ジュリアス・ファルスターの想い
引き続き苦手な方はご遠慮下さい。
明日は、ほのぼのです。
宜しくお願い致します。
代わり映えのしない毎日に少しウンザリしていたジュリアスが、こんな日々をあと何百年過ごせはいいのだろうと漠然と考えていたある日……
公爵家に1人の少女が保護されてきた……
初めてその姿を目にした時は、ガリガリに痩せ細った体がとても小さくて、まるで人形のようにアルベルトの腕に抱かれて眠っていた。
ベッドに寝かされ、眠っているローズの事を、初めは少年だと思っていたジュリアスは、眠っている間に汚れてキズだらけの体を綺麗にして着替えさせようと、抱き上げた時に感じた軽さは生涯、忘れる事がなかった…
ベッドに寝かされているローズをそのまま抱き上げ移動しようと一歩踏み出したジュリアスは、不意に少し辛そうに顔を歪めたローズに気が付き、抱き方が少し苦しかったのかと慌てて手を緩めようとした……
「ごめん…ない……もう……やめて……」
ローズは苦痛に顔を歪ませ苦しそうに震える声で呟いた……
それを聞いた瞬間、今まで忘れていた数十年前の幼い記憶が鮮やかに蘇り、まるで自分の胸をナイフで抉らているかのように強く締め付けた。
一瞬、息が出来なくなるほど苦しくなったジュリアスは、危うく自分の手の中の幼いローズを落としそうになるが必死で堪え、しっかりと抱き直した。
そして、そのまま何かを振り切る様に足早に浴室に向かうと治療と着替えを行う為に簡易性の台の上にそっと寝かせて、起こさないように服を丁寧に脱がせていく……
上半身を脱がし終えると、ローズの体の至る所に幾つもの痣が付いていた……
幼い子供になんて事をと、怒りにも似た気持ちが沸き起こり、自身の体験とも相まって昂る感情のままにローズの履いていたズボンも脱がすと、足元は特に酷い状態で何度も何度も鞭で打ち付けられた痕が付いていた。
幼い子供の傷だらけの姿は、日々何事にも冷静なジュリアスでさえ目を背けたくなる光景で、自分の爪が食い込むほど強く拳を握りしめたジュリアスは、何度かの深呼吸の後、少し自分を落ち着かせると、ゆっくりと傷を癒す魔法を施した。
浴室に張った湯も溜まり、丁度よくなった頃、ローズの下着に手を掛けて脱がした瞬間、それまでの感情が全て吹き飛び、ジュリアスはその場で凍りついたかのように驚き固まった……
「はっ……!?えっ………嘘…だろ………」
ジュリアスは、自分は何も見ていないと言う様に、素早くローズを新しい服に着替えさせると、洗浄魔法でローズを清潔な状態に戻し、元のベッドに寝かせ、急ぎクロード達の元へ駆けつけた。
その後、あの幼い子供が少女だったと確定したのだが、今まで、女性と聞くだけで、嫌悪感や吐き気を催していたジュリアスだったが、ローズが目を覚ました瞬間に見た、ローズの澄んだ瞳に心を奪われ、一瞬にして幼いローズに対し、今まで感じた事も無いような愛おしさが込み上げてきた。
それが自分と境遇を重ねてしまった事への同情なのか、幼いローズを抱き上げた時に感じた、直ぐにでも壊れてしまいそうな小さな存在を守らなければと言う使命感なのかは、ジュリアス本人もよく分からなかったが、きっとそのどちらも自分の本当の気持ちなのだろうと自身の中で結論づけ、幼いとは言え初めて女性に対して愛情を持って接する事が出来た。
初めての感情すぎて本人も加減がよく分からないようだが……
…………
そこから数週間が経ち、着々とローズへの愛情を育んでいたジュリアスだったが、アルベルトからの報告で、結局、ローズを売るのを口実に躾と称して暴力を振るっていたにも関わらず、貴族女性という事で大した罪にもならなかったミシェルは、夫のノーランド侯爵に罰金を支払わせると、そのまま何食わぬ顔で楽しそうに普段通りの生活を送っているとの話しだった……
ローズは戸籍も不確かな平民扱い……かたや侯爵とは言え貴族の妻……この国の現状や身分差を考えれば仕方のない事なのかも知れないが、ファルスター公爵家の人間で、その結論に納得しているものは誰一人として居なかった……
そして、そこから数日経った夜……
ローズが寝静まった後にジュリアスはそっとクロードの部屋を訪ねた。
「申し訳ありませんが、2〜3日…夜は公爵家を留守にすると思いますのでローズ様の事を宜しくお願い致します」
「………分かった………気をつけろよ……」
クロードは言葉を飲み込む様に一度…深く頷くと、真剣な瞳でジュリアスを見つめた。
「フッ……何を………」
ジュリアスは不敵な笑みを漏らすと静かに姿を消し、暗闇の中へと消えていった……
***
「あらぁ??貴方のような綺麗な方……うちの屋敷に居たかしらぁ!?」
夜…なんとなく目が覚めてしまったミシェルは、使用人を呼ぶと、お酒を持ってくる様にと言付けた。
しばらく経った後、お酒を持って来た人物にミシェルは甘ったるい少しおっとりとした口調で喋り掛けたのだった……
「ご挨拶が遅れて申し訳ございません。私は最近入りました夜の給仕当番でして、ミシェル様……何か他にご用意致しますか??」
給仕の格好をしたジュリアスが恭しく頭を下げると珍しく一人で飲もうとしているミシェルに優しい笑顔で話しかけた。
「そうねぇ……貴方が一杯、付き合ってくれないかしらぁ……」
「わたくしで宜しいのでしょうか?」
上目遣いで媚びるような視線を向けるミシェルに対してジュリアスは嬉しそうに少しはにかんで答えると
「クスクス!!可愛らしい事を言うのねぇ〜大丈夫よぉ……隣にいらっしゃ〜い!!」
ミシェルは楽しそうに笑いながら自分の側に腰掛けろと誘う様にソファを嫌らしい手つきで撫で回す。
「……はい…失礼致します……」
ジュリアスが一度礼をしてミシェルの隣に腰掛けるとミシェルはジュリアスにしな垂れ掛かり
「本当……綺麗な顔をしているわねぇ……もっと良く見せてちょうだい………!」
座ったジュリアスの足の付け根に自分の片手を置いて、もう片方の手でジュリアスの頬に手を添えた。
次の瞬間、ジュリアスの顔が徐々にミシェルの顔へ近づくと……
「……っ……んっ………ふ……ぅん………」
今度はジュリアスがミシェルの頭の後ろに手を回し深く口付けた……
「悪い子ねぇ……主人に手を出すなんてぇ
……貴方……明日の夜もいるのでしょう〜!?私の部屋は分かるわねぇ!?誰にも見つからないように、一人でいらっしゃ〜い!!少し遊んであげるわぁ!!楽しかったら私のコレクションの一人に入れてあげるわよぅ〜!」
ミシェルは楽しそうに話しながらジュリアスが触れた自分の唇を、その感触をもう一度思い出すように舌なめずりした……
「……畏まりました……」
ジュリアスは恥ずかしそうにしながらミシェルに向かって軽く頭を下げ、ミシェルはその姿を楽しそうに眺めると
「ふふっ…明日が楽しみねぇ〜」
と言いながら、もう一度深いキスを落とすのだった……
***
……トントン……
次の日、夜も深まった頃……ミシェルの部屋の扉が静かにノックされた。
「どうぞぉ〜……」
「失礼致します」
ミシェルからの返答で静かに部屋に入ったジュリアスは、礼儀正しくそのまま軽く頭を下げた…
「ふふっ……やっぱり綺麗な顔ねぇ……さぁ、此方にいらっしゃ〜い……」
ジュリアスは、無言でミシェルに近づくとそのままミシェルが座っているベッドに腰掛けた。
ミシェルは今、着てるのか着てないのかよく分からない真っ黒の夜着を纏い、ベッドボードにもたれ掛かっている。
サイドテーブルにはワインと数種類のチーズとナッツが置いてあった……
「さぁ〜!!何をして遊びましょうねぇ〜」
ミシェルはそっと近づくとジュリアスの背中に手を沿わせ耳元で囁くように問いかける
すると、昨日とは違い少し淡々とした口調のジュリアスが口を開いた。
「僭越ながらわたくしから一つ提案しても宜しいでしょうか!?」
「あら??何かしら?いいわよぉ!!」
そんなジュリアスの些細な変化など全く気に留めもしないミシェルは楽しそうに答えると
「それではこちらを使わせて頂けますか!?」
そう言いながらジュリアスは真っ赤な細長い布を取り出した。
「たまには見えない感覚も楽しいかと思いまして……」
「あらぁ??貴方も大概ねぇ……本当は貴方の顔を見ていたいのだけれど〜夜は長いしぃ、まぁ…いいわよぉ……さぁ〜いらっしゃい……」
真っ直ぐミシェルを見つめ淡々と話すジュリアスに興奮の色を隠せないミシェルは、急かす様にジュリアスの腕を引き呼び込んだ……
ギシッと言う音ともにベッドに乗り上げたジュリアスは持ってきた赤い布をそっとミシェルの目に巻き付けた。
次の瞬間、ミシェルの鼻は甘ったるい匂いを感じたが、興奮しているミシェルは気づく事なく、ジュリアスがそれ以上ミシェルに触れる前に意識を手放していく……
ジュリアスは前もって用意していた液体を目元の赤い布に染み込ませると素早くミシェルの服を脱がせてベッドのシーツを乱した。
そして赤い布を巻き付けてベッドに倒れているミシェルを見下ろしながら、なんの感情も表さない小さな声でミシェルに語りかけた。
「おまえの瞳はこの先、一生……何も映す事は無い……綺麗な物しか認めず、自分以外の人を人とも思わないような人間は、大好きな綺麗な物を見る事なく一生、暗闇と共に生きればいい……」
そう言ってジュリアスは静かに部屋から姿を消した……
ノーランド侯爵家でジュリアスの姿を見た者はミシェル以外には誰もおらず、朝、目を覚まし、自分の目が見えなくなってしまっていた事にミシェルは大騒ぎするが、その目が回復する事は無いと知るとノーランド侯爵達の慰み者となっていくのだった……
本来なら目が見えなかろうと女性はある程度、大切にされるのだが、ミシェルは一生、自分の部屋の中で誰かも分からない人達を相手に生活して行くことになるのだった……
………
「滞りなく処理致しました……」
ジュリアスは、クロードの自室へ静かに訪れると、頭を下げた。
クロードはまだ寝てはおらず、ソファに腰掛けウイスキーを飲みながら窓の外を眺めていた。
机の上ににはお酒の他に領地関係の書類が乱雑に置いてある。
ジュリアスの存在に気が付いたクロードは、ジュリアスの方に振り向くと一度眉間を指で挟み少し疲れたように話し出した……
「ジュリアス……ご苦労だった……いつも損な役回りをさせてすまないな……どうだ一緒に一杯」
「いえ…これも私の仕事ですので……それより一度、ローズの顔を見て来ても……」
「あぁ……今はアルベルトと眠って居るが…問題ないだろ……」
ジュリアスはそのまま軽く礼をすると、クロードの部屋をあとにし、ローズの部屋の扉をそっと開けた……
一瞬、目を開いたアルベルトと目が合ったが、アルベルトは何も言わずにそのまま目を閉じた…….
アルベルトとルイに挟まれて幸せそうに眠るローズの姿に、自分の汚い身体や心が少し癒されたような気がしていた……
そのままそっとローズのベッドの側まで近づき、ローズの頭を撫でようと手を伸ばしかけたジュリアスだったが、今の自分の汚い手では触れてはいけない気がして、それ以上近づく事が出来なかった……
ジュリアスは幸せそうに眠るローズを見つめながら、自分の思いを巡らせはじめる……
以前、ローズが経験した一連の出来事は、自分と同じで、きっと一生忘れる事は出来ないだろう……だが……彼女が少しでも不安や苦しみから逃れられるように、どんな事をしてでも自分が守っていくと固く誓った夜だった。
ローズは辛い事や汚い事とは一切無縁な幸せな生活を送ればいいのだ。
その他の汚い事は全て自分が引き受けると……強く胸に刻みながら、静かにローズの部屋を後にした……
***
それから暫くは穏やかな生活が続いたが、エリオットの連れてきた女性により、ローズがまた怯えを見せ、危うく大怪我を負う危険な目にあってしまった……
ジュリアスはクロードの命令により、ローズに危害を加えようとしたミレーナを近くの宿まで送って行く事になったのだが、宿には向かわず別の屋敷を目指し馬車を走らせる……
クロードが皆まで言わなくても、幼い頃から共に育ったジュリアスは彼の視線一つである程度の事は理解出来るからだ。
それはアルベルトやエリオットも同じで、あの場でエリオットも止めなかったと言う事は、今後ミレーナに起こる事を了承したのだとジュリアスは捉えていた。
………
移動中の馬車の中でも、懲りずに執拗に誘惑を繰り返すミレーナは自分の行く末も何も分かっていない本当に馬鹿な女だった。
本当に女と言う存在はどいつもこいつも、そんな事しか考えていないのかとジュリアスが女と言う生き物にほとほと嫌気がさしていた頃、目的の屋敷に到着した……
馬車で重苦し門を抜け中に入ると、屋敷の中からは見た目麗しい青年が現れ、ジュリアスに挨拶をする。
「これは、これは、ファルスター公爵家の……今日はどうなさいましたか!?」
「一人連れて来たので、後は好きにすればいい!!」
恭しく頭を下げた男性に視線を合わせる事も無く、ぞんざいに言葉を放つジュリアスに男は全く気にした素振りも見せずに笑顔で話す。
「ありがとうございます。では、お姫様こちらへどうぞ!!」
ミレーナをエスコートをする様に手を差し伸べると、男の存在に気が付いたミレーナは
「あら!?素敵な男性じゃない!!このお屋敷は!?」
と、嬉しそうに男に話しかけた。
「こちらは私の持ち物でございます。お疲れでございましょうから、お部屋へご案内しますよ!!お話はそれから……ジュリアス様も一度ご覧になりますか!?」
「いや…いい……興味ない!!私はこれで失礼する!!」
ミレーナの手を取り恭しく屋敷へ促す男はジュリアスに声を掛けるものの、ジュリアスは男の方をチラリとも見ずにそのまま踵を返した。
「本当につまらない男ねぇ……まぁいいわ!もう、用は無いもの!!あなた…早く案内してちょうだい!!」
「畏まりました。本当に素敵な女性ですね!さぁ…こちらへどうぞ!!」
男は嬉しそうにミレーナに微笑むと、ミレーナも満更でもなさそうに、そのまま二人で屋敷の中へ消えていった……
(その屋敷の中に足を一歩でも踏み入れたら、そこからは一生出られないとも知らずに、本当に馬鹿な女だ……そのまま…何も分からないままに、ずっと…奴らに研究し尽くされればいい……その方が彼女も楽しいだろうし、国の為にもなる……)
そんな事を思いつつジュリアスは急ぎ馬車を走らせた……
ジュリアスが急いで戻り公爵家に着いた数日後、ローズがジュリアスにミレーナの事を尋ねて来た。
ジュリアスは少し考えた後、彼女は他の男性の所へ行って楽しく過ごして居るとローズに伝えた。
それは事実だったし、ローズには歪んだ世界の事など何も知らせる必要は無かったからだ。
ローズは純粋な瞳を輝かせながら「ジュリアスは、いつも何でも知ってるのね!!何処からそう言う情報を集めて来るの??」と不思議そうにしながらもジュリアスに嬉しそうに微笑んでいる。
その姿に愛しさが込み上げたジュリアスは、ローズを抱き上げ頬に軽くキスをする。
ローズの問いかけには答えずにキスで誤魔化したジュリアスに、ローズは頬を膨らませながらも、その頬を染め少し恥ずかしそうにしていると、その表情さえも愛しくて、今すぐ彼女を壊してしまいたい衝動と誰にも見せずに大切にしまっておきたい衝動に駆られ、自分の今までには無かった強い衝動に自分自身で少し引いてしまうジュリアスだったが、そんな事は噯にも出さずに、ローズをしっかりと自分の胸に抱き留めて庭へと向かって行くのだった……