40 魔術師団
「ローズ様。今日も魔術塔に行くんですか!?」
「うん。行くよ!!!」
初めてのお茶会をどうにか無事に乗り切ったローズはこれと言った騒動もなく平凡な日常を過ごしていた。
シスラー達と制作したドライヤーも出来あがり、ご機嫌でお風呂上がりにドライヤーで髪を乾かしているが以外にもルイやクロード達も好んで使っている様だった。
魔法使った方が楽そうなのにと思っているのはローズだけの秘密である。
水道の蛇口の温水機能の目処もたっていて、今日は、週に一度ある、ローズが楽しみにしている魔術師達との話し合いの日で、ローズは待ち切れないのか朝からソワソワと落ち着きがなかった。
メルはそんなローズの姿を微笑ましそうに眺めていたが、ローズが机に置いた筈の羽ペンとインクを盛大に落としたところで、見かねて声を掛けたのだった。
インクの片付けを手伝ってくれるメルに少しバツが悪そうに頬を染め「ごめんね。メルちゃん……ありがとう」と呟くとメルは片付ける手は止めずに視線だけローズに向け「大丈夫ですよ!!早く片付けちゃいましょうね」と笑顔でローズを慰めるのだった。
そばに居た他の男子も手伝ってくれた事で溢したインクの片付けも終わりローズが皆んなにお礼を言っていると部屋の扉が開きバージル先生が入ってきた。
「ヨーシ!!!今日は研修も兼ねて魔術塔の研究室へ見学に行くぞ!!
色んな魔道具の研究や薬の開発、魔法の研究などを行なっているから楽しみにしてろよ」
『はーい!!!』
バージルの話を聞いたローズは先程よりもより一層ワクワクと胸をときめかせていた。
魔術塔には何度も足を踏み入れた事があるローズだったが、シスラーの執務室以外は行った事が無かった為、研究室を見学出来ると聞いて、自分が提案した魔道具が一体どのようにして出来上がっているのかとても興味があったのだ。
「じゃあ。早速移動するぞ!!女子2人を先頭にして2、3人ずつの列を作って付いて来てくれ!!」
バージルの言葉を合図に生徒達は席を立ち列を作って行く。
ローズも真っ先に立ち上がると興奮する気持ちを隠せずにソワソワと視線を彷徨わせ隣に居るメルに楽しそうに話しかけるのだった。
***
「シスラー団長。今日は宜しくお願いします」
「あぁ。では、中へ入ろう」
しっかりとした礼をしたバージルに対して無表情で返すシスラーはアーノルドを引き連れて魔術塔の門の前に立って生徒達を待ち構えていた。
丁寧なバージルの挨拶を受けたシスラーはそのまま扉の前に立っている騎士に視線で合図を送ると騎士は軽く頷き返しバーシル達に向かって一礼すると扉を開き学生達を中へと促した。
バージルとシスラーを先頭に魔術塔へ入って行く中、毎週来ているローズは、扉の前に立っている顔馴染みになった騎士達にこっそりと手を振って入って行き騎士の男性も嬉しそうに微笑み返すのだった。
魔術塔の中へ全員が入るのを確認したバーシルは短く「じゃあ、行くぞ」と声をかけると今日は転移装置は使わずに階段を登る様でバーシル達に続いて生徒達も歩き出す。
特に話もせずに無言のバージルとシスラー達の後に続いて階段を登れば一階分上がった階の階段の先に一つだけある扉をアーノルドが開いた。
扉を開けた先は、階段以外の部分を余す事なく使って作られた広い一室で個人個人で使用するであろう少し大きめな机と椅子が綺麗に並べて置かれており、それ以外にも学校で使用するような大きな水場や砂場の様な砂が敷き詰められている区間や様々な植物が壁に沿って置いてあり、大きな棚には理科の実験に使いそうな道具が所狭しと並べられていた。
中に居る魔道師達も魔術塔に通い出してから始めて見る人の多さでざっと数えただけでも20〜30人は在籍していそうだった。
(おぉーーーマジか……普段からこんなに沢山の魔導師達が働いていたんですね………この何週間か通ってだけど全く会わなかったんですけど‥‥恐るべし魔導師達……)
ローズが想像以上の魔術師の数に驚いたように目を見開いているとその事に気が付いたアーノルドがローズを見つめながら軽い笑みを漏らした後、生徒達が全員中に入った事を確認すると静かに話し始めた。
「ここは、魔法薬の研究室です。ここでは、魔法薬の開発や他国に存在する魔法薬の分析、毒や媚薬に対する中和薬の研究を行っております。
此処には約30人の魔術師達が在籍していて、研究の他にも支援魔法に長けている人間が多い為、戦闘を行う際に支援活動を主に行う第二班となっています。
では、ここからは二班の隊長であるダニエルから話を伺いましょう。 ダニエル前へ!!」
アーノルドから名指しされたダニエルは色々な報告書を纏めていたであろう手を止めて素早くローズ達の前に立った。
「初めまして。魔術師団2班隊長ダニエル・ケンウッドだ!!何か魔法薬や支援魔法に関して聞いてみたい事や疑問に思う事などあるだうか?」
ダニエルは学生達に簡単な自己紹介をしてからそう投げかけた。
何人かの生徒達が同時に手を挙げた事でダニエルは何度か軽く頷いて「じゃあ。そこの茶色い頭の君と指差した。
「はい!!好きな子を振り向かせる薬とかありますか!?」
その瞬間、生徒達からうぉーやヒューと言う歓声が湧き上がった。
手を挙げて大きな声で話したのはグリル・バナードと言う伯爵家の少年で明るくてローズのクラスのムードメーカー的存在であった。
先程ローズがインクを落とした際も片付けを手伝ってくれた1人でもある。
ローズやメルとの仲も良く、獣人のメルの事も馬鹿にせずに対等に接してくれる為、ローズやメルもクラス内でよく話す1人であった。
「フッ。そうですね……君達くらいの年齢だととても気になる物の一つだと思いますが、現段階では似たような魔法薬は存在するものの、一過性の物に過ぎず完全に惚れさせる薬はありません。
ただ、君達と同じような事を思う人達が多いので日々研究はしていますよ。我々の永遠の課題でもありますね。
興味がありましたら是非将来は魔術師団へ如何ですか!?」
思春期男子特有の発言にダニエルも何か思うところがある様で微笑ましそうにしながらも丁寧に答えてくれる。
ちゃっかり魔術師への勧誘も忘れてはいないようだが……
「えっ??でも魔術師団へ入るのは難しいんじゃないんですか??」
グリルはファステリア帝国の中でもトップレベルのエリート集団と言う事を知っている様で簡単に勧誘してくるダニエルに思わず聞き返してしまう。
「おや??良くご存じですね。魔術師になるには、魔法の全適性があるのは勿論の事、全ての魔法を一定の水準以上に扱えないといけません。
それ以外にも色々と細かい決まりがありまして、その中でも選ばれた優秀な人間だけが、王都にある此処の魔術塔、魔術師団本部で働けるのです。
それ以外の魔術師は地方の研究施設へと配属となります。
皆様如何でしょうか!?」
国民のほとんどが魔法を扱える魔法大国のファステリアの中でもトップに君臨する魔術師達が居る王都研究施設は厳しい規定が定められていて魔術師を目指す大半は地方の研究施設へと割り振られる。
一度地方の研究施設へ配属されると滅多な事では王都の研究施設に配属し直される事はなく一生地方の研究施設で終わる事が大半の様だった。
それでも下位貴族や貴族の中でも次男や三男になるとステータスを求めて魔術師団に憧れを抱く人間も少なく無い様だった。
「……ははっ……考えて…おきます……」
ダニエルの怒涛の説明にタジタジになって返事をするグリルは空笑いを浮かべその場をやり過ごした。
「では、他にはいらっしやいますか??」
ダニエルの質問にまた数人が手を挙げ、どんな病気でも、治せる薬があるかや、カッコよくなれる薬があるかなど、様々な意見が上がった。
その質問にその都度ダニエルが丁寧に答え、ある程度質問が出尽くしたところで最後にローズが元気よく手を上げた。
「クスクス。では、この質問で最後に致しましょう。ファルスター嬢どうぞ」
「はい!!!私が欲しい魔法薬はそれを飲んで眠ると、会いたいと願った人に夢で会える魔法薬です!!」
「ほぅ…….それは、また素敵な魔法薬ですね……現段階では、思い通りの夢を見られる魔法薬はありませんが、逆に夢見が悪くなる物や、眠れなくなる物、一定時間眠り続ける物などはあります。負の要素が強い物が多いので、そう言った素敵な発想の研究をしてみるのも面白いかも知れませんね。
ファルスター嬢は誰か夢の中でも会いたいと思う人がいらっしゃるんですか……??」
「うふふっ。秘密です」
そう言ってローズはイタズラな笑みを浮かべ人差し指で唇を抑えるのだった。
その瞬間、ローズの姿を直視してしまった生徒の何人かが立ち眩みに似た様な感覚を起こし立っていられずにその場に座り込み、その他 数人が鼻血を吐き出す惨事が起きた事で小休憩を挟む事になってしまい。
シスラー達は苦笑いするしか出来なかった…