幽霊列車とお饅頭(その1) ※全4部
ガタンゴトン、ガタンゴトン
天国のおばあさまお元気ですか。
珠子もいずれはそちらに参るはずなのですが……
プワァーン
汽笛の音が聞こえる。
ここは列車の中、乗員はあたしと数名。
とある方はパシャパシャっと列車内の写真を撮っている。
見るからに鉄ちゃんさん。
車窓から見えるは満点の星。
窓の下に見えるは地上の星。
「みなさま、ご乗車ありがとうございます。次の停車駅をお知らせします」
スピーカーが震え、車掌さんのアナウンスが聞こえる。
「次は~、地獄一丁目~、地獄一丁目でございまーす」
珠子は今、現在進行形でそちらに向かっているところなのです。
◇◇◇◇
事の起こりは三日前……
「お前に暇を取らす。どこへなりとも行くがいい」
「はいっ!? はいいいぃぃぃぃー!?」
黄貴様の突然の解雇通告を前にあたしは錯乱した。
「そっ、そんな!? あたしに何か落ち度でもありましたかー!? 色気が! 色気が足りないからですか!? お望みなら黄貴様のお好きな縄文巫女風のコスプレでお酌でも、何でもしますから! お願いだからクビにしないでぇー!」
「へぇ、黄貴兄の好みって、そんな風だったのか。こりゃまたいい趣味してるねぇ」
ぺしっ
「あうちっ」
黄貴様の掌が軽くあたしの頭を叩く。
「ええい、勘違いするでない。これから『酒処 七王子』の再建工事が済むまで、休暇を与えるという事だ。確か人間の法律に基づいて有給休暇を与えておいたはずだ。それを使うがいい」
有休! その素敵な言葉にあたしの目が輝いた。
働かないのにお金がもらえる!
それが有給休暇! 人類の叡智が生み出した至宝!
あれ? 確かに有休はもらった記憶がある。
だけど、何日だったっけ?
「黄貴様、あたしって何日分の有給をもらってましたっけ?」
「20日与えたはずだ」
あれ? それって……
「黄貴様、それはお間違えになっていませんか? あたしは勤務歴が半年ちょっとなので有給は10日のはずです。20日は6年半勤務を続けた場合にもらえる日数ですよ」
確か労働基準法では、そう定まっていたはず。
「バカか女中は」
あっ、ひどーい。
こう見えても労働者の権利には詳しいんですからね。
元ブラック企業勤めを甘くみないで下さい。
「我の配下の待遇が人間の法律で定まった最低限のはずがなかろう。特に女中は良き働きをしておる。好条件で遇するのは当然であろう」
……ああ、あなたが神か。
……いや”あやかし”の王か。
「あ、あたしが間違っていましたー! あなたの下で働けて幸せです! 珠子は一生、貴方様についていきますぅー!」
感涙のあまり抱き着くあたしに、黄貴様は『ふっ、当然であろう』といったポーズで応える。
「お礼に、黄貴様のご期待に沿うように、縄文から、弥生、平安、戦国、江戸、大正ロマンから現代のミニスカ巫女ナースまで、コスプレ巫女七変化でお相手しますね!」
「いや、それはいい……我の思い出を汚さないでくれ」
そう言って、黄貴様はあたしの献身的な申し出を頭を抱えながら断ったのです。
もう、素直じゃないんだから。
とまあ、そんなこんなで、この有休で何をしようかと考えていた時、あたしはひらめいたの。
”そうだ……京都に行こう”って
◇◇◇◇
『あら珠子はん。えっ、ウチの所へ遊びに来たいって。ええよー、おいでおいで』
そんなこんなで、京都大江山の茨木童子さんに電話して遊びに行く約束をしたのが昨日。
そして、青春18きっぷでのんびりと電車の旅としゃれこもうとして、間違えて乗ってしまったのがこの電車。
どうしよう……酒に酔って旅に出たのがいけなかったのかしら。
でも、旅にお酒はつきものよね。
あるはずのない13番ホーム、そこにやってきた古びた電車。
勢いで乗ったらドアは閉まり、ガタンゴトンと電車は走る、夜空を超えて。
「おや、お若い女の方ですね。あなたもこの列車に」
「あはは……なりゆきというか、勢いというか、間違いで」
あたしに声をかけてきたのはふたりの老夫婦。
「おや、おじいさん。あたしというものがありながら、他の女に目移りですか」
「いやいや、ばあさん。ワシは生涯、お前ひとすじじゃよ」
仲の良さそうな老夫婦。
だけど、あたしにはわかる、この人たちは肉体がなく魂だけだと。
あそこで写真を撮っている鉄ちゃんさんもそう。
やっぱりこの列車はこの世の物じゃないんだろうな。
ふぅ、とあたしは溜息をひとつ。
行先はどこかわからないけど、次の駅が”地獄一丁目”だとすると、京都には寄らないと思う。
まあ、暴れてもしょうがないし、とりあえずは様子と夜景を楽しみましょっと。
ガラッ
「ようこそいらっしゃいましたー! 幽霊列車あの世行き、定刻通りに運行中でーす! アタシがみなさまをあの世までエスコートする死神車掌のアズラでーす。よろしくね、はいこれお饅頭」
列車間の扉を開けて入ってきたのは、ゴスロリ風の衣装を身にまとい、カゴいっぱいのお饅頭に手にした女の子。
服の趣味はあたしとは違う、ゴスロリは嫌いじゃないけど、あたしには似合わないもん。
彼女とはあまり馬が合わなさそう。
「うーん、今日もお客さんは少ないですね。このままだとボーナスの査定が……」
でも、あたしたち気が合いそう!
「あの、ちょっといいですか」
あたしは死神車掌のアズラさんに近づいて言う。
「はい、なんでしょ……えっ!? なんで!? なんで生きている人間がここにいるの!? どーして!?」
白い肌を紅潮させ、つぶらなおめめをグルグルと回し、首を左右に振りながらアズラさんがうろたえる。
うん、それはあたしも知りたい。
彼女はあたしの手首を取り、脈を診る。
あたしは自分の胸に手を当て鼓動を確認する。
ドクンドクンと心臓は鼓動を続け、ほのかに温かい。
手首の脈も正常なはずだ。
「えっ!? やっぱり生きてる!? そんな、何かの間違いよ!」
うん、あたしもそう思う。
間違いであって欲しい。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ー! やっぱり、この子の命数が尽きてない! 間違えちゃったー! うわーん、これ始末書ものだー! なんで! どーして、こんな所にいるのー!?」
「こっちが聞きたいわー!」
あたしたちの意見は合った。
◇◇◇◇
「ええ、はい、はい、そうです命数の尽きていない人間が道を間違えて迷い込んだみたいで……」
死神車掌のアズラさんは、スマホを片手に誰かと会話している。
うーん、死神の世界にもスマホはあるんだ。
「なにやらたいへんそうじゃねぇ。ばあさんや」モグモグ
「そうですねぇ、じいさんや」パクパク
「おっ、お饅頭やないか」ムシャムシャ
「ええ、お供え物の定番ですよね」ゴックン
アズラさんの持ってきたお饅頭を食べながらあたしは待つ。
「でもお嬢さん大丈夫かしら。あなた生きてるんでしょ、ちゃんと戻れるのかしら」
「まあまあ、きっと大丈夫じゃろ。ダメな時はワシが文句を言ってやるでな」
「せやせや、列車は幸せを運ぶ乗り物や。誰かを不幸にするような走り方するようだったら、ワイも一言いったるで」
ああ、この老夫婦も鉄ちゃんさんも良い人だ。
ここは幽霊列車、本来はあの世に向かう魂が乗る乗り物。
生きているあたしが乗ってもいけないし、あの世へ連れていってもいけないらしい。
「えっ!? そのまま折り返しで下りの便に乗せて現世に連れて帰ればいいんですか! 始末書もなし! やったー!」
ほっ、どうやらあたしは無事に帰れるっぽい。
これで一安心。
「あらー、よかったわ。あなたはちゃんと戻れるみたいね。はいこれどうぞ」
そう言っておばあさんはお饅頭のお代わりをあたしに渡す。
そう言って渡されたお饅頭をあたしはパクッ。
…
……
………
うーん、あまりおいしくない。
小豆を煮ただけの餡は粒あんとはいえども、舌触りが悪く、所々でザリッという砂糖の塊を感じる。
皮も硬め。
感触からベーキングパウダーもドライイーストも使っていない。
かといって老麺のような伝来の発酵生地を長年使うような伝統品でもない。
あのおばあさんが饅頭をくれた理由がわかるわー。
だけど、あたしはちょうどお腹が空いていた。
まあ、食べれない味じゃないわね。
そう思いながら、あたしは食べる。
「あらー、いい食べっぷりやね。儂のもいらんか」
「ワイのも食べてくれんか」
そう差し出されたおじいさんのと鉄ちゃんのお饅頭もあたしは食べる。
あれ、電話が終わったみたい。
「あなた、このまま地獄一丁目まで行って折り返すから、そのまま乗っていれば現世に戻れるわ。よかった、始末書無しで済んだわ」
「ふぇ、ふぉかったでふね」
お饅頭で口を満たしながら、あたしは言う。
あれ? またアズラさんの目がグルグルに……
「えええええええぇぇぇぇぇ!? なんで! なんで食べちゃうの!? おなかペコペコピーなの!?」
「大丈夫ですよ。まだ、いっぱいありますから」
カゴにはお饅頭がてんこ盛り。
あたしが、ちょっとやそっと食べた程度じゃ減りはしない。
「なくなるのが困るんじゃないの! 生者が死者の国の食べ物を食べるのがまずいんだって! 神話とかでもちゃんと教えてるでしょ!」
あれ? そう言われてみればそんな昔話を聞いたような……
「ああ、確か、イザナギが死んだイザナミを黄泉の国に迎えに行った時、イザナミは黄泉の食べ物を食べたから戻れないって話がありましたね、おじいさん」
「そうだね、ばあさんや。ギリシャ神話にも似た話があってな、冥界神ハーデスに連れ去られたペルセポネが、冥界の柘榴を4粒口にしたため、1年のうち4か月を冥界で過ごさなくてはならなくなったというエピソードもあるな」
あっ……
次のお饅頭に伸びていたあたしの手が止まる。
「あ、あたしお饅頭をいっぱい食べてしまいました! いやぁー! たーすーけーてー! このまま死後の世界の住人になるなんていやよー! あたしは花も恥じらうアラサーなのよ! ど、どどどど、どどどどどーしよ! どーしましょ!」
「こっちが聞きたいわー! うわーん!」
どうやら、あたしたちはとっても気が合うみたいでした。




