雷獣とポン菓子(その4) ※全4部
「あたしたちの勝利ですね! イエーイ」
「……イエーイ」
「いえーい、でござる」
「ほいさ」
夕立ちはあがり、雨上がりの土の香りが流れ出す中、俺たちは勝利のハイタッチを決めた。
「おめでとうございます。さて、それでは種明かしをして頂きましょうか。さっきの轟音は何の音ですか? 鐘や太鼓では到底出せないような音でしたが」
蒼明の集中力を奪ったのは雷にも似た轟音。
その音源は俺たちの居た所から発せられた。
「その正体はこれです! じゃーん! おひとつどうぞ!」
そう言ってお嬢ちゃんが見せたのはカリカリ、ふわふわ、サクサク、そしてアツアツの一品。
「ふむ、これはどこかで見たような……、ではひとつ食べてみましょうか」
カシュ
「これは……香ばしくて、甘くて、おいしいですね。トウモロコシのポン菓子ですか?」
「はいっ、そうです!」
そう、お前さんの言う通り、これは雷獣の大好物のトウモロコシのポン菓子さ。
パフとも言うねぇ。
「しかも、これはこの前に食べたものより格段に美味でござる!」
「……熱々の黒糖風味」
お嬢ちゃんの持つ皿に横から手が伸びる。
もちろん、その手の主は勝利者のふたりだ。
「これは出来たてですから! 料理では出来立てが美味しいのは常識ですが、ポン菓子は特にそうです! ですよね、おじさん」
「ああ、ポン菓子は常温でも十分うまいが、出来立ては香りと味がまた格別でな。昔はよくこいつで実演販売をしてたのさ」
そう言っておじさんは、こいつのハンドルをぐるぐる回す。
「こいつの正式名称は『穀類膨張機』って言ってな。ようするに円筒形の圧力鍋さ」
おじさんの手で回転する円筒形の窯が炭火で熱せられていく。
「現代では炭火ではなく、ガスや電熱タイプもありますよ。圧力計も付いていますね」
「だけど、昔はそんな物は付いていなくてなぁ、勘でやらなきゃいけなかったんだよ。おっ、頃合いかな」
おじさんは、炭を取り出し、次に弁でしっかりと栓がされた口に円筒の袋状の金網を装着する。
「今、釜に入っているのはお米ですよ。さあ、それじゃあ今度は橙依君にやってもらいましょうか。はい、木槌」
「……僕?」
「ええ、勝利の記念にどうぞ。楽しいわよー」
そりゃお嬢ちゃんにとっては、美味しい物を作るってのは何よりも楽しい事だろうさ。
でも、橙依くんにとってはどうかねぇ。
こいつはどちらかと言えば、大人しいタイプだから。
「……わかった、やってみる」
おっ、勝利が心意気を変えたのか、珍しくやる気になってるじゃないか。
「……いくよ」
そう言って、橙依くんがハンマーで弁の部分は打ち叩く。
カチン
ドゥォオオーーーン!!
ズシャー、パラパラパラパラ
釜の蓋が空き、轟音と蒸気を伴って、お米が金網に飛び出した。
「はい、見事に成功です。お米のポン菓子、パフライスのでっきあがりー!」
「そうです、この音で私の気が削がれたのです。珠子さんはともかく、緑乱兄さんの術かと思って」
もうもうと上がる蒸気に目を曇らせながら、蒼明が言う。
「へっへーん! あたしたちを非戦闘要員と侮ったのが敗因ですね。このポン菓子は米や麦、トウモロコシといった穀物を圧力釜で10気圧くらいまで加圧して、それを一気に開放! そうする事で、食材の水分が一気に膨張と放出され、このサクサクと膨らんだパフにしちゃうんですよ」
ポン菓子が出来上がる説明をしながら、お嬢ちゃんが金網を持ち上げ、その中身をお玉で掬って皿に盛る。
おっ、上手く出来てるじゃないか。
「それじゃあ、今度はゴマ塩を振って、塩味にしましょう。ポン菓子と言えば甘い味付けですが、塩っけもいけるんですよ」
パラパラとゴマ塩がふられた米のポン菓子がおじさんたちの前に出される。
よしっ、それじゃあ頂くとするか。
「おお、拙者は米も好きでござるよ。日本妖怪でござるからな」
「……これもきっとおいしい」
「そうですね、少し汗をかきました。塩分を補給させて頂きましょう」
サクッ、サククッ、サクククククッ
ポン菓子を入れた俺たちの口から音楽にも似たハーモニーが生まれた。
「おおっ! これは美味! 食感と米の甘味に中にゴマ塩の塩味が効いていて」
「……やっぱりおいしい」
「米と塩味のおかずの相性がいいのは知っています。ですが、予想通りとはいえ、この味は上等と言えますね」クイッ
おじさんも、このポン菓子の行商をしていた時、こいつを何度も食ったよ。
でも、やっぱり、出来立て食うと格別だね、飽きなんて全然来なかったぜ。
「ときに蒼明、ちょいと聞きたいんだが」
戦いの後はノーサイド。
スポーツの試合の後にも似た和気あいあいの雰囲気の中、俺はあえて蒼明に尋ねる。
「なにをですか?」
「どうして、あんな挑発めいたことをしたんだい?」
先日の『酒処 七王子』でのひと悶着、俺はあの中にどうしても違和感を覚えずにはいられなかった。
後でこっそり聞いてもいいが、あえてここで聞くべきかもしれないねぇ。
俺はそう思って聞いたのさ。
「気づいてましたか」
「気づかないでか。お前さんは意味の無い行動はしない、いや意味のある行動しかしないやつだからな。まったく、めんどくさいヤツだぜ」
「フッ」
めんどくさいヤツ、その言葉を聞いて、こいつは鼻で笑いやがった。
「失礼、あまりにも思考回路が似ていたもので。そうですね、あえて言うなら、橙依君に予行練習をさせたかったって所でしょうか」
「……予行練習?」
橙依くんは怪訝な顔をしているが、俺は合点がいった。
なるほどね。
「ええ、予行練習ですよ。先日、私は彼の事を『女々しい』と言いましたが、実は私は彼が大切な者を守るために、覚悟と勇気を持って立ち向かえる男だと思っていました」
「えー、それだったら、あえて挑発なんかしなくてもよかったんじゃないですかー、蒼明さんちょっと意地悪ですよ」
お嬢ちゃんの言い分ももっともだねぇ。
「ですが、私は『練習で上手くいかなかった事が、本番で初めて上手くいく』なんて思うほど楽観的ではありません。ですから……、そうですね……、ちょっと意地悪だったかもしれません。すみませんでした」
そう言って、蒼明が頭を下げる。
こいつが一日に二度、頭を下げるだなんて初めて見たかもしれないねぇ。
「……いい、もう気にしてない」
先日の険しい顔とは売って変わって、いつもの表情になった橙依くんが言う。
だけどね、おじさんの目は、お前さんのほんの少し嬉しそうな態度も捕らえているのさ。
「理由はもうひとつあります。最近、東北の”あやかし”に何やら不穏な動きがあります。私が側に居れば、どうとでもなりますが、不在の時の備えといった所でしょうか」
「おお! 拙者も聞いた事がある! 何やら強大な”あやかし”が蠢いておると」
へぇ、そいつはちょっときな臭いねぇ。
しばらくは東北へ旅をするのは止めとこっと。
「それにしても予想以上でしたよ。橙依君がコピー能力を持っているのではないかと思ってましたが、本当に持っていたとは。コピーの条件は、相手の心を読むといった所ですかね」
”心を読む”、その言葉を前に俺たちの顔が硬直する。
「……知ってたの!?」
「気づいてござったのか!?」
「ご存知でしたのですか!? 橙依君に心を読む能力があるって事に!?」
そう言うふたりの問いかけに、出来のいい弟ははクイッという眼鏡を直すポーズで言葉を続けたのさ。
「いいえ、今のはカマかけです。なるほど、予想は的中でしたか」
「ひどーい、あたしたちをダシに使ったのですか」
「ええ、無条件にコピー出来るのなら、もっと能力のバリエーションは多いでしょう。少なくとも、もっと自信満々になるくらい。また、相手の技を見たり喰らって覚えるタイプのコピー能力なら、橙依君の体は傷だらけになっていてもおかしくありません。ならば、心を通じて能力の使い方を読み取るタイプのコピー能力だと予想しました。だから心を読む能力があるのでは、とカマをかけてみたのですよ」
蒼明の言葉に俺たちは口を丸く開けて、ただ感心するしかなかった。
ホント、出来のいい弟ってのは困るねぇ。
「ぬぬう、全て兄上殿の掌の上で踊っていたという事でござったか」
「……ちょっと悔しい」
あれ、勝利者のふたりの意気を消沈させちまうなんて、ちと悪い事をしちまったかな。
「で、でもこれでご兄弟で3人目ですよ。その事に気付いたのは」
人間だとお嬢ちゃんが初めてだけどね。
「そうですか」
「これを機に蒼明さんも、橙依君に心を読ませたらどうですか。そうすれば、蒼明さんと橙依君はもっと仲良くなれますよ!」
お嬢ちゃんが、ねっ、ねっ、と熱烈に訴える。
絆が深まるとか、一致団結して東北の”あやかし”に立ち向かえるとか、色々な理由を言いながら。
きっと、おじさんたち兄弟に、もっと仲良くなって欲しいんだろうね。
いい娘だねぇ、兄弟たちが気に入るのも無理ないねぇ。
橙依くんも期待の眼差しで、蒼明を見つめる。
でもな、おじさんは知ってるぜ、こいつは、そういうタマじゃないのさ。
「お断りします。私の心は私だけのものです」
ほらな。
だけど、ここで終わらないのが蒼明の男気って所さ。
「ですが、私が橙依君のことを家族として大切に想っているのは本当です。ですから、次に貴方が身に着けるべき術は”嘘感知”でしょう」
心が通じなくても、ちゃんとした言葉で、心を伝える事が出来る、疑うのなら、それを看破する術を身に着けなさい。
そんな意味を言葉に込めて、このイケ弟はクイッとメガネを直したのさ。
「……わかった。がんばる」
そして、素直なのがこの弟の素敵な所さ。
きっと、こいつなら、簡単に”嘘感知”を身に着けられるだろう。
危なっかしくはあるけどね。
「あーよかった。ちょっと兄弟のいざこざはあったけど、これで晴れてハッピーエンドですね。文字通り、雨降って地固まるってな具合に」
ああ、お嬢ちゃんの言う通り、ハッピーエンドさ。
「ところで、橙依君って心を通わせた相手の能力を使えるって話よね」
「……そう」
「だったら、あたしの能力も使えたりしない? それだったら、お料理のお手伝いとかも捗るわー」
ふたり居れば、作れない物も作れる、いっぱい作れる、そんな期待を込めてお嬢ちゃんは言う。
でもね、世の中はそんなに甘くないのさ。
「……出来ない。僕がコピー出来るのは超常の特殊能力や術だけ。修練で身に着けた技はコピーできない。それはもっと上位のコピー能力」
ほらな。
「そっか。じゃあ、あたしがメイド服になって『おいしくなーれ、らぶ、らぶ、きゅん!』って言うとお料理がおいしくなる特殊能力はコピー出来るってことね!」
ブボッ
想像の斜め下をいくお嬢ちゃんの発言に俺たちは吹きだした。
「……ごめん、その妄想はちょっと」
「アラサーという年齢を考えて下さい」クイッ
「これまた面妖な!」
「ひどーい、せっかくあたしが冗談を言って場を和ませようとしたのにー」
笑いながらそう言うお嬢ちゃんの声に、俺たちはハハハと笑ったのさ。
うん、お嬢ちゃんはいい娘だね。
いつも笑顔とハッピーエンドを目指して頑張ってる姿は、おじさんも応援しているよ。
だからね、今のはね、冗談だよね?
自分に『おいしくなーれ らぶ、らぶ、きゅん!』で美味しくする能力があるなんて、本気で思ってないよね!?
なあ、橙依くん、どうしてお前だけが乾いた笑いをしているのさ。




