飯食い幽霊とバースデーケーキ(後編)
◇◇◇◇
テーブルいっぱいのお料理は、すぐになくなっちゃった。
ボクや橙依おにいちゃんも食べたけど、ほとんどは飯食い幽霊が食べたんだよ。
「きらいなものがあったりしたけど、今日はゴージャスだった! うめえうめえ」
「ふむ、この程度をゴージャスと言うとは、聞いていた通り、子供のようだな」
黄貴おにいちゃんが、ちょっといばりんぼに言う。
「えー、ボクたちは子どもじゃなによ、もう大人だもん」
「ボクたちをバカにすると黄貴くんに言いつけちゃうぞ」
それを聞いて黄貴おにいちゃんはフハハとひとわらい。
「我がその黄貴だ。さあ、存分に言いつけるがいい」
「えっ、そうなの? どーするみんな」
「へへーんだ、俺、黄貴よりもーっとえらーいやつを知ってるもんね。そいつに言いつけるから。えらーいやつだよ。もっとえらーいやつ」
あわてて、飯食い幽霊たちが言いわけをする。
「我より偉いやつか、ふふん、まあよい、我が城に来たならば、精一杯のもてなしをするのも、また王道!」
パンパンと黄貴おにいちゃんが手を叩く。
「はーい、おまたせしました。デザートのケーキです」
トレイにのってケーキのとうじょう。
まん丸でちっちゃなホールケーキがたっくさーん。
その上にはローソクがずらり。
「うわー、丸ごと!」
「イチゴのケーキだぁ!」
ポンッ
おにいちゃんたちがビールのビンを開ける音がひびく。
そして、コポポポポとジョッキに注がれる音。
「さっ、ビールでお祝いしましょ! 君たちの誕生日を!」
「えー、ボクは今日はおたんじょう日じゃないよ?」
「それに、ビールはまだのんじゃいけないんだよ。大人にならないと」
「いいんです。これは今まで祝えなかった分もまとめてのバースデーケーキですから。それにこの”こどもびいる”はビールなのにアルコールゼロ! とってもおいしい大人の味なんですよ」
そうおねえちゃんが言うと、ジョッキが浮かび、中の”こどもびいる”がクピピと消えていく。
「ほんとだー、おいしー! りんごあじー!」
ボクもいっしょにクピピ。
シュワシュワの泡とアップルのあまーい味がおくちに広がる。
「おいしー、ボクこれ好きー」
ボクはあまーいお酒も好きだけど、あまーいジュースも好きなんだ。
「まったく、乾杯を待てぬとは、やはりお子様だな」
そう言いながらも黄貴おにいちゃんはシュポッポンポンッっとビンのせんをぬき続ける。
「……やっと行き渡った」
「そうみたいですね。それじゃあ、紫君、ケーキの仕上げをお願い」
「ハーイ」
ボクはおねえちゃんのお首にちゅっ。
あれ? ちょっと変な味。
ま、いっか。
そしてボクはケーキのロウソクに火をつける。
その火種は今、吸ったおねえちゃんのエネルギー。
そして、ボクたちは歌いはじめた。
ハッピバースデートゥユー ハッピバースデートゥユー
これがおねえちゃんが出した答え。
昨日のみんなが大好きで、みんなが満足する食べ物。
それがバースデーケーキ
準備の時、おねえちゃんが言っていた。
◇◇◇◇
「あの飯食い幽霊の正体、子供の集合霊って話なんですけど、そのみんなが望んだ物ってひとつしかないと思うんです。子供って『早く大きくなりたい、大人になって今までと違う事がしたい、大きくなれば出来なかった楽しい事が出来るようになる、明日は何ができるかな、明日は何をしようかな』そんなハッピーエンドな気持ちで眠りにつくじゃないですか」
おねえちゃんも小さい時の事を思い出しているのかな。
ちょっと何かを思い出すような感じで、そう言ったんだ。
「”こどもでいたーい、ずっとトイザンマイ好きー”なんて大人の押し付けだと思うんですよね。『明日はもっと大きくなって新しいおもちゃで遊びたい』そんな変化と成長を夢見るのが子供だと思うんです」
「ふむ、人の子とはそういう考えなのか」
「……わかる、僕も同じ」
「うん、ボクもそーだよ。明日はきっと今日より楽しい一日になると思うし、そーしたいもん」
「だから、バースデーケーキなんです。不幸にも事故で死んだ子供も、病院で次の誕生日を待ち続けて死んだ子も、虐待を受けてそれに憧れを持ったまま死んだ子も、みんなが望んだ成長の記念、それを出せばみんなが満足するんじゃないかって。いえ、そうでなくても、あの子たちが望んで届かなかったバースデーケーキを出したいんです、いや! 出させて下さい!」
そう言って、おねえちゃんはペコリとおじぎをしたんだ。
ボクはもちろんさんせい。
そして、おにいちゃんたちも。
「食事についてはは女中に任せる。我が口を挟む道理はない」
「……うん、きっとうまくいく」
「がんばろー!」
そしてボクたちは”飯食い幽霊”たちへのおたんじょう日会のじゅんびを始めたんだ。
◇◇◇◇
ハッピバースデートゥユー ハッピバースデートゥユー
歌が聞こえる。
おたんじょう日の歌。
「えー俺のたんじょう日はちがうよ」
「今日じゃないよ」
「いいえ、いいんですよ。これは今まで祝えなかった分ですから。遅れてしまってごめんなさい。その代わり、いーっぱい食べて下さいね」
ハッピバースデートゥユー ハッピバースデートゥユー
「そっか、おくれちゃったぶんか」
「うん、そーだねー、いっぱいたべよっか」
みんなの気配がたくさんのケーキにあつまっていく。
「さあ、みなさん、ロウソクの火をふぅーですよ」
ハッピバースディ ディア みなさーん
「「「「「「ハッピバースディ トゥーユー」」」」」」
パチパチパチパチパチ
ロウソクの火が消え、命の光がみんなの胸に。
「いただきまーす」
パクパクッとケーキが消え、そして胸の光が窓をぬけて、お空へのぼる。
「ありがとう、おねえちゃん」
「おいしかったです」
「いっぱいたべれたよ」
「おさかなも、にんじんも、とーってもおいしかった」
「みなさん、さようなら」
「「「「「「ごちそう、さまでした」」」」」」
そう言いのこして、”飯食い幽霊”は、みんなは消えていった。
◇◇◇◇
おねえちゃんはお部屋のおかたづけ。
橙依おにいちゃんはそのおてつだい。
黄貴おにいちゃんは、えっへんとおいすにすわっている。
ボクはまどべでお月様に向かっていく、あの子たちの光をみている。
チリン
「やっぱりいた」
窓の外には、あのイヤなやつ。
「あの子たちが気になってな。しかし見事だった」
「とーぜんだよ。ボクとおねえちゃんが、がんばったんだもん」
「そうか、しかしなぜ、あの”飯食い幽霊”を拙僧が強引にゆくえに導くのを止めたのだ。一刻も早く輪廻の輪に戻してやる方がよかろう」
慈道がボクに問いかける。
バカだね、そんなこともわからないの。
「きまってるじゃん。この世の最後の思い出が”ジジイにぶんなぐられた”なんてイヤだもん。それよりもおいしいお料理とパーティだったほうが、ずーっといいもんね」
「フハハハハ」
「あー、わらったー、やっぱイヤなやつ」
がんばったボクたちを笑うなんてダメなんだよ。
先生もそう言ってるもん。
「いやいや、すまぬ。これはお主たちが正しい。そうか、今世の最後が良き思い出である事は重要じゃな。いやはや、この年になって教えられるとは思わなんだ。いや、愉快愉快」
慈道は口をおさえて、まだクスクスと笑っていた。
「それよりも、なんであんなことをしたの?」
ボクがおねえちゃんから吸った時、ちょっと変な味がした。
いつもとは違う、ちょっとヤなにおい。
あれって、かれーしゅうってやつかな。
「ああ、あの燈火に地蔵菩薩様の加護を与えておいたのだ。昼に珠子殿の体にちょっと法力を込めてな」
そう言って慈道は天にのぼっていく光をさす。
「あの子らは、これから賽の河原で石積みをして泣く事になる、地蔵菩薩様が救いにくるまでな。じゃから、地蔵菩薩様が見つけやすいように目印を付けたのじゃよ。なあに、地蔵菩薩様は仕事が早い、鬼よりも早くお救いになられるじゃろて」
「ふーん、ボクむずかしいことはわかんなーい」
「ふふっ、永遠の存在である妖怪たちとは、ちと縁遠い話であったの。では、またな、優しい導き手よ」
お空のまん丸お月様に向かって飛んでいた光が、ふわりと消えた。
◇◇◇◇
「やったね! あの子たちはみんなゆくえにいったよ!」
「そうか、見事であったな。後でみなに褒美を取らそう」
そう言って黄貴おにいちゃんがカッカッとわらう。
「やったあ! これで万事ハッピーエンドですね! さて、それじゃあ、手伝ってくれた良い子たちにも、ごほうびでーす!」
そう言っておねえちゃんが台所から持って来たのはイチゴのホールケーキ。
「念のための予備を用意していたんですよ。これをみんなで食べましょう!」
「わーい!」
「……体のいい在庫処理」
橙依おにいちゃんはそう言うけど、ボクはケーキが食べれてしあわせ。
「さて、このネームプレートですが、やはりバースデーケーキですので、お誕生日が一番近い方の名前を書きましょう! みなさんのお誕生日はいつですか? ちなみにあたしは11月11日です!」
ハーイと元気よく手を上げるおねちゃんだけど、実はボクは自分のたんじょう日をしらないんだ。
ちょっとイジワルだよね、ぷんすかぷん!
「あれ? どうしたんですかみなさん?」
「ふむ、女中よ。そのなんだ……我らの誕生日を教えるわけにはいかぬのだ」
「……黄貴兄さん、それじゃだめ。理由をちゃんと言わないと、後がめんどくさい」
橙依おにいちゃんの言葉を聞いて、黄貴おにいちゃんはちょっと考える。
「そうだな、ちゃんと理由を説明せねばならぬな。このままだと、こやつは他の弟たちに聞きかねん」
「……確実にそう」
それを聞いて、黄貴おにいちゃんはためいきをひとつ。
「理由は単純だ女中よ。我は母君から聞いて我の誕生日を憶えておるが、他の弟たちは違うのだ。母と別れ封印された時、幼な過ぎて憶えておらぬか、教えられておらぬのだ。憶えておる弟もいるかも知れぬが、我は聞いた事がない。きっと同じ理由で言わぬのであろう」
「……ちなみに僕は憶えていない」
あー、そっか、みんなボクと同じでおたんじょう日、知らないんだ。
よしっ、みんなでおねえちゃんにぷんすかぷんしよう!
「あっ、そうでしたか。これはすみませんでした、辛い事を思い出させるような事を聞いちゃって。でも、長兄の黄貴様だったら弟たちの生まれた日を憶えていらっっしゃるのではないのでしょうか」
「そうだな。例えば、そこの橙依は一年で最も昼の長い日に生まれたと記憶しておる。逆に蒼明は夜が最も長い日だな」
「あっ、夏至と冬至ですね。でもそれじゃあ、年によって日が微妙に違いますね」
「そうだ、それにな、紫君の母とは、父、八岐大蛇が倒され、母たちがみな全国に散り散りに逃げた時に別れた。その時、紫君はまだ腹の中であった。だから季節すらわからぬ」
あっ、そうなんだ、だから、みんなたんじょう日の話をしないんだ。
ボクに気をつかってくれてるんだ。
ボクはそんなこと、気にしないのに。
でも、そう言われちゃうとちょっと気になる。
「よしっ、わかりました!」
「わかったか」
「……わかってない」
あれ? 橙依おにいちゃんが頭をかかえてる。
「あたしが、いつか紫君の誕生日を探し当ててみせましょう! その時までこのネームプレートはおあずけです!」
「えっ、ホント!?」
「ホントホント、嘘じゃないわ。今はアテは何もないけど、きっと見つけてあげるね!」
「やったあ! じゃあ、ゆびきりしようよ!」
「うん、いいわよ! ゆびきりげーんまーん」
ボクとおねえちゃんの小指がからまり、そして『ゆーびきった!』で切られる。
「ありがとう、珠子おねえちゃん! ボクとってもうれしい!」
「いいのよ、お礼の言葉は紫君のお誕生日がわかった時まで取っといて。ねっ」
わーいうれしいな。
ボクのおたんじょう日がわかったら、”ありがとう”だけじゃなく、お礼もしなきゃ。
「それじゃあ、もし、珠子おねえちゃんのおかげでボクの誕生日がわかったら、ボクが珠子おねえちゃんのおムコさんになったげる」
「あら、それじゃあ、ますます頑張らなくっちゃね」
そう言ってにこやかに微笑むおねえちゃんと、どよめくおにいちゃんたち。
あれ? 橙依おにいちゃんは、また頭を抱えているぞ。
「……『ハーレムルート! そんなのもあるのか! げへへ』ってなんだよ……」
そんな橙依おにいちゃんのつぶやきが聞こえたけど、まっいっか!
楽しみだなぁ、ボクは珠子おねえちゃんが好きだけど、もし、ボクのおたんじょうびがわかったら、きっと大好きになっちゃうぞ。
「ところで、黄貴様の誕生日はいつなのですか? 確か、お母様より聞いたって言ってましたよね」
「う、うむ、確かに言ったが、まあよいではないか。我だけの誕生日がわかっても仕方があるまい」
「えー、やだー、知りたいです。さっき、あたしにご褒美をあげるって言ったじゃないですか。ご褒美に教えて下さいよ。それとも黄貴様は言質を違える暴君なのですか?」
「そーだよ、黄貴おにいちゃん、言ったことは守らないと。ボクのことは気にしなくていいから、教えてよ」
ボクは自分のたんじょう日は、まだわからないけど、わかった時には今までの分、まとめてお祝いしてほしいな。
そのためにも、今のうちにおにいちゃんたちのおたんじょう日はちゃーんとお祝いしないとね。
「うぬぬ……仕方あるまい。いいか、深く考えるなよ」
「はい! あたし深く考えるのは苦手です!」
「……なんという死亡フラグ」
いつかなー?
「10月10日だ」
「なるほど! 姫初め!」
スパーン!
おにいちゃんのキレのあるツッコミがおねえちゃんの頭へポカリ!
「深く考えるなと言っただろうに!」
「す、すみませーん、思わず思考が言葉になっちゃいましたぁー」
「まったく、我は初めて賢しい部下を疎んじる王の気持ちを理解したぞ……」
おねえちゃんは頭をかかえてうずくまっている。
でも、なんでおねえちゃんはツッコまれたのかな?
「ねえねぇ、10月10日と姫初めって何のこと? ボクわからないよ」
「……紫君、十月十日っていう妊娠してから生まれるまでの間を示した言葉があってね。その年の初めのセッ……」
スパパーン!
「弟に何を教えておるか! このエロ弟!」
橙依おにいちゃんもツッコまれた。
意味はわからなかったけど、えっちなことみたい。
ボクも大きくなったら意味がわかるかな。
あの子たちが生まれ変わったら、教えてあげるね。
だから……また、会おうね。
それまで、バイバイ。




