29 騎士団訪問
馬車から降りたローズは、行き慣れているのか、勝手知ったると言う様なジュリアスにエスコートされ、騎士団の建物の中へと足を踏み入れた。
ジュリアスやルイを伴ってローズがアルベルトの執務室へ向かって歩いていると、物珍しいのか すれ違う団員達から二度見やガン見などをされまくる為、ローズは動物園のパンダになった様な気がしつつ苦笑いを浮かべながらも順調にアルベルトの居る執務室へと辿り着いた。
ジュリアス達が訪れた事により執務室の扉の前に立っている団員の1人がノックをし入室の許可を取る声に 反応したのかアルベルトはローズが普段聞いている声よりも数段低めな声で「入れ」と短く言い放つと、そのまま団員が、静かに扉を開いた。
ローズはジュリアスの背に隠れる様にしてそっと中を覗き込みながら様子を伺っているいと、ジュリアスはそのまま執務室に足を踏み入れた。
「失礼致します。クロード様より書類を預かって参りました」
そう言いながら執務室の中へと足を踏み入れたジュリアスに目を向ける事も無く目の前にある書類を読み込んでいるアルベルトを驚かそうとジュリアスの背中に隠れていたローズがひょっこりと顔を出しながら「アルベルト父様!!来ちゃった!!」と可愛らしく登場したのと ほぼ同時に顔を上げたアルベルトは驚いた様に目を見開くと「ローズ!!!どうして此処へ!!」と戸惑いながらローズの側まで駆け寄ると、執務室で一緒に仕事をしていた団員達からローズを隠す様にローズを抱き上げ来客用のソファーへと腰掛けるのだった…
「クスクス。アルベルト父様、抱っこ久しぶりですね!!
ジュリアス父様がアルベルト父様に届け物をするって言うから一緒に来ちゃいました。ついでにお弁当も作ったので一緒に食べませんか!?」
「…っ……食べる……食べるが………おい!!!
お前等見るな!!!気安く見るんじゃない!!
むしろこの部屋から出てけ!!」
決して仕事中の部下に言っていいセリフではないが、ローズの可愛らしい発言に焦りを募らせるアルベルトは、普段の寡黙な自分を保てずに部下達の前で戸惑い慌てふためいてしまう……
今、ローズが訪れている執務室には3台の机が置いてあり、扉から入って正面のにアルベルトの机がありその机の両側の壁際に副師団長2人の机が置いてあった。
副師団長2人も今まで仕事をしていたであろう手を止めて、可愛らしいローズと焦るアルベルトを珍しいものでも見る様に見つめていたが、アルベルトとローズの会話を聞いた1人の団員が反応し出した。
「なっ!!!酷いですよ団長!!!
でも、その子が噂の娘さんなんですね。団長が紹介してくれない訳が、なんだか分かった様な気がします……
可愛さが半端なさ過ぎて、自分の目と耳を疑いそうなんですけど、ちゃんと実在してますよね!?俺達は変な魔法で幻覚を見させられてる訳じゃ無いですよね!?」
普段からあまり女性と接点の無い団員は、今、自分の目の前に居る可愛らしい女の子の存在を信じられないようで戸惑いながらアルベルトに確認し出してしまう……
「そうだ!!お前が見ているのは気のせいだ!!此処には誰も居ない!!!だから暫くの間、外に出てろ!!」
どうにかしてローズから余計な男達を遠ざけたいアルベルトは、もう その事しか考えられず団員からの問いかけを適当に遇らいながらローズをどうにか隠そうと必死になりすぎるあまりに言っている事がメチャクチャになっていた。
そんなアルベルトの発言に焦ったローズは、アルベルトを落ち着かせるために声を掛けるがそれが更に団員達の心を鷲掴みにしていく……
「ちっ…ちょっとお父様!!ダメですよ!!皆様きちんとお仕事をなさってるのですから、今は、私がお邪魔している状態なのです!!これ以上は迷惑はかけられないので変な事を言ってはダメですよ!!」
普段ポンコツ気味なローズでも、人としての最低限の気遣いを見せるのだが、何せこの国の女性は自己中心的な人間が多いので、ローズの言葉にもう1人の団員も驚愕の声を上げ出した。
「え〜〜〜!!!この子、本当に女の子なんですか!?どうやって育てたらこんな素直な子に育つんですか!?流石団長ですね!!団長、お願いします!!嫁に下さい!!良いでしょ??」
アルベルト達のやり取りをずっと楽しそうに黙って眺めていた団員も、この国の我儘な女性とは違うローズの可愛さに堪らず口を開き出した事により、部下達の発言とローズの危うさに剛を煮やしたアルベルトが堪らす立ち上がると
「いいわけあるかー!!!ジュリアスここは不味い!!ひとまず俺の部屋へ移動するぞ!!」
心からの叫びを口にして隠す様にローズを抱き上げると、そのまま急ぎ副団長以上に与えられている個人部屋へと移動するが、ローズの騎士団訪問がこの後も面倒くさい事になって行きそうで、何故ウキウキ気分で連れて来てしまったのかと、自分の行動が理解出来ずに肩を落としてアルベルトの後に着いて行くジュリアスだった。
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「おい!!!絶対不味いだろ!!此処は活気盛んな男達の集まりだぞ!!ローズを連れて来るなんて……
一体どうしたんだ……お前らしくも無い……」
部屋に着いたアルベルトは、開口一番ジュリアスに詰め寄った。
普段からローズを溺愛してる慎重派のジュリアスなら絶対にしないであろう、血の気の多い男達の集まる場所にローズを連れて来るなどと言う自殺行為を、とても正気とは思えないアルベルトは、完全に頭を抱えていた。
他の貴族令嬢なら嫌悪する様なむさ苦しい騎士団へ、可愛らしい公爵家の令嬢が、父親に作ったお弁当を持って訪れるなど、狼の群れの中に手負の羊を投げ込む様なものであった……
「申し訳ありません。私も何でこうなったのかイマイチ思い出せなくて……今になって物凄く後悔しております……」
ローズの可愛さに充てられて訳が分からないうちに、まんまと連れて来てしまった事を全く気が付いていないジュリアスをルイが後ろから可哀想な子を見る目で見つめているが、連れて来て貰ってしまえば此方の物なのでローズは一人ニヤついていた。
今頃、騎士団中で噂になっている事を考えると、完全に頭を抱えてしまった2人に、自分の置かれている状況など全く理解してないローズは、一人呑気に発言しだした。
「アルベルト父様!!もう、お昼の時間が過ぎていますよ!!今日は天気も良いですし、騎士団の庭の気持ちのよさそうな場所で皆で食べませんか!?きっと気持ちいいですし楽しいですよ!!」
楽しそうに提案するローズとは反対に、そんな開けた場所にローズを連れて行くなんて、奴らに突撃OKの合図を出したようなものだと、恐ろしくて出来ないアルベルトは、ローズの顔を真剣に見つめると
「ローズ…俺は今、物凄く腹が減って我慢が出来ない……
だから、今すぐ此処で食べてしまいたい!!」
何処ぞの食いしん坊の少年のような仕様も無い言い訳をするアルベルトに、良くやってくれたと感謝の気持ちを込めて小さく頷きながら目線で合図を送るジュリアスにアルベルトも軽く頷き返した。
普段から真面目な2人が真剣な顔で何やってんだ呆れ顔のルイの横でローズはクスクスと笑い出すと
「遅くなってごめんなさい父様、じゃあ、直ぐに皆んなで食べましょうね!!」
と楽しそうに謝るのだった……
ローズの可愛らしさに撃ち抜かれて使い物にならなくなった親バカ2人を尻目に、ルイとローズで手際良く準備を始め机いっぱいにローズ達が作ったサンドウィッチや魚や肉を使ったフライ、フルーツの盛り合わせが綺麗に敷き詰められたお弁当を広げていく
「凄いな……こんなに用意してくれたのか!?」
丁寧に作られたお弁当の品々を見回しながらアルベルトが感激の息を漏らすと
「はい!!ディタと頑張りました!!自分でも上手く出来たと思うんです。だから、皆んなで一緒に食べましょう!?」
ローズは少し自慢気に 無い胸を張りながら嬉しそうに答えるのだった。
「あぁ。じゃあ頂くとするか」
「そうですね。とても美味しそうです。ローズ様…ありがとうございます!!本来ならこのまま持ち帰って私の魔法で凍らせて永遠に取って置きたいくらいですが……
今日は、アルベルト様もいらっしゃいますので我慢する事に致します!!」
「…………」
(NOー!!!ジュリアス…NO!!!相変わらず発言が 一々 危ういわね!!もう…流石としか言いようがないわ)
ジュリアスは光悦な表情を浮かべながらローズの作ったお弁当を愛おしそうに眺めている。
その姿にジュリアスの闇を感じたローズは、またいつもの病気が始まったと顔を引き攣らせ、日々ブレる事が無いジュリアスの変態ぶりを感心しているのだった。
その間に大量に作った筈のサンドウィッチ達が見る見るうちに消えていく、100歳近いとは言え、この国ではまだまだ若者にあたるアルベルト達の胃袋は半端では無いようだ。
あんなに文句を言ってたルイでさえも、アルベルト達に負けず劣らず がっついて食べているのを、食べ盛りの子供を持つ母親の様な気持ちで見守っていると、数分も経たない間に殆ど完食されてしまうのだった。
次々と空になっていくお弁当に、頑張って作った甲斐があると、ローズはとても嬉しく感じていた。
……が……早く食べて、早く、ローズを公爵家に帰そうと必死になっている男達の気持ちとは、全く異なっていた……
「ふふっ。あっと言う間でしたね!!足りましたか!?」
「あぁ。とても美味しかったよ!!ありがとう。
さぁ、そしたら馬車まで送って行くよ!!」
嬉しそうに問いかけるローズを、慈しむ様に見つめながら頭を撫でて帰りを促すが、ローズはそんな彼等の目論見に素直に応じるような聞き分けの良い大人しい令嬢では無いのだ!!
「えっ??もうですか!?今、来たばかりなのに……アルベルト父様、父様は仕事で忙しいと思うので、この後、ルイと一緒に騎士団内を見て回って良いですか!?」
いいわけあるかー!!!と叫びたい気持ちをグッと堪えたアルベルトは、引き攣りそうになる頬を必死に抑えてローズに話し出す。
「ローズ……今日は、突然の訪問だったから皆も驚いてしまうよ……次回きちんと日程を組んで案内しよう」
アルベルトは内心の動揺など噯も見せずに、ローズを諭すが
「そんな事言って……絶対に連れて来てくれないの知ってますよ!!大丈夫です。皆様の仕事の邪魔にならない様に目立たないように行動するので!!」
こんな時ばかり鋭いローズに、来たと言う噂だけでも目立ちまくっている存在のくせに、自分の存在をどうやって隠せるのか疑問でならないアルベルト達は軽く溜息を吐きながらジュリアスと目配せするのだった…
だが、何を思い立ったのか突然ニヤリと微笑んだジュリアスが
「アルベルト様。この際です、団員達を集めてローズ様を紹介してしまいましょう!!アルベルト様の大切な存在だと言う事を彼等に身を持って教えて差し上げないと!!」
その言葉を聞いてジュリアスの意図に気付いたアルベルトは、深く頷くと颯爽と立ち上がりローズ達に部屋で待っているようにと伝えると、急ぎ団員達の元へ向かうのであった。
***
「ローズ待たせたな!!騎士団内を案内しながら団員達にも紹介するから一緒に行こか」
暫くの間、アルベルトの部屋で待っていたローズ達に物凄い笑顔のアルベルトが手を差し伸べた。
普段はあまり見せないアルベルトの溢れんばかりの笑顔に戸惑いつつも、騎士団内を見て回れると嬉しそうに手を取ったローズは、アルベルト達と部屋を後にする。
部屋を出たローズは、アルベルトにエスコートされながら騎士団内を案内してもらうが、来た時とは違い、誰一人として団員達とすれ違う事は無かった。
だが、皆忙しく仕事をしているのだろうと、あまり気にも留めないローズは、初めて見る騎士団内に興奮しながらアルベルトに連れられて行く。
暫くの間、アルベルトについて回り粗方、騎士団内の案内が済んだ頃、来た時とは違う扉を抜けて外へ連れ出されたローズは、アルベルトにエスコートされながら公爵家等とは違い、見て楽しむ様な花々もないシンプルな作りの騎士団の庭を連れられて歩く。
公爵家とはまた違う趣のある庭を楽しみながら暫く歩いていると視線の先に石造の壁に囲まれた演習場が見てえて来た。
「うわーなんだか物凄く広そうですね」
外から見ただけでも広そうな演習場に目を丸くしたローズは、ぐるっと円形状に壁に囲まれている演習場の中を想像しながら目の前に聳え立つ壁を見上げている。
「そうだな。魔法なども使ったりするから結構な広さと強度を保っているぞ!!」
優しくローズを見つめながら少し自慢気に説明してくれるアルベルトに連れられて中へと足を踏み入れたローズは目の前の光景に目を見張り固まってしまう……
ローズが向けた視線の先、演習場の中には、綺麗に整列した団員達がおり、ローズ達が中に足を踏み入れた瞬間、団員達が一斉に頭を下げたのを目の当たりにしてしまったからだ。
(なっ!!!やっば!!!!えっ??まさか私達の事を待ってた訳じゃないよね??はっ???えっ???いつから??誰か嘘って言って……)
ローズの軽い一言で、仕事中の団員達を全員集めて演習場で待たせていたなど考えたくもないローズは、嘘であって欲しいと言う切なる思いも込めてそっとアルベルト達を見上げると、何故か満面の笑みで返されると言う更にパニックに陥りそうな返しをもらい、それ以上の思考が停止してしまったローズは、まるでロボットのようにぎこちない動きでエスコートされながら彼等の前に立つのだった。
まさか自分の単なる暇つぶしが、こんな大ごとになるとは思っていなかったローズは、不安になるも アルベルトは全く気にした様子も無く「たまには刺激が必要だから気にするな!!」などと言われて優しい瞳で見つめられてしまう……
そんな瞳で見つめられたところでローズの申し訳なさが消える事も無くこんな場所に忙しい団員達を集めてしまった申し訳なさから少し俯いてしまうローズの気持ちを知ってか知らずかアルベルトは、意気揚々と声を張り上げ団員達に向かって話し出した。
「おい。お前達!!既に噂になっていたと思うが、今、俺が連れているのが俺の娘でもあるローゼマリー・ファディル・ファルスターだ。
一応、名前だけは教えるがお前達に紹介するつもりも、渡すつもりも、微塵もない!!!分かったか!!!
私の娘に気安く近づく事などあってはならない!!その事をしっかりと胸に刻んでおけ!!」
側から聞くととんでもない親バカ発言を、部下達を集めて堂々と発しているアルベルトに、ローズは居た堪れなさを感じ、羞恥で更に顔が赤くなってしまい首がもげそうな勢いで俯いてしまうが、アルベルトの発言が終わると同時に団員達から物凄い大きなブーイングが沸き起こった!!
「えーーー!!!紹介して下さいよ!!!」
「嫁に下さいーーー!!!」
「デートさせて下さーーーい!!!」
「お父様と呼ばせて下さーーーい!!」
「ローゼマリー様ーー!!!こっち向いてーーー」
「ジュリアス様ーーー今日もお綺麗でーーーす!!」
「遊びでもいいでーーーす!!!」
「好きだーーーー!!!」
「独り占め反対ーーー!!!」
「獣人も美しいぞーーー!!モフモフさせろーー!!!」
「匂い嗅がせてーー!!!」
「可愛いーー!!」
「アルベルト様ーー!!一生貴方に付いて行きまーーーす!!」
数名テイストの違う人間が混ざってはいたが、言いたい放題の団員達にジュリアス達のこめかみがピクつき出した頃、更に大きな声でアルベルトが団員達を制した。
「黙れ!!!いいか お前達!!!そんな お前達に機会を与えてやろうじゃないか!!
此処にいるジュリアスとルイに勝てた奴は、俺と対決する権利をやる!!俺から一本でも取れればお前達の願いを一つ聞いてやろう!!!どうだ!!!やるか!?」
その瞬間、怒号のような叫びが騎士団中に響き渡った。
アルベルトの言葉を皮切りに、午後の演習も兼ねた模擬戦を行う事になり、ローズ(?)を巡っての男達の熱い戦いが 今、始まろうとしていた。