26 魔術師
「皆んな〜席につけ!!今から魔法の勉強を行っていくが、その前に皆んなに話を聞きたいって方がいらしてるから少しいいだろうか!?」
一度目の鐘が鳴り、そろそろ授業が始まると皆が各々好きな席に腰掛け出した頃。
このクラスの担任で魔法学の担当でもあるバーシルが1人の男性を伴ってクラスに入って来た。
バーシルの斜め後ろに気配を殺し静かに立っているのは、濃紺のローブを纏った、真っ黒い長い髪に紫色の瞳をした、背の高い男性だった。
「こちらのお方は、同じ敷地内にある魔術塔で魔術師達を束ねる魔術師団長様だ。
毎回、学生が入学してくると数日に分けて各学年の学生達と話し合い魔道具や新しい魔法を生み出すきっかけになるような新しい発想があるか調べにいらっしゃる。
今日は、この学年の話を聞きたいと仰っているので彼と話をして貰いたい。
その代わり、魔法に関する事ならなんでも質問して構わないぞ」
そう言ったバーシルは軽く会釈をして魔術師団長に合図を送ると魔術師団長は音も立てずに教壇の前に立ち、静かに自己紹介をし始めた。
「初めてまして。私は、魔術師団で団長を務めています、シスラー・レーニッシュと申します。
皆さんとは、この先もあまり会う機会は無いと思いますが、同じ敷地内に居る事ですし、これから3年間宜しくお願い致します。
まぁ、この中の何人かは卒業後に魔術師団に入ってくれると嬉しいですが……」
入ってくれると嬉しいと言う割に少しもニコリともしないレーニッシュは、そのままなんの感情も表に出さずに話を続けて行く。
「では、この中で魔法に興味がある人はどのくらいいらっしゃいますか!?
手を上げて見て下さい。」
レーニッシュの言葉を聞いた生徒数人がちらほらと手を挙げる中、ローズは好奇心に目を輝かせ前のめり気味に手を高く突き上げた。
「おや??珍しく女性の方も手を挙げていらっしゃいますね??お名前はなんと仰いますか!?」
「はい。私は、ローゼマリー・ファディル・ファルスターと申します。
魔法に凄く興味があって早く自分でも使ってみたいです!!」
元気いっぱいに自己紹介し大きな声で話したローズに、レーニッシュは驚きが隠せないようで目を見開いたまま固まってしまっている。
ローズが自己紹介し始めた瞬間に彼女が噂の公爵令嬢だと気が付いたレーニッシュは高貴な身分にも関わらずフランクそうなローズの雰囲気を感じ驚愕に目を見開いていたのだ。
ローズは何故、自己紹介しただけなのにレーニッシュが固まってしまっているのか理解出来ずに恐る恐るもう一度口を開いた。
「あ…あの……レーニッシュ先生……大丈夫ですか……??」
「あっ…あぁ……すみません。少し、驚いてしまって………
あと、私は先生では無いので、先生は付けなくて大丈夫ですよ。気軽にシスラーとお呼び下さい。
それでファルスター嬢はどのような魔法を扱いたいのですか!?」
今期の学生の中で一番高貴な存在の少女の事は入学前から度々話題に上がっていた。
只でさえ公爵家と言う高貴な身分に加えて、更に女性と言う事で扱いが難しいだろうと先生達や魔術師団内でも噂されていた。
だが、現在 その噂の公爵令嬢を目の前にして、その見た目の可愛いらしさもそうだが、貴族とは思えない気やすさに未だに事態が飲み込めないのか言葉に詰まってしまうが、それでも辛うじてローズに話を振ったシスラーにローズは自分が人からそんな風思われているとは知らない為 シスラーの戸惑いなど大して気にも留めずに親しみやすそうな笑顔を向け話し出した。
「はい。以前は、分かりやすく見た目も派手な火を使った魔法を扱ってみたかったのですが、先日、同じクラスのメルちゃんに花などを咲かせる緑魔法を見せて貰った事があって それからはその魔法を扱ってみたいです!!
自分で綺麗に花を咲かせられたら素敵だと思いませんか!?」
メルに緑魔法を見せて貰ってからその魔法の虜になってしまったローズは美しい花を自分手で咲かすことが出来たらどんなに素敵だろうと、自分の周りが一面綺麗な花で埋め尽くされている想像を度々繰り返しては感慨に耽りニヤニヤと一人で笑みを漏らしているのだった。
「とても可愛らしい考えですね!!では、他に手を挙げた方でこの様な魔法を使いたいと言う方いらっしゃいますか!?
手を挙げて名前と使いたい魔法を教えて下さい。」
日々ローズが妄想を繰り返し、変態染みたニヤつきを見せる事にルイ達は訝しげな表情を向けいるとも知らずに、何も知らないシスラーは、ローズの年相応の可愛らしい発言に癒され先程よりも幾らか気持ちが逸れたのか、来た時よりも穏やかな気持ちで話をすすめるのだった。
シスラーの質問の後、何人かの生徒が手を挙げて発言しだし、その発言を聞きながらシスラーは軽く頷き返すと
「ありがとうございます。皆様、色々な魔法を扱って見たいんですね。
では、この中で自分の魔法の特性を分かっている方は何人いますでしょうか!?」
と、新たな話題を問いかけた。
すると途端に手が上がらなくなり、皆が周りの様子を伺う様にキョロキョロと視線を彷徨わせ出した時、おずおずと申し訳無さそうにメルが1人手を挙げるのだった。
「おや!?貴方は先程、ファルスター嬢から名前が上がっていたメルさんでしょうか!?」
「はい……メルと申します。先程お話にもありました様に、私は緑魔法が得意です。」
「そうですか、流石、獣人のお嬢さんですね。この年齢から自分の特性を知っていると言う事は素晴らしい事です。
ですが、知らなくても何の問題もありません。
これから魔法を学んで行くにしたがって、自分と相性の良い魔法が自ずと分かっていきます。
それを伸ばす事で自分の得意な魔法となって行くのです。
それでは次に、こんな魔法や魔道具があったらいいななど思った事はありますか!?」
シスラーがそう問い掛けると、生徒達は各々一様に考え出す中で、ローズが真っ先に勢い良く手を挙げた。
「シスラー団長様。私は、髪の毛を乾かす魔道具が欲しいです。
他にも水道の蛇口を捻るだけで出てくるお湯や ゴミを吸い取る魔道具……他にも……」
「ち……ちょっと待って下さい!!ファルスター嬢。
大変 興味深いお話なので一つ一つゆっくりとお聞かせください……」
ワクワクと楽しそうに思いのまま話すローズの言葉を遮る様して、少々興奮気味のシスラーが少し声を張り上げローズを制止しながら話しかけた。
先程までは、淡々と流れに沿って話していたシスラーが、ローズの話を聞いた途端、目元がピクつき紫の瞳の奥が鈍く光った様な気がするも、その事に気が付いた生徒は殆どおらず側で控えていたバーシルだけがシスラーの些細な変化を敏感に察知してお眼鏡に叶う人間に出会ってしまったんだと自分の中だけで消化するのだった。
そのままシスラーは食い入る様にローズの話に耳を傾ける。
「え〜と……あぁ!!まずは、髪を乾かす魔道具ですよね!!
最近、一番欲しいと思っている魔道具なのですが、皆様方は大体が洗浄魔法などを使って清潔に保っていると思うのです。
ですが、私はお風呂に入るのが好きなので毎日お風呂に入ります。
今までは、家の人間に髪を乾かして貰っていたのですが、寮に入ってからわざわざ髪を乾かしてもらう為に誰かを呼ぶのも面倒なので手軽に髪を乾かせる道具があれば便利だなと思ったのです」
ローズはお風呂に入る度に泊まりに来ているクロードやルイなどに髪を乾かして貰っている為、わざわざ毎回声を掛けに行くのも申し訳なく面倒くさいと感じていた。
クロード達はその行為も楽しみの一つなのだが、そんな事はローズの知った事ではないのだ。
「ありがとうございます。大変興味深いですね!!もう少し掘り下げて詳しい話を聞きたいのですが、今は授業中で他の生徒の方の話も聞きたいので放課後お時間などありますでしょうか!?」
軽く話を聞いただけでも興味をそそられるローズの提案にもう少し掘り下げてゆっくり話をしたくなってしまったシスラーは、公爵家のご令嬢にわざわさ時間を割いてもらうなど本来なら不敬ととられてもおかしくないが我慢する事が出来ずに提案してしまう。
「私の従者に確認しないと何とも言えませんが、多分大丈夫だと思いますよ」
「ありがとうございます。では、ファルスター嬢以外で誰かありますか!?」
ローズの返答を聞いて途端に嬉しそうな雰囲気を纏わせるシスラーが訪ねると、その後 何人かの学生が手を挙げ空を飛ぶ魔法が使いたいや透明になれる魔法、好きな人を振り向かせる魔法などの魔法を使う者なら一度は夢をみるような意見を出したところで授業は終わりを迎え心無しかご機嫌なシスラーが退出して行くのだった。
シスラー・レーニッシュ (侯爵家子息) 168歳
身長 186㎝ 長い黒髪 紫色の瞳
常にローブを身に纏い姿勢が悪いので暗く見られがちだが、実は背が高くあっさりとした顔立ち。
侯爵家の産まれながら魔術師になった魔法オタク。
現在は、魔術師団の第一班、第二班を纏める団長を勤めていて魔法も剣術も扱えるが滅多な事では剣は抜かない。
魔法を扱う事に関しては天才的でこの国一番の魔法の使い手。
ただ魔法以外に興味がないので自分の食べ物ですら口に入れば何でも良いと思っているし、女性の事はその辺に転がっている石ころと同じような存在に感じている。
侯爵子息と言う立場上言い寄ってくる女性は多いが、何を言われても魔法の事しか話さないシスラーに嫌気がさして女性達が去って行く事が多いがシスラーは名前すら覚えていない。