6 いざ学園へ
まだ 夜が明け切っていない為、外が白みがかった朝靄に包まれ、少し冷たい澄んだ空気が部屋の中に入り込む中、ローズは誰に起こされる事もなく自然と目を覚ました。
暫くの間、ボーっと天井を見つめていたローズだったが、何か強い決意を胸に抱いた様な力強い眼差しをすると、ガバッと勢いよく上半身を起こした。
普段ならルイが起こしに来るまでは、公爵家の高級フカフカベッドの中でゴロゴロするのだが、部屋の寒さも物ともせずに上半身を起こし軽く伸びをするとベッドから降り立った。
そのまま何かに導かれるように窓際まで歩いて行くと、まだ朝靄が掛かってはいるが寒くなってきて遠くまで見渡せるようになった空に誘い込まれるかの様に窓を開け放ち新鮮な空気を取り入れる。
一度、大きく息を吸ってから何をする訳でもなく、少しの肌寒さを感じながら窓枠に手を付き外の景色を眺めている。
すると、後ろからそっと抱き込む様にガウンを掛けられた。
「ローズ様…そのままでは風邪を引いてしまいますよ…」
「うわっ!!びっくりした。ジュリアス父様かぁ……ふふっ。全く気付きませんでした。いつ部屋に入ってきたのですか!?」
優しく微笑みながらガウンで包み込む様に抱き締めているジュリアスに顔だけで振り返りビックリし過ぎて笑ってしまうローズは楽しそうに話しかけた。
ジュリアスも楽しそうに微笑み返すとギュッと抱き締め直しながらローズに話しかける
「普通に扉から入って来ましたよ!!全然、気付いていない様でしたが、こんな朝早くから何か考え事でもしてたんですか!?」
「ふふっ。そうですね……
この世界で気が付いてからの事を考えていました」
ローズは、この世界で気が付いてから、殆どの時間をこの屋敷で過ごして来たので、今日から暫くの間 この屋敷から離れる事になり感慨深いものがあるようだった。
朝早くに目が覚めてしまったローズは、自分の部屋の窓を開け秋晴の澄み切った空を体で感じながら屋敷の外を眺め、今まであった出来事を思い返していたようだ。
「この世界で気が付いて、家族の事や自分の事も分からなくて、悲しい事や辛い事も沢山あったけど、公爵家に来られて、お父様達と出会えて幸せだなぁ…って……思って……」
「そうですか………ですが 私も、ローズ様と出会えた事が自分の人生最大の幸せなんですよ」
「クスクス。お父様はいつも大袈裟ですね」
普段から大袈裟な表現をするジュリアスに、ローズは可笑しくなってクスクスと笑い出す。
「そんな事はありませんよ。私には、あなた以上に愛するものも、大切なものも、この世界には無いのですから……
愛していますよ。ローズ……」
耳にキスでもするかの様に唇を寄せローズを横目で見つめるジュリアスに愛の告白をされたローズは羞恥から顔を真っ赤に染めてしまう
「…………あり……が…とう…………」
(ぎゃーーーー!!!朝っぱらから何なの!!せっかく旅立つのに 相応しい清々しい澄み切った朝だったのに、一気にピンク色に染まったんですけど……こんなに面と向かって愛してるなんて言われたの初めてすぎて羞恥通り越して気絶しそうなんですけど……)
「ふふっ。そうやって、いつまでも慣れない所も また、愛しいんですけどね」
そう言って優しく微笑んだジュリアスは、ローズの髪を梳くようにしながら、そっと首元に手を差し入れるとローズの顔を軽く上げさせて額に優しくキスを落とすのだった……
ジュリアスの流れるような一連の動作の、あまりの美しさに、ローズのキャパは完全にオーバーしてしまったようで、腰が抜けそのまま膝から崩れ落ちそうになってしまうが、楽しそうなジュリアスにお姫様抱っこされ、そのまま部屋にあるソファに膝抱っこのまま腰掛けるとルイが起こしに来るまでの間、ずっとローズを抱き締め頬を撫でながら愛を囁き続けるのだった……
***
「ローズ……本当に行ってしまうんだね……」
捨てられた子犬の様な顔をしたクロードが、ローズの両手を握り締めながら別れの挨拶をしている。
「クロード父様…そんな事言ってますけど、このまま一緒に学園まで行って今日はお泊まりするじゃないですか…」
「はぁ……ローズの居ないこの屋敷に意味などあるのだろうか……」
「あっ…の…お父様……??私の話……聞いています…??」
いくら愛しいローズの話でも、今回ばかりは都合の悪い話しは耳に入って来てないようで、尚もこの世の終わりの様なクロードが寂しさに打ち拉がれている。
だが、次の瞬間には、何かを思い立ったように力強い目つきで顔を上げると
「もう……いっその事、王都に引っ越すべきなのかもしれない…………… なぁ、ジュリアス!!」
強い決意を胸抱いたクロードが力強い眼差しでジュリアスに語りかけた。
「そうですね!!クロード様。早速、住み心地の良さそうな屋敷を何軒か探して参ります!!」
完全に情緒が狂っているクロードに対して、普段は冷静なジュリアスも、神妙な顔で頷くと馬鹿な事を言い出し始めた。
そんなトチ狂った事を言い出した、父親2人に既視感を感じたローズも慌て出す。
「あのーー!!お父様方。現実に戻ってきて!!しっかりして下さい。この領地に居ないとファルスター領の管理はどうするんですか!!領主なら領民達の事をしっかり考えないとダメじゃないんですか!!」
「グッ……ローズは、本当にいい子に育って……でも、こんな時ばかりは、我慢せずに お父様と離れたくない!!と我儘言ってもいいんだよ……」
ローズの最もな意見にクロードは言葉に詰まってしまうが、それでも、自分の思いを棚に上げてローズの気持ちを気遣うようにローズの思いを代弁し出すも……
「……………」
(おぉ….うん……
寧ろ、この世界に来てから公爵家を離れて初めて年の近い人達との共同生活………凄く楽しみです………なんかごめんなさい!!)
ローズが自分の思いを勝手に解釈され、クロード達の収拾の付かないやり取りに無言になっていると、クロード達を馬鹿にするかの様なエリオットの乾いた笑いが辺りに響き出した。
「アハっ。クロード達は、なんか可哀想ね!!私は、これからローズちゃんが寮にいる間は王都メインで仕事する事にしたわよ!!既に寮にも王都にも近い丁度 中間地点に、一軒 屋敷を買っちゃったし!!」
「えっ??わざわざお家買ったんですか!?」
エリオットの突然の宣言に驚いたローズは、思わず目を見開いたまま振り返りエリオットを凝視してしまう。
「ふふっ。家の一軒や二軒なんてローズちゃんの居ない生活を思えば安いもんよ!!広くて綺麗だからローズちゃんは、いつでも遊びに来てね!ローズちゃんの部屋も作ってあるわよ!!」
「うわーーー!!すごい!!楽しみです!!」
王都の新しい家に自分の部屋があると聞いたローズは忽ち瞳を輝かせて興奮気味に喜んだ。
「ふふふ。でしょ!!一緒に女子会しましょうね!!」
「はい!!!」
エリオットは楽しそうにローズに向かってウインクすると、ローズも元気に返事をし返した。
「おい!!!何言ってんだよ!!女なのは見た目だけで完全に男のクセに!!寧ろ普段はローズが来ないと思って女連れ込んで鉢合わせさせんじゃねぇぞ!」
エリオットの調子に乗った一言にピクついたアルベルトが、もっともなツッコミを入れると、よけいなこを言うなよと、ばかりにアルベルトを睨むエリオットが言い返す。
「ちょっとアルベルト!!生意気な事言ってると泊めてあげないわよ!!」
「おい!!俺も金出したんだから勝手な事言うなよ!!そう言う訳で俺も王都に行ける時はそっちで寝泊まりするから!!悪りぃな。クロード、ジュリアス!!ギルバート!!」
「「「チッ!!!」」」
3人の舌打ちが揃ったところで学園に向かう馬車の準備が出来た様だ。
明後日の入学式に備えて、このまま馬車で学園の寮まで行き諸々の準備を整えつつ明後日の入学式を迎えるらしい。
ローズは、これから始まる新生活にドキドキと胸を高鳴らせていた。




