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あやかし酒場と七人の王子たち ~珠子とあやかしグルメ百物語~  作者: 相田 彩太
第四章 加速する物語とハッピーエンド
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産女とパウンドケーキ(その2) ※全4部

◇◇◇◇


 事情は女中が後片付けをしている間に赤好(しゃっこう)から聞いた。

 なるほど、我の居ぬ間にそんな事態になっていようとは。

 みなの判断とはいえ、我に相談されなかったのは少し悲しい。

 

 「難儀だったな橙依(とーい)。しばらくは身体を休めるがいい」

 「……うん、そのつもり」

 「まあ、ホテルには俺っちが送っていってやるからな」


 そう言って、緑乱(りょくらん)橙依(とーい)とその友を連れて街へ向かっていった。

 赤好(しゃっこう)蒼明(そうめい)もそれに続き街に出る。

 とりあえずは適当な宿を取るらしい。


 「黄貴(こうき)様、少しいいですか?」

 「なんだ女中よ。お主の宿の相談であるか?」


 とりあえず、しばらくの間は女中にも適切な宿を確保してやらねばならぬな。


 「いえ、それも重要ですけど、見て頂きたいものが」


 そう言って女中は、かつて台所と呼ばれていた所へ案内する。

 

 「これです。おそらく業務用冷蔵庫の下にあったものです」


 女中が示す先は四角ラインが入った取っ手付きの床。

 ああ、そういえばこんな物も存在していたな。


 「おそらく地下への扉だと思うのですが、勝手に開けていいものかと悩みまして」

 「かまわぬ。案内しよう」

 「えっ!? いいんですか? 何かヤバい物が眠っている秘密の地下室じゃなかったのですか!?」

 「女中は『酒処 七王子』をどう思ってたのだ……」

 「いやぁ、だって”あやかし”酒場ですから……でも、もしかしたらお宝が眠っているとか!? わーい、楽しみー!」


 まあ、金目の物などないのだがな。

 我が母君より受け継いだ神仙の宝物(ほうもつ)に比べたら、この中の物などたかが知れている。

 

 扉はギギィーっと音を立てて立ち上がり、地下へ続く階段が現れた。

 懐中電灯を片手に女中が降り、我も続く。


 「うわー! お宝がいっぱーい! すごーい! すごーい! すごすぎですぅー!」


 地下室はさほど広くはない、ちょっとした小部屋程度だ。

 だが、その壁一面に収納された物を見て女中は小躍りで喜んだ。

 そこに並んでいたのは数多くの酒。

 そう、ここは地下ワインセラー。

 ワインだけでなく、他の種類の酒も数多く保管しておった貯蔵庫だ。

 十年ほど前、大型の業務用冷蔵庫を買った時に入り口を(ふさ)いでしまい、すっかり忘れておった。


 「そこまで喜ぶ物なのか? さほど高級な物はないぞ」

 「そんな事はありません! このワインの数々! ざっと見ただけで今ならプレミアが付いている銘柄もあるじゃないですか! さらにあの瓶は!? あれってサントリーの(タル)売りウィスキー『オーナーズカスク』の初物じゃないですか!?」

 「ああ、物珍しさに一樽買ってみた。一番安いもので50万円程度であったものだぞ」

 

 我の記憶だと高い物は1000万円はしたはずだ。


 「サントリーは昨今、ウィスキーの賞を取りまくりで、原酒不足からこの1994年の物でも超プレミアなんですよ! しかも『オーナーズカスク』は2010年に終了しているので、もう樽買いも出来ないんです!」

 「そ、そうか、まあ良い味に熟成されておればいいな」


 ハイテンションの女中の気に押され、我は少したじろぐ。

 

 「やったー! 宝の山だぁ! 他には……あれ?」


 ガバッと地面に伏せ、女中は地べたに置いてある(かめ)をじっと見る。

 

 「ねえ、ひょっとして黄貴(こうき)様って隠し子がいたりしません?」

 「い、いや、おらぬぞ」


 こやつ、あの子らの事を知っておるのか?


 「しかも、その隠し子って女の子だったりしません?」


 しかも、羽衣(うい)の事を知っておるのか?

 いやいや、そんなはずはない。

 あの子らの事は配下の鳥居たちどころか弟たちにも秘密にしておる。

 女中が知るはずもない。


 「さらに、その女の子が近々結婚したりしませんかぁ?」

 「なんで、女中がそんな事まで知っておるのだ!?」


 口が滑った。


 「あっ、その……今のは忘れよ」


 我ながら情けない言い訳だ。


 「その態度! やっぱり隠し子がいるんじゃないですかー! あたしのトキメキを返せー!」

 「違う違う、誤解であるぞ」

 「ゴカイもミミズもあるもんですか! で、黄貴(こうき)様、どこの()きずりの女を(はらま)ませたんですか!?」

 「違うと言っておろうに!」


 女中の誤解を解くのに1時間を要した。


◇◇◇◇


 「いやー、そうだったんですか。震災で助けた幼子の親代わりをねぇ」

 「弟や他の部下たちには言うなよ」

 「どうしてです?」

 「王は時には非情にならねばならぬ。我が人の情にほだされたと知れば、我に王の資格なしと思うやもしれぬ」

 「えー、あたしは情に流されるの王様の方が好きだけどなー。でもまあ、わかりました。ナイショですね」


 指を唇の前に立てて、女中は我の意見を飲み込んだ。


 「しかしなぜ、羽衣(うい)が結婚するとまでわかったのだ?」

 「羽衣(うい)さんってお名前なのですか。そりゃま、このお酒を見れば女の子がいらっしゃるのだとわかります。結婚はカマかけですけどね」


 そう言って女中が示す先は(かめ)のラベル。

 『女児紅(じょじこう)1995』と書かれてある。


 「これは震災で助けた幼子に金を差し入れした時にお礼として上納された酒であったな。確か中華系の人間で、紹興酒と言っておったが」

 「ええ、この中身は紹興酒です。しかも今や20以上年の熟成を経た上物ですよ」


 ラベルの『1995』が1995年を意味するのはわかる。

 だが、それが羽衣(うい)の結婚を当てた事に繋がらぬ。

 

 「女中よ、この『女児紅(じょじこう)』とやらに何か意味があるのか」

 「ああ、ご存知なかったのですね。『女児紅(ニュウアーホン)』は中国の風習でして、それは女の子が生まれたときにお祝いのもち米で仕込んだ紹興酒を地下で熟成させて、その娘が嫁入りする時に嫁ぎ先に持参するというものです。今では女児紅(ニュウアーホン)はお酒の銘柄のブランド名になっていますが、これは伝統的な方ですね」

 

 コンコンと(かめ)を叩きながら女中が説明する。

 なるほど、あの中華系の親族には我が六人の幼児を助けた話をした憶えがある、その中に女児がいた事も話した。

 それでこの『女児紅(ニュウアーホン)』の(かめ)を上納したのか。

 『嫁入り先に持参すると喜ばれますよ』という意図だったのであるな。


 「女中よ、頼みがある」

 「はい、なんなりと」

 「来週、我が震災より救った子のひとりがハワイで挙式を上げる。フライトを見送るのに相応しい土産を作ってくれるか。そうだな、日持ちする菓子などがよい」


 我の依頼に女中は目を丸くした。

 

 「ん? どうした? 我が何か変な事でも言ったか?」

 「い、いえ……なんだか久しぶりで……無茶振りじゃない普通の料理のお願いをされるなんで思ってみませんでした」


 よよよ、とばかりに女中が涙を(ぬぐ)うポーズを取る。

 ボーズだ、泣いてはおらぬ。


 「……そ、そうか苦労をかけたな」

 

 いったい弟たちは女中にどんな難題をふっかけたのであろうか。

 そして我は数分後にその答えを()ることになる。

 

 「ねー、聞いて下さいよ黄貴(こうき)さまー。まずは鬼畜眼鏡が……」


 女中の愚痴大会が始まったからだ。


◇◇◇◇


 「黄貴(こうき)様、お貸し頂きありがとうございました」


 我は女中よりスマホを受け取る。

 なんでも、土産用の菓子を作るのに羽衣(うい)に聞きたい事があったらしい。


 「そうか、聞きたい事は聞けたか?」

 「はい、好みやアレルギーの確認が取れました。万事(ばんじ)オッケーです」


 そう言って女中は指でOKマークを作る。


 「では頼んだぞ」

 「お任せ下さい。たとえガスがなくても、極上のお菓子を用意してみせます」


 『酒処 七王子』は壊滅したが、蔵と一部の調理器具は残っておった。

 あとは女中のお手製の石積みの(かまど)


 『これだけで調理できるのか? なんならキッチン付きのウィークリーマンションを手配するぞ』


 そう我は言ったのだが、


 『この物入りの時にそんな無駄遣いは出来ません! 料理その他もろもろはこのあたしにお任せ下さい!』

 

 女中は自信たっぷりにこう応えおった。

 最近はその自信たっぷりの笑顔が頼もしく見える。

 我が頼もしく思う者など、以前は誰もおらなんだ。

 ”王は孤高にして一人”

 それこそが、我を動かす原動力であった。

 どんな菓子が出来上がるのだろう。

 我が期待に胸を(ふく)らますなぞ、神代以来である。

 我も少し変わったものだな。

 口の端が少し上がり、笑みが浮かんだ。


◇◇◇◇


 『成田発ホノルル行19時発の……』


 空港に着くと案内のアナウンスが聞こえた。


 「いよいよ門出の時だな羽衣(うい)

 「ええ、あなたもこれで清々(せいせい)するでしょ」


 我は挙式兼ハネムーンへの出立の見送りに来たわけだが、羽衣(うい)の言葉には相変わらず棘がある。

 我は羽衣(うい)にそんなに嫌われる事をした憶えはないのだが。


 「羽衣(うい)よ。何か我に言いたい事でもあるのか?」

 「あるけどないわ」

 

 わけがわからぬ。

 おそらく言いたい事があるのだが、言いたくはないのだろう。

 ならば、王たる者は寛容な精神で下々の声を聞かねばならぬ。


 「今日はめでたい日だ。羽衣(うい)が何を言おうと(とが)めはせぬ。一物(いちもつ)を抱えたままでは心も重かろう。我に吐き出すがいい」


 うむ、今の物言いは王者っぽかったぞ。

 

 「じゃあ、言わせてもらうけど。なんで私を捨てたの父さん(・・・)


 はい?

 意味がわからぬ。


 「どうして私を捨てたのかって聞いてるの!? お金さえ渡せば絆が結べるとでも思ったの!?」

 「ちょっ、ちょっと待て羽衣(うい)。何か勘違いをしておらぬか?」

 「勘違いなんてしていない! 施設の先生との話を聞いたの! あなたが父だって!」

 

 羽衣(うい)の声に周囲の注目が集まる。

 衆目の視線を浴びるのは王としては当然の事であるが、シチュエーションというものがある。

 若い女に半泣きで怒鳴られているシチュエーションは我の望む所ではない。


 「あー、やっぱりトラブってた。みなさーん、こちらですよー」


 おお! その声は女中! 

 荷物持ちとして連れて来たが、『野暮用がある』とやらで居なくなってしまったが、戻ってきたのか。

 ん? みなさんとな?


 「舞衣(まい)! 温美(あつみ)! 冬花(とうか)! 幸明(こうめい)! 天佑(ちんよう)!」


 羽衣(うい)が声を上げる。

 我もその顔と名に憶えがある。

 女中の横に見えた一団は、あの冬の日、厄災の中から我が救い出した赤子の成長した姿だった。

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