30 その後
昨晩の、精神的、肉体的、疲労のせいで、ローズは今もまだベッドの中で眠っている。
最近は、暑い日よりも涼しい日の方が多くなってきていて寝やすい日が続いている 、夏ももう終わりかけの季節だった。
だが今日は、夏の日差しが、ローズを起こす為に舞い戻って来たかのように、ジリジリと照りつける太陽の光を浴びて、ローズはあまりの暑さに呟いた…
「あ……っつ…い」
ローズは昨晩、色々な事があり過ぎて、余程疲れていたのか、気が付いたのは もう、昼に近い時間だった。
暑さで目が覚めたローズは、ちゃんと自分の部屋で起きれた事にホッとしたのも束の間、いつも一緒に寝ている人達が隣に居ない事に気が付いた。
目を覚ました後に、隣に誰も居ない事が初めてだったので、少し不安になったローズは上半身だけ起こしつつ辺りを見渡した。
「あれ……?皆は……」
思わず、一人 呟いてしまったローズは、辺りを見回しても、やはり部屋には誰も居ない事を感じ取り嫌な予感に胸が締め付けられた。
堪らずローズは、上半身だけを起こしたままシーツを両手でギュッと握りしめると目を瞑って不安な光景を遮断しようとする……
その時、部屋の扉が静かに開きルイとギルバートが二人揃って顔を出した。
「あっ…ローズ…もう起きてたんだ!!ごめんな!不安だったかい!?」
不安そうなローズの顔を見て、申し訳無さそうに近づいて来たギルバートは、ベッドの上のローズがコクンと小さく頷くと、急いで駆け寄り、ローズを抱き上げて謝った。
「あぁーーー!!!ごめん!!ごめん!!ローズが起きたら楽しめるようにと思って、一度、部屋に戻って色々取って来たんだ…!本当ごめんな…!!そうだ!ルイ…!!見せてあげて!」
そう言われたルイが、ローズに近づいて来ると、ルイの両腕に抱えられていたのは、幅が1mはありそうな大きな画用紙と、色とりどりの絵の具と筆、パレットだった。
「うわーーー凄い!!!絵……描くの???」
ローズは、さっきまで感じていた不安など吹き飛び、興奮しながら手を叩いて喜んだ。
「どうだ、楽しそうだろ!?今日は、身体も疲れているだろうから、あまり部屋から出ない方がいいと思うんだ!でも、そしたら暇だろ!?」
イタズラっ子ぽく笑ったギルバートは、ローズの頭をツンと突いた。
昨晩の出来事は、大人でも辛いものがあるのに、ましてや幼い子供には、どれだけの負担があったのだろうと、ギルバート達はとても心配していて、今日は、ローズの肉体的にも精神的にも外に出るのはあまり良くないと考えていた。
だが、ただ部屋に居るだけだと色々、嫌なことなど思い出し憂鬱な気持ちになりそうなので、部屋で楽しめるものをと考え、急遽、用意して来たのだ。
「うん!!暇ーー!!」
ローズはクスクス笑いながら返事した。
「部屋でも楽しめるようにと思って用意してたんだ!昼食済ませたらやろうな!!」
「うん!!!凄く楽しそう!!!!ってゆうか早くやりたい!!!」
ローズは興奮気味にブルーの瞳をキラキラさせてギルバートの首に抱きついた。
「はぁ…可愛い……本当に無事で良かった……ローズが居なくなったって聞いて、俺は生きた心地がしなかったんだ…!!もう…この腕の中から出したくない……!!でも、ローズにお昼ご飯を食べさせないと……この、腕の中閉じ込めるのはその後だな!!」
ローズの可愛さに堪らず抱きしめ返したギルバートは、ローズの瞳を見つめると、片目を瞑ってウインクした。
その仕草をモロに受けてしまったローズは(この世界の人間はマジでイケメンばっかりだな)と、しみじみ思うのだった…
……皆おじいちゃんだけど………
***
「おはようローズ、具合はどうだ??何処か痛い所や辛い事は無いか??」
「おはようございます!クロード様……大丈夫です!ご心配をおかけしました。しかも、こんな時間まで眠ってしまったみたいですみませんでした。」
昼食の為、部屋を出たローズはギルバートに抱っこされたまま食事の場へと現れた。
そして、ギルバートに抱っこされたまま、クロードに丁寧に挨拶をすると、
「子供が、そんな事を気にするもんじゃないよ。昨日は、かなり遅かったし、色々あったんだ、本当ならまだ眠っていてもいいくらいだ!!」
クロードは、ローズが子供ながらに気を遣っている事を優しく諭し、ギルバートからローズを受け取ると、ローズを抱いたまま席に着いた。
「さぁ皆、席に着いたね!食事にしよう。今日は、皆1日中ローズの側に居るからね」
(えっ……??席って…クロード様の膝の上って事ですか……??
ヤバい……変に心配かけてしまったせいで、過保護に拍車が掛かってる!!
こんなの…どんな羞恥プレイだよ!!むしろ昨日より精神疲労がハンパない気がするんだけど….…)
おずおずとクロードの膝の上に座りながら隣を見ると、ジュリアスがスッと横に来てローズの世話を焼き始める。
(おぉ…マジか…流れがスマート過ぎて何も言えない……大体、こんな事が毎食、続いたらマジで一人で何も出来なくなりそう……彼等は一体…私をどうしたいんだ…??)
彼等に、正しい子育ての方法を、誰か真面目に教えてくれないかと本気で考えるローズだった。
………
今日のローズの昼食は、カボチャの冷製スープにパンケーキ、ベーコンと野菜を使ったオムレツが用意されていた。
それをクロードと、横に座っているギルバートが交互に食べさせてくれ、ジュリアスが口の周りを拭いたり、飲み物を飲ませてくれたりする。
彼等の溺愛がひどい……
ある程度、食事も終わり、皆が一息ついた頃、ローズが少し不安そうにしながら遠慮がちに口を開いた。
「あの……そう言えば…私を連れ出したニックって人はどうなったんですか?」
「あぁー彼なら夜の内に妖精が迎えに来て、連れて行ってしまったよ!!この国は悪い事をすると妖精が来て連れ去ってしまうんだ…」
「………」
何食わぬ顔でクロードが答えるが、ローズは何も言えない…
(本当??ねぇ……本当??魔物もいるって噂の、異世界……真実なのか…冗談なのかが判断出来ない……妖精はいるの?居ないの?居るなら見たいし、出来る事なら喋りたい!!)
ローズは意を決して質問する!!
「妖精って…居るんですか…??私…居るなら見てみたいです!!」
するとクロード達は、何も言わずに…ただ…ニッコリと微笑んだ……
(えっ??何??だから…どっちよ???その笑顔で女性や子供が皆、騙されると思うなよ!!イケメンだからって調子に乗ってるな…絶対!!私はそんな事じゃ誤魔化されないからな!!)
なんだかんだで日々、色々な事をはぐらかされているクセに、ローズはその事には全く気が付いていない。
(クソ〜幼女だと思って……!結局 ニックの事も、妖精の事も、何も分からないじゃん!!そうやって、自分達の都合の悪い事ははぐらかす…どの世界でも、そう言うのは大人の悪い癖だ!!)
結局、彼等はニックのその後を、ローズに教える事はなかった。
ただ、ニックは平民だ。
ローズはまだ、正式に養女にはなってはいなく、平民扱いだが、公爵家で保護されている、未来の養女を誘拐しておいて、ただで済むわけがなく、表向きは、貴族の金品を盗み、発覚後に抵抗し、貴族に暴行をはたらこうとした事により死罪が決定した事を、親族には伝えるよう指示を出したが、ここはクロードの公爵領で、アルベルトも師団長だ。
ジュリアスにある程度のお仕置きを加えられ、拘束された後、アルベルトに公爵家に連れてこられて地下牢に入れられたニックはその後、生死は問わずとも、公爵家から出る姿を見たものは誰一人として居なかった。
彼がどうなったのか知っているのは、クロードとジュリアス、アルベルト、ギルバートのみである。
***
「そうだ、ローズ!!もうすぐ、エリオットが帰って来るんだが、ギルバートは、そろそろ一度領地に帰らないと行けないんだ!だからエリオットが帰ってきたら、みんなで近くの湖にピクニックでも行かないか?屋敷の外にちゃんと出た事ないだろ??」
クロード達と一緒に自室へ戻り、絵を描く為に、ジュリアスに汚れてもいい服に着替えさせてもらっていた時、突然、クロードがピクニックの提案をして来た。
「ピクニック………行きたーーーーい!!皆でお出かけ!?凄ーーい!!!!楽しみ!!」
ローズはその場で飛び跳ねて、キャーキャー言いながら喜んでいる。
その姿をジュリアスやクロードが、微笑ましい顔で眺めている。
クロード達は、今まで、ローズが幼い為、屋敷の外には出した事が無かったが、ローズが外に出たのが闇オークションの拉致の時と、今回の誘拐だけだなんて、とても可哀想に思え、このまま成長してしまったら、外に対して恐怖心を持つようになってしまうと危惧し、外も楽しい事が沢山あるのだと教えておきたかったようだ。
ただ皆、ローズがここまで喜ぶとは思っていなかったようで、提案して本当に良かったと胸を撫で下ろした。
こうして、ローズになってから初の外出が決定した。