39 家族
異世界の上位貴族の凄さを、まざまざと見せつけられたバースデーパーティーも終わり、ローズは自室で一息ついていた。
クロード達は養子縁組を行う際の契約魔法の最終調整を行なっている為、ルイと一緒に大人しく自室で待機しながら クロード達を待っている!!
部屋に備え付けられている2〜3人掛けのソファに、ちょこんと1人腰掛けて、ルイの淹れてくれた少しぬるめのお茶をゆっくり飲んでいた。
普段、誰も居ない時などは、ルイも向かいに腰掛けて一緒にお茶を飲みながらマッタリ過ごすのだが、今日のルイは少しソワソワしているようで、部屋の中をウロウロと歩き回り落ち着きがない……
ローズはそんなルイの様子が気になってしまい、思い切ってルイに声を掛けてみた……
「ねぇ…ルイ……さっきからずっと…ウロウロして、落ち着きないけど…何か気になる事でもあるの??契約の事…?」
「…ぁ……ん……??いや……別に……」
ルイは…ローズと目は合わせずに、明後日の方を向きながら口籠もっている……
「クスクス……ルイ……全然、別にって雰囲気じゃないけど…….プッ…」
ローズにクスクス笑われたルイは、普段は、にぶい幼いローズにさえも完全に見透かされている事に、少しイラッとしたようで、ぞんざいにズボンのポケットに手を突っ込むと、一瞬、何かを考えあと
「ちっ………おらっ……やるよ……!!」
そう言って、不機嫌そうに眉間に皺を寄せると、先程、ズボンのポケットに入れた右手をローズに向けて突き出した。
ローズは反射的に胸の前で両手を開くとコロンとシルバーとビジューで作られた小さな蝶の形の可愛らしい髪飾りがローズの手の上で転がった!
「最近……髪…伸びただろ……アイツらに比べたら全然……大した事ないけど……これならあっても邪魔にならないだろうし……だから……」
少し不機嫌そうな恥ずかしそうな顔を俯かせながら…自分自身に言い訳でもするかの様にローズに説明するも、そんなルイの繊細な男心などは、全く気にも留めずに喜ぶ、にぶいローズは、嬉しそうに瞳をキラキラさせてルイに問いかける。
「うわ〜〜!可愛い!!ルイが選んだの??」
「…っ……ん……」
ルイは恥ずかしさのあまりローズから顔を背けて小さく返事をした。
「クスクス…ありがとう!!大切にするね!!」
「あぁ……別に大したモンでもねぇよ……まぁ……おめでと!」
「ふふ…嬉しい……」
ローズはそう言って胸元でギュッと抱きしめるように握りしめた……
ずっと素っ気なく不機嫌に対応していたルイだったが、ローズの純粋に喜ぶ嬉しそうな姿を見つめていると、その笑顔につられるかの様に自然に、ルイ自身も、とろけそうなほど甘い笑顔でローズを見つめ返していた……ただ、その事自体は、本人は全く自覚していなかった……
1人…その姿を直視してしまったローズだけが、普段は見れないルイの甘い笑顔の破壊力に、目を見開き…その場で固まってしまうのだった……
***
「ローズ…契約の準備が整ったよ。皆も既にその場所でローズを待っているから一緒に行こうか!?」
クロードがジュリアスを伴ってローズの部屋へ迎えにやってきた。
ルイは契約が終わるまでは一旦、自身の部屋で待機する予定になっている。
ローズがクロードに誘われ「はい…」と短く返事をすると、クロードがそのままローズを抱き上げて皆が待っている場所へと向かい歩き出した。
そのままジュリアスも伴って一階まで降りると玄関を出て庭を進み、いつもローズ達が過ごしている庭とは反対の方へ向かい歩いていく…
ローズはまだ其方の方には行った事が無かったので、其方のほうには何があるのだろうと不思議に思っていると、季節の花が咲き誇っている庭を抜けた先の、少し開けた場所に真っ白な作りの小さな教会のような建物が現れた。
ローズは一年近くこの屋敷で過ごして来たが、このような建物がある事すら、全く気付かないで過ごしていた。
その教会のような建物は真っ白な壁に細かな彫刻が施されている石が、網目模様の様に付けられ存在感を放ち、入る前から重厚で神聖な雰囲気を漂わせていた。
その中央にある木製の扉を開けると、ギィと言う軋んだ様な低い音と共に中の様子が明らかになった。
建物の中は、さほど広くはないが此方も白を基調としたシンプルな作りで数カ所ある柱には壁と同様の彫刻が施してある。
真っ白な壁には大きめな色鮮やかなステンドグラスがいくつか嵌め込まれていて、吹き抜けになっており、その屋根の一角に天窓が1つ嵌め込まれていて、そこから日の光が差し込むような設計になっていた。
その天窓から差す光の先には祭壇のような木製のテーブルがあり上に綺麗に刺繍が施された絹のような光沢があるクロスがかけられている。
その祭壇を挟むようなかたちで、ローズが入ってきた扉とは反対側にアルベルト達が横一列に整列してこちらを見ていた。
それはとても幻想的な光景で、何も言わずとも、これから神聖な儀式が行われると言う事は明確だった。
クロードに抱き抱えられたまま祭壇の前まで辿り着いたローズは、祭壇の前に置いてある小さな白い台の上にそっと下ろされた。
その台の上にローズが真っ直ぐ立つのを確認すると、クロードはローズの側から離れ、ジュリアスを連れてアルベルト達の方へ並び立った。
そして向かい合うローズを見つめると静かに口を開いた…
「ローズ…今から、家族になる為の契約魔法を行う……その契約の前に、いくつかローズに最後の確認をしてもいいだろうか…?」
「はい……大丈夫です…」
ローズは少し緊張気味に顔を強張らせるが、クロードを見つめしっかりと答える。
するとクロードは一度小さく頷き、しっかりとローズを見つめ返すと、ゆっくり話し出した。
「ローズ…まず初めに、この契約を行うと私達の間に魔法による家族の絆が生まれる、そうする事でローズには公爵の位が与えられ、貴族としての義務も発生する事になる…その事は問題ないか?
貴族はただ贅沢できる楽なものでは無く、時には身を挺して領民達を守らなければならないし、様々な事を学ぶ必要がある、常に自分を磨き、高めて、努力し続けなければならないが、私達と一緒に努力は出来るだろうか?」
クロードはローズに分かりやすいように丁寧に説明してくれるが、幼い、純粋なローズに、貴族としての重圧を課す事に少し不安そうでもあった。
だがローズの瞳は揺らぐ事なく真っ直ぐクロードを見つめながら
「クロード様達みたいに完璧に出来るか分かりませんが、私なりに頑張りたいと思います!!」
幼いローズの一生懸命なその答えに、その場にいた彼等の表情が和らぎ、今まであったその場の重苦しい雰囲気も少し軽くなった様な気がした……。
「ふふっ….そうか…偉いな…!!…では次に…この契約を結ぶとお互いの魔力が繋がる為、その魔力を通じて、互いの生存確認や大体の居場所を把握する事も可能になるのだがローズは女の子だし、プライバシーもあるから、大丈夫かな?私達も緊急性も無いのにやたらと探ったりはしないが…平気…かな…?」
「クスクス……大丈夫ですよ!!」
クロードの、前世で言う処の、セクハラ扱いされないか、日々怯えるオヤジ達のような気遣いに、ローズは少し可笑しくなってしまい、さっきまでの硬い表情が少し緩んだ……
「では最後に、この契約を結ぶと、破棄したい場合…今、居るメンバー全員の了承を得なければならない。この先、ローズが嫌になったからと言って直ぐに破棄は出来ないが大丈夫だろうか?」
クロードは、これだけは必ず言わなければならないと、自分を奮い立たせローズに伝えるが、何処か不安そうだった。
そんなクロードの不安を払拭するかのように力強くローズは答えだした。
「大丈夫です!!これから家族になれば、楽しい事ばかりでは無く、悲しい事や辛い事、嫌になる事もあると思うんです……でも…家族は互いに支え合って乗り越えて行くものだから、嫌になる事があったとしてもその都度、皆で話し合って、お互い支え合い補い合っていきたいです!!」
「「「「「ローズ……(様)(ちゃん)……」」」」」
ローズの幼女とは思えない程のしっかりとした答えにクロード達は驚くも、感動してしまう…
自分達が思っている以上に真剣に考えていたローズに、クロード達も改めて家族としての在り方を教えられたような気さえした。
今まで自分達が築き上げてきた家族関係よりも真摯なものになりそうで、これからは、幼い一人の人間を育てて行くのだと、彼等も身が引き締まる思いだった。
………
「あの……私からも一ついいですか……!?私は…まだ幼くて、皆様にいっぱいご迷惑を掛けると思うんです…それでも本当にいいですか?」
「「「「「あぁ…大丈夫だ(よ)(です)」」」」」
逆に不安そうなローズからの質問に、彼等もローズを見つめ返すと同時に力強く肯定した。
「ありがとうございます!これから宜しくお願いします!」
ローズは小さな頭をしっかり下げて丁寧に挨拶をした。
それを皮切りに真剣な表情に切り替わったクロードが契約へと移る。
「よし!!そしたら契約するぞ!!」
「畏まりました。そうしましたら、ローズ様…まずはこちらの紙のこの部分に名前をお書き下さい。」
ジュリアスはそう言いながら一歩前へ出ると、祭壇の上に置いてある一枚の紙を指さした。
そこには、魔法陣のような丸い模様の中にクロード達全員の名前が書いてあり、その中央部分が一箇所ポッカリと空欄になっている部分があった。
その場所を指差したジュリアスはローズに羽ペンを持たせると名前を書くよう促した。
こう言う契約の際は必ず自分で名前を書かないといけないらしく……
魔法が掛けられている特殊なインクが使用されており、それを通して自分が文字を書くとインクに自身が持っている魔力が混ざり契約魔法の効果を発揮するようだ。
文字が書けない人などは血判を押したりなどして自身に流れる血液中の魔力と反応させて契約する事になる。
この契約に必要な魔力は親権者がメインの為、扶養者にあたる人間は、幼い子供でも持っているような微量なもので大丈夫なので、年齢などは関係なくなると言う事だった。
ローズは少し震えそうになる手を必死で堪えどうにかローゼマリーと自分の名前を書き上げた。
「よし!!大丈夫だな!!じゃあ始めるぞ!!」
しっかりローズが名前を書き上げたのを見届けると、クロードはそう言って、ローズの右の方の片手に自分の片手をそっと重ねた。
クロードに続くように皆がローズの左右の手のどちらか一方の上に自分の片手を置き始めローズの両方の手にクロード達の手が置き終わると、クロードが目を閉じ何やら呟きだす。
「汝、我らと契約するは家族の絆、生涯に亘り汝を助け、敬い、愛しみ、支え合う事を誓う、これにより血よりも尊き我らの魔力を持って汝に宿し、親族の証とす。我ら5人の魔力を受け取れ!!」
クロードがそう言った瞬間、部屋の中に5色の眩い光が現れ、光はそのまま上に登り混ざり集まると、一度、天窓を抜け、そのまま天窓から下に居るローズに降り注ぎローズの体に取り込まれていった……
光をモロに受けたローズだが痛みや衝撃はなどは無く、体の中が少し温かくなったような気がしただけだった。
体の中に温かさを感じたローズは、ふと…顔を上げてクロード達を見上げると、皆…優しい顔をしてローズを見下ろしていた。
ローズは、なんだか胸がいっぱいになってきてしまい…気持ちが溢れ出したかのように堪え切れずに一筋だけ涙を流した……
それを見たクロード達が焦ってしまい「どうした」と、言いながら跪きローズの顔を覗き込んできたので、ローズは…一言「…嬉しくて……」と呟いた。
その泣き笑いの表情がとても美しく思えて、クロード達は跪いたまま何も言えなくなってしまいローズをギュッと抱きしめた。
皆が一緒になって幼い少女を抱きしめている光景は側から見ても温かなものが感じらる優しい光景だった。
………
「これで私は本当に家族になったの??」
どのくらいの間、皆でそうしていたかは、分からないが…ふと気付いたローズが小さい声で呟いたのを聞いたクロードはローズから体を離し
「あぁ…ローズはもう…俺たちの娘だ」
そう言って優しく微笑んだ。
この国では血縁関係よりも魔力の質が優先される。
親族などは大体同じような質の魔力が流れている。
そのため契約魔法で親権者が子供に魔力を分け与える事により、血縁関係が無くてもも同じような魔力の質に変わる事から、家族として認められるようになる、魔法大国ならではの基準であった。
「ローズちゃん…これから家族なんだから敬語は無しよ!!それと私はこれで正式に貴方のお母様ですからね!!」
「はい!!お母様!!」
「ローズちゃん私にもう一度ギュッとさせて!!……はぁ……可愛い……私の娘!!」
エリオットはローズを抱きしめるとローズの頬に頬擦りをした。
エリオットには普段からよく抱き締められるのだが、家族となった今日はまた違う感動があった。
それはエリオットも同じようで普段は常に軽口を叩いており、今も口では冗談ぽく言葉を発しているが、ローズを抱き締めた腕が少し震え、グレーの瞳が涙ぐんでいるようにも見えた。
そんな風に2人が感動し合っていると待ち切れなくなったアルベルトが2人の間に割って入った!
「エリオット!!次は俺だ!!……ローズ……これで俺達は家族だ!この先、何があっても、どんな物からも俺が守ってやる!俺の大切な娘……愛してるよ!!ローズ!!」
「……っ……アル…ベルト……様………」
エリオットから離され、跪いているアルベルトに向き直ったローズは、両肩を少し強めに掴まれると真剣な瞳で真っ直ぐと見つめられ、ストレートな愛の告白をされた……娘として言われただけなのに何故か顔が赤くなってドキドキしてしまう……
前世通しても、異性から真剣に見つめられた事も、ましてや愛の囁きなど、された事のないローズは心臓が口から飛び出しそうな程ドキドキしてしまっていた……
そんなローズの心境を知ってか知らずか分からないが、胸の高まりで息も絶え絶えなローズの腕をそっと掴むと自分の方に振り向かせたギルバートも語り出した。
「ローズ…俺も抱きしめたい!!……あぁ…今日から俺達は本当に家族なんだな!!俺の唯一!!ローズより大切なモノなんてこの世にはない!!今日と言う日に感謝する!!」
ギルバートの少しオーバーな表現と表情に先程の動悸が少し収まったローズは軽く笑みを洩らした…
「ふふっ…ギルバート様は大袈裟です…!」
「ローズ…今日から俺の事はギルバート様では無くてギル兄様だ!!俺はお父様じゃなくてお兄様と呼ばれたい!!」
「クスクス…は〜い!ギルお兄様!!今日から宜しくお願いします!!」
ギルバートの周りを照らす太陽のような明るい性格とローズに対する愛情を身を持って感じる事が出来たローズは形容し難い幸福感に包まれていた…
そこへ感極まり少し震えたジュリアスの声が聞こえてきた。
「ローズ様……今…貴方の体の中に…私の魔力が流れているのですね……これで…やっと……私の娘に………娘……娘……凄い……ずっと言っていられる……ローズ…私の娘……もう一生……離しませんから……」
(おぉ…う……ジュリアス……なんか怖いよ……)
他のメンバーとは明らかに何かが違うジュリアスの熱に…何故か背筋の寒さを感じるローズは苦笑いを浮かべてジュリアスを見つめるも……感極まり若干興奮気味のジュリアスはその事に全く気付かず、尚もローズに語りかける
「ローズ様……私の事をお父様と呼んで頂けませんか?」
「……ジュリアス父様……これから…宜しくお願いします!!」
「……っ……愛しています!!ローズ…私の娘!!」
ローズの父様発言に目を見開き、瞳を潤ませて感動しているジュリアスは、恋人にでも言うかのような熱量でローズに愛を囁いた……
ジュリアスの愛の重さを、まざまざと痛感させられるローズだった…
そして暫くした後、皆が少し落ち着いてきた頃に、クロードに優しく頭を撫でられたローズは、そのまま宝物を扱うように大切に抱き上げられると晩餐までの少しの間、ルイも誘って談話室で皆と談笑する事となった。