件憑き(くだんつき)と牛テールスープ(その1)※全7部
もし君が、このノートを見て、同じ状況に陥っていると感じたら、最後まで読んで欲しい。
君が避けようとしているのは”死”。
それは避けられない”死”だろう。
同じ状況の可能性、それは予言、ループ、未来からの来訪、そしてやり直しと多々。
君が”死”を避けるため、何度も挑戦しているのか、それとも君はまだ1周目なのか、僕にはわからない。
7月12日、僕は死の予言を聞いた。
7月13日、僕の大切な人が死んだ。
僕はその死の運命を変えるために『あの日をもう一度』で7月12日と7月13日を何度もやり直している。
だけど、僕の妖力はもう限界。
だから、妖力の全てを、ううん、僕の持つ全てをこの最後の1周に賭ける。
もし、僕が彼女を”死”の運命を変えれず、僕も”死”に敗北したならば、このノートをSNSなどで拡散して欲しい。
いつしか、人類の叡智が理不尽な”死”に勝利することを僕は望む。
僕の名は橙依。
時を駆ける挑戦者。
◇◇1周目◇◇
キーンコーンカーンコーン
鳴り響くはお昼の鐘。
この”あやかし”と人間が通う『あやをかし学園』にも当然お昼の時間はある。
たとえ今が期末テストを終え、短縮授業の期間でも。
午後の授業は無し、あとは帰るか、お弁当を食べて帰るか、学食で食べて帰るかだけ。
「おお、橙依殿、これからお昼でござるか。ならば拙者と一緒に」
「ふっ、今日はいい天気だ。こんな日は屋上で鍋焼きうどんでも食べるのがいい。そう思ってるだろ、橙依は」
僕に声をかけてくるのは渡雷 十兵衛、と佐藤 李。
正体は”あやかし”、雷獣と覚
「……わかった、行こう」
こんなやり取りで、僕たち4名は屋上への階段を上る。
誘われないのに付いてくるのが天野 孔雀。
彼は、誘うと付いてこない、天邪鬼だから。
キキィーと鋼鉄の扉が音を立てる、それは屋上への入り口。
僕たちは持参したものを広げ、そして食べる。
「おっ、天野殿と橙依殿は手作り弁当でござるか。うまそうでござるな」
茹でただけのトウモロコシをボリボリかじりながら語りかけてくるのは渡雷。
「……おいしい」
「こんなん、ちっともうまくない」
僕のお弁当は手作り、珠子姉さんの。
天野の弁当は……原田さんの手作りかな?
「おいおい、お前たちはお熱いねぇ。でもこっちも負けてないぜ」
そう言いながら、佐藤が食べているのは……鍋焼きうどん。
持参したポータブルコンロの上でグツグツ音を立てている。
「お前たち『夏空の下で食べる鍋焼きうどんは暑くないか』なんて思ってるだろう? わからないかなぁ、熱くて暑い、熱暑なのがいいのさ」
ゴールデンウィーク明けに、佐藤が転校してきた時にもっていた彼の悩み、『相手の思っている事を口にしてしまう習性』。
それを逆手に取って、比較的自然に見えるように、彼を中二病に仕立て上げたきっかけを作ったのが珠子姉さん。
あくまでも比較的。
「みんな知ってるか”メメント・モリ”って」
鍋焼きうどんをフーフーさましながら、何の脈絡もなく佐藤が口を開く。
「おい渡雷、お前『まーた始まったでござるか。佐藤殿の中二名言集が』って思っただろう」
「毎日聞かされていれば、そう思うようになるでござるよ。で、その意味は何でござるか」
「”メメント・モリ”はラテン語で『死を忘れるな、死はいつもそこにある』って意味さ」
へーそうだったのか、またひとつ賢くなってしまった。
佐藤は意外と勉強熱心、おかげで僕の中二力もパワーアップ。
こんな風に僕はお昼を食べる、友達と一緒に。
たまに原田さんも合流する。
原田 椎さんも僕の友達で天野の彼女。
天野は『あいつは彼女じゃない』なんて言ったりするけど、原田さんは『それじゃあ、恋人ってことですね!』なんて返しをする、お似合い。
食事が終わると、僕たちは帰路に就いた、今日は短縮授業。
そして人気の無い川沿いの土手で僕は彼女に出逢った。
いや、一方的に声を掛けられた。
「あなたが『酒処 七王子』の人ね」
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こいつが全ての元凶。
その姿は牛の角の生えた人間。
茶色のジャージに白いズボン、そして爆乳。
うっすらと金色がかった茶髪で、長いまつ毛とパッチリとした目。
特徴的だから、遭遇したらわかると思う。
この時、僕はこいつの正体を知らなかった。
後に3周目で知る事になる。
こいつの正体は件憑き。
予言をもたらす件をその身に宿した人間で、一説には牛女とも噂される”あやかし”。
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「……そうだけど」
見知らぬ人に声を掛けられるなんて稀。
僕はそう思ったけど、言葉にはしない。
「あの店の珠子って人が明日の11時に死ぬわ、それじゃあ」
そういって彼女は踵を返す。
はい?
こいつは何を言っいてる!?
珠子姉さんんが死ぬ!?
「……ちょっ!?」
僕が声をかけた時、彼女の姿は遠い豆粒となって消えていった。
◇◇◇◇
なんだったのだろう、彼女は。
僕はそう思いながら、カランと玄関の扉を開ける。
「……ただいま」
「おかえりなさい橙依くん。あれ? どうしたのかな? ちょっと浮かない顔してるけど」
僕の顔を見て、珠子姉さんが言う。
「……なんでもない。それより珠子姉さん、体の調子が悪いとかない?」
「あたし? どこも悪くないわよ。むしろ体調が良いくらい」
珠子姉さんの顔は元気そう、少なくとも病気や過労で死ぬ事なんて考えられないくらい。
「……ならいい」
そう言って僕は二階の自分の部屋に戻る。
下の階の店舗からはいつもと変わらない、ちょっとした喧騒が聞こえている。
カラン
「うぃーっく、お嬢ちゃん、今、帰ったぜ」
扉の開く音がして、聞こえて来たのは緑乱兄さんの声。
「おかえりなさーい」
「はいこれ、四国土産」
「うわーっ、これ三芳菊の『等外ワイルドサイド』じゃないですか。やったー!」
「さすがにお目が高いねぇ、お嬢ちゃん知ってるかい?」
「知ってます、知ってます、これは本来なら純米酒を名乗れると言っても過言ではないのに、ほんの少し粒の小さい物や未成熟のお米が混じった山田錦の等外米を材料に使ってるので、普通酒を名乗っているんですよね」
「さっすが、お嬢ちゃん、わかってるぅ」
「これなら、うちの神様にピッタリですよ」
珠子姉さんと緑乱兄さんは仲がいい。
それは、緑乱兄さんの旅先のお土産のせい。
いいなぁ、僕も夏休みになったら旅行しようかな。
昼のジャージ女の言葉は気になるけど、気にしてもしょうがない。
だから、僕は寝る事にした。
◇◇◇◇
「……おはよう赤好兄さん」
「ういーっす」
翌朝、僕は赤好兄さんと階段ですれ違った。
「……珠子姉さんは?」
「ん、さっきまで台所で飯作ってたぜ。そろそろ寝る頃じゃないかな」
その言葉を聞いて、僕が向かうは台所。
彼女の言葉は根拠のない妄言だと思う。
だけど、気になるのも確か。
「……珠子姉さん」
「なあに、お弁当ならそこよ」
「……今日のお昼ごろ、外出の予定ある?」
「昼前に駅前まで買い物に行くけど」
「……車や通り魔に気を付けて」
僕の忠告に珠子姉さんは一瞬ぎょっとした。
「わかったわ、気をつける」
ちょっと真剣な声で珠子姉さんはそう言った。
本当は一緒に行きたいけど、僕は学校に行かなくちゃ。
「ショッピングピンクな珠子さん、君も駅前に買い物かい。俺もちょうど買い物があってね。一緒に行こうぜ」
僕の後ろから誘いの声をかけてきたのは赤好兄さん。
「あら、そうですか。じゃあ……ご一緒しましょうか」
「おっ、いい返事。それじゃあ、10時にここを出ようぜ」
「はい」
赤好兄さんが珠子姉さんを誘うのは、ちょっともやっとするけど、今は少し安心。
「じゃあ、僕は行くね」
「いってらっしゃい」
「おう、いってきな」
お弁当の包みを手に取り、僕が通り抜けるのはふたりの隣。
その時、
「ありがとな」
赤好兄さんのボソッと呟く、そんな声が聞こえた。
◇◇◇◇
ヴィーンヴィーン
それが来たのは唐突。
午前の授業の終盤に震える携帯。
嫌な予感。
「……はい」
「橙依か、落ち着いて聞いてくれ……珠子さんが死んだ」
視界が暗転。
耳元で何かが聞こえてくるけど、僕の耳には何も残らない。
これは何かの間違い。
きっと、赤好兄さんが混乱しているだけ。
「……お、おちついて兄さん。今どこ? そう、中央病院……」
僕は妖力を集中させ、空間と空間を連結。
ヒュンと音がして、僕は薄暗い部屋に転移した。
壁は白く、窓は換気用がひとつあるだけ。
その部屋の中心に、珠子姉さんが居た……いや、安置されていた。
顔は白く、体は動かないピクリとも。
寝ているような胸の動きも皆無。
「よう、早かったな」
暗い顔をした赤好兄さんが僕に語りかける。
「何があったの!?」
何をやってたんだ僕は。
昨日、変な女から言われたじゃないか。
嫌な予感もしていたじゃないか。
どうして赤好兄さんだけに任せちゃったんだ、僕は。
「俺にもわからねぇ。普段通りに買い物をして、帰る途中、珠子さんの『うっ』っていう声が聞こえたかと思うと、彼女は道に倒れていた。最初は冗談だと思った、でも呼吸も心臓の鼓動も無く、慌てて救急車を呼んだ……気が付けば、このザマさ」
そう言ってうなだれる赤好兄さん。
「死因は急性心不全だってさ。医者の野郎がそう言ってた。な、なあ、橙依。お前、以前、過去に戻って珠子さんのアルバムを火事から救ったよな。過去に戻る術を持ってたよな。だったら、これも何とか出来るよな? なっ!?」
椅子から崩れるように床に膝を着き、少し赤く腫れた目で赤好兄さんが僕の腕を掴む。
そう、僕には『あの日をもう一度』がある。
24時間前に戻り、一日をやり直せる術。
事前にわかっていれば、急性心不全なんて怖くない。
AEDでも、救急車でも、ううん、隣に医者だって準備できる。
「……大丈夫、任せて」
僕は言った、自信たっぷりに。
そして僕は『あの日をもう一度』で過去に飛んだ。
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この時の僕はバカだった。
その時の僕は愚かだった。
『いざとなれば、僕ひとりでもハッピーエンドに持って行ける』
そんな根拠の無い自信と自負を持っていた。
それが大きな間違いだとは気づかずに。
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