぐらい連絡取ってないもん」
「ハハっんじゃ大丈夫だな。」
「こんな時に他の男の話題出すってどういう事よ」
「だな、わりぃわりぃ」
さっきまで脳内がバタバタしていたのが嘘のように引いていた。
俺はそのまま歩を進め、角を曲がりイチャついている二人の前に姿を現した。
「面白くもお金もなくて、悪かったな」
つい嫌味っぽく発した言葉を聞いた二人の顔は見ものだったな。
寸前まで悪口言っていた相手が出現したらのだから、びっくりなのと体裁が悪いのが一緒くたになったという表情だった。
俺は俺で決定的な現実を突きつけられて、悲壮感7割、憤怒3割といった、これまたなんとも言えない顔色をしていたと思う。
しばらくの沈黙が埃臭い部屋の中で充満していたが、一番に立ち直ったのはやはり女性である水原だった。
彼女は乱れた制服を直しながらため息を一つ吐き出した。
「ふぅぅ。なんだか久しぶりね松本君。さっきの会話が聞かれてたみたいね。盗み聞きなんて気持ち悪い事するのね」
「盗み聞きなんかしてねえよ。俺は用事があってここに来たんだ。まさか先客がいるなんて思わなかったさ」
「あっそ。お仕事ご苦労様。まあいいわ。話が前後しちゃった感じがするけど、そんな訳で私たち正式に別れるって事でいいわね。得に問題ないでしょう?」
「な・・・なんだよ、その言い方って・・・」
「え?なあに?私に未練でもあるの?やめてよね。ストーカーなんて迷惑だから付きまとわないでね」
「いやストーカーって」
なんだよこいつ。こっちは何も言ってないのに犯罪者候補にするな。
「言っておくけど私ばっかりが悪いわけじゃないからね。松本君だってここ最近は連絡くれてないでしょ?」
「それは水原が忙しいからって、返事も無かったし」
「返事が無い程度であきらめちゃうんだったら、いいじゃない。お互いその程度だったって事で」
それってお互い様なのか?
俺は水原の意思を尊重してたんだけどな。でも、今更何をいっても言い訳っぽいな。
水原は俺が返事をしない事を肯定と踏んだのか、一つ鼻をならして歩き出した。
「それじゃ、いこう佐々木君」
「お、おう。えっと、じゃあな松本」
水原は俺の顔を全く見ずに、佐々木はバツの悪そうな顔をしながら用具保管室を出ていった。
俺はその場でしばらく動けなかった。
水原にフラれたのがショックなのか、4カ月間バカにされていたのがくやしいのか、俺が出来なかった事を佐々木があっさりやってる事が羨ましいのか。
「美和に見られていたのは気づかなかったけど、その後はフラフラとしていて傷心のまま家に帰ったという訳だよ」
「あはははははははははははははははは」
「うぉい!何爆笑してんだよ!そこは大変だったねとか、そういうのあるだろうが」
「ああ、ごめんごめん。この漫画が面白くてさ」
「ふっざけんな。話を聞くんじゃなかったのかよ、って何漫画本に隠して携帯いじってんだよ」
「うぃうぃうぃ・・・と、送信♪」
「誰に送ってるんだよ。ってあー!また勝手に本を持って行くな。それまだ俺読んでないっつの」
「いいじゃん別に。ってあ、もう返信きた。やったね。来週シェイク奢ってもらえるわー」
「え?なに?どういう事?なんだか全然会話が嚙み合ってないんだけど。俺を慰めるって事じゃないのか?」
「なにそれ?なんで私が佑真を慰めないといけないのさ、めんどくさい。私はケンちゃんとの賭けに勝った事を連絡してたのよ」
めんどくさいってヒドくない?
そしてこいつ、何いってるの?賭けってなにさ。
「あ~、私とケンちゃんで佑真が別れるのはいつかって賭けしてたの。半年付き合ったらケンちゃんの勝ちだったけど4カ月で別れたんでしょ?だから私の勝ち」
ケンちゃんとは美和の彼氏であり俺も良く知っている1つ上のイケメンである。
「おっまっえ・・・ケン兄ぃとそんな事で賭けてたのか!てか、ケン兄ぃも酷い!」
「あ、その事はケンちゃんも謝ってるよ。ほら」
美和が持っている携帯の画面を俺に見せてくれる。そこには「佑真にもゴメンって言っておいて、でも半年ぐらい持たせろよなあ」の文章があった。
「でもシェイクを奢ってもらうのは私だけだからね」
「そんな賭け事のシェイクなんぞ、いらねぇわ」
くっそ、美和と話していると本当に調子狂うんだよな。フィナンシェでも食べて落ち着こう。
「あれ?美和」
「なに?水原の事は同情しないよ?やめておけって言ったのに舞い上がってたアンタが悪いんだからね」
「その件とは別件です」
「だからケンちゃんのシェイクは私だけだっつの」
「そっちでも無いわ、お前、ここにあるフィナンシェ2つあったのになんで全部食べてるの?」
「2つないわよ1つだったじゃない」
「おめぇ数をかぞえられないんかい!持ってきた俺が言ってるんだから2つあったんだよ」
「佑真こそ何いってるのよ。数は2つだけど味はプレーンと紅茶の2種類でしょう。つまりどっちも1つなんだから間違ってないじゃん」
「なんだその理屈はぁぁああ」
ドヤ顔の美和に何を言っても無駄であるが文句を言いたい俺の気持ちはだれが解ってくれるのだろうか。
本当にコイツはふざけてやがる。
これ以上美和に言っても埒が明かないのは昔から知っているので麦茶を一気に井の中に流し込んだ。
ダンとコップをちゃぶ台において一息つく。
「まあなんだ。3時間ばかり街中をふらついてたら頭も冷えてさ、言うほど俺も水原に本気じゃなかったんだろうなって思ったんだよ」
「ふーん」
「なんかさ、当時は雰囲気に流されたというか周りにも彼女持ちが増えてさ、俺も俺もなんて変なノリになってさ」
「ふーん」
「なんかちょっと水原と話したらいい感じ?的な反応があったんだよね」
「ふーん」
「いやあの時さ美和が後悔するぞって、俺と水原とじゃ性格的に合わないぞなんて言われてさ、逆にムキになったというもちょっとあるんだ」
「ふーん」
「結局は美和の言った通りでさ。最後の1カ月はちょっと苦しくなってたんだよ」
「ふーん」
「だから逆に、今はちょっと清々してるんだよな」
「ふーん」
「って、お前、本当に俺の話を聞いてるのかよ」
「聞いてるわ!佑真のアホ面を見ながら相手できるのなんて私か莉子ぐらいだよ。ほれ!」
そういって、美和は電話番号が記されたメモ帳を手渡した。
「なに?この番号」
「3時間フラフラしていた佑真を心配で健気に見守っていた子の電話番号だ。お礼ぐらい言っておきなさい」
「どゆこと?」
「佑真が白い顔で校舎を出た後に、莉子とばったり会ったんだよ。私はほっとけって言ったんだけどさ、莉子が心配だから様子を見守るって聞かなくて」
「え、俺の徘徊ってお前にチェックされてたのかよ」
「私は途中で帰ったわ。最後まで見守って逐一報告くれたのが莉子なの」
「うわ、それはまた・・・」
「莉子ってば佑真が飛び降りたらどうしようって心配してたんだからね。ちゃんと連絡しなさいよ」
「逆に恥ずかしいわ」
「そんな心配されるような顔をしてたのよ、佑真は」
「面目ない」
「本当よ・・・なんであんなイイ子が佑真なんかを・・・」
「え?何?」
「なんでもないわよ」
なんだかんだで美和に心配をかけていたようだ。ここらあたりが幼馴染って感じかね。
「そういえば美和」
「なに?」
「えっと、その莉子ちゃんだっけ?良く知らないんだけど、美和の友達なの」
「は?」
「え?」
「佑真、莉子の事を知らない訳が無いでしょうが」
「いや、しらねぇってば」
「なんでよ、委員会で一緒でしょ?田嶋 莉子。知ってるでしょ!莉子ったらよっちゃんとの約束を断ってまで佑真を見守ってたのよ」
「え?田嶋って莉子って名前だったんだ。初めて知った」
そういえば田嶋はよっちゃんと待ち合わせしてるって言ってたな。
美和は何とも言えない顔で「莉子ってば、もう少しアピールしなさいよ・・・」とつぶやいてる。
それから、キッとこちらに向いて大声を出した。
「佑真、莉子に電話しなさい。今すぐ!速攻で!クイックで!」
「おいおい、なんだよ。そう急かすなって」
「いい?莉子を泣かしたら、いくら佑真でも許さないからね」
「泣かすって、お礼を言うだけだろう」
「いいから!いますぐだー、横で私が監修してやる」
美和は鼻息荒く俺に命令する。
いやいや、心配しなくても俺は田嶋とはそこそこ仲が良いと自負してるので、泣かすなんてことはあり得ないっつの。
がーがー煩く美和が吠えるので、俺は先ほどの電話番号にコールする。
あれ?良く考えたら田嶋は俺の番号を知らないよな。だったらメールとかのほうが良かったかな。
と思ったら繋がった。まあいっか。
「あ、もしもし。突然ごめんな。俺、松本、田嶋の番号で会ってる?・・・」
この2か月後、美和にほくほく顔で「私のおかげだな」と上から目線で言われた。
俺は何も言い返せなかったが。
「そうだね、美和ちゃんのおかげだね。はいフィナンシェ」
と莉子が手渡した。
仲良く半分で分け合う二人を横目で見る俺がいた。