29 長い1日の終わり
バゴンッ!!!
ローズの悲鳴を聞いたアルベルトは、堪らず、納屋に取り付けられている古びた木製のドアを蹴破った。
急いで、納屋の中へ入った彼等が見たものは、簡素なベッドの端に追い詰められ、怯えた顔をしたローズと、ベッドの上に乗り上げて手を伸ばし、ローズに今にも迫りそうなニックの姿だった。
実際のニックは、ローズにお茶を飲まそうとしていただけなのだが、彼等は知る由もないので、幼いローズが、今にも襲われそうな姿を見た彼等は、怒りの形相に変わり、真っ先にクロードがニックを怒鳴り付けた。
「お前は、一体何をしてる!!!こんな事をして、タダで済むと思ってるのか!!!さっさとそこをどけ!!」
クロードがニックにそう言い切る前に、アルベルトが瞬時にニックの側へ近づき、片手で首を掴むとそのまま後ろの壁にに叩きつけた。
バン!!と言う衝撃音と共に壁に叩きつけられたニックは、「グッ」っと小さく声を洩らすとそのまま床に崩れ落ち意識を手放すのだった。
「ローズ、大丈夫か??」
心配したギルバートが、すかさずローズが居るベッドへ近づきローズの横に腰掛けると、不安そうなローズ顔を覗き込む。
するとギルバートを見たローズもやっと安心したのか、瞳を潤ませてギルバート袖をキュッと握り締めた。
袖を掴んでるローズの手があまりに小さくて、こんな幼い子にあんな事をするなんてと思う怒りと、その幼いローズを守れなかった自分に対する後悔で、ギルバートの胸は張り裂けそうな程、切なく苦しくなった…
袖を掴んだまま小刻みに震えているローズを思い切り抱き締めると
「ローズ……大丈夫……もう大丈夫だよ…」
と、ローズの頭に顔を埋め優しく何度も呟いた。
すると次の瞬間、ローズの大きなブルーの瞳から大粒の涙が溢れ落ち……そのまま次々に涙は溢れ続けると、大きな声で泣きながら、ギルバートに縋り付いた。
ギルバートは、抱きしめただけでも壊してしまいそうな程、小さく儚い存在のローズを、壊してしまわないよう大切に、けれど力強く抱きしめていた……
だが次の瞬間…倒れていたニックが気が付いたのか、凄い形相でクロード達に詰め寄った。
「返せ!!ローズ様は、私のものだ!!お前らなんかに渡さない!!」
ニックの声に少しビクついたローズだが、ギルバートに耳元で「大丈夫だよ」と言われてそのままギュッとギルバートを抱き締めるように縋り付く
ジュリアスはローズの側にずっと控えていたが、ニックのその言葉に、ぶちギレた!!
「お前は一体、何を言っている!!!幼い子供に、薬を使って勝手に連れ出して、こんなに怯えさせるなんて、殺されたいのか??だったら、今すぐ殺してやるから…死ね!!」
そう言ってジュリアスは、帯刀していた刀を抜きニックの方へ突き出した!!
その姿にニックは、腰を抜かすも、慌てて反論する
「なっ……何を……だって…俺らは…愛し合って……」
ニックが最後まで言い切る前にクロードの怒りも頂点に達した。
「ふざけた事を言うな!!!こんな幼い子供に何が分かると言うんだ!!お前の勝手な思い込みで、どれだけの人間に迷惑かけたと思ってる!!話すだけ無駄だ!!ジュリアス連れて行け!」
クロードがそう言い切る前に、痺れを切らした、ジュリアスは、片手に刀を握ったまま反対の手でニックの髪を掴むと、未だにローズは自分の物だと、騒ぐニックを無視して、そのまま外に引きずり出し暗い森の中へ消えていってしまった……
その間 ローズは、ギルバートに強く抱き締められながら泣きじゃくっていたので、クロード達の怒鳴るような声は頭の片隅で聞こえてはいるが、何が起きているのかは分かっていなかった。
むしろ、ギルバートは、幼いローズに自分達の厳しい一面など何も見せる必要は無いと、しっかりと胸の中に閉じ込めていたようだ。
彼女は優しい世界で楽しい事だけを思っていればいいのだ。
その為なら自分達は、どんな事でも躊躇わず出来るだろうと、ローズを抱きしめながら考えていた。
そうして、ジュリアスが、平然と一人で戻って来るまでローズはギルバートの胸で泣いていた。
……
「ローズ様…申し訳ありませんでした。私が目を離したばかりに……」
「ローズ…俺も…ごめんな……ちゃんと…守ってやれなくて……」
暫く泣きじゃくっていたローズだが、少し落ち着いてきたのを見計らって、心配そうにしていたジュリアスとルイが声を掛けて来た。
泣き腫らした顔で2人を見上げたローズは、泣きすぎて、まだ呼吸が整わず息を漏らしながらも必死で2人に語りかけた。
「….ヒ……ック…なん…で……2人…っ….は…悪く…ない…でしょ??…お….仕事…なら…仕方ないし……あんな…の……気付…けるわけ……ない……」
ローズは、何度も言葉に詰まりながらも必死に2人は悪くないと伝えた。
それを見た彼等は、幼い体で必死に2人を庇う姿に言葉では言い表せない程、胸を締め付ける思いが込み上がってきた。
この心の優しい純粋な幼い少女を、何があっても守らなくてはと再認識したのである。
そしてローズは、未だに険しい表情が取れないジュリアスの顔を見つめ、ニックや自分に対しての怒りで強く握りしめている拳を包むようにそっと小さな手で握り潤んだ瞳で 「抱っこ」 と呟いた。
その言葉を聞いた、ジュリアスの瞳が大きく見開くと、一瞬…顔が歪み、そのままキツくローズを抱きしめ
「ローズ……ローズ様……ごめんな……」
と、震える掠れた声で謝った。
ローズは少しの息苦しさと、ジュリアスのいつもの匂いに安心感が広がり、そのままジュリアスを小さな手で抱きしめ返した。
そうして、そのままジュリアスに抱き抱えられたまま屋敷まで帰宅した。
……
屋敷へ向かう間中、ローズは、ジュリアスの腕の中にいた…普段から抱き上げているはずの彼女が、いつもより幼く、小さく感じた…
こんな幼い少女になんて思いをさせてしまったのだろうと、ジュリアスは、また深く落ち込むのだった。
誰よりも…何よりも…大切な存在になっていたのに…
頼れるのは自分達しか居ないのに…
屋敷に居るから大丈夫だと思った、自分の怠慢を恥じ、もう二度、辛い思いも、悲しい思いも、させないと固く誓ったのだった。
***
「ローズ様…軽い湯浴みの後に、軽食をお持ちしますので、就寝前に何かお腹に入れておきましょうね」
ジュリアス達は、屋敷に着いて直ぐローズの自室にやってきた。
ジュリアスは、自分の腕の中にいたローズをそっと下ろすと、屈み込んでローズの目線に合わせ、食事らしい食事をしていなかったローズを心配そうに見つめながらそう言うと、直ぐにルイに指示を出した。
「ルイ!!ローズ様の湯浴みをお手伝いなさい。」
「はい!!」
ずっと埃っぽい部屋に居たローズを気遣って、湯浴みを指示すると、自分達の格好もそのままだったので、軽く着替えに皆、一旦自室へ戻って行った。
………
「ほら……おいで…ローズ…」
ルイは慣れた手つきでローズを抱き上げると、そのまま浴室へ歩き出した。
自分の腕の中にローズを納められた事で、やっと、ローズが帰って来たんだと実感する事が出来た。
自分の腕の中にいるローズの事を思うと、ルイは何故だか泣き叫びたい衝動に駆られたが、ローズをきつく抱きしめる事でなんとか自分を誤魔化した。
ローズは拉致された事による極度の緊張とストレスや、深夜まで起きている事の疲労でルイにされるがまま湯浴みを終えた。
ローズはまだ幼い為、元々普段からルイが湯浴みを手伝う事が多く、初めこそ、遠慮して恥じらっていたが、今はもうお互い慣れたものである。
ただ、ジュリアス達に入れられるのは余程抵抗があるみたいで、毎回、やーーだーーーと、抵抗している。
無駄だけど……
そして、ジュリアス達が入れるたびに毎回、呪文の様に「見てはダメ…見てはダメ…」と呟いているのをルイは不思議に思っていた。
……
湯浴みも終わり、清潔な服に着替えさせてもらったローズは、今は自室のベッドの上だ。
ローズの体力も限界で、起き上がっている事も辛そうだったので、ローズと一緒にベッドに入り、ベッドボードにもたれかかっているクロードの足の間にローズは座り、直ぐ横にいるジュリアスが甲斐甲斐しく具沢山の野菜スープを飲ませてくれている。
ルイはクロードに抱っこされているローズの横にクロードと同じようにベッドボードにもたれ掛かって座っているし、アルベルトとギルバートはジュリアスの近くに置いてあるソファに腰掛けて心配そうにローズを見つめている。
皆、ローズの事が心配なので、今日はローズが眠るまで側に居てくれるみたいだ。
食事もある程度終わり、そろそろ寝ようかと言う事になったが、いざベッドに横になると、ローズは先程あった事を思い出したのか途端に目が冴えてしまった。
瞬きもせずに天井を見つめたまま、硬直しているローズを不振に思ったルイは
「ローズ…どうした…?眠れないのか…??」
と、問いかけた。
ローズはそっと起き上がり、幼い両手ををギュッと握りしめると少し掠れた小さな声で
「眠るのが怖いの……」
と呟いた。
その瞬間、クロードは自分達の浅薄の所為で、幼いローズにどれ程の恐怖を与えてしまったのかと、深く反省し、心臓を素手で鷲掴みにされている様な痛みを伴った。
不安に揺れるローズの瞳を見つめた後、クロード自身も泣きそうになりながらローズの事を強く抱きしめて
「ごめん……ローズ……ごめんな……でも…もう…大丈夫だから…!!何があっても守ると誓う!!絶対、君を離さないから」
と、力強くローズに誓った。
その言葉を聞いたローズは
「本当に…?起きたら…また…知らない所にいたりしない……?自分が誰かも分からなくなったりしない…?」
と、不安な気持ちを言葉にした。
すると、ソファに座っていたアルベルトが立ち上がりローズに近づくと、頭を撫でながら
「もし…ローズが、知らない場所へ行ったとしても…必ず俺が探し出して、迎えに行ってやる!!もし、ローズが全て忘れてしまっても、ローズの事は全て俺が覚えているから…何があっても大丈夫だ!!」
と微笑んだ。
ジュリアスとギルバートも、自分達も居るから大丈夫だと微笑む。
………
クロードの膝の上で、横抱きに抱えられて、直ぐ側にいるルイの尻尾をモフモフしながら、ジュリアスやアルベルト達を見つめていると、自然と不安な気持ちが薄れ、安心感に包まれていく…
ローズの中で、もう…ここが帰る家になっていて、彼等は大切な家族になったいた。
彼等が側に居てくれる安心感で、少しずつ瞼が重たくなってきた……
そして…そのまま静かに…目を閉じると…ローズの意識は途切れていった…
クロードは、ローズが眠った事を確認すると、起こさない様にそっとベッドに寝かせ、側にいたギルバートとルイに後を任せた。
そしてジュリアスとアルベルトに一言 「行くぞ」 と告げて、二人を伴いニックの後処理に向かうのだった……
こうしてローズの長い1日が終わりを迎えた。