28 絶対絶命
月の光だけが、唯一の明かりの、夜も深まった森の中を、失速させる事なく4頭の馬が駆けて行く
先頭を走るクロードは、鬱蒼と生い茂る木が、何処に生えているのか、まるで知っているかの様に、巧みに馬を操り駆け抜けて行く。
それに遅れをとる事なく、他の3人も追従する。
管理者の男は、落ちない様に必死でクロードにしがみ付きながら、真っ暗な森の中を長年の勘だけを頼りに案内して行く!!
そして屋敷を出てから数分の距離を走らせた所で、管理者の男は慌てて声を上げた。
「クロード様、この辺りです!!」
クロード達は、その声を聞いて直ぐに馬を止めると、馬を繋いで置ける場所を直ぐさま探し出し、馬を繋ぎ、大体の小屋の場所を管理者に確認した後、馬の見張りも兼ねて、その場に管理者も待機させた。
そして、クロード達が、そこから数分移動した辺りに、少し開けた場所があり、その奥から灯が漏れ出している一軒の古びた納屋を見つけ出した。
クロード達は、こんな汚い小さな納屋にローズを閉じ込めているかも知れないと思うと怒りを覚えたが、中の人間に気付かれないように、周りを警戒しつつも納屋に居るであろう人の様子を伺った。
「ここか……ルイ…何か感じるか?」
クロードは小声でルイに話しかける……
ただ、何が起きても直ぐに対応できるように帯刀している剣には手をかけたままだ。
「はい…人の気配とローズの匂いがしています。良かった……ローズ…」
ルイは、ローズを見つけた事に安堵の息を漏らした。
目を覚ましてからローズを手放してしまった後悔やローズの安否が心配で息をするのも辛いくらい苦しかったのだ。
だが、直ぐにアルベルトに注意される
「まだ安心するな!!安心するのは無事に助けてからだ!!」
アルベルトの叱責にルイは再び気を引き締めるが、クロード達も、ローズの居場所が見つかった事で、少しの安堵と、突入のタイミングを図る為の緊迫する思いが交差していた……
……が……次の瞬間
「いや!!」
と言うローズの微かな悲鳴とほぼ同時に
ガチャン
と言う、何かが割れる音が聞こえて来た!!
その瞬間、彼等は何も考えずに小屋の扉を蹴破った。
***
遡る事、数時間前……
ローズは埃っぽい部屋の中で目を覚ました。
そこは、ランプの灯りだけで照らされた薄暗い部屋の中で、今が、夜だと言う事が窺い知れた。
ランプの灯りしか照らすものが無いにも関わらず、あまり清潔感は無さそうな、薄汚れた納屋のような所だと分かる程、朽ち果てた建物だった。
その納屋の壁に取り付けられた簡素な木製の棚には、何が入っているのか分からない籠が数個置いてある他に使い古したような布の塊や、不揃いの食器類、棚の下には古びた樽に水が入っているだけだった。
ローズは、体が重くて起き上がれずにズキズキと痛む頭だけを動かして様子を伺った。
だが、辺りを見回しても全く見覚えが無く、とても嫌な予感が頭をよぎった。
(えっ……!!嘘……!?また…転生したとか無いよね!?どうしよう……せっかく今の世界にも慣れて来たのに……
やだ……っ……)
また転生したかもしれないと、焦っているローズに向かって、足元の方から男の人の声が聞こえてきた。
「やっと気が付いたね!良かった」
ローズがやっと気が付いた事に、安心したような男性の声に、ローズは、未だに動かしづらい体を少しだけ起こし足元の方を見つめると、そこには給仕をしてくれていたニックの姿があった。
「あれ…??貴方は……私は……どう…して……」
鈍る頭を必死で働かせ、ニックに話しかけるが、何故か思うように口が回らず、上手く言葉が出てこない。
とりあえず転生した訳では無さそうだが、今の状況もイマイチ飲み込めず、嫌な予感だけが頭をよぎる中、ただニックを見つめる事しか出来なかった。
すると、足元の椅子に腰掛けていたニックが、満面の笑み浮かべると、静かに立ち上がり、ゆっくりした足取りで、一歩ずつローズの元へ近づいて来た。
ニックは、ローズが横たわっているベッドの側まで来ると、ローズを怖がらせないようにそっとベッドに腰掛けた。
ギシリと言う音と共にベッドが沈み込み、側で横たわるローズの事を見つめると、満面の笑みを浮かべながらローズの頭を撫で話しかけて来た。
「良かった……やっと目を覚ました!!幼い子には、少し薬が強かったかと思って…心配してたんだ!」
ローズには、ニックの言葉の意味が理解出来なかった。
(えっ……??どう言う事!?薬……??私…薬を飲まされたの??この人に……何の為に??)
ニックに対して、軽い恐怖を覚えたローズは、此処に居たらヤバいと本能が警告音を鳴らし出す……
ドキドキと、強く脈打ちだす心臓の音を聞きながら、逃げ出したい衝動に駆られるが、至近距離で頭を撫でられ続けているので、固まってしまい動けない。
それでも、未だに上手く動かせない口で、ニックを刺激しない様に気を付けながら、それとなく尋ねてみた。
「あの……言ってる…事が…良く…分から…ないんですが…」
するとニックは、うっかりしてたと言わんばかりの軽いノリで、ローズに説明しだした。
「あぁ〜〜そうだよね!!ごめん!ごめん!俺は、ローズ様が、いつも奴らの良い様に振り回されてるから、あそこから助け出してあげたんだ!だって、俺に助けを求めてたでしょ??俺はちゃんと分かっているよ!これで何の心配もいらない!!俺が側でずっと守ってあげるから!!」
「………」
(うぉーーー!!コイツ…絶対ヤバいヤツだ!!!どうする私………考えろ……考えろ……私……)
完全に、ヤバいストーカーの様な思想を持っているニックに、ローズは本気で焦るが、現状の打開策は何一つ見つけられない。
大体、ニックに会ったのも今日で2回目なのに、いつ助けを求めたのかと不思議でならない。
でも、そんな事をストーカー男に訴えたところで通じる訳もなく、ローズはどうすればいいのか分からずに途方に暮れてしまう。
ニックは自分が本物のナイトにでもなったかのように、自分に酔っていて、全く現状を理解出来ていないようだ。
そんなニックに対して危機感と恐怖は増すばかりで、焦りは募っても幼女の自分に何か出来る訳では無い。
大体、薬を使って拉致しといて、助け出すも何もあったもんじゃ無いと逆に軽い怒りすら込み上げてきたローズだが、口に出せる訳もなく、怒らせない様に細心の注意を払って、やんわり自分の意見を言いつつも、時間を稼いでどうにかしなければと、鈍る頭で必死に考える。
「あの…何で…そう思ったんですか?私は…別に…嫌な思いは…して…なかったんですけど……」
やんわり自分の意見を出してニックの心情を確認してみようと試みる……
「だって、いつも移動する時も誰かに拘束されてるし、寝る時まで監視されて……その度、に少し困った様な顔をしてただろう?俺は、ちゃんと見てたんだ!!だから…僕は…分かってるから心配しなくても大丈夫だよ!!」
(おぉ……マジか!!!そっか……知らない人から見ると、そう…見えない事も…ない……が……勝手に薬を使って連れ出すのは犯罪ですよーーー!!そちらの方がヤバいんですよーー!!!怖くて言えないけど……)
自分が、クロード達に日々抱き上げられて移動しているのは見る人が見れば、幼い子供を無理矢理 拘束しながら移動してる様に見えなくもないと、妙に納得してしまいそうになったローズだが、幼い子供に薬を使って拉致する方が断然ヤバいだろうと思い直した。
相手が善意でしてくれていた事も、他人から見れば、また違った見方をされる事に、人によって様々な見え方があるんだと、一つ勉強になったローズだったが、そんな事を悠長に考えている場合ではなく、ローズがハッと気付いた時には満面の笑みを浮かべたニックが
「ローズ様、これで私達の邪魔する奴らは居なくなりました。やっと幸せになれますよ!私と結婚してくれますよね!」
とんでもない事を口走った。
「………はぁ???……」
(思わず素で、はぁ??と呟いてしまった。コイツ…一体…何を言ってんだ??私を…一体、何歳だと思ってるんですか??マジか……まさか…コレが噂で聞いていた…ロリコン……ってヤツですか?むしろ、お前いくつだよ!!見た目は20歳前くらい……?でも…幼女と結婚したいなんて思う男は、完全なロリコンですからーーーーー!!)
前世の時にも何度か噂を耳にしていた、ロリコン男性に、まさか、転生した自分が出くわすとは、自分の不運を呪わずにはいられないローズは、ロリコンへの対応策など何も思いつかない……
何かの聞き間違いかも知れないと思い…
「あの…私、まだ幼いですけど……」
恐る恐る、小声でそう伝えてみたローズだが、ニックはやはり満面の笑みで、更にローズの両手を強く握りしめて答え出す。
「そんな事、大した問題じゃないよ!!俺もまだ、68歳で若いし、ローズ様が大きくなるのなんて、あっという間だよ!大体、この位の歳の差なんてあって無いようなモノだからね!!」
(ぎゃーーー離してーーー!!!って言うか……おぉーーーーーい!!!68歳って….…おじさんじゃん!!!見た目に騙されてたけど……初老じゃん!!ロリコンなんてモンじゃないじゃん!!!キッモ……!!マジ……キッモ……!!)
ニックの年齢を聞いて、完全にドン引きのローズは、初老男性の手から、そっと自分の手を引き抜くと、バレない様に距離を取り出す…
そんなローズの行動になど、全く気付いた様子もないニックは、ニコニコしながら離れた分の距離を縮めようと更にローズのベッドに乗り上げて来た。
ローズは下手に離れるんじゃなかったと、自分の行動を後悔したが、時すでに遅しで、ニックはどんどん近づいて来る…
その行為に、より恐怖を感じたローズは、少しずつ、後退るが…到頭ベッドの端に着いてしまい逃げ場が無くなってしまった。
それでも尚、笑顔でローズに躙り寄るニックにローズは慌てて声を出した。
「あっ……あの……喉が…渇いたんですけど…!!私…あの…お茶以降…何も…口にしていないので……」
「あぁ…そうだったね!!ごめんね!今、用意するから待っててね」
そう言うとニックは、躙り寄るのを止めベッドから降りると、樽に入っていた水から水を掬い、古びたティーポットに水を入れて、火魔法を使いお湯を沸かし出した。
(マジか……やっぱりあの水を使うんですね……あれっていつ汲んできた水よ……ちょっと濁ってるじゃん!!飲みたくないよ……でも離れてくれて助かったよ〜〜って言うか、異世界で初めてちゃんと見た魔法がこの状況って……全然楽しめない……魔法見るの結構楽しみにしてたのに……全然かっこよくないんだけど……はぁ……もう………ヤバい……この先どうしよう……既に詰んでる気がするけど……マジ……誰かーーーー!!ヘーーールプ!!!)
そんな心の叫びは、誰に届く事もなく…深い森の奥へ消えていった……
「さぁ〜ローズ様!!お茶が入りましたよ!少し熱いので冷ましてあげますからね」
そう言うとニックは、ベッドの端に腰掛けてフーフーと息をかけだした。
(ぎゃーーー!!やーーめーーてーー!無理!!絶対無理!!あんなの飲めない!!)
別に元々、潔癖症でもないローズだが、あまり綺麗そうではない水で入れたお茶に、生理的に受け付けない相手の息がふんだんに掛かっている飲み物など口に出来るわけが無く、体全身が拒否するも……近づいてくるニックと、お茶に、目を右往左往さてるだけで解決法が見出せない…
到頭、目の前まで、ニックとお茶が迫り来たローズは、堪らず….
「いや!!」
と言う声とともに、お茶を叩き落としてしまう。
その瞬間
ガチャン
割れた食器の音がした…が……その直後………
バゴンッ!!!
と言う、大きな音と共にローズが居る納屋の扉が蹴破られた。
物凄い音に驚いたローズが見た視線の先には、焦った様子のクロード達が立ちはだかっていた。