39 不穏な空気
結局、何だかんだありはしたものの初めての社交を比較的楽しく終えられた事に気分を良くしたローズは歩く足取りも軽くルイとジョイを伴ってクロード達の待つ場所へと王城の長い廊下を歩いていた。
ルイとジョイもクロード達の居ない公の場において特に大きな問題も起きる事なく終えられた事に安心したのか普段の無表情が少し緩みつつローズの後ろに付き従っているが、そんな些細な変化には互いに気づく事は無く彼等の小さな表情の変化を見破れるのは幼い頃から共に生活しているローズくらいではないだろうか……
まぁジュリアス辺りは気付いていても無視するのだろうが……
日が傾き始めた午後の廊下を特に会話する事なく3人で静かに歩いていると窓から差し込む柔らかな光や、一定の間隔を空けつつ気配を殺しそれでいて厳格な雰囲気を纏わせて立つ騎士の前を通り過ぎる度に今いる場所が王城と言う場所も相まってなのか幻想的なその場の雰囲気にローズの意識は引っ張られて始めていた。
まるで絵画の一端を切り取ったような光景に軽い感動を覚えながら歩みを進めていたローズは前方から来る人に気が付かずそのまま素通りしそうな距離に差し掛かった時、不意に声を掛けられるのだった。
「おや??これはファルスター嬢ではありませんか??」
「あっ!!??こんにちは。奇遇ですね!!魔術師の方々も王城に来ることがあるんですか!?」
意識が他所に引っ張られていた為に突然現れた様に感じてしまったローズは魔術師特有の濃紺のローブに身を包んだ魔術師に少し驚きながらも挨拶を交わすのだった。
魔術塔に通い出してから偶に顔を合わせる様になった魔術師に普段はあまり行く事が無い王城と言う珍しい場所で声を掛けられたローズは見知った顔に出会えた嬉しさから笑顔で言葉を交わすと(何だか最近よく会う気がするなぁ〜)などと呑気な事を考えながら楽しそうに話し始めるのだった。
魔術師の方もローズに会えた事が嬉しいのか仕事中に見せている真面目な顔を瞬間的に綻ばせて声をかけた様でローズの返しに嬉しそうに答え出した。
「そうなんです。我々魔術師は王城へ魔道具や魔法薬の研究などの成果や進み具合を定期的に報告しなければならないのですよ。
本来は団長クラスの方々が報告に来るのですが、本日はお忙しいようでして私が代わりに参った次第です」
団長達が忙しいので仕方なく王城へ出向いた様な雰囲気を纏わせているが、実際は副師団長のアーノルドが行こうとしていたところをちょうど研究に区切りがついたからと半ば強引に王城行きを変わっていた。
アーノルドの方も自身の仕事が忙しく別段行きたかったわけでないので快く了承し逆にお礼を言いながら魔術師を送り出したのだった。
普段から研究熱心な彼が自分の研究があるにも拘らず何故率先して王城なんかに行きたがるのか周りの魔術師達は軽く疑問に思うものの自分達の研究が忙しくそもそも他人にあまり興味も無い為 次の瞬間には頭から抜け出し片隅も残らないのだった。
そんな彼等を横目に魔術師は渡された書類を片手に足取り軽く王城へ向かうのだった。
「わぁ〜それは大変ですね……お疲れ様です!」
何も知らないローズは、皆が忙しい中 目の前にいる魔術師が周りに気を遣い自身も忙しいのに拘らず報告に来たのだと勘違いし同情すると笑顔で労いの言葉をかける。
魔術師もローズに向けて何だか普段からあまり使い慣れていなそうなぎこちない笑顔を向けると
「ありがとうございます。ファルスター嬢のような可愛らしいお方に労いの言葉を掛けて頂けただけで面倒な報告が幸せな時間に変わりました」
そう言いながら嬉しそうな雰囲気を纏わせて言葉を交わすのだった。
「クスクス。それは少し大袈裟な気がしますが、そう言って頂けると嬉しいです」
お疲れ様ですと軽く返しただけなのに何だかオーバーな返しをもらい、この国の男性達は一々大袈裟な表現をするんだなぁと何故だか楽しくなってしまったローズはクスクスと笑い出してしまう。
今日は初めての社交と言う事で普段学園にいるよりもお洒落をし可愛らしさに磨きをかけたローズを微笑ましそうに見つめる瞳に熱を持ち始めた魔術師は自身の中に溜まり出した熱を悟られない様に細心の注意を払いながら会話を途切れさせない為にローズに新たな話題を振ろうと試みる。
「それで…次はいつ魔術塔にいらっ……」
「ローズ様。クロード様がお待ちですので先を急ぎませんと……」
魔術師の気持ちの変化を素早く察知したルイはこれ以上長居する事は得策では無いと素早く考え魔術師の会話に割って入った。
ローズと会話している幸せなひと時に急な横槍が入った事で魔術師とルイ達の間にピリッとした空気が流れるも そんな事に意も介さないルイは普段より強めの冷気を纏いながらローズの手をとり無表情に先へと促した。
ローズもルイの機嫌が突然下降し始めた事を素早く察知したのかクロード達を待たせているのによく知りもしない人間とこれ以上ここで長話しをすれば後でネチネチと小言を言われ続けると自分の身を危ぶみ自身を律するかのようにスッと姿勢を正すと魔術師に向かって挨拶をし出すのだった。
「申し訳ありませんがこの先で父親が待っておりますのでそろそろ失礼致します」
「あぁ。これはこれは、こちらこそ長く引き留めてしまい申し訳ありませんでした。
私の事は気にせず先をお急ぎ下さい。お話し出来て光栄でした」
「そう言って頂けると嬉しいです。ではまた魔術塔で…」
「はい。この後も良い一日をお過ごし下さい」
礼に沿った別れの挨拶を交わしその場を離れたローズをぎこちなくも人好きのするような笑顔を浮かべながら軽く頭を下げて見送る魔術師はローズの姿が見えなくなり周りに気配を感じ無くなっても姿勢を正す事なく目線を下げたまま王城の手入れの行き届い床を見つめ続けていた。
側から見れば誰も居ない廊下で頭を下げ続けていると言う異様な光景だが廊下に立つ騎士は顔色一つ変える事なく前だけを見つめている。
魔術師も彼等を気にすることなく視線を下げたまま自分の気持ちを持て余し律する事もせずに気持ちが溢れ出してしまったのか堪らずニヤーと不気味な笑みを浮かべるのだった。
自身の昂る感情をたっぷりと堪能した後 突然スッと表情を消すと真顔に戻り何事も無かったかのように王城の長い廊下を進み出した。
そのまま国へ報告する為に歩き出す魔術師の足取りはどこか軽く表情は無表情のままなのに何処か楽しそうな雰囲気を纏わせながらまるでスキップでもしそうな勢いで歩いている事がより不気味さを強調するのだった。
***
「あぁ。ローズ……今日のお茶会は楽しかったかい!?」
「そうですね……一言では言い表せないですが結果的には楽しかったです」
長い廊下を歩ききってクロード達と出会えたローズは現在は馬車の中である。
魔術師と別れた後すぐにルイの機嫌も治った事でローズはホットしたのか小言を言われなくて良かった〜とこっそりと息を吐き出していた。
それまでいつルイに小言を言われるのかとビクビクしていたローズが安心した様にホット息を吐き出し薄らと笑みを浮かべている分かりやすい仕草に気が付いたジョイに後ろでニヤニヤと小馬鹿にし始めクロードとの待ち合わせの場所まで馬鹿にされ続けるのだった。
ローズと再会出来たクロードは、無事終了して安心したのか心なしか楽しそうなローズの頭を愛おしそうに撫でると馬車へとエスコートしローズと会話をし始めた。
「ふふっ。また何とも言えない返しをするなぁ。
やっと出会えた愛しい娘の話しなんだ時間はたっぷりあるからゆっくり教えてくれるかい??」
「クスクス。はい。お父様」
数時間しか離れていなかった癖に長期間会えなかった様な素振りを見せ大袈裟に愛しい娘と再会を喜び楽しそうに会話するクロードにローズは今日のお茶会での出来事を順を追って説明していく。
ローズが戻って来るまでは無事に社交を終えられるのかと気が気では無かったクロードは自分の用事があったにも拘らず終始気もそぞろで後ろに控えているジュリアスに珍しく呆れられてしまう程だった。
現在は王女主催のお茶会を思いの外楽しめたローズを前にリラックスしているのか馬車の窓枠に肘をかけながら興味深そうにローズの話を聞くクロードに向かいに座るローズも話が弾む。
そんなクロード達を乗せた馬車は彼等が心ゆく迄会話が出る様にと気でも使っているかのようにゆっくりと学園へと戻るのだった。
クロード達へ今日の出来事を話しているうちに、当初は癖の強いメンバーにどうなる事かと思っていたが何だかんだで流石キャロラインが選んだだけの事はあり、何人かと親交を深める事ができ、また新たな知り合いを増やす事に成功したローズは癖は強いが新しい女性の友達が出来そうな予感に心を躍らせてしまうのだった。
最近、少し忙しいので更新は暫くお休みして学園編を振り返りながら修正していこうと思います。
少し落ち着いたらまた更新致します。
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〜RUMI〜