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あやかし酒場と七人の王子たち ~珠子とあやかしグルメ百物語~  作者: 相田 彩太
第五章 遠征する物語とハッピーエンド
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幽霊列車とお饅頭(その3) ※全4部

◇◇◇◇


 アズラさんの話によると、死神の仕事は2種類あるらしい。

 死者から魂を刈り取る事と、その魂を幽世(かくりよ)へ導く事。

 そしてこの地獄一丁目、別名”幽世(かくりよ)”と呼ばれる世界にやって来た魂は、その後、それぞれのあの世へ行くらしい。

 地獄とか極楽とか天国とか浄土とかヴァルハラとか。

 でも転生の順番待ちや、お盆の里帰りとかで現世(うつしよ)に戻る魂も幽世(かくりよ)には大量にいて、ちょっとした街を作っているらしい。

 幽世(かくりよ)はステーションハブみたいな物なんだって。


 昔は刈り取った死神が1対1でその魂を幽世(かくりよ)まで案内したそうなんだけど、人類の人口増加により死神も業務効率化を(はか)ったみたい。

 今や、地球の人口は70億人を超えている。

 この数は100年前の世界人口約16憶人の4倍以上。

 こりゃマンツーマンではどうにもならんわ、という事で、電車だけでなく、バスや飛行機、船などでまとめて送っているそうです。

 

 「船は昔からの伝統、電車は比較的最近ですね。昔は牛車とか戦車(チャリオッツ)とかも使われていました」


 アズラさんはそう言っていた。

 アズラさんの仕事は魂をいっぱい集めて幽世(かくりよ)に導く事、だから効率的な輸送手段である電車に目をつけたんですって。

 最初は特定の趣味の人たちに大人気だったみたいだけど、イールみたいなパク……真似する死神さんたちも増えて、今は競争が激しいんだそうです。


 天国のおばあさま、営業成績とか生産性の向上とかは死神の世界でも重要になっているみたいです。

 ちょっと世知辛いですね。

 

 今は来たるべきお盆の里帰りに向けて準備中。

 あの改善小豆饅頭は好評で、帰りもまた乗るよと言ってくれるお客さんも多い。

 数日後には、満を持して蓮の実の餡を使った浄土饅頭を投入! 

 今はイールの二階建て新幹線食堂車にお客が流れているけど、あの(・・)策とこれで一気に逆転よ!

 そんな勝利のレールラインを考えていた時、アズラさんが血相を変えて飛び込んできた。


 「大変よ! 珠子さん!」

 「どうしたんです? そんなに慌てて」

 「いいから、これ食べて!」

 

 その手にはひとつのお饅頭。

 あたしはそれを受け取り、パクッと食べる。

 上品な甘さに滑らかな口触り。


 「あっ、いい感じに上達したじゃないですか。これなら十分に合格点ですよ」


 この味はあたしが教えた蓮の実餡のお饅頭。

 アズラさんが今後も作れるようにレシピを書いてレクチャーしていた物だ。

 最初は拙かったけど、この味が作れるならもう大丈夫。


 「違うの! このお饅頭はイールの新幹線の車内販売で売られていたものなの!」

 「えーっ!? それって!?」

 「そうよ! またパクられたのよ! しかも今度は事前に!」

 「で、でもどうやって!? あたしはこの列車から降りていませんよ。しかも、ほとんどの時間をこの食堂車で過ごしています。そんな隙なんて……」


 あたしがここを離れるのはシャワーとトイレくらい。

 誰かが侵入したらわかるはず。


 「”死”の特性を持つ私たち死神は、その気になれば誰にも知覚できない状態になれるのよ! ほら!」


 そう言ってアズラさんはスゥーと姿を消した。

 音も匂いも気配もしない。

 

 「ほらぁ!」


 次の瞬間、アズラさんが眼前にいきなり現れた。


 「うわぁ! 近い近い!」


 あたしは彼女の接近に全く気づかなかった。

 これなら、あたしの目を盗んでレシピを見る事も余裕。

 

 やられた! 

 レシピをパクられたのはまだしも、先に提供されたのがまずい。

 これじゃあ、後出しのあたしたちの方の印象が悪くなっちゃう。


 「ど、どうしましょう?」

 「これは……新しい味のお饅頭で勝負するしかないわね」

 「できますか?」


 あの蓮の実の餡のお饅頭はあたしの自信作。

 おばあさまから受け継いだ味でもある。

 味も名産物としても、縁起物としても、この幽世(かくりよ)行の幽霊列車にふさわしい一品。

 それを超える料理が出来るのかな。

 でも……

 

 「やってみせるわ! あんな卑怯な相手に負けるわけにはいきません! 覚悟を決めて下さいアズラさん! あなたはこれから三食お饅頭です!」

 「やりましょう! 珠子さんのお料理はおいしいですから! あたしも覚悟は決めました!」


 あたしのその言葉に、アズラさんは、頼もしそうな、嬉しそうな、美味しそうな、そしてちょっとお腹周りの肉が気になりそうな顔で応えたのです。


◇◇◇◇


 「もうだめ……ギブアップ」

 「覚悟が足りません!」


 彼女の覚悟は1日も続きませんでした。

 お腹はパンパンです。


 「うーん、どれもおいしいです」


 あたしが試作した数々のお饅頭とアズラさんの覚悟との勝負はこんな感じだった。


 「まずは、孔明印の肉饅頭、これは瀘水(ろすい)の川の鎮魂に人の首と羊と牛を捧げる時、代わりに羊肉と牛肉の肉まんを捧げた故事にちなんだ一品(ひとしな)!」

 「浄土に向かうのに生臭系はダメですね」


 アウトー


 「次は! ピーナッツ、カシューナッツ、アーモンド、胡桃(くるみ)、松の実の5つのナッツを入れた五仁(うーにゃん)饅頭! 仁の心は五徳、すなわち仁、礼、信、義、智の最高峰! それが五種類も入っちゃう!」

 「これって、来月の中秋の名月の時に食べる月餅に同じものがありますね」


 あちゃー


 「ならば! 梅の種の中身、つまり仁を入れた甘酸っぱい梅仁(ばいにん)饅頭! これはどうでしょう!?」

 「ああ、梅の香りはいいですけど、これって梅の天神様って言いません。特定の方限定になるのはちょっと……」


 おおう、人の信仰は様々。

 死出の旅を迎える方の信仰にも気を使わなくてはいけないのですね。

 

 「仁シリーズはまだまだ! 杏の種の中身、杏仁を擦り潰した乳液を固めた杏仁豆腐を皮で包んだ杏仁(あんにん)饅頭! 皮は別に作って、蒸さずに包んで作りましょう!」

 「おっととっと、これって真夏の暑さだと杏仁豆腐が溶けて皮から漏れちゃいますね」


 うーん、人の体温で蕩ける口当たりはいいんですけどね。


 「ならば! さらに仁! 柿とリンゴ、山査子(さんざし)花梨(かりん)、ビワといった仁果(じんか)類のドライフルーツを小豆餡に混ぜて作った仁果(じんか)饅頭! ちなみに桃やサクランボは核果(かくか)類です! お間違えないよう!」

 「マニアックすぎます! 仁果類と核果類の違いなんてわかりません!」


 ぐぬぬ。


 こうして、お饅頭を食べ続けたアズラさんは、お腹をさすりながら椅子にもたれかかっているのです。


 「どれもイマイチみたいですね。ちなみに味限定だとどれが良かったですか?」

 「味は最後のドライフルーツの餡が一番美味しかったですね。でも、どれも美味しかったですよ」

 「本当に?」


 そう言ってあたしはひとつのお饅頭を差し出す。

 それは当初の予定の蓮の実餡のお饅頭。

 パクッとそれを食べたアズラさんの目の輝きが変わる。


 「ああ、やっぱりこれ美味しいですね。控え目の甘さが滋味というか満腹感を最後に満たしてくれるみたいな」

 「そうなんですよ。これはデザートを意識しているので、他の料理を食べた締めにも最適なのです」


 この食堂車ではレトルトだけど、食堂車のメニューにちなんだ他の料理も出す。

 それを食べた後で最後の締めとしてお饅頭を出すという流れがあたしの作戦なの。

 パクられなければ完璧だったんだけどなぁ。


 「やっぱりこの蓮の実餡のお饅頭が最上ですね、縁起物としても」

 「ですよねー」


 これが少年バトル漫画なら”過去の自分を超えろ!”みたいな展開で成長できるんだけど、あたしは女の子で舞台は料理と旅だからなぁ。


 「しょうがないですね。もっと他の食材がないか試作してみます」

 「お願いします珠子さん。私は現世(うつしよ)で買い出しして来ます」


 明日は鉄ちゃんとの約束の日。

 もう早めの方は現世(うつしよ)への里帰りを始めている。

 お盆はこれからが本番で佳境。


 「お願いします。銘柄を間違えないで下さいね」

 「ええ、メモ通りに」


 幽世(かくりよ)には現世(うつしよ)の食材はほとんど全てある。

 だけど、そこに無い物もあるの。

 具体的にはブランド物。

 あたしはここを動けないので、その買い出しを頼みました。

 

 『間もなく、墓場前~、墓場前でございますー。どなたさまもお忘れものの無きよう……』


 車内のアナウンスが現世(うつしよ)の駅が近い事を教えてくれる。


 「それじゃあ、私はお買い物に行ってきます」


 そう言って、アズラさんは下車した。

 あたしも頑張ろう、今日は徹夜かも。


 うーん、やっぱりあれを超えるお饅頭はできないなぁ。

 縁起物で、お饅頭の餡としても優秀な食材なんてなかなかないわよねぇ。

 おばあさまだったらこんなとき……

 むにゃむにゃ


◇◇◇◇


 はっ!

 いけないいけない、ちょっとウトウトしちゃったみたい。

 あれ、このタオルケットは……


 「ただいまー、買い出しはバッチリですよ」


 大荷物を抱えながら、のっしのっしとアズラさんが食堂車に入ってくる。

 うーん、怪力系ゴスロリ美少女って目の当たりにするとちょっと異様だわ。

 まあ、異形の”あやかし”なんですけど。


 「アズラさん、これってアズラさんですか?」


 あたしはタオルケットを指さしながら言う。

 クーラーの直風があたるこの位置でウトウトしたあたしにとって、これは嬉しい。


 「いいえ、私じゃありませんよ」


 え!? それじゃあ誰が……

 また、イールがパクりに来たのかな?


 「あっ、今度の試作は芋餡ですか? サツマイモの餡じゃなく、ジャガイモの餡なんて珍しいですね」

 「えっ!? あたしはジャガイモなんて……」

 「でもほら、そこに」


 アズラさんの指さす先には、ジャガイモがひとつ。

 

 「これは!?」


 あたしの頭の中で思考が錯綜する。


 ベーコンとポテトのジャーマン風饅頭?

 フライドポテトをクレープのように皮で巻いた歩いて食べれるスナックタイプ?

 ポテトグラタンを包んだ熱々クリーミーなクーラーの効いた車内で食べる温度差饅頭?

 ポテトサラダを入れた温かくても冷めても美味しいサラダ饅頭?


 ううん、どれも違う。

 あたしはピッとラップでジャガイモを包み、電子レンジで温める。

 そして、ホクホクと湯気を上げるジャガイモを食べた時……

 あたしの思考が覚醒した!

 

 「わかった! このジャガイモの意味! 目覚めたわ! あたしは目覚めたのよー! はははっ、はーはっはっは! あたしは、めざめたー!」

 「えっ!? 何ですか!? 急にお釈迦様みたいな事を言い出して! 何に目覚めたというのですか!?」

 

 徹夜明けのハイテンションでのけぞりながら笑うあたしを見て、アズラさん少し心配そうにたずねる。

 

 「もちろん!」

 「もちろん!?」


 その問いに、あたしは自信を持って答える。


 「インカによ!」

 「はい?」

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