26 竜とローズと人間と 3
「ギユウ殿と仰ったか!?申し訳無いがローズの居ない今、私共と少し話して頂けないだろうか!?」
ギユウを向かいのソファに座らせたクレイブは、膝の上で手を組んで少し前のめりに構えると真剣な表情で話し出した。
先程、クレイブを交えた晩餐会も終わり、皆で談話室へと移動したのはいいのだが、クレイブ達は、ローズ抜きでギユウと話しがしたかった為、ルイを使いローズだけを 一度 部屋に戻した。
ローズが自分の側から居なくなった事を未だに不服そうにしているギユウに対して、クレイブは臆する事なく話しを続ける。
本当は、極度の緊張で背中までぐっしょりいやな汗が流れているのだが……
《なんだ!!ローズ抜きで話したい話など、其方等となど何も無いぞ!!》
不機嫌そうなギユウは、不満そうに言葉尻を強めて話すが、こんな事で臆していたら話したい話も進まないと意を決したクレイブは、国王としての威厳を保ちつつギユウと向き合う。
「ですが…我々にはあるのです。ギユウ殿は、本当にこのままローズの側に居るおつもりなのですか?」
普段とは違い国王の威厳を放ち真剣な表情でしっかりと話すクレイブに対して、まるで興味が無いようにソファの上で丸まってそっぽを向いているギユウはクレイブの事を適当に遇らう
《何だ??だったら何だと言うのだ!?我がどうしようと其方等には関係のない事だろう!!》
「関係は…大いにあります!!こちらに居る方達は、ローズの保護者でありますし、私はこの国を統べる国王です。竜が住まうとなると、それなりの対応をしなくてはなりません。
それに、これは最も重要な事になりますが、竜と人間の婚姻を認める訳にもいきません」
《そんなものは関係ない!!我の意見が一番だし、止めようものならローズ以外は炭と化して仕舞えばいいだけだからな!!》
毅然とした態度でキッパリと言い切ったクレイブに、少しイラッとしたのかギユウは威嚇する様に羽を広げて声を張り上げた。
「……っ……それを本当にローズが喜ぶとお思いになりますか!?それに貴方様と婚姻を挙げたとしてローズに子は産めるのでしょうか!?そんな結婚に意味などありますか!?」
《…グッ……….五月蝿い!!!黙れ!!!我はただ、ローズの側に居たいのだ!!邪魔する奴ら誰であろうと許さない!!!》
ギユウの威嚇に臆しそうになる自分を奮い立たせて、グッと膝の上の拳を握りしめたクレイブは、竜と人間が婚姻を挙げたところで双方にとって何もメリットが無い事を諭しだした。
今まで、そう言った前例が無い為に、竜と婚姻を挙げるとどうなるのかは実際のところは分からない。
結婚してこちらに住むにしても竜達の住まう国に住むとしてもローズが苦労するのは目に見えており、もし子供が出来たとして獣人の様に半分人間半分竜の能力を持った子供が産まれてくるのか竜なのか人間なのかそれすらも全く分からず、どの様になったとしてもローズの身体にそれがどの様な影響をもたらすのかも分からなかった。
そんな、どんな弊害が起きるか分からない様な婚姻をローズにさせるなどと言う賭けなどさせられる訳がなく、竜との婚姻など到底認められるものでは無かった。
「そんなにもローズの側に居たいと仰るのでしたら、私共と契約を結んで下さい。私達人間は、あの事件以降、竜に対して無闇に傷つけないと言う決まり事を作り、それを守って生活しています。貴方様も人間を無闇に傷付けないと言う契約を結んで頂けるなら、私共はギユウ殿にとりあえずは婚姻以外の事では何かを言うつもりはありません」
クレイブ達の切なる願いに何か思う事があったのか、少し考えだしたギユウは暫く考えたのち、渋々ながらも口を開いた。
《う〜ん………契約自体は別に構わないが、其方等の言う事を、どの程度 信用して良いものか分りかねるからなぁ…》
「そうしましたら、双方で契約を結ぶのはどうですか!?魔力の効力を持った契約を結び、互いに無闇に傷付け合わない契約を結ぶのです」
《だが……其方等と我だけで契約を結んだところでどうなると言うのだ……人間なんてものは掃いて捨てるほどおるだろう……竜も人間程ではないが、それなりの数がおるんだぞ》
此処に居るメンバーだけで契約を行ったところで、それを他の人間達が守ると言う保証は何処にも無いのだとギユウは契約を渋るが、クレイブは、この国の歴とした国王であるので自分の行おうとする契約に絶対の自信があった。
「私はこの国を統べる国王です。私が契約を行うと言う事は、この国全ての人間達が同意するも同じ事、貴方様は、万が一 他の竜が現れた場合に貴方様が責任を持って対応して頂けますか!?私共は人々の事を責任持って対応します。」
《………あぁ……良いだろう……ただ、我も以前は全ての竜を総ていたとは言え、竜王争いで敗れた身、何処まで抑えらるか分からないが万が一の時は協力しようではないか…》
ギユウがこんなにもすんなりと協力してくれる事に驚きを隠せないクレイブ達は、思わずギユウの気持ちを確かめてしまう
「そんなにもローズの事が大切なのですか!?」
《そうだ!!初めてだったのだ。竜はその圧倒的な存在からか、全ての生き物から恐れられ避けられている生物だろう……
竜の姿を見かけただけでも皆が逃げ惑う。
その中でも我は、長い間、竜達を統べる竜王でもあった……お主も王であるなら分かるだろう…
王とは孤独だ……皆が我の顔色を伺い、頭を下げるが心の中で何を思っているのかは分からない…
常に我の一挙手一投足にビクビクしながら、ご機嫌を伺われる。
ローズだけだったのだ……我を守ろうと駆け回り、あの小さな腕で必死に抱き締めてくれたのは……
純粋に瞳を輝かせて我に笑いかけたり話しかけたりしてくれたのは長い年月を生きてきたがローズ以外は誰も在らなかった》
「そうですね……その孤独は、少し分かる気が致します……」
《何よりも、側に居るだけでローズの側は心地が良いのだ、今更離れるなど考えられん……ローズさえ居れば我はもう何も望みはしない》
ギユウの真剣な思いにクレイブ達も色々と思い当たる節があったのか互いに目配せすると小さく頷きギユウに答える。
「分かりました……では、直ぐにでも契約内容を精査してお互いに合意出来れば契約する方向で構いませんか?」
《あぁ……其方等の好きにするがよい……》
「ありがとうございます。では…今日は長々とありがとうございました」
《あぁ…こんなむさ苦しい男達に囲まれてないで早くローズの側に帰りたいぞ》
先程ちゃっかりキャロラインの膝の上にあがり、現在も座ったままの癖によく言うよと、クレイブ達は冷めた顔で見つめるがギユウはそれだけ言うとその場から一瞬で姿を消していた……
どうなる事かと思った話し合いも、そんなに大きな問題も起きる事なく無事に終了し、ホッと胸を撫で下ろすクレイブ達だった……
この後、もう一波乱起こる事も知らずに彼等の夜は更けていくのであった……
***
「ギユウ。おはよう!!今日もいい朝だよ!!」
今朝も元気に目覚めたローズは隣で気持ちよさそうに眠るギユウに優しく声をかけた。
「ギュ……」
《ローズ…我は先程、寝たばかりだぞ……ハァ〜でも今朝もローズは可愛らしいなぁ……》
ローズ以外に眠りを邪魔されたのなら一瞬で消し炭にされそうだが、ローズにメロメロのギユウは眠いところを起こされてもどこか嬉しそうだった。
ギユウを起こしながら、そっと背中を撫でているローズにギユウは、擦り寄って甘えるような態度を見せればローズはクスクスと笑いながら「甘えん坊さんね」と、ギユウを抱き締めた。
そのまま暫くの間ベッドに腰掛けたままギユウを撫でていたが、ノックの音と共に入ってきたルイがその光景に顔を顰めたところで朝の戯れは終了となった。
「おはようローズ。早く支度をして朝食へ向かうぞ」
今日は、クレイブ達と朝食を取った後、王城へと戻るクレイブ達を見送らなければならない。
クレイブ達は一度、城へ帰った後、上層部の人間達と契約について精査した後、公爵家へと戻りギユウと契約する手筈になっていた。
ただ、ローズはその事は何も分かっていない為、呑気に着替えを済ますとギユウを連れて朝食へと向かって行った。
「おはようございます。クレイブ国王陛下、キャロライン様、お父様方」
「おはよう。ローズは今日も元気そうだな!!」
「はい。クレイブ国王陛下!!今日も元気いっぱいです!!」
「そうか、そうか。だが、ローズはいつになったら私の事を叔父様と呼んでくれるのだろうな!!」
寂しそうに俯いたと思ったらイタズラが成功した子供のような顔でローズを仰ぎ見るクレイブに、朝ぱらから100歳超えてるお爺さん国王のくせに何、茶目っ気出したんだよと、心の中で悪態を吐くローズは多分一生呼ぶ事は無いと思いますよ!!と思いながら無言でニッコリ笑って席に着いた。
そのまま特に大きな問題も無く、和やかな空気の中朝食が進んでいると、窓の外が少し暗くなった気配がした。
先程まではお天気だった筈なのに、雨でも降るのかしらとローズが窓の外に気を取られていると、
ぎゃーーー!!!
外から大きな悲鳴と屋敷の人間達が逃げ惑うような声が響き渡った。
直ぐに、立ち上がったクロード達により、ローズとクレイブ達を守るように壁際に寄せその周りをクロード達が守り固める。
その時、慌てたように駆け込んできた屋敷の人間は、息も絶え絶えになりながらもクロード達へと報告するのだった……