3 移動手段を考えよう 2
「ローズ様。今日は鍛冶屋も連れて来ました!!コイツは俺が懇意にしている鍛冶屋のオットーです」
朝から慌しく支度を終えたローズが急ぎ応接室を訪れると、先日とは違い、意気揚々としたベェータが手を揉みながら低姿勢に鍛冶屋を紹介し出した。
その姿を横に居るライカー達も見ており、普段との落差に苦笑い気味にローズに向かって頭を下げるのだった。
「初めましてローズ様、鍛冶屋のオットーと申します。何やら面白い物を作ろうとなさっているそうで……
その話を聞いて今日は楽しみにして参りました。本日は宜しくお願い致します」
そう言って礼儀正しく頭を下げたのは小柄だが、コチラも職人堅気の頑固そうなオジ様で作業場で職人が着る作務衣のような格好をしていた。
ローズは、そんなオジ様達2人に微笑んだあと、オットーを見つめ
「初めまして、オットーさん!ローゼマリー・ファディル・ファルスターです!!今日は宜しくお願い致します!!」
そう言ってローズも勢いよく頭を下げ挨拶した。
前回とは違い和やかな雰囲気の中、2人を席に促し、着席したところでルイの入れてくれた紅茶を飲みだしたのだが…
ローズの後ろから試験官の如く、ルイの一挙手一投足を見つめているのはジュリアスで、何故か今日は、ルイの他にジュリアスもしれっと同席しているのだった。
そのためルイは、普段から無愛想な顔がより無愛想になっており、いつもよりも給仕をするにも少し緊張気味で部屋の中には変な緊張感が漂っており、何故かローズまでドキドキしてきてしまうのだった。
だいたい、何故ジュリアスがここに居るのかと言えば、今日は、ローズがこれから制作しようとしている自転車作りの為の大切な話し合いの場のうえに、ローズのあまり知らない男性が2人も同席する事から、この数年で大分、大人に慣れたとは言えジュリアスがローズの事をとても心配してしまい、自分もついていると言い張った。
その為、普段からクロードを補佐しながら手伝っている領地関係の仕事をクロード一人に押し付けてジュリアスがローズに付き添い、他の余計な人間を寄せ付けなかったのだ。
今朝もジュリアスが楽しそうにローズについて行くのをクロードが横目でジッと睨んでいたが、絶対に気付いている癖にしれっと無視して今に至っている。
ギルバートとクロードも後から顔を出すと言っているし、いくら公爵家の広い応接室といえども結構な人数になる事から狭いしやりづらいよと、こっそり溜息を漏らすローズだった……
…………
「早速なんですが、こちらを見て頂けますか!?」
ローズは、先日ベェータに見せた紙と同じ紙をオットーにも見せる為に机の上に並べ置いた。
それを何の気無しに眺めていたオットーだが、一瞬にして顔付きが変わり、机に置いてある紙を奪うようにして取り上げるとマジマジと確認し出した。
(おぉ…デジャヴだ!!)
オットーがローズの書いた何枚もの紙をじっくりと確認している間に、早々と仕事にひと段落をつけ切り上げてきたクロードがギルバートと共に現れたが、集中しながらローズの書いた紙を確認しているオットーの邪魔をしないように静かにローズの隣りに腰掛けた。
そしてルイの淹れてくれた紅茶をゆっくりと飲み出しながら2人の間に座っているローズの事を撫で回し出した頃、オットーがローズを見ながら真剣な顔で口を開いた。
「お嬢様……これは…本当に貴方が書いたものなのですか!?この様な物を…一体どうすれば思いつけるのでしょうか……だいたい…この様な物が本当に動くとお思いで!?」
(スミマセン……書いたのは私なんですが……考えたのは前世の何処かの天才さんだと思います……パクってしれっと自分の手柄にして本当にごめんなさい!!!)
ローズは心の中で床に頭を擦り付け土下座する勢いで謝った。
だが、今ここで本当の話をしたところで信じて貰えるかも分からないし発明した人物がこの世界にいるわけでもない。
なので、話したところで仕方がないと、自分を無理矢理納得させると、若干….罪悪感で胸が痛むがそんな想いには蓋をして
「……はい……理論上は動くと思うんです……ですが細かい部品の製作や組み立ては、私では出来ないので協力頂ければと思いまして……」
(本当にスミマセン!!前世の天才が考えた物を今の世界の技術者に造らせて、私自身は、ただ紙に書いただけと言う、ほぼ他人任せを自分の手柄にするなんて……本当…なんか…スミマセン!!でも、宜しくお願いします!!)
クロード達も気になっている様でオットーが見終わり机の上に置かれている紙を覗き込む様にして確認し出した。
「「「なっ」」」
クロード達も、専門的な知識があるわけではないので、その紙に書かれている内容を全て理解出来る訳ではないが、それでもそこに書かれている設計図のような物は完全に異彩を放っていた。
そんな物を何の知識もない12歳の少女が書いたと思うとクロード達は驚きが隠せなかった……
「まぁ……驚きますよね……公爵様達も知らなかったんですか!?このお嬢様は天才なんて言葉では収まらないと思いますよ……」
(ぎゃーーーーやーーめーーてーーー!!もうそれ以上大袈裟にしないで!!本当スミマセン!スミマセン!スミマセン!!!)
ローズがベェータの言葉に戸惑い恐縮し過ぎるあまり挙動不審になるが、次の瞬間。何かを諦めた様にソファーの背もたれに少し仰け反りながら天を仰いだ。
これ以上天才扱いされると後々不味い事になりそうだと焦り始めた時、天の助けの如くオットーがやっと話を本題に切り替えてくれた。
「それじゃあ、この部品の詳しい説明をしてもらえるかなぁ!?どうしてこれらが必要で何故これでバランスが取れるのか理解出来ないんだ!!」
「はい…では説明できる範囲でしていきますが、私もこんな感じで出来ると思うで書いたので凄い細かいところになると説明できない事もあると思います。
その時は一緒に考えて頂けますか!?」
「あぁ…大丈夫だ!!俺たちも子供にそこまで求めていないから、出来る範囲でいいからしてみてくれ!」
ベェータ達に確認を取ったローズは自分の分かる範囲の知識をベェータ達に伝え始めた。
ただローズも前世自転車屋だった訳では無く、自転車によく乗っていた唯の女子高生なので一般的な知識しか無い為、あとはオットー達に丸投げ上等である。
「この絵に書いてあるように、この自転車という乗り物は大まかに言えばフレームにハンドル・ブレーキ・サドル・車輪・クランク・ペダルこれらの部品を組み合わせる事によって動く仕組みになると思うのですが、まず、このフレームと言うものですが……」
そう言いながらローズは細かい説明を加えていく。
ペダルは足で踏んで使う物でペダルを足で漕ぐことによってクランクが回り、そうするとクランクに付いているギア板が回りギア板に付いているチェーンが引かれて、チェーンに付いている後輪ギアが回される。
そうする事によって後輪ギアに付いているリムが回り、後輪が回り出し地面と接して抵抗となり自転車が前に押し出される、そういう仕組みになっていると言う事を丁寧に説明していった。
「このペダルはサドルとか言う座るやつの下に付いているがそこじゃなきゃダメなのか!?」
「そうですね……前後輪のタイヤのバランスと全体の重心のバランスを考えるとそこがいいと思うんですよね!!ただ…必ずしもそこじゃなきゃダメと言う事もないとは思いますが……」
ローズはそこまで言われるとそこじゃなきゃダメだと言う確信は無いが、基本的にローズの知っている自転車は大体が皆そんな感じだったので、それとなく答える。
「このブレーキと言うのはなんだ!?必要なのか!?」
「これは自転車の動きを止めるのに必要な物で、自転車の動きを止めると言う事は車輪の回転を止めると言う事なので車輪の側に取り付け、力を加えて挟み込む事でゆっくりと回転を止めるようにしているんです!!」
「……そんな…事……を……考えつくなんて……」
(いや〜もう……本当スミマセンって!!!なんかもう……ここまできたら….開き直っちゃおうかなぁ〜〜!!どうせ今更、引き返せないし〜〜!!)
あんまりにも驚愕され続けたローズは、ちょっと自転車が欲しくなり安易に提案してしまったせいで、こんなに大ごとになってきてしまっている事に軽く後悔するも、どうせもう後戻りする事も出来ないので開き直る事を決意した。
「こんな物で本当にバランスなんて取れるのか!?」
驚きを隠せないオットーに、更に質問されたローズは丁寧に説明する。
「自転車にある程度のスピードをつければ自分自身でもバランスが取り易くなって、練習すれば誰でも乗れるようになると思うんです!!」
ローズは子供から大人まで乗っていた自転車を思い出し、子供の時、自転車の練習中に父に言われた言葉を使って説明した。
「信じられないな……本当に可能だと思うか!?」
「いや…想像が出来ないが…作ってみる価値はあると思うんだ!!」
「そうだな……よし!!やってみるか……」
未だに全てを理解した訳ではないベェータ達だが、自分達の職人魂を刺激され、未知なる物を作ってみたい探究心には抗えず、ローズの考えた自転車を制作する事を決意した。
こうして、この世界で初めての自転車作りが始まったのだが、横に座っていたクロード達は馬車などの乗り物を作る知識など全くと言っていいほど無いので、専門的な話の内容にはついて行けず、ローズが横で真剣に説明する姿を只々呆然と見つめているだけだった。
話し合いが、終了した後も自転車か作れると嬉しそうなローズの顔とは真逆の難しい顔でローズの書いた紙を見つめているクロードとギルバートは、ローズを先に部屋へ帰すと、ジュリアスはその場に残し重苦しい空気の中、夕食の間際まで話し合いが行われていた。
ただ、自転車が作れると喜び、有頂天のローズは、クロード達のその雰囲気に全く気が付かずに退出し、ローズに付き添うルイだけがその雰囲気を察知して、より不安な気持ちが増しながらローズに付き添うのだった。
ベェータ 327歳
身体 172㎝ 白髪混じりの茶色の髪 赤目
常に無精髭を生やしていて、服装はしわくちゃのシャツと汚れているズボンを履いている。
頑固だが自分の仕事に誇りを持っており、自分が気に入った人間で無ければ仕事は請け負わない。
現在はファルスター公爵家と王家のみしか取引しておらず、他の貴族に頼まれても、常にブラットを使い断らせている。
その度に毎回ブラットは胃の痛くなる思いをしていた。
ブラット 16歳
身長 176㎝ 痩せ型 茶色の髪 赤目
ベェータの孫で、物心ついた時から父親とベェータの3人暮らしだった。
母親は誰か分かってはいない。
数年前に父親が病気で亡くなり、今はベェータと2人で暮らしている。
ベェータは無愛想ではあるが、ベェータなりに愛情を持ってブラットの事をとても可愛がっておりブラットもそんなベェータの気持ちにちゃんと気付いている。
ベェータの仕事ぶりに対しても、とても尊敬しており、いつかはベェータのような職人になりたいと思っている。
オットー 268歳
身長 168㎝ 痩せ型 赤茶の髪 黒い瞳
一見キツそうな顔立ちだが周りの人間に対しては物腰の柔らかい大人しい性格である。
だが、自分の仕事に関しては一切の妥協を許さず、同じような仕事ぶりをするベェータと仕事をする事が多い。
オットーもあまり手広く仕事をするのを好まないため、一緒に仕事をするのもベェータを含めた数人だけしかいない。
普段から動きやすいし、仕事もしやすい作務衣のような格好で過ごす事が多い。