31 騎士団訪問 3
ガチン ガチンと模擬刀のぶつかり合う音が、静まり返る演習場に響き渡っている。
身体能力では、遥かに獣人のルイの方が有利だが、日々 騎士団で鍛錬を積んでいるジョイも押し負ける事なくルイに食らい付いている。
「くっ……俺だって騎士団の中で毎日鍛錬してるんだ、獣人だからって調子に乗って、毎日呑気にローズと戯れてる奴なんかに負けるかよ!!」
そう言いながら刀を思い切り横に振り切ったジョイを、仰反る様なかたちで軽く躱しながら
「浅い噴水で溺れるような奴が、俺に敵うわけねぇだろ!!」
と、言い放ち そのまま片手をついてバク転しながら躱し低い体勢のままジョイの足元を回し蹴る。
それを飛び上がって避けたジョイは
「何年前の話したんだよ」
と、焦った様にに頬を赤らめて反論しつつも攻撃の手を緩めない。
お互い一歩も引かない展開に、ローズもハラハラしながら見守っていた。
模擬刀とは言え 当たれば軽い怪我では済まなそうな2人の打ち合いを紙一重で交わし合う戦いに堪らず目を逸らしてしまう……
どちらにも怪我などして欲しくないローズは、自然と両手を胸の前で組み祈るような気持ちでルイとジョイを見つめ直すと唇を強く結んで静かに見守っていた。
………
「はぁ はぁ ローズ様の専属の従者とか言ってるが、案外 大した事ないんだな」
ガチンと言う音と共に、少し息が上がってきたジョイがルイを挑発するような言葉を投げ掛けながら、模擬刀同士をぶつけ合い拮抗するかのように互いの刀を交合わせる。
「ハッ。お前なんかに本気出すわけねぇだろ」
ルイも鼻で笑いながら挑発し返すと、力技で刀を押し返し、ジョイを自分から一度離すとそのままルイは、もう一度、模擬刀同士をぶつけ交合わせる。
「お前一人でローズ様を守れると思うなんて図々しいんだよ」
ルイに模擬刀で押されて苦しい表情を浮かべるジョイは、一人勝ち誇るルイに負けたくないとその場で踏ん張り続ける。
「お前が増えたところで何が変わるんだよ!!余計な護衛対象が増えて足手纏いなだけだろ」
そう言いながら力任せに模擬刀を押し切れば
後ろに飛び引いたジョイが、ルイに向かって叫び、飛び込んでいった。
「ぁん!?んな訳ねぇだろ!!!ローズ様の事を死んでも守るって、自分に誓ったんだ!!お前だって、少しばかりローズ様と一緒に居る時間が長いだけで調子に乗るなよ!!」
「お前に何が分かる!!!幼い頃からずっと側で見守って来たんだ!!アイツの事、大して何も知らない癖に偉そうな事言ってんじゃねぇよ!!」
激しく打ち合う刀の音に掻き消されてローズの場所からは、ルイ達が何を言い合っているのかまでは分からないが、彼等は全く馬が合わないんだろうと言う事だけは、鈍いローズにもしっかりと伝わっていた。
そんな中……
「ルイ!!!いい加減分かっているんでしょうね!!??」
せっかくのローズとの楽しいお出掛けなのに、両者一歩も引かない展開に時間を取られ痺れを切らしたのか、ルイにとっては鬼よりも怖いジュリアスの叱責が飛んできた。
その言葉に一瞬にして顔色が変わったルイは、一度 後ろに飛び退くと、刀を握り直し、先程とは比べものにならないスピードでジョイに向かい飛び込んで行く。
そのルイの速さと、鬼気迫る雰囲気に呑まれ、一瞬、戸惑いを見せたジョイの隙を ルイが見逃す筈がなく、そのままジョイの刀を打ち上げ、その反動を生かしジョイの首元で刀先を止めた。
「くっ……参りました……」
悔しそうなジョイが拳を握り締めながら負けを認めると、ルイは静かに刀を下ろし一礼をしてローズ達の元へと戻るのだった。
普通なら、こう言った力と力のぶつかり合いを見せた男達は、意気投合して仲良くなっていくのだが、ルイとジョイに至っては、一切そんな事は無く、その後も互いに目を合わせる事すらないのだった。
ローズはそんな2人を見回しながら、あの2人は本当に合わないんだろうなぁ…と、誰のせいでギスギスしていると思っているのか、自分を巡って対立している2人の気持ちなど全く気付かないまま心の中でため息を漏らすのだった。
***
「よし!!じゃあ、もうこれで挑発者はだいたい出揃ったな!!お前達…もう少し粘ってくれないと騎士団の面子ってもんがあるだろう……」
団員達はアルベルトの言葉に皆気まずそうに視線を逸らすが、アルベルトは差して気にも留めずに
「明日から、訓練を増やすからな!!覚悟しておけよ!!」と端的に言い放った。
その言葉を皮切りに、団員達も、もう解散かと皆が演習場を片付けだそうとし出した時、アルベルトの横で、ずっと試合を眺めていたローズがおずおずと片手を上げ出して宣言した。
「はい!!私も模擬戦してみたいです!!」
…………
…………
「………はっ??一体何を……」
アルベルト達や団員は皆、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして可愛らしい公爵令嬢の突然の宣言を固唾を呑んで見守っている。
「私も父様達に勝って願いを叶えて欲しいです!!」
溢れんばかりの笑顔のローズに、焦り気味のジュリアスがローズの両手を取ると跪き
「ローズ様。そんな事をなさらなくても、何でも言って頂ければ貴方様に叶えられないものなどありませんよ」
ローズを見上げる様なかたちで切実に訴えるジュリアスに対してローズは眉を寄せると
「ジュリアス父様。それはいけないわ!!皆様、叶えたい願いがあるから戦っていたのですよね!!でしたら私も戦って勝ち取ってみたいです!!」
皆の願いは、お前なんだよ!!と、誰しもがツッコミたくなっていたが、固唾を呑んで事の成り行きをじっと見守っている。
するとローズは、ジュリアスの手を外して徐ろに歩き出すと、近くに居た団員から模擬刀を借り受け、構えのポーズを取ろうと刀を振り上げた。
「あっ……重っ!!」
模擬刀を振り上げた瞬間、刀の重さに腕が耐えきれずにふらついてしまうローズに慌てた様にジュリアスが走り寄ると、ローズはその場で踏ん張り笑顔で刀を構える。
「ジュリアス父様、覚悟!!」
愛する娘の可愛らしい宣言に、ジュリアスは驚いたように目を見開くと軽く息を吐いてから苦笑い気味に刀を構えた。
「では、ローズ様。いつでもどうぞ!!」
覚悟を決めたジュリアスが渋々と言った様な雰囲気で、ローズに声を掛けた。
その言葉に答える様にローズは模擬刀を見様見真似で振り下ろし刀を打ち合いだした。
今まで仏頂面で試合を行っていたジュリアスだが、ローズと打ち合う中で心なしか楽しそうにカンカンカンとリズムでも取っているかの様な打ち合いが続く中、何かを思い立ったのかローズは不敵な笑みを浮かべると、刀を打ちつけ交差させながらジュリアスに顔を近づけた。
刀同士で押し合っている為プルプルと震える腕を必死に保ちながらジュリアスを見つめると小さな声で「ジュリアス…父様……参ったは??」と囁くのだった……
至近距離でその言葉を聞いたジュリアスは、突然 崩れる様に肘をつくとその場に刀を落としてしまい「参りました」と頭を下げる。
側で見ていたルイは何の茶番を見せられているのかと呆れ顔で2人を見つめていたが、ふとローズと視線が絡み合った瞬間、ニタっといやらしく微笑むローズが、刀を両手で握り直しルイ目掛けて走り出した。
「ルイ!!覚悟!!」
「ルイ!!ローズ様にかすり傷一つ付けたら承知しませんからね!!」
ローズの叫びとほぼ同時にジュリアスの叱責が響き、突然の出来事にどう対処すればいいのか分からなってしまったルイは身動きが取れないまま楽しそうに向かって来るローズに狼狽えてしまう
刀を構える事も出来ずにオロオロと視線を彷徨わせるルイに容赦なくローズは刀を振り下ろした。
「あっぶな!!」
寸前のところで避けたルイは、尚も刀を振り回すローズが怪我をしない様に細心の注意を払いながらローズの攻撃(?)を寸前のところで避けていく。
ある程度、刀を振り回していたローズだったが、先程から模擬刀を振り回しているので少し疲れてきたのか、足がもつれてしまう……
「きゃっ」
「チッ。何してる!!!」
ルイの目の前で足がもつれて前に倒れそうになったローズを見たルイは自身の持っていた刀を投げ捨てローズを抱き抱える様に庇った。
至近距離で見つめ合うローズとルイだったが何故かローズがいやらしい笑みを作るとルイに向かって
「ルイ…刀を落としたら負けだよ!!参った…は??」
と、呟いた……
「はぁ……参りましたよ……」
ため息を吐きながら負けを認めたルイに「やったー!!」と両手を上げて喜び回るローズに、皆が運動会で孫を見守るお爺ちゃんばりの気持ちで見つめていると、ローズは軽く上がった息を整えながら乱れた洋服を直して真剣な顔でアルベルトに向き合った。
「お父様。いざ尋常に勝負!!」
言ってる言葉だけは一丁前のローズに苦笑いを浮かべるアルベルトは、ジュリアスから模擬刀を受け取るとローズに向かって模擬刀を構えた。
騎士団の中でも真面目で実直、剣技において一切の妥協を許さないアルベルトが愛娘相手に一体どんな試合をするのかと皆が固唾を呑んで見守っていると、ローズは刀を片手にアルベルトに向かって走り出した。
アルベルトは、刀を持って走り寄るローズを迎え討つかのように模擬刀を構えたまま軽く腰を落とすがローズは勢いそのままにアルベルトに近づくと
「アルベルト父様、大好き!!」
と、必殺技を繰り出した。
その瞬間、アルベルトは顔を真っ赤にして固まり、一歩も動けないまま側まで近づいて来たローズが刀を振り上げアルベルトの持っていた刀を落とすのだった…
こうして騎士団総出で挑んでも崩す事が出来なかった公爵家の面々を、刀を振り上げただけでもふらつく少女一人で陥落させてしまうのだった。
***
「それで??ローズの願いとは何なんだ!?」
自分を取り戻したアルベルトは苦笑いを漏らしながら問いかけると含み笑いをするローズは
「ふふっ。それはですね……アルベルト父様達から、剣術を習いたいです!!」
と片手を高々と上げて元気に宣言した。
「ローズ様いけません。剣術なんて教わってどうするのですか!!危ないので許可できません!!」
ローズの宣言に驚き、慌てて止めるジュリアスに、とぼけた顔をしたローズは
「えっ??でも勝ったらなんでも願いを叶えてくれるんじゃなかったんですか!?嘘はダメですよジュリアス父様」
「……ぐっ………」
こんな事になるのなら全力でローズの事を阻止すれば良かったと後悔するジュリアス達だったが、時既に遅しで団員達全員が証人である……
「ハァ…….仕方がないな……約束だからな…じゃあクロード達とも相談しながら少しずつな」
そう言いながら眉を下げて微笑むアルベルトにローズはしてやったりと内心ガッツポーズをするのだった。
普段から厳しく妥協を許さない団長も娘の手にかかれば赤子の手を捻る様に簡単に陥落することが出来るのだと、しっかりと胸に刻む団員達であった。