29 魔術師 4
「それで、ファルスター嬢は、何やら面白い提案をなさったとか……」
皆が一息ついた後、楽しそうに緑色の瞳を輝かせたアーノルドがローズに話しかけた。
「あっ…はい。面白いかは分かりませんが、いくつか提案させて頂きました」
「その提案をお話し頂いても宜しいでしょうか!?」
「はい。全然構いませんよ!!
先ず、私が今一番欲しいと思っているのは髪の毛を乾かす道具なんです。
筒状の道具から熱湯と同じくらいの熱い風が出ないかなぁと思いまして……」
ローズは前世で使っていたカールドライヤーを思い浮かべながらシスラー達に提案し出した。
寮に入る前まではジュリアスやエリオットが何かに付けてローズを構い倒すので、お風呂上がりでも服を着るのと同じ様に自然な流れで気付くと髪の毛を乾かされていたのだが、寮に入ってからは部屋に1人で居る事も増えて来ていて、お風呂から出た後にルイやその時に居る父親達にわざわざ声を掛けるのが少し面倒に思っていた。
普段は口煩いルイなのだが、ローズが髪を乾かして欲しいとお願いすれば、そう言った時に嫌な顔は全くしないのだが、自分でサックっと乾かせる事に越した事はないので最近よくドライヤーがあったらいいなぁ〜と思っていたのだ。
櫛が付いていたら尚いいが……
「ほぅ……筒状の道具ですか……」
ローズの説明を聞いて少し考え込むような素振りを見せるアーノルドにローズはさらに説明を加えていく。
「あっ…はい。それ以外にも冷たい風も出ると尚良いですね。
ボタンとかで切り替えられたり、櫛が付けられたりしたら嬉しいです!!」
「ちっ…ちょっと待って下さい。想像が追いつかないでんですけど……ファルスター嬢は何か思い浮かべる様な具体的な物がお有りなんですか!?」
ローズに矢継ぎ早に説明されて想像が追いつかなくなってしまったアーノルドが慌てローズを止め出した。
「そうですね……そしたら何か書く道具を借りてもいいですか!?それと、私の事は気軽にローズとお呼び下さい。親しい人達は皆その呼びますので」
「ありがとうございます。ですが流石にローズ様とはお呼び出来ないのでローゼマリー様とお呼びしても宜しいでしょうか!?」
「良いですよ!!」
ローズから名前で呼ぶ事を許されて嬉しく思うが、流石に公爵家のご令嬢を婚約者でも家族でもない男性が軽々しくローズとは呼べないので丁重にお断りする。
だが、名前で呼ぶ事を許された事で一段と親しみ易さを感じ彼等の雰囲気がまた一段と柔らかくなるのだった。
「ありがとうございます。では、直ぐに書くものを一式お持ちしますね」
そう言うとアーノルドはダニエルに視線で合図を送り、軽く頷いたダニエルが直ぐさま立ち上がるとシスラーのデスクから紙とペンを持ってきた。
この国で物を書く時は、インクと羽ペンを使用しており、ローズはいつか万年筆やボールペン、鉛筆などを作りたいと思っている。
作るのはローズでは無いが提案して丸投げ上等である。
ダニエルから紙とペンを借りたローズは紙の上に前世で良く使っていたストレートのカールドライヤーの絵を書き出した。
ローズの書いた絵を覗き込む様にして見ていた4人は、ローズの書き上がった絵を見て感心していた。
細かく丁寧に書き上げられていくドライヤーの絵を見ながら、此処までしっかりとした案を練ってきている事に驚きが隠せなかった。
実際は、前世の記憶を頼りに書いているので大変な事は何一つ無いのだがそんな事を知る由もないアーノルド達は13歳の少女とは思えない発想力の凄さに驚き、しばし開いた口が塞がらなかった。
ローズが描き始めた道具を真剣な顔で眺めていたシスラーは、ローズが書き上げた絵をしっかりと手に取って確認し出すと
「これは…画期的な道具ですね……風魔法が上手く扱えない人は、基本 自然乾燥か使用人にお願いするしか無いですからね……試しに作ってみるのも面白いかもしれないですね」
ローズの方を向き直りそんな事を言い出した。
「本当ですか!?嬉しいです!!!出来たら教えて下さいね!!一々 誰かに乾かしてもらうのも面倒で……」
「へぇ。普通の御令嬢は何でもしてもらう事が当たり前の様に思っている方が多いのにローゼマリー様は男性みたいな考え方をするんですね??」
面白いものでも発見したかの様に瞳を光らせたニックに少し焦りを見せるローズは慌てて言い返し出す。
「ち…ちょっと、私だって立派な令嬢なんですからね!!言わないだけでそう思っている女性も多いかも知れないじゃないですか!」
「ハハッ。そうかも知れませんね」
ローズが鼻息荒く詰め寄るも尚も楽しそうなニックは、この数分の間に早くもローズの扱いを理解したようだ。
「ローゼマリー様はとても明るいお嬢さんですね。こんな素敵な女性に出会ったのは初めてなので話していると、とても楽しいです!!」
ローズの親しみ易さに好感を持った様でダニエルも優しい笑顔でローズを褒め称える。
それに気を良くしたローズは頬を染めつつも満更でも無さそうに喜び自慢気にルイに視線を送るのだった。
「本当ですか??ありがとうございます。ルイ達…あっ…私の後ろに居る従者の事なんですが、彼等には、いつも貴族の令嬢らしくお淑やかにしろって口煩く言われるんです」
「何当たり前の事を仰っていらっしゃるのですか。貴族の令嬢がお淑やかにするのは当たり前の事です。
ローズ様も少しは女性らしく大人しくしていて下さい」
「むぅ……普通に生活してるだけなのに……
いつも大人しくしてるじゃん!!!」
「ハッ。。。誰が……」
「私が!!!」
魔導師達の前でまたいつもの様な言い合いが始まってしまい、これ以上は色々と不味いと感じたジョイが慌てて2人に釘を刺す。
「まぁ。まぁ。2人とも……既に貴族としての仮面が落ちかけてるけど大丈夫なのか??」
「チッ。前向け、前!!ローズ様」
「むぅ……は〜〜〜い……」
「ハハハッ。皆様、仲が宜しいんですね!!!
羨ましいです!!!」
「幼い頃から一緒に居るので兄妹みたいなものなんです!!口煩い兄ですけどね」
貴族令嬢と従者とは思えないやり取りに思わず声を出して笑ってしまったアーノルドに丁寧に説明するローズだったが、わざとルイの方に視線を向けるとフンと言わんばかりに視線を逸らした。
「フフ。それでは、話を戻しますが、他にも何かございますでしょうか!?」
ローズにそっぽを向かれ少しムッとした表情のルイや横で苦笑い気味のジョイの姿に微笑ましさを感じてか、普段はあまり表情筋を使う事がないシスラーが珍しく笑みを漏らし機嫌が良さそうにそれ以外にも何かあるかと尋ね始める。
「そうですね……今、皆様がお湯を沸かしたりする時は、一々火にかけて温めたり、火魔法を使って温めたりしていますけど
水道の蛇口を魔道具に変えて蛇口を捻るだけで水が出たりお湯が出たり出来ないですかね?」
「私はお風呂が好きで良く入るんですけど、それが出来たら便利だなぁと思って!!!それに冬場に水仕事をしたり手を洗ったりする時に温かいと良くないですか!?」
この国の大人達は皆、基本的に魔法が扱えるので、今一、日常生活の道具が発展していない様だが、前世日本に住んでいたローズには色々と不便に感じる事が多かった。
なので、これを機会に色々な物を作って貰おうとローズは意気込んで魔術塔を訪れていたのだ。
「それは良いかも知れませんね!!それでは、今 提案して頂いた二つの道具を色々試しに作ってみますので、またお話を聞かせて頂いても良いですか!?」
「はい。是非!!!私も、色々な物を提案したり皆様と話し合ったりして便利な物が沢山出来上がったら嬉しいです!!!」
ローズが提案した道具を作ってくれると言う言葉で、ローズは興奮した様に綺麗な瞳を輝かせながら食い気味に喜んだ。
「では、また来週もお願い出来ますか!?」
「はい。喜んで!!!」
何処かで聞いた事のある様なセリフで元気に答えたローズは、ルイ達を連れてシスラー達が見送る中、寮へと戻るのだった。
***
「今日、楽しかったね!!」
「お前……止めろよ!!あんまり色んな事提案すると、クロード様達に後で怒られるぞ!!」
絶対にローズが怒らられる事は無いのだが、ローズを止めなかった自分達が後々ネチネチと言われる事が目に見えて分かるのでしっかりとローズに釘を刺す。
「えー何で??皆んなの暮らしが便利になるのは良いことじゃん」
「いや……そう言う事じゃ無くて……はぁ……もう知らねー!!!」
そう言いながら呆れた様にローズを連れて寮へと戻るのだが、既にクロード達が部屋で待ち構えているとは思いもしないルイ達だった……