8 ファディル公爵家とノア
「こんにちは〜」
あんな事があったのが嘘のように元気なローズは、月に一度ある、ギルバートの屋敷へお泊まりに行く日である今日、元気にファディル公爵家を訪れた。
養女になった事により、転移装置が使えるようになったローズ達は、楽に行き来が出来るようになっていた。
その為にファディル公爵家にも慣れた方がいいと言う事で、月に一度のお泊りが行われる事になったのだ。
ただ基本的には、この装置を使えるようになってからと言うもの、毎日のようにギルバートがファルスター公爵家に来るので、ファディル公爵家の人々が寂しがっていると言うのも理由の一つらしいが……
と言う事でファディル公爵家に仕える人々の為にもローズが月に一度はファディル公爵家にお泊まりの日が出来ていった…
ファディル公爵家に泊まりに行く時は、基本的にはローズ以外の人間はあまり行く事はない。
なのでその時ばかりは、ルイはローズの側に付いていなくてもいいと言う事で、ルイはローズが泊まりに行っている間、自分の自由に過ごせるようになっていた。
その為、ファディル公爵家へ行くと、ギルバートが仕事の間は基本的にノアがローズについて諸々の世話をしてくれていた。
………
「ローズちゃん、待ってたよ!!」
「今日も宜しくね!ノア!!」
ノアはジュリアスが居ない時は、基本的にローズをちゃん付けして呼ぶ。
ローズも様付けされるより親近感が湧くのでそちらの方が嬉しいのだが、何せ皆ジュリアスの視線が怖くて中々思うように行動出来ない……
ジュリアスがそこに居るだけで何故か畏まってしまいがちだった……
ローズが引き取られてから、基本的にいつも笑顔のジュリアスの瞳が笑っていない事をローズ以外の皆は気付いているからだった。
大体、ローズが居なければその笑顔すら一瞬たりとも見せないのだが……
だが、此処はファディル公爵家で口煩いジュリアスも居ない!!!
なので普段よりものびのびしたノアに出迎えられると、そのまま流れるようにノアにエスコートされながらファディル公爵家にあるローズの自室へと案内される。
まぁ、ジュリアスが居てもジュリアスを揶揄いながら、違う意味でのびのびやっているんたが……
ファディル公爵家のローズの自室は花をモチーフにしてあり、小花柄の壁紙に加えてテーブルやソファにも薔薇を形取った彫刻が施してある。
ベッド自体はシンプルだが、ローズが来るたびに季節の花がベッドの脇に飾られているのでとても華やかで綺麗な部屋だった。
あまりガーリー過ぎるのは苦手なローズだがこの部屋はローズのお気に入りだった。
屋敷ので働いている人達も皆、感じのいい人達ばかりで、ローズはファディル公爵家にも直ぐに慣れてしまった程、居心地がよかった。
…………
「ローズちゃん。聞いたよ!!!
1人で勝手に町に行って危ない目に遭ったんだって!?」
ファディル家にあるローズの自室で一息吐きながら、ノアに淹れてもらった紅茶を一口飲んだところで、呆れ顔のノアに先日の出来事を話題に出された。
「そうなの。。。ギル兄様にも心配かけちゃったよね……ノアも心配した??ごめんね……」
「皆んな凄く心配したんだよ!!まぁ でも、きちんと反省しているみたいだし、俺にまで謝らなくても大丈夫だよ!!」
ローズは恐る恐るノアの表情を伺いながら申し訳なさそうに謝った……
だが、そんなローズにノアは優しく微笑むと頭を撫でながらなんて事ないようにローズを元気づける。
「ありがとう!!今度からは気を付けるね!!」
「クス。本当に無事で良かったよ!!」
先日の出来事を後から知ったギルバートは自分の居ない間にローズがとても危険な目にあった事に胸を痛めたが、同時にローズに危害を加えようとした奴らは何処に居る!!と怒りを露わにすると、そんな奴らが住んでる町など存在する価値などない!!町ごと消してしまえばいいとファルスター領へ行こうとするのをノアが必死に宥めたようだ。
ノア自身も今ではローズの事を妹のように大切に思っている為、詳細を知った時は、はらわたが煮え繰り返りそうな程の怒りを覚え、その時に握っていたペンを気付かない間に折ってしまっていたくらいだが、それ以上にギルバートが怒っていたので、宥めるのに必死でそのうちに自分の怒りも収まっていた。
だが、ギルバートと違い、ファルスター公爵家にはあまり行かないノアは、その事件以降もローズに会えない日々が続き、今日こうして元気なローズの姿を見るまでは何処か不安な気持ちが拭えなかった。
ノアがローズの元気な姿をやっと見られた事にホッとしたのも束の間、ローズが また突拍子もない事をノアに言い出した。
「うん……それでね…ノア……私……考えたんだけど……………
お願い!!!私に剣術を教えてくれない!?」
「………はっ!?………なんで…そうなる……」
ノアは面食らったようにローズの顔を見つめると息を洩らすように呟いた
「だって、私が強くなれば一人で何処にでも行けるでしょ!!」
「……………」
(ヤバい…この子……全く分かってないんだけど……どうする……俺には諭せる気が全然しない………勝手にローズちゃんに剣術なんて教えたら絶対ギルバート様達に殺されるし……ジュリアスにバレた時の事を考えただけで怖すぎる……どうにかして阻止しないと……俺の身が危ない……)
普段から頭の回転が早く大概の事は要領良く 卒なくこなせるノアだったが、ローズのとんでもない発言に驚き、思うように思考が働かなかった。
瞳を左右に彷徨わせて狼狽えるノアに、更にローズは畳み掛ける。
「大丈夫!!ノアから教わったってファルスターの人達にはバレないようにするし、その内ちゃんとお願いして、きちんとアルベル父様に習うから!!少しの間だけお願い!!」
ローズに縋るようにお願いされたノアは拒否する事も出来ずに、自分でも気付かない内にゆっくりと頷いていた。
それを確認したローズは両手を上げて喜び、早速教えてくれとノアにせがむのだった……
だが、ノアも剣術の基礎を習ったのは学園にいる時のみで後は自己流でやって来た手前、人に教えるとなると少し考えてしまう節があった。
「ローズちゃん。。。付け焼き刃で今、剣術を教えても実践で活かせるかは微妙なところだから、まずは、簡単な護身術から教えるよ!!ただ、これは万が一の事があった時の為のものだから無闇に試してはいけないよ!!あと、そのうちきちんと公爵様達に許可をとってしっかりとした先生に習う事!!これを約束出来る!?」
「はい!!約束します!!」
こうしてノアとローズの秘密の特訓が始まった……
………
「じゃあローズちゃん!!まずは後ろから襲われた時の対処法を教えるよ!!」
「宜しくお願いします!!ノア先生!!」
「クスクス…はい!!お願いします!!
では、まず連れ去られそうになった時だけど……」
そう言いながら連れ去られた時の対処法をローズと一緒に体を使って教えていく。
「まず初めに後ろから抱えられそうになった時は、胸元にある相手の左手を自分の左手で握り、そのまま身体を右にずらして、自分の手のひらを上に向けて肘で思い切り鳩尾に一発衝撃を与える」
そう言いながらローズに後ろから抱きつくような形をとるとローズの手を持って誘導しながら丁寧に教えていく。
「次に相手の左手を今度は自分の右手で持ったら、相手の左手に自分の身体を密着させ、相手の脇の下をくぐり通って、ぐっと相手の手首を捻りながら思い切り曲げ躊躇わずに折りましょう!!あっ!!でも今は俺の骨は折らないでね!!」
そう言いながら密着した身体のまま顔だけをローズの方に向けてウインクした。
(ぎゃーーーやめて!!近いから!!!逆に間違えて折っちゃいそうだよ!!)
変に力が入ってしまい危うく本当にノアの骨を折りそうになってしまった真っ赤な顔をしたローズを、確信犯で揶揄っているノアをジト見で睨むも、楽しそうにニヤつかれてしまい羞恥心に苛まれてしまうローズだった……
気を取り直したローズは、その他にも後ろから連れ去られそうになった時や、腕を引っ張られた時、前から近づいて来た時や、刃物を持っていた時、馬乗りになられた時など様々なシチュエーションでの対処法を時間を使って丁寧に教えて貰った。
一通り教わった時にはもう夕方近くになっており、急いでファディル家の自室で晩餐の為の着替えをするローズだった……
ファディル家に来る時は、ルイやジュリアスは居ないので、着替えや準備などもノアが手伝ってくれ、何でも卒なくこなすノアは手際良くローズの着替えや髪型を整えていく。
様々な事を熟すこの国の男性達のレベルの高さにローズはいつも感心するが、国の上位貴族や、それに仕える人達のレベルが高いだけで、他の人間はここまで出来ない事をローズは全く気づいていなかった……
***
「ローズ。いらっしゃい!!やっとローズの顔が見られた……」
「ギル兄様、お疲れ様です。今日はお仕事忙しかったんですか?」
ローズの顔が見れて嬉しそうに微笑むギルバートはローズの側まで行くと、ノアからローズの手を受けとりそのままエスコートしローズを席に着かせる。
「そうなんだよ!!本当はローズの為に空けといたのに、ちょっと領地で問題が起きてね……その対応に手間取ってしまったんだ……」
今日はローズが来る日なので朝から空けていたギルバートだったが、領地の外れの町から早馬で知らせがあり、問題を解決する為に朝から執務室に篭り対策を練っていたようだ。
「そうだったんですね!!大丈夫なんですか!?」
「ゔ〜ん…とりあえずはね……!!そんな事より、今日はノアと何をしていたのかな!?」
ギルバートは、そのまま重苦しい話になる前に話題を変えるべく、今日のローズの行動を問いかけた。
「ノアに先生になって貰って色々教えて貰っていました…」
「ちっ…ちょっと……ローズちゃん……」
「ノアが誰で何を教わったって??」
ノアに先生になって貰って色々教わった発言にギルバートのこめかみがピクついている事にノアが焦りを見せるが、そんな事には全く気が付かないローズは唇に人差し指を付けて更に爆弾を投下する。
「ノアと2人の秘密です!!ねぇ〜ノア!!!」
その瞬間、ギルバートの瞳の奥が鋭く光り
「……ノア………後で話があるから……」
と言葉少なめにノアを威圧しだした!!
「ハァ………ローズちゃん……勘弁して……」
ギルバートの輝く黄金の瞳の奥が異様な光を放っているのに怯えを見せるノアは、後の事を想像しがっくりと肩を落とすのだった……
「あれ??ダメでした………!?」
久しぶりに鋭い反応を見せたローズに、先程ノアに見せた顔とは全く別の優しい笑顔で
「いや……ローズは何も気にする必要はないよ!!それよりも、いつか俺にも教えてくれるかい?仲間外れは寂しいよ…」
とローズを覗き込むように上目遣いで見つめるとローズの頭を優しく撫でた。
「…っ……はい。そのうち……ねっ…ノア…….」
「……そう…だ…ね………」
お互い違った意味でしどろもどろになるが、ローズは、どうにかノアに向かって笑いかける。
その恥ずかしそうに顔を真っ赤にした無垢な笑顔で人の事を谷底へ突き落とそうとするローズにギルバートとは違う意味で一抹の恐怖を感じるのノアだった……
ノア 107歳
身長 182㎝ 肩まである真っ青な髪を後ろで軽く縛っている。
黒い大きな瞳 整った鼻 大きな唇
ジュリアスと同年代で学生の頃から真面目なジュリアスを揶揄うのが好き。
楽しい事が大好きで、真面目なところはあまり見せないが何事もそつ無くこなせる出来る男であるが、それがまたジュリアスの勘に障る、腐れ縁の関係である。
一見不真面目そうだがギルバートには忠誠を誓っており、本来はギルバートに国王になって貰いたかった一人でもある。
だがギルバート本人にあまりその気が無かった為に公爵の地位に落ち着いたが、それでも一緒に着いてギルバートに仕えている、普段は軽そうだが一本芯が通った男でもあった。
いつも軽く構え本心をあまり見せないので何を考えているのか分からないイマイチ謎が多い男でもある。
魔力 オールマイティー メインは土