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あやかし酒場と七人の王子たち ~珠子とあやかしグルメ百物語~  作者: 相田 彩太
第五章 遠征する物語とハッピーエンド
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幽霊列車とお饅頭(その2) ※全4部

 「ええ、はい、はい、そうです、死神饅頭を食べてしまって……」


 電話越しにアズラさんが頭を下げる。

 電話越しでもペコペコするのは人間のビジネス界だけではないらしい。


 「ふぅ、あなたに上司からの判断が下ったわ。あたしは始末書、あなたはこれから食べた饅頭の数の日数を幽霊列車とそのホームだけで過ごす、これが沙汰よ」

 「つまり、あたしが食べたの饅頭は7つなので、7日間で済むって事ですね」

 「ええ、なんとかなったわ」


 よかった、このまま黄泉の住人にならずに済んだ。

 思いのほか寛大な沙汰にあたしは胸をなでおろす。


 「え、ええ、そうよ。何とか致命傷で済んだわ……」


 ちょっと涙目になりながらアズラさんが言う。

 うーん、悪いことしちゃったかな。


 『間もなく、地獄一丁目~、地獄一丁目です。どなたさまも未練なきようお降り下さい』


 列車のアナウンスが響く。

 どうやら到着するみたい。

 そして、キキィーと音を立てて、列車は駅のホームに停車した。


 「ふう、それじゃあ死者のみなさんは私について来てください」

 

 アズラさんは旗を取り出し、扉の外に出る。

 

 「それじゃあ、お嬢さんお別れですね」

 「そのうち現世に戻った時に、また会えるかもしれんの」

 「達者でな、食いしん坊のおねぇやん」

 

 老夫婦と鉄ちゃんがアズラさんに続いて外に出る。


 「はい、お饅頭ありがとうございました」

 「いいのよ、あれって正直、あまりおいしくなかったですから」

 

 おばあさんの言う通り、あのお饅頭の味はイマイチだった。

 もし、あたしならもっと美味しく出来るのに。

 一生懸命に作った形跡は見られるのになぁ。

 お詫びにもっと美味しいレシピを教えちゃおうかな。


 「あーら、アズラさん。今日の魂はたったそれだけ」

 「げっ、イール」


 外から声が聞こえる。

 アズラさんの前には、添乗員の姿をした”あやかし”がひとり。

 でも、その後ろに続く人の数は桁違い。


 「うふふ、わたくしは今日も満員御礼ですわ。これからのお盆シーズンを迎えて、成績TOPも夢じゃありませんことよ。あなたは……がんばればブービー賞は狙えるんじゃなくって」

 「こ、これからです! あたしのアイディアをパクったあなたなんかに負けませんから!」

 「うふふ、パクったんじゃありませんわ。インスパイアと言って下さい。あなたのボロ車両と違って、わたくしのは新幹線ですわよ」


 あたしが窓から覗くと、そこに見えたのは新幹線。

 少しなつかしい感じの車体。

 うーん、子供のころに見た記憶があるんだけど……


 「おっ!? あれって100系のX編成じゃないけ! バブル期に製造されたお高くて、内装もサービスも抜群のやつや!」


 詳しい解説をありがとう! 鉄ちゃんさん!


 「あら、お目が高いですわね。そう、二階建ての食堂車付きですわ。厨房もついているので、なんとシェフが手作りで作るフランス料理のフルコースをふるまえるセレブ御用達ですわ。みなさーん、コース料理はおいしかったですかー!?」


 イールさんの問いに、その後ろの魂たちが「はーい」と答える。


 「せや! あの100系の2階建て食堂車は、1階は厨房になっているんや。2階の風光明媚(ふうこうめいび)な風景を眺めながら食べる料理は最高やと聞いたで! ああ、あの時、もっと金があればなぁ」

 「あら、お詳しい方。それなら子孫に里帰りする時には是非ともわたくしの新幹線をご利用くださいな。鉄道好きのお友達にも是非、声をかけて下さると嬉しいですわ」

 

 そう言って、イールさんは笑顔で手をふる。


 「イールなんかに負けるものですか! 私の列車も、もっとグレードの高い食堂車を付けて、鉄道ファンの方をいーっぱい連れてきてみせるんですから!」

 「あら、楽しみにしていますわ。でも、わたくしの二階建て新幹線食堂車よりセレブな食堂車なんてあるのかしらね」

 「うーん、あるのにはあるんやけど、それは海外のやつとか、観光列車やけんなぁ。少し毛並みが違うで」

 「あら、そうでしたの。それは敷居も使う神力(ちから)も高そうですわねー」


 自信たっぷりな口調で言うイールさんの前にアズラさんは「ぐぬぬ」と唸るばかり。

 あたしは列車にはあまり詳しくはないけど、食堂車についてとある方から聞いた事がある。。

 あの鉄ちゃんの言う通り、かつての新幹線の厨房付き二階建て新幹線が最高級だと。

 最近の”ななつぼし”のような観光用特別車両ならまだしも、常用路線ではそれが最高だと。

 そんな事を言い、それを懐かしむ鉄道ファンの方の声を聞いた。

 

 「それに聞きましたよ。あなたちょーっとやらかしたんですってね。現世(うつしよ)の住人を乗せてしまったんですって」


 はい、それはきっとあたしの事です。


 「あれは……私のミスよ。ちゃんと報告したし、現世(うつしよ)に戻すわ」

 「とーぜんですわね。そしてあなたの成績に傷がつくのもとーぜんの結果ですわー」


 なにあのイールって女。

 アズラさんはあたしのために頭を下げてくれた。

 始末書も書いてくれる。

 仕事でミスやトラブルがあるのは当然。

 だけど、それをフォローしたり、同僚を慰めるってのが良い職場作りってものじゃない。


 「まっ、せいぜいあの不味い饅頭でも作って……」

 「そこまでです! とぅー!」


 あたしは列車から飛び降り、


 もがっ


 その勢いで、イールという女の口に饅頭を詰め込んだ。


 「生きている人!?」

 「珠子ですっ!」


 あたしは饅頭を手にポーズを決める。


 「アズラさんの失態の原因はあたしにあります! 彼女を責めるのはお門違い! むしろトラブルを解決した事をほめるべき! ほめて築こう素敵な職場!」

 「た、珠子さん」


 あたしの台詞に沈んでいたアズラさんの顔が少し明るくなる。


 「そして! 食べ物を『不味い』と言うのは許せますが、それでもそれを一生懸命に作った方を侮辱するのは許せません! ここからはあたしが相手ですっ!」


 「ふぁにふぉふぁまうのふぇす!? ふぃんふぇんふふぇいふぁ!」


 イールという女は口を動かすけど、何を言っているかわかりませーん。


 ゴクン


 あっ、飲み込んだ。


 「へぇ、死神コンダクターであるわたくしに意見なさるとはいい度胸ですね」

 「客の意見を聞いて『いい度胸』とは、とんだ狭量(きょうりょう)ね」

 

 あたしとイールという女の瞳の間に火花が散る。


 「ちょ、ちょっと、ふたりとも仲良く、喧嘩はだめですよ」


 そしてその間でうろたえるアズラさん。

 だけど、そんな言葉を聞くあたしたちではない。


 「ならば! 勝負ですわ!」

 「望むところよ!」


 ビシッとイールという女があたしを指さし、あたしは勢いで胸を叩く。



 「やはりいい度胸ですわね。勝負の方法はお盆明けまでの魂の乗客数で勝負と参りましょう。負けた方は勝った方の言うことを何でもひとつ聞く。これでどうです」

 「いいわ! ですが、このあたしを甘く見ないことね。こう見えても料理には自信があるんですから」

 「ふっ」


 鼻で笑った!?


 「あなたこそオツムが足りないのではなくって? この幽霊列車事業は死者の魂を現世(うつしよ)幽世(かくりよ)の間を運ぶのが仕事。ターゲットはズバリ鉄道ファンの方々! 料理は二の次なのですよ!」


 へっ!?


 「せやせや、ワイは今は亡きブルートレインに乗りたくてこれに乗ったんや」

 「ワシらは思い出の10系寝台に乗りたかったんじゃよ。なあ、ばあさん」

 「ええ、春の集団就職の臨時列車。それに乗っていた私は、そこでおじいさんと出会ったんですよね」

 「へぇ、10系車両で生まれる絆なんて、ロマンスやなぁ」


 ……か、かろうじてブルートレインまではわかるけど、ちょっとついていけないかも。

 

 「僕は今は亡き新幹線の食堂車に()かれました。やはり黄泉の旅路はちょっと高級路線に乗りたいじゃありませんか100系ですよ100系!」

 

 イールさんのお客さんが熱弁する。

 う、うん、新幹線の食堂車くらいならついていける。

 でも、ここに居る魂たちは、みんな鉄道が好きだったり思い出があったりする人たちみたい。

 あたしは、あたしの乗ってきた列車を見る。

 ……統一感がない、色々な車両を連結させているから。

 きっとそれは、老夫婦の思い出と鉄ちゃんの好きそうな車両だから。


 「おー、ほっほっほっ。この列車好きの方へのアプローチのアイディアは見事でしたわアズラさん。でも、わたくしはそれを一歩発展させてみせましたのよ」

 「最初にそれを思いついたのは私ですから! イールさん、あたしのアイディアを真似しないで下さい!」

 「いえいえ、これはインスパイアですから。パクリと言われるのは心外ですわね」


 うーん、人間の世界で料理などの一般的なアイディアに類するものに著作権や特許がないのは知っていたけど、死後の世界でも盗用問題を目にするとは思わなかった。

 

 「さてみなさーん。みなさんは1週間後には新盆(にいぼん)を迎えて現世(うつしよ)に里帰りしますが、その際もわたくしの列車にご乗車くださいねー。なんと! スペシャル車両をご用意していますのよ!」


 そう言ってイールという女が指をパチンと鳴らすと、パンパンパンとどこからともなく光が降り注ぎ、ある列車がライトアップされる。

 あの姿は……新幹線っぽい。

 けど、見たことないなー。


 「あ……あれは!?」

 「どうしてここにあれ(・・)があるんや!?」


 さすがにこの列車が好きな方々はわかっているみたい。


 「ねぇ、鉄ちゃんさん。あれって何の車両ですか? お顔を見る限り、新幹線っぽいですけど」

 「あれは『CRH2E型D311』、最新型の中国の新幹線寝台車両や!」

 「そうか! どこかで見た事があると思ったら!」

 「中国の新幹線だったか!」


 パシャパシャとイールのお客さんもカメラのフラッシュを()く。

 はい、わかりませーん。

 海外の新幹線なんて知りませんよ普通。

 

 「いやー、死ぬ前にいいものが見れた」

 「いやいや、死んでるって俺たち」

 「違いねぇ、ハハハ」

 

 死んでも明るいですね、あなたたち。


 「アズラさん。わたくしは手を抜かない主義ですの。そこの小娘ともども、あなたたちを全力で叩き潰してあげますわ!」


 敗北などありえない、そんな自信たっぷりにイールが言う。


 「た、た、珠子さん。あんな事を言って、あんなスゴイ物を持ち出していますけど、大丈夫なのですか!? 料理であれ(・・)に勝てますか!?」


 正直、料理だけ(・・・・)だと難しいかもしれない。

 だけど、それ以外のヒントをあたしはもらっている。


 「うーん、勝負はやってみなくちゃわからないけど」

 「けど?」

 「ま、何とかなるでしょ」


 あたしは、あっけらかんとしながら、そう言った。

 アズラさんの顔は不安に染まった。


◇◇◇◇


 「本当に大丈夫なんですか?」

 「たぶん大丈夫だと思いますよ。ちょっとした作戦もありますし」


 再びあたしは幽霊列車に乗り込み、そこの食堂車をあさる。


 「それって、あの人と別れる時にしていた会話ですか」

 「ええ、鉄ちゃんさんにお願いしました。激レアなサービスを用意してお待ちしていますから、鉄ちゃん仲間を誘ってくださいと」


 あれを聞いた時、鉄ちゃんは『そりゃスゴや! 絶対行くで!』って言ってくれた。

 もちろん、それを準備できたらの話だけど。

 だからあたしはこの食堂車であれ(・・)を探しているの。

 あった! カウンターの裏側の下!


 「よしっ、作戦に必要なものは見つかりました。アズラさん、この食堂車を増やす事はできますか?」

 「ええ、廃列車となった車両なら神力(ちから)もそんなに必要としませんから」


 そう言ってアズラさんが鎌を振るうと、ガチンと音がして列車が少し揺れた。

 

 「はい、連結しました」

 「ありがとうございます。お客さんがいっぱい来た時は追加をお願いします」


 さて、あたしはあたしの得意分野に力を入れましょうか。

 この食堂車の設備は電子レンジと電源しかない。

 レトルトや出来合いの物しか提供されなかったけど、ここにはアズラさんの努力の跡が見られる。

 小豆餡の残ったボウル、皮を練った跡、そしてシリコンスチーマー。

 ペロッとなめると分かる、この素材が上等品だと。

 あっ、材料がまだまだ残っている。


 「それでは、アズラさんのお饅頭をちょっと作りなおしてみましょう」

 「はい、でも私の饅頭のどこが悪かったのでしょう。ちゃんとレシピ通りに作ったんですけど」


 あーやっぱり。


 「この小豆も小麦粉もかなり高級品ですね」

 「ええ、幽世(かくりよ)で一番の物を仕入れました」

 「そこです。これくらいの上等品だと砂糖や塩をレシピ通りに入れるとその効果が出過ぎちゃうんです。小豆餡は砂糖の味が強くなりすぎる上に硬くなってしまうし、皮はモチモチ感が出過ぎて硬く感じちゃうんですよ」


 そう言いながらあたしは作業を続ける。

 小豆は水に浸っていたので、電子レンジで温めてるだけでいい。

 そこから小豆をちょっと取り出して、残りをすり鉢でゴリゴリと擦る。

 よかった、あたしの荷物にすり鉢が入っていて。

 

 「小豆餡は口当たりを滑らかになるようにすり鉢で擦ったら、小分けにした小豆と混ぜて煮まーす。砂糖は控え目でOK。あとは火を止めて味を馴染ませましょう」


 あたし二度煮された小豆餡の火を止めて次の作業に移る。


 饅頭はふかふかの皮になるように、ベーキングパウダーは控え目に、水の代わりに炭酸水で練る。

 最近はミネラルウォーターの代わりに炭酸水で夏場の水分補給をする人も増えたのよね。

 おかげで売っているお店や自販機が増えて、あたしのリュックの中に炭酸水は入っていた。


 シュワシュワー

 

 この泡が生地に空気を含ませてくれるのです。

 あとは蒸すだけ。

 本当は蒸し器を使いたい所だけど、今はこのシリコンスチーマーで我慢。


 チーン


 「さっ、出来ました! 温かいうちに頂きましょう。冷めてもおいしいですけど」


 あたしは、ほかほかの湯気を立てるお饅頭を手でジャグルしながら、それをアズラさんに差し出す。


 「甘い匂いが食欲をそそりますね。いただきまーす」

 「あたしも、いただきまーす」


 パクッっとあたしたちはお饅頭を口にする。


 「おいしい! 皮はふかふかで柔らかくって! 小豆は滑らかなのに粒あん風で!」

 「うん、いい感じ」


 すり潰した小豆と形の残る小豆を混ぜた事で、柔らかい中にパチッっと舌で潰れる食感のアクセントが生まれている。

 それもあるけど、小豆の味そのものが美味しい。

 こりゃ上物だわ。


 「これなら、あのフルコース料理にも勝てます!」

 「いやぁ、このお饅頭だけではちょっと。でも、これは料理対決じゃありません。いかにお客さんを集めるかの勝負。だったら、これと、これでいけると思います」


 そう言ってあたしは一枚の紙をひらひらとさせる。


 「それは?」

 「あたし特製の蓮の実まんじゅうのレシピです。あたしはいずれ現世(うつしよ)に戻りますけど、その後のアズラさんのための物ですよ」


 ここは現世(うつしよ)幽世(かくりよ)の狭間を行き来する幽霊列車。

 それなら、それにふさわしいお饅頭があるはず。

 それが、この浄土風で縁起の良い蓮の実の餡を使ったお饅頭。


 「旅の醍醐味(だいごみ)は、その土地の名産品にありますから。さっ、これでお客さんをバンバン呼んじゃいましょー!」


 そう言うあたしの手をガシッと握り、アズラさんは言う。


 「ありがとう珠子さん! あなたが人の道を間違えてくれてよかった!」


 うん、その言い方はちょっと……

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