5 町へ行こう
「おはよう。ローズちゃん!!おや……??今日は、公爵様やルイ君はどうしたんだい!?しかも、なんか物凄いものに乗ってるけど、何だいそれは…!?」
「おはよう御座います!!これは自転車って言う乗り物で、試しにこれに乗って町まで来て見たかったから、ルイ達は置いて来ちゃった!!!」
いつもの様に朝食を終えたローズは、厩舎の掃除などを手早く終わらせると、ルイに一度着替えに部屋に戻ると言いながら、着替えはせずにルイの事を置き去りにして、そのまま自転車に乗って町まで来てしまっていた。
現在、自転車で通りかかった際に声を掛けてきたのは、町の中心地に入る通りに面している店先の馴染みのおじさんで、いつも愛想のいいローズに親しみを込めて声を掛けてきてくれるので、今日も自転車を止め明るく答えていると、ローズの話を聞いたおじさんが心配そうに尋ねてきた。
「ちゃんと町に来るって伝えたかい!?黙ったまま来たんなら皆んな心配してると思うよ!!」
「大丈夫!!大丈夫!!ちゃんと手紙、置いてきたから!!」
「ありゃ……これは大丈夫じゃないねぇ〜!ローズちゃんは女の子なんだから一人で出歩いちゃダメだよ!!危ないんだから!!」
おじさんは呆れたように眉を下げると、ローズの目をしっかり見つめて諭し出した。
おじさんが女の子であるローズを親身になって心配しているのにも拘らず全く危機感の無いローズは
「大丈夫だよ!!今から友達の所へ行くつもりだから。1人じゃないよ!!じゃあね!!」
そう言いながらローズは、笑顔で店先のおじさんに手を振ると颯爽と自転車を漕ぎ出した。
おじさんは、あんなに可愛い子が一人で出歩くなんてと、とても心配になり 店先をウロウロと落ち着きなく歩き回りだした。
ローズが見えなくなった後も、ずっと気持ちが落ち着かなくなってしまったおじさんは、その日中ずっと仕事にならなかった……
そんなおじさんの気持ちなど露程も知らないローズは、自転車で颯爽と町中を抜けると、勝手知ったるとでも言う様に少し奥まった細い路地も抜け進んで行く。
すると、平民達が暮らす町の中でも比較的貧しい人達が暮らす長屋が見えてきた。
そこの一角に自転車を停めると、ローズは一度 大きく息を吸った後に、大きな声で叫び出した。
「ジョーーーイーーー君!!!あーーそーーびーーまーーしょーーー!!」
長屋の一角には以前、噴水に落ちたのを助けた時に友達になったジョイが住んでおり、度々 町へ出た時にローズはジョイの元を訪ねていた。
一人で来るのは初めてなのだが……
すると、ローズが大声で叫び終わるのとほぼ同時に驚いた顔をしたジョイが慌てて家から飛び出してきた。
「ローズ!!お前…女なんだから大きな声で叫ぶなよ!!しかも、こんな所で何やってんだよ!!…って…オイ!!お前、ルイはどうした!?まさか…一人で来たわけじゃないよな!?」
ジョイはローズの突撃訪問と大声で叫ばれた事に驚いて、一気に捲し立てるが、誰も連れずにこんな場所に一人でいる事に気がつくと、戸惑いが隠せないようで鼻息荒くローズに詰め寄った。
「テヘ!!一人で来ちゃった!!凄いでしょ!!」
「テヘ!!じゃねぇーーー!!!何やってんだよ!!女が一人で出歩くなんて!!今頃、公爵家は大騒ぎじゃねぇのか!?」
ローズの危機感の無さに頭を抱えるジョイは、ローズの両肩を掴むとガシガシ揺さぶりながら注意するが、全く分かっていないローズは、ガクガク揺れながらも笑顔で答える。
「大丈夫だよ!!ちゃんと置き手紙してきたし!!」
「そう言う問題じゃねぇんだよ!!ホラ!!!送ってってやるから帰るぞ!!」
ジョイは、ローズの手を少し強引に引いて歩き出そうとするが、ローズは頑なに拒否し、進まないように踏ん張って歩みを阻止しようとする。
「いーーやーーだーー!!今、来たばかりなのに〜〜〜!!それに見てよ!!!今日は、ジョイにこれを見せたかったの!!!自転車って言うの!!私が考えて作ったんだよ!!これがあれば、一人でも簡単に町に来れるよ!!!凄いでしょ!!」
「おう……!!何か凄さの次元が違いすぎて、今一 何から驚いていいのか分かんねぇから感動も出来ねぇけど、公爵家の奴らが、それを作らせた事を後悔してる事だけは分かるぞ!!」
自分で作ったかのように自慢しているローズを見つめ、もう 何からツッコんでいいのか分からなくなったジョイは、日々 ローズの相手をしている公爵家の人達の事を心の中で尊敬すると共に同情もしていた。
「ぶーーぅ!!意地悪!!せっかく乗せてあげようと思ったのに……後ろに座れるからこれに乗って町を探検しようーー!!!」
「おーーー!!って、ならないからな!!俺が後ろに乗ったら、お前が動かせる訳ねぇじゃねぇかよ!!」
ローズに毒されて片手を上に突き出してしまったジョイはキャラには無いノリツッコミなどをしてしまい軽く顔を赤らめながらもローズにきちんとツッコんだ!!
「大丈夫だもん!!ちょっと試しに乗ってみてよ!!」
「んぁ!?無理だと思うぞ!!……ったく仕方ねぇーな!!ちょっとだけだぞ……ほら!!」
そう言って渋々ながらもジョイは自転車の後ろに跨った。
それを確認したローズは自転車のサドルに座るとペダルを踏みしめ自転車を漕ぎ出した。
「んぬぬぬぬ!!!ぬあーーーー!!」
ローズが奇声を発しながら自転車を漕ぎ出すと、自転車はゆっくりと進み出した……
「おっ!!おぉーー!!スゲェーーー!!!」
二輪のタイヤの上に跨って進む乗り物にジョイは興奮気味に声を発した。
馬車にも乗った事がないジョイは、座っているだけで動く乗り物にとても感動しているようだった!!
普段とは違う風を感じ、過ぎ去る風景を興奮気味に眺めながら暫く進んでいると少し開けた場所に辿り着いた。
ジョイはローズを一度止め「俺にも運転させろよ!!」と、ローズに上から目線でお願いしだし
「ジョイ乗れる??コツがいるから意外に難しいよ!!」
とローズが軽く心配するも
「大丈夫だよ!!ホラ!いいから貸せって!」
人生初の乗り物に俄然 興奮中のジョイはローズの忠告など全く耳に入っていないようで半ば無理矢理ローズから自転車を借り受けた。
ローズは転んでも知らないよ!!と思いつつジョイに自転車を渡すと、ジョイは自転車に跨り、一呼吸置いたあと少しふらつきながらも自転車を漕ぎ出した。
初めのうちは何度か地面に足を着いて転倒を防いだものの、乗り出してから数分も経たないうちに自転車を乗りこなしだした。
(噴水の浅瀬で溺れていた子供とは思えない動きだなぁ〜!!ジョイのクセに!!!はぁ〜〜〜大きくなったなぁ〜〜)
と、心の中でニヤつきながらも怒るから口が裂けても絶対言えないと固く口を結んでいるローズの事など気にも留めずに、自転車に夢中のジョイは、ある程度運転にも慣れた頃、ローズに向かって「俺が漕ぐから後ろに乗れよ!」と言ってきた。
ローズは運転の初心者のクセに大丈夫か!?と心配になるが、これまた口に出したら絶対に怒られるので大人しく後ろに座ると危な気なく運転し出し2人で町中を探検するのだった……
………
「ローズ、そろそろ腹減らないか!?その辺の屋台で何か食うか!?」
動き回ってお腹が減ったのか、ジョイが広場の屋台の前で自転車を停めるとローズに提案しだした。
「食べる!!!屋台行きたーい!!あっ!!!でも…お金持ってない………」
「ぶっ!!期待してねぇよ!!金なら俺が持ってるから奢ってやるよ!!」
いくら公爵家の娘でも女性にお金を払わせる気など無いジョイは、生まれてこの方エスコートなどした事もないのにリードする様にローズを背中を支えて促すと屋台の方へ歩き出した。
「いいの!!???ありがとう!!!串焼き食べたーーーい!!」
「クックッ。はい…はい…お姫様……仰せのままに!!」
元気に手を上げて返事をしたローズに堪えきれずに笑い出したジョイは、恭しく礼をとって大袈裟に屋台へとエスコートし出す。
「もう……馬鹿にして!!でも嬉しい!!」
そう軽口を叩きながら2人で屋台へ向かい、串焼きを買いに行くと
「おっ!?ローズちゃん!!今日はルイ君とかは居ないのか!!あら…男前と2人でデートかい!?いいねぇ〜〜」
「違ぇよ!オヤジ!!どっからどう見ても保護者と子供だろ!!」
すっかり顔馴染みになった出店のおじさんに揶揄われると、何故かローズでは無くジョイの顔が赤くなり必死になって否定しだすが、ローズは全く気にした素振りを見せない。
(おぉ〜〜〜ジョイもルイ並みの純情少年なんだねぇ〜!!そんなに必死にならなくても誰も何にも気にしてないし、ただの冗談ですよ〜〜!!)
ローズは真っ赤なジョイの必死が必死に弁解する姿をニヤつきながら見つめているが、店のおじさんとの話に夢中でジョイはローズのニヤつきに全く気が付かない!!
「こんなお子様にデートなんて100年早いだろ!!」
「むぅーーー!!3歳位しか変わらない癖に!!ジョイ生意気!!一人で真っ赤のクセに!!!」
そんなに年も離れていないジョイに子供扱いされた事に、ムカついたローズは頬を膨らませて反撃に出た。
「五月蝿いんだよ!!チビ助、チビはこれでも食って大人しくしてろ!!」
そう言ってジョイはおじさんから受け取った串焼きを苦し紛れにローズの口にねじ込んだ!!
「んも…グッ……ちっ…び……クッ……%*$¥……」
「フッ……何言ってるか分かんねぇよ!!ホラ、あっち座るぞ!!」
ローズが口いっぱいに串焼きを頬張りつつ必死に文句を言っている姿に呆れたように笑ったジョイは、ローズの頭を一度乱暴に撫でるとローズを連れて広場の隅のベンチに腰掛ける。
そのまま美味しそうに串焼きを頬張っているローズを眺めていたジョイが
「あっ!!飲み物買い忘れた!!ちょっと待ってろ!直ぐに買ってくるから」
と言いながら慌てて小走りで飲み物を買いに行く……
そんなジョイを串焼きを頬張りながら楽しそうに見送ると、ローズは町の人達をぼんやりと眺めながら、心地よい天気の中、幸せな気分になりつつ美味しそうに串焼きを頬張り続けた……
すると前の方からガラの悪そうな数人の男性達がローズの方へ向かって歩いてくるのが見えた。
「おぉーースゲー可愛い子じゃん!!一人でいるの!?串焼き美味しい!?」
ニヤつきながら3人組の男性達が近づいて来たのに危機感を感じたローズは、男性達と目を合わせないようにしながら冷めた口調で答え出す…
「一人じゃありません。友達が今、飲み物を買いに行ってくれています!!」
「その子も可愛い!?」
「えぇ…まあ……可愛いです……か……ね……」
ローズはジョイの赤らめた顔を思い浮かべながら、そう答えると
「おっ!!じゃあ、その子も一緒に俺らとも遊んでよ!!」
「……今、戻って来てるので確認してみます……」
ローズが男達に絡まれているのを見つけて急いで戻って来てくれているジョイを見つけたローズは、少しホッとしたようにそう答えた。
すると次の瞬間、息を切らせながら焦ったジョイが「おい!!何してる!?」と、強めに言葉を放ち男の肩を掴んだ!!
「…ジョイ……」
ジョイが来てくれて安心したように名前を呼ぶと肩を掴まれた男がジョイに振り向き
「おっ!!!なんだよ!!ジョイかよ………!!あれっ!?って事はこの子は公爵家の………流石、貴族のお嬢様は可愛いな……!!お前、上手く取り入ったな!!俺らにも少し恵んでくれよ!!」
肩を掴まれた男は馴れ馴れしくジョイの肩に腕を回して、ローズに向き直ると、反対の手でローズの髪に触ろうと手を伸ばした。
「あっ??触んな!!っうか……この子はお前らが軽々しく触れていいお方じゃないんだよ!!」
男の腕を振り払いローズを庇うようにして立ったジョイに男はイラついた表情を見せ
「あん!?生意気だな!!ジョイのくせに!!女の前だからって調子に乗んなよ!!」
男は苛立ち紛れにジョイの肩を押し、尚もローズに近づこうと歩みよりだした。
その瞬間、ジョイは持ってるジュースを彼等に向かって投げつけ
「ローズ!!来い!!!」
ジョイはローズの手を引いて走り出した。
「オイ!!!コラ待てっ!!!」
ジュース塗れになった男は、怒鳴りながらジョイ達を追いかける。
何処まで走ったかは分からないが、細い路地を走り抜ける途中でローズの長い髪の毛が追いかけて来た男に掴まれ無理矢理引き寄せられてしまった……
「きゃっ!!痛っ!!!」
ローズは後ろに引っ張られるようなかたちでジョイの手から離れ男に拘束されてしまう…
ローズが髪の毛を持ち上げられる形で引き上げられ拘束されているのを見てジョイは悔しそうに歯噛みするも
「お前……随分舐めた真似してくれるじゃねぇか!!!分かってんだろうな!!」
男はローズの髪を掴みながらジョイに向かって怒鳴りつける。
「チッ!!ローズを離せ!!お前らこんな事してタダで済むと思ってんのかよ!!」
ジョイの忠告など聞く耳を持たない男は、ローズを拘束したまま他の2人に目で合図をすると後から追い掛けてきた2人の男がジョイの前に立った。
彼等はジョイが住んでいる長屋とは別の区域の長屋に住んでいる人達で、ジョイと似たような環境で生活する男達だった。
ファステリア帝国が、いくらこの世界で一番の大国で、周りの国よりは人々も豊かな暮らしが出来ているとは言え、やはり貧富の差はあり、彼等は思うように仕事が出来ずにフラフラと町を彷徨きながら度々問題をおこしていた。
「うるせーんだよ!!お前も俺らと同類のクセに、公爵の娘に気に入られたからって……調子乗ってんじゃねぇよ!!」
「痛っ!!ちょっと離して!!ジョイに酷い事しないで!!」
勢い余ってローズの髪を強く引っ張ってしまう男に、ローズは必死で抗議するも男は全く聞く素振りはなく、尚もジョイに詰め寄った!!
「っるせーんだよ!!ジョイ……この女を傷つけられたく無かったら大人しくしてろよ!!」
完全に頭に血が昇っている彼等は、いやらしい笑みを浮かべながら1人はジョイを後ろから羽交い締めに拘束し、もう1人が思い切りジョイの顔面を殴りつけた。
ローズはジョイが殴られたのを見て髪を掴まれている事も忘れてジョイを助けようと必死にもがき出すも、ローズを拘束している男はその手を緩める事は無かった……
ローズは目の前で殴られるジョイを涙目で見つめながら必死で助けを求めた。
「やっ………ダメ………だっ……誰か……お願い……止めてーーー!!!」