20 昼食会
「フリード様。夜会やお茶会で何度かご一緒した事があるんですけど、覚えていらっしゃいますか!?」
ビアンカは、席に着くなり横に居るフリードに向けて少し高めの甘い声で話しかけた。
18歳のフリードと19歳のビアンカは既に成人しており社交デビューを済ませている為、夜会などで何度か顔を合わせた事があるらしく面識があるようだった。
「あぁ。覚えているとも。ビアンカ嬢は、いつも様々な男性達に囲まれていてとても楽しそうにしてるよね」
(えっ??嫌味??フリード様……笑顔で嫌味を言ってます!?)
爽やかな笑顔でとんでもない事を言い放つフリードにローズは思わずメニューに伸ばしていた手を止めて二度見してしまう…….
「あら。フリード様の目に留まっていたなんて光栄ですわ」
(えっ??何!?これは普通の会話なの!?分かんない……貴族達の会話が全然分かんない!!)
フリードの嫌味(?)を交えた会話に嬉しそうに笑顔で答えるビアンカにローズは絶賛困惑中だった。
実際のフリードの気持ちとしては、わざわざ昼食の席に押し掛けて自分に媚びを売らずとも貴方の相手をしたい殿方は沢山いるので、そちらに行かれた方が楽しいと思いますよ!!と言う軽い嫌味を込めた発言であるのだが、鋼のような心臓を持つビアンカには全く響かなかった。
ただ、貴族の世界に慣れていないローズには、これが噂に聞く貴族の腹の探り合いなのか、只の世間話なのかは全く検討が付かず、一人気を揉みながら彼等の顔色を伺っていた。
だが、当の本人達が平然と会話してるのを部外者のローズが一人で顔色を伺っているのも馬鹿らしくなったのか、諦めてさっさと一人 メニュー表を見だすのだった。
…………
「ラウルはいつも何食べてるの!?」
ふと静かに横に腰掛けているラウルの事が気になったローズは、少し覗き込む様にして問い掛けた。
普段から一緒に食事をするルイ達は、基本的にボリューム重視で昼夜関係無くがっつり食べる事が多いが、男性とは言え見た目からして細身のラウルは普段一体どんな物を食べるのか気になってしまったのだ。
「えっ??あっ……わ…私は……特に決まっておりませんが食べやすいスープやパンなどが多いと思います」
突然、ローズに話を振られたラウルは、まさかこのメンバーの中で自分に話かける事などあるとは思っておらず 肩を跳ね上げると挙動不審に視線を彷徨わせるのだった。
「そうなんだね!!私は、お昼からがっつり食べる事が多いよ!!」
「ふふっ。ファルスター嬢らしいですね。今日は何を食べるんですか!?」
そんなラウルの戸惑いなど知ってか知らずか1人楽しそうなローズを見ているうちにラウルも気分が向上したのか珍しく笑みを漏らし会話を始める。
「う〜ん……悩んでるんだけど、今日は、パスタセットかなぁ。デザートも付くし、うん!!!やっぱりパスタ食べたーい!!」
一人マイペースに食べたい物を決めたローズは、食べたい物が決まったのか 軽く伸びをするかの様に両手を上げてパスタと声を張り上げる。
完全に令嬢する仕草では無さそうだが……
「では、僕も今日はそれにしても宜しいですか??」
ローズの貴族令嬢とは言い難い奔放な姿を楽しそうに見つめていたラウルはローズの意見に同調した。
「あら???ラウル……貴方、私といる時より随分と楽しそうじゃない!?
しかもいくら私の従者とは言え、平民のくせに貴族と同じ物を食べようとするなんて調子に乗っているのではなくて!?」
「……も…申し訳…ありません……」
今まで楽しそうにしていたラウルだったが、ビアンカの一言で一瞬にして顔色が変わり申し訳無さそうに俯いてしまう。
「ちっ…ちょっと待って下さい。私は、全然気にしませんので、食事の間くらい従者とか関係なく好きな物を皆で楽しく食べませんか!?」
そんなラウルを見兼ねたローズが庇う様に提案するも、ビアンカはローズの事をチラ見すると馬鹿にした様に笑いだす。
「ふふっ。流石、出どころの分からない御令嬢は言う事が違いますわね」
「「なっ!!!」」
ローズか馬鹿にされた事でルイとジョイの纏う雰囲気が変わりその場に緊張感が走る。
そんな空気をも全く気にした素振りを見せないビアンカが尚も馬鹿にしたような視線をローズに向けた瞬間
「ビアンカ嬢。少し言い過ぎではないかな!?ローズちゃんは、現在 国に認められた歴とした公爵令嬢だ。これ以上はビアンカ嬢が不利になると思いますよ……」
フリードが堪らず少し強めの口調で嗜め始めた。
いくら養女とは言え、きちんと契約を結んで魔力を同調させ、その事を国に認められたと言う事は実子と同じ扱いになる為、公爵家の令嬢を辱めるような発言を子爵家の令嬢がすると家を巻き込んだ大問題になりかねなかった。
だが、普段から甘やかされて育ったビアンカにその事が理解できるわけがなくフリードの言っている言葉の意味が分からないと言う様な表情を浮かべている。
「フリード様。私のためにご忠告ありがとうございます。何しろ私、嘘を付けないものですから。以後、気を付けますわ!!
ですが、ローゼマリー様だけローズちゃんと愛称で呼ぶのに私はビアンカ嬢では、少し余所余所しくありませんこと??
私の事もビアンカと気軽にお呼び下さい」
『……………』
(えっ??それで……私の事は無視ですか!?
まぁ別にいいけど……まだ、注文もしてないのに先が思いやられるんですけど……
はぁ〜〜〜もういいやーーー。そっちがその気なら私も無視して食ーべーよーうーだ!!!ふん!!!!)
そんな事を考えながら注文しようとメニュー表に手を伸ばすと、横からラウルがスッと手を伸ばして来て
「僕が注文致します。先程はすみませんでした」 と小声で呟くのだった。
ローズはそんなラウルに微笑むと「全然気にしてないよ!!注文ありがとう」と小声で返答し返した。
「ラウル!!私の分も注文しておきなさい。何を頼むか分かっているわよね!?」
「………は……い………それでは、皆様は何に致しますか!?」
小さく返事をしたラウルが皆に向かってメニューを聞くと、その場の空気を変えるかのように各々食べたいメニューを注文し出した。
この国では基本的にパンやパスタなどが主流になっており、米などはまだ見かけた事が無い。
元日本人のローズ的にはガッツリ野菜炒め定食とか食べたいところだが、元々 麺類も好きなのであまり困ってはいなかった……
男性達は皆、腹持ちしそうな麺類を注文し終わると、またもやビアンカが口を開いた。
「そう言えば、ルイ様も獣人でありながら男爵家の養子になられたんですよね!?しかも現在はその爵位を継いでいらっしゃるとか……」
「……はい。そうですね」
ビアンカに話しかけられるも、ルイは視線を合わせる事なく不機嫌そうな表情で簡潔に返答する。
(おぉう……ルイ……安定の塩対応ですね……何か物凄く怒ってらっしゃいませんか……)
何故だか、いつもに増して不機嫌そうなルイに、下手なことをすれば雷が落ちそうな気配を感じて何故かローズがビクビクしてしまう。
だが、そんな事はお構い無しなビアンカは好き勝手に喋り続ける。
「素晴らしいですわね!!獣人なんて奴隷の様な存在ですのに、あそこまでの財力を手に入れるなんて、私…獣人はあまり好きでは無いのですがルイ様なら仲良くして差し上げても宜しいですわよ」
獣人のルイを目の前にとんでもない発言をしたビアンカにルイの額に青筋が立ち出すが、それよりも早くローズが反応を示す。
元々、獣人達への差別を快く思っていない事に加えて兄弟の様にして育ったルイに対して財力を手に入れたから仲良くしても良いと、ルイの人格を無視した発言を許容する事が出来なかったのだ。
「ビアンカ様。その発言は、許容できません。
獣人は決して奴隷ではありませんし、本来は私達と対等な筈です」
何を言われても軽く受け流していたローズが、突然、はっきりと自分の意思表示を示した事でフリード達は軽く目を見開いた。
普段はニコニコと常に明るい温厚なローズの厳しい表情に驚きが隠せない様だった。
「アハっ!!ローゼマリー様は世の中の事を何もご存じ無いようですね!!獣人なんてものは私達貴族の身代わりとして買われ、使い古される替えの利く存在ですのよ!!
ローゼマリー様も、もしもの時の為に1人お買いになったら如何かしら!?」
全く悪びれた様子も無く少し上から目線のビアンカに鼻で笑われたローズはビアンカの発言が許せずに、貴族令嬢としてはマナー違反だが、ガタンと音を立てて興奮気味に立ち上がり声を荒げてしまう。
「私は買いません!!人をそんなふうに扱うなんて絶対に嫌です」
「あらどうして!?買ってあげなきゃ結局はその辺の男達の慰みものになるだけなんだから、私達が買って差し上げて、いい暮らしをさせて、たまに代わりに男に差し出す方がよっぽどいいじゃない!!」
「そう言う事を言ってるんではありません!!何故身代わりにするんですか!?お金に困っていたり、境遇が好ましく無ければ普通に雇い入れて使用人などの仕事をさせるのでは駄目なのですか!?」
ビアンカと根本的な考え方の違いに困惑しつつも必死で自分の思いを伝えようとするもビアンカは全く理解出来ない様で不思議そうな顔をしながらローズに疑問を呈す。
「男ならまだしも、女性の獣人を使用人などに雇い入れてどうすると言うのよ……見ていてもつまらないし、知能も魔力も弱いと言うのに……」
「何故ですか!?力が弱くても、その人に合った仕事はある筈ですし、女性同士 話してみたら楽しいかもしれないではないですか!?
私は、今、同じクラスの獣人の女の子と親しくさせて頂いてますが、とても楽しいですよ」
「ふふ。それは貴方達が同類だからよ!!」
ビアンカの馬鹿にした様な視線にいい加減ローズも我慢の限界なのか、眉がピクつくがグッと拳を握りしめて堪えると
「私には彼女と同類と言われても嬉しいだけです!!彼女は可愛らしいく思いやりのある女性なので、そんな彼女と似ていると言われてとても嬉しいです!!ありがとうございます!!」
ローズは精一杯の意趣返しも込めて溢れんばかりの笑顔を見せた。
「フン。もういいわよ!!さっさと食べましょう!!
あらっ!?ラウル!!!今日は、このサラダの気分では無かったのよ!!!本当に使えないんだから……」
「申し訳ありません。変更致しますか?」
「………………」
(なんなのコイツ!!!じゃあ自分で頼めよ!!人に任せておいて文句ばっかり!!!)
「別にいいわよ!!使えない従者を持つと苦労すると思いません???ねぇ〜フリード様!?」
ビアンカは気持ちを切り替えるように媚びる様な視線を向けてフリードに同意を求める。
「いや。そうは思わない!!人でも物でもどう扱うかではないか!?上に立つ者がしっかりと道を示せば自ずと下の者も育つ。
従者が無能と言う事は、主が無能と言う事だと思うぞ!!」
(うぉっ!!辛辣……フリード様も結構言いますね……)
ローズは普段は物腰の柔らかいフリードのハッキリとした発言に、こう言ったところで相手に臆する事なく しっかりと自分の意見を主張出来るのは、やはり高位貴族である公爵家の御子息なのだなぁと感心してしまっていた。
だが、フリードの横で違った意味で感心したように目を見開き瞳を輝かせるビアンカが煌々と口を開く
「流石フリード様ですね!!上に立つ者の考えをきちんとお持ちになっているなんて、素敵ですわ!!」
(うぉおーい!!!お前に言ってんだよ!!お前に!!!)
喉まで出掛かった言葉を辛うじて飲み込んだローズはそれからは無言で食事を食べ始めた。
皆も食事を始め、ある程度、食べ終わり出した頃、文句を言いつつもしっかりと食事を終えたビアンカが
「今日は、とても楽しい食事会でしたわ!!明日もまた、この席で宜しいのですか!?」
爆弾を投下した……
『…‥‥…………』
(え〜〜嫌なんだど……でも、面と向かって嫌だなんて言えなくない……マジかよ……)
ビアンカの衝撃の発言に誰もが言葉に詰まり何も言えない中、1人満足そうなビアンカはラウルを伴って退出していくのだった……