お披露目
「ローズ…来週、ローズのお披露目を兼ねて領地を馬車で回ろうと思うんだがいいだろうか!?」
夕食の時間にふとクロードがそんな事を言い出した。
今日は、皆が忙しく クロードとジュリアスだけの少し寂しい晩餐だったのだが、その言葉を聞いたローズは一気にテンションが上がり、飲もうとしていたスープの存在など忘れカチャンと音を鳴らし置いてしまう…
こんな所を見られたら、またマナーの先生にこっ酷く怒られそうだがローズは初めて行ける公爵領の事で頭がいっぱいだった。
「わぁーー!!ファルスターの領地を見るのは初めてです!!でも、結構広いのに1日で見て回れるんですか!?」
「フッ…!!いくらなんでも1日じゃ周りきれないから、御触れを出したんだ。領地の中心地などを馬車で回って最後に時間があれば町の中も見て回ろう!!どうかな!?」
クロードはローズの可愛らしい質問に笑みを漏らすと、ローズの頭を撫でなが領地の回り方を説明し出した。
クロードは数日前から領民に公爵家の養子に入った子供をお披露目すると御触れを出していたのだ。
町の人達も公爵家に新しい後継者が出来た事で、公爵領の将来も安泰だと喜んでおり、当日はかなりの人数が集まる予想がされていた。
「なんだか少し緊張しますけど、頑張ります!!」
ローズは、元気いっぱいに胸の前で(力瘤を作り?)拳を握り気合を入れた。
沢山の人達に注目された事など前世合わせても経験した事が無い小心者のローズは、想像しただけでも緊張してくるが、これも貴族の娘になった自分の義務だと気合を入れる。
そんな可愛らしい姿に癒されたジュリアスも笑みを零すと
「ふふ…頑張る必要はありませんよ!!ローズ様は天使のような笑顔で馬車から手を振っていれば良いのです」
軽く言ってくれるが、普段から何事にも動じないジュリアスとノミの心臓の持ち主のローズとでは簡単だと思える事が全く違うのだ。
「ははっ……そうですね……」
(その笑顔が引き攣りそうだから言っているんですよ!!私は貴方達と違って元は庶民なんですからね!!!)
そんな風にローズが緊張している間に、当日着るお披露目用の衣装合わせや装飾品の用意、手の振り方ひとつをとってもレッスンがあり、あっという間に月日は過ぎていき気が付くと既に当日の朝を迎えていた……
***
その日は、朝からエリオットとジュリアス2人掛かりで着替えさせられたローズは、真っ白なプリンセスラインのドレスを着用し、スカート部分には銀糸で薔薇の刺繍が施してあるために光加減によってキラキラと輝いていた。
髪の毛は軽く巻いたあとにアップにしてダイヤの付いたティアラをつけ、セットで作った小ぶりのシンプルなネックレスを着用すれば、本日の天気のように澄み切った青空に良く映える完璧なお姫様の出来上がりだった!!
「うわーー!!今日は、いつもと違いますね!!なんか本物のお姫様になった気分です!!!」
「クスクス……あら!?何言ってるのよ!ローズちゃんは正真正銘のお姫様なのよ!!」
ローズが、鏡の前でクルッと一回転しながら喜んでいると、その様子を楽しそうに眺めているエリオットにツッコまれた。
すると愛する恋人でも見つめる様な瞳で見つめられジュリアスにそっと頬を撫でられながら
「そうですね。この国…1番のお姫様です…」
と、妖艶に微笑まれるローズだった……
(そうでした……ちょいちょい忘れがちだけど、私……完全なお姫様だったわ……なんか本当にすみません!!そしてジュリアスなんか近いです……)
ローズがこの国でもトップクラスの上位貴族にあたる公爵家の養女になった事に一人恐縮している間に、ローズの準備が着々と進み、軽くお化粧をしたところでお茶の準備が整った。
ここ数年でまた一段と紅茶を淹れるのが上手くなったルイに淹れてもらったミルクティーを、ローズがゆっくり飲んでいる間にジュリアスやエリオット達も慌ただしく準備をし出す。
ルイも珍しく正装姿で凛と立っていて、いつもより3割り増しでカッコ良く見える気がしていた。
ローズが一息ついている間に皆の準備も整ったようで、ルイにエスコートされてローズは馬車へと移動しだすのだった。
***
「ローズ!!今日のローズは、また一段と素晴らしいな!!もう、天使そのものではないか!!」
クロードは、ローズの着飾った姿を見るなり両手を広げ、瞳を輝かせてオーバーに褒めちぎるが、クロード達も皆、正装姿で立っており、アルベルトは騎士団の礼服を着用し、エリオットは真っ青のサテンのドレス姿だった…
皆が集まり並び立つと、まるで物語りの中からそのまま出てきたようでとても圧巻な光景だった!!
馬車自体も、お披露目用の豪華な作りで屋根は無く町の人たちにもローズが見えやすいようになっていて、横には金や銀の飾りをつけ中央部分に大きな公爵家の紋章が付けられていた。
これからこの馬車に乗って、町中を移動するのかと思うと、口から心臓が飛び出しそうなほど緊張してしまうローズだった。
馬車には、クロード、ギルバート、エリオット、ローズの4人が座りジュリアスとアルベルト、ルイ、ノアは馬に騎乗する予定になっている。
馬車の前方にジュリアスとアルベルトが、後方にルイとノアを騎乗させ、それ以外にも護衛としてアルベルトの騎士団の方達が前後を護りながら先導してくれる、仰々しさ満点のお披露目となっていた……
ローズは緊張しながらもクロードのエスコートで馬車へと乗り込み、暫くすると馬車はゆっくりと動き出した……
…………
「おぉーーローズ様!!見てみろよ!!町の人が沢山集まってるよ!!みんなローズ様を一目見たくて集まったんだぜ!!」
後方で馬車に騎乗しているノアが興奮したようにローズに話しかけてきた!!
「………………」
(やめてよ!!余計、緊張するじゃん!!あの男…絶対分かってやってるよ!!くそ〜!!幼い子供まで揶揄って楽しむなんて!!!後でジュリアスに言いつけるからね!!!)
ノアのニヤついた顔がローズの後ろでチラつくが、今はノアなんかに構っている心の余裕は無く、緊張がピークに達しているローズは、もうそれどころでは無かった……
心臓が口から飛び出しそうな程の緊張の中、馬車はゆっくりと町の中へと入っていった……
そして馬車が町の中へ入った瞬間……
『 ワーーーーツ!!!! 』
と大きな歓声が町中に響き渡り、ローズの胸は一際大きく高鳴ったが、ローズの緊張に気付いたクロードがローズを落ち着かせるように語りかける。
「ローズ、ほら…外を見てごらん。町の皆んなローズが娘になった事をとても喜んでいるよ!!さぁ、手を振ってあげて……」
と言いながらローズの背中を優しく摩ってくれたので、恐る恐る町の人達に顔を向ける……
その瞬間、町の人達が嬉しそうに手を振るのが目に映った。
何処から来たかも分からない自分なんかを歓迎してくれて嬉しそうに手を振ってくれる姿に感極まってしまったローズは、泣きそうになってしまうが、必死で堪えて笑顔で町の人達に手を振り返した!!
その瞬間、先程よりも大きな歓声が町中に響き渡った……
「うわ〜………なんか……感動します……」
そう言いながら、ローズが瞳を潤ませ笑顔で手を振っていると
「皆んな俺たちの娘になったローズを、一目見たくて集まったんだ!!ローズはもう歴とした公爵家の娘だ!!自信を持ちなさい!!」
ギルバートにも優しく励まされローズは、何だか力が湧いてくるような気がしていた!!
ギルバートもローズをお披露目出来てどこか誇らしそうだった。
「そうよ!!ローズちゃんは、とても可愛らしいお姫様なんだから、領の皆に見せてあげないと!!」
エリオットはそう言いながら動いている馬車から立ち上がり、向かいに座るローズの頬にキスを落とした……
その瞬間、悲鳴にも似た歓声が湧き上がったのでローズは思わずビクついてしまうと、向かいに座るギルバートに苦笑いをされてしまい、横に居るクロードは、呆れたようにエリオットに「早く、自分の場所へ戻れ」と言いながらエリオットの頭を押し返していた!!
ローズの緊張も大分解れ、あまり緊張せずに町の人達にも笑顔で手を振りかえせるようになった頃、馬車はゆっくりと町の広場へと到着した。
そこは円形状の大きな噴水がある広場で、噴水の横には少し高くなったステージが作られていてその周りには広場を埋め尽くす程の人達が集まっていた。
そして、馬車が到着すると、人々の興奮も一層盛り上がり、騎士団総出で町の人達を取り纏めだす。
ある程度、人々の興奮が落ち着いた頃、クロードにエスコートされてローズもゆっくりと広場へ降り立った。
その瞬間、またも大歓声が起こり、一旦は収まっていたローズの緊張が、またピークに達し出した。
頭が真っ白になったままの状態で、クロードにエスコートされステージの上に立つと、その横にギルバート達も並び立つ、
皆が並び終えたのを確認したクロードは町の人達へ向けて挨拶をしだした。
「皆静まれ!!この度、ファルスター、ファディル両公爵の娘になった、ローゼマリー・ファディル・ファルスターだ!!ゆくゆくは、此処にいるローズが、この公爵領を導いて行くことになるだろう!!」
その瞬間、町中から『ローズ様ー!!』や『おめでとう!!』などの大歓声が起き、
ローズはドキドキしつつも胸がいっぱいだった!!
そして歓声が少し落ち着いて来た頃を見計らってローズもきちんと挨拶をしだす。
「皆様……ローゼマリー・ファディル・ファルスターです!!この度、公爵様のご厚意によりファディル・ファルスター両公爵家の娘になりました。
これから沢山勉強をして、町の皆様とも力を合わせて今まで以上に住みやすい公爵領にしていきたいと思いますので、皆様、まだまだ未熟な私ですが宜しくお願いします!!」
そう言って、可愛いらしくカテーシーを行ったが、先程までの歓声はなく、町中がシーンと静まり返ってしまった。
ローズは何か不味い事でもしてしまったのかと思い、オロオロと焦りだし、横に居るクロード達を恐る恐る仰ぎ見ると次の瞬間、今日一番の大歓声が起こった!!!
町の人達も、貴族と言う高い身分になった女性が、自分達の様な平民に対して丁寧に挨拶をするとは思っていなかった様で、一瞬 ローズの言葉の意味が理解出来ずに考え込んでしまっていたのだ!!
だが、言葉の意味を理解した瞬間に、可愛いらしい少女の領民を思いやり、尊重しようとする気持ちに興奮し、大声援に発展していった。
そんな興奮冷めやらぬ町の人達を、驚きながらも嬉しそうに眺めていたローズは、ふと…噴水ギリギリに立ってローズを見ている男の子に目が止まった。
なんか、危ないな〜と思っていると次の瞬間、興奮した人達よって誤って押されてしまった男の子は勢いよく噴水の中に落っこちていった!!
しかも噴水自体は意外に深いようで男の子はバシャバシャともがいているが周りは興奮しているので全く気が付いていない!!!
コレは不味いと思ったローズは、男の子が落ちた噴水に向かって勢いよく走り出した。
その瞬間、突然走り出したローズに驚きモーゼの如く人々は分かれ、ローズに道を作って行く。
その姿を呆けたように眺めていたクロード達も、直ぐに気を取り直し慌ててローズを追いかけ出した。
だが、ローズは、もう噴水前に着いていて、噴水の淵に攀じ登ると、幼い短い手に自分のドレスに付いていたリボンを解いて持ち男の子に投げ渡した。
そのリボンをどうにか必死に掴んだ男の子をすぐに追いついたアルベルトが引っ張りあげると、ジュリアスが風魔法を使って乾かしてあげる
「大丈夫!?」
と、心配そうに男の子の顔を覗き込んだローズに対して、服も乾いて少し落ち着いてきた男の子は、ローズに視線を合わせると「何で……」と小さく呟いた…
その男の子の呟きを聞いたローズは、綻ぶような笑顔を男の子に向け
「だって溺れてるのが見えたから」
と、なんて事無いように答えたが、男の子は 未だにあまり納得がいってないよで、少し眉を寄せながら
「おかしいよ!だって女性は普通、噴水なんかに攀じ登らないし身分の高い人達は俺らがどうなろうと見向きもしないだろ!!」
と、首を振りながら 今、自分の体験した事を否定するかのように答える。
男の子は平民の中でも下位に位置する暮らしをしている為、常に周りから疎まれる日々を送っており、偶に女性を見かけても女性などは自分と目を合わせようともしなかったし、見たとしてもまるで塵を見るような顔で見られる事が多々あった。
女性に対してあまりいい印象は無かったが、自分と歳の近い子が公爵家の養子に入ったと町の人達が話をしているのを聞きつけた少年は、一体どんな子が養子になんてなれるのかと興味を持ち一目見ようと噴水に攀じ登ったのだった!!
ローズは自分とあまり変わらない年の子でも、女性に対してそんな風に思っているのかと、少し悲しい気持ちになりながら
「私は、男性でも女性でも、身分が高かろうと、低かろうと目の前で困ってる人がいたら手を差し伸べたいし、見て見ぬふりをする様な人間にはなりたくなんて無い!!!そんな人には絶対にならないよ!!」
と力強く答えた。
「えっ……だって……そんな……」
と、未だに動揺が隠せずに意味の無い言葉を口にしている男の子に痺れを切らしたローズは
「あなた名前は!?歳はいくつなの!?」
と、少し語気を強めて話しかけた。
「僕は……ジョイ……10歳だよ!!」
と、ローズを見つめながらも困惑気味に答えたジョイに優しく微笑みかけたローズは
「私はローゼマリー!!皆んなからはローズって呼ばれてるの!!7歳よ!!宜しくねジョイ!今日から友達になりましょう!!」
と、手を差し伸べた。
国一番の公爵家の令嬢が、平民の中でも特に貧しい男の子に優しく手を差し出す光景に周りの人達は驚愕しつつも心が温まるような気持ちが湧き上がり微笑ましそうに2人を眺めているが……ジョイがローズの手を取ろうとした瞬間、ローズはバランスを崩し
(あっ……ヤバっ!!)
と、思った瞬間には、噴水の中へと落っこちて行った!!
その瞬間、クロード達全員も瞬時に飛び込みローズを助け出したが、ローズは、正装姿のクロード達が皆、水の中でビショビショになりながら必死にローズを心配している姿が何故だかとても面白くなってきてしまい、ケラケラと笑い出したのだった!!
しかも水は意外と浅かった……
(ジョイ……どんまい!!)
「ごめっ……ふふ……皆んなでせっかく頑張っておめかししたのに、ぐちゃぐちゃだね!!ふふっ!!」
先程までは貴族然として、馬車から優雅に手を振っていたのに、今のずぶ濡れの自分達のギャップに可笑しくてローズは笑うのを我慢出来ない……
それに釣られる様にいつの間にかクロード達も笑い出し
「ふふ!そうだな!!ぐちゃぐちゃだな!!」
「もう……ふふ…ローズちゃんったら、本当目が離せないんだから!!でもこんな事初めてよ!ふふっ…ドレスで噴水に入るなんて」
エリオットもずぶ濡れのドレスで妖艶に笑っている。
「フッ…全く…本当ですよ!!ホラ風邪を引く前に上がりますよ!!」
ジュリアスもビショビショだが、濡れた髪を掻き上げながらローズを促した。
「はーーい」
こうして町の人達にローズのお披露目は済んだのだが、
町の人達のローズの印象と言えば、貴賎問わず人を思いやれる心の優しい美少女……だったのだが………それに加えて目を離したら何をしでかすか分からないので町全体で、ひいては領全体で見守って行こうと暗黙のルールが出来上がっていき……いつしか領全体に広まっていく事をローズだけが知らなかった……
次の月はファディル公爵家でローズのお披露目があったのだが、その話が既に広まっており、皆が友好的に迎え入れてくれたのは良かったが、何をしでかすか分からないローズにどこが心配そうな領民達にクロード達は苦笑いを洩らすのだった。
ローズだけは満面の笑みで領民達に応えていたが……
番外編はこれで終了です。
次回から第二章〜少女期〜が始まります。
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〜RUMI〜