飯食い幽霊とバースデーケーキ(中編)
◇◇◇◇
ふんふふふーんと、おねえちゃんの鼻歌が聞こえる。
ボクはこの間ににげようって橙依おにいちゃんに言ったんだけど、
「……無駄、そうすると、これから毎日エンドレスでピーマン茄子祭りが始まる」
おにいちゃんは、すっかりあきらめたみたい。
「……だけど諦めちゃいけない。僕たちのやるべきことはひとつ」
そういっておにいちゃんはボクの耳にこしょこしょと話かけた。
「うん! わかった!」
「……いまこそ、力を合わせる時」
やっぱりおにいちゃんはすごいや。
へへーんだ、これでもうだいじょうぶだもんねー。
「はい、おまたせ。『茄子と魚貝のアヒージョ』と『丸ごとピーマンのホイル焼き』よ。熱いから気を付けてね」
そんなボクたちの相談なんて知らないで、おねえちゃんはウキウキ顔でジュージュー音を立てるお皿をもってきたんだ。
「はい、二皿ずつあるから、ひとつずつ食べてね」
「……わかった」
「はーい!」
「うん、いい返事。それじゃあ、あたしは仕込みに戻るから」
そう言って、おねえちゃんは台所にもどっていった。
こっちを、ちらっ、ちらっとみながら。
だいじょうぶだよ、おねえちゃん、ちゃんと全部たべるから。
「……よし、作戦開始」
「はーい」
ボクたちはすばやく皿をこうかんする。
ボクの前には『ナスとぎょかいのアヒージョ』がふたつ、おにいちゃんの前には『丸ごとピーマンのホイルやき』がふたつ。
作戦成功! あとは、パパっと食べちゃうだけ。
ボクはナスはへーきだし、おにいちゃんはピーマンがへーき。
ボクはプリッぷりのエビを食べて、うすく切られたナスを食べる。
カリッ、トロッ
「おいしーい! このナス、皮がサクサクで中はトロットロでエビさんとか貝のおいしいオイルの味がしみてジューシー!」
ボクはアヒージョが好き、最後にオイルをパンにつけて食べるのも大好き!
だって、そのオイルには具のおいしい味がしみているんだもん。
だけど、これはそのおいしいオイルがナスの中からあふれてくるんだ!
パクパクパクッとボクはアヒージョを一気に食べ続ける。
やったあ! このナス料理は、おにいちゃんが食べてるピーマンより絶対おいしいもんね!
「おいしい! このピーマン、甘くって、オツユがあふれていて、やわらかくって、ヘタもタネも食べられる!」
あれ?
「そんなわけないよ。ピーマンは苦いくてかたいんだよ」
「……ううん、ちがうよ、このピーマンは甘くて柔らかいんだ。それより、茄子がジューシーなはずがないよ。ナスは皮が固くて、中身が味のないスポンジのような味じゃないか」
「これはちがうよ! 中からおいしいオイルがいっぱーいでてきて、甘くっておいしいんだよ!」
「……嘘、そんなはずはない」
「うそじゃないよ! ホントだもん! うそだと思うなら、食べてみてよ!」
「……わかった」
おにいちゃんは、そう言うと、フォークでボクのアヒージョからナスとエビをまとめて貫き、口に運ぶ。
パクッ
「……嘘だ、こんなはずがない。ナスがおいしいなんて」
ブスッっとまたボクの皿にフォークがのびる。
こんどはエビといっしょじゃない、ナスだけ」
「……おいしい」
「ほら、言ったでしょ、おいしいって。それよりおにいちゃんの方がうそつきだよ。ピーマンが甘いなんて」
ボクはうそなんてつかないもん。
「……うそじゃない。ほら」
いいにおい、かつおぶしとおしょうゆのにおい。
「ホントにホント?」
「……本当、ほら」
フォークにさされた丸ごとピーマンがボクの前に、ん、とつきだされる。
それは生の時とはちがって、デレンとうなだれていた。
「うそだったら絶交だもんね」
ボクはちょっとだけ口にいれ、ガブッっと歯で食いちぎった。
ジュワッ
中から、お汁があふれる。
あまくってこうばしい、おいしさ満点のジュース。
「おいしーい! なにこれ!?」
「……あとは自分で食べな」
そう言っておにいちゃんはピーマンをお皿ごとボクにわたした。
これってあれだよね、ピーマンだよね。
パプリカじゃないよね。
ボクはよーく確かめながら、ガブッっともうひとくち。
ジュワー
またお口の中にひろがったのはおいしいジュース。
「おかしい! おいしい! ピーマンなのに!」
こんなのピーマンじゃない!
ボクの知っているピーマンはこんなのじゃない!
「ふっふっふっ、その様子じゃ、ピーマンと茄子の美味しさにやっと気づいたみたいね。はいこれバゲット」
おねえちゃんが持って来たのはスライスされたパン。
「……バゲットは理解した。これにアヒージョの残ったオイルをつけて食べろって事だね」
「半分正解、もう半分はこのバゲットにピーマンにのせたり、アヒージョの茄子をのせて食べてもおいしいのよ」
おねえちゃんの言葉にボクたちは顔を見合わせ、チョンチョンザクッっとピーマンパンとナスパンを食べたんだ。
「おいしーい! たっぷりとしたおツユが口の中で広がって!」
「……旨味の染み出たオイルを余すことなくパンが受け止めている」
そこからは、もう競争。
ボクたちは先をあらそって、ピーマンとナスのアヒージョを食べたんだ。
「おいしかった!」
「……ふぅ」
「うん、よろしい」
まっさらなお皿を見ておねえちゃんは満足そうにわらった。
「でもどーして? どーしてピーマンがおいしかったの?」
「……ひょっとして、このピーマンとナスはお高いやつ?」
「ううん、普通のピーマンとナスよ。ピーマンは中の水分を逃がさないように調理すれば苦みが少ないのよ。だから丸ごとホイル焼きにして水分を閉じ込めたの。それにかつお節と醤油で旨味を足したってわけ」
へー、そうなんだ。
うん、おツユいっぱいのピーマンっておいしいんだね。
「ナスは油との相性がとってもいいの。だから薄めの輪切りにして、アヒージョにしたってわけ。魚貝を先に入れて魚貝の旨みがオイルに溶けた後にナスを投入! これでナスが美味しいオイルを吸って、柔らかい身になるってわけよ」
「……説明不足」
ちょっと不満そうな顔でおにいちゃんがおねえちゃんを見る。
「あはは、橙依くんにかかっちゃ企業秘密もかたなしね。そうよ、ちょっとした工夫として、ナスの皮に隠し包丁を入れたり、ピュアオリーブオイルをベースに最後にエクストラバージンオリーブオイルを回しかけて香りと風味を増したりしているわ。それよりもなによりも重要なのは、隣で『おいしい!』って言ってくれているお友達がいるって事ね。簡単なようで、意外と難しいのよ」
へーそうだったんだ。
ボクとおにいちゃんは友だちじゃなく兄弟だけど、おにいちゃんが『おいしい!』って言ったから、ボクも食べたくなっちゃったんだね。
「まあ、好き嫌いのある子供向け料理のレパートリーはまだまだあるから”飯食い幽霊”ちゃんたちもこれで満足するでしょ」
「おねえちゃんすごーい、これならきっとだいじょうぶだね」
「そうよ、これで晴れてみんなはハッピーエンドってわけ。イエーイ」
「いえーい」
パチンとボクとおねえちゃんがハイタッチ。
「……、………、………珠子姉さん」
「なあに?」
「……足りない。嫌いな物が食べれるようになるのは嬉しいけど、それじゃあ満足しない」
「うーん、そうかもねぇ」
「だったら、みんなが好きな物を用意すればいいと思うよ!」
うん、ナイスアイディア!
そうだよね、きらいな物より大好きな食べ物があった方がいいよね。
「なるほど、つまり、飯食い幽霊ちゃんたちが嫌いな食材でもおいしく食べれる料理を用意した上で、みんなが共通で好きな料理をを準備しないと満足しないって事ね」
「……それは無理。嫌いな食べ物がみんな違うように好きな食べ物もみんな違う。全員が好きな物を用意するのは至難。作る品数が膨大になる」
ボクはおイモのフライが好き!
だけど、ボクの友だちはアップルパイが好き!
別の友だちは焼きマシュマロが好き!
ほんとだー、みんなちがう。
あの”飯食い幽霊”は何十人もの子どもが集まって”あやかし”になった。
そのみんなが大好きな食べ物をいーっぱい集めるなんて……ちょっとむりかな?
だけど、ボクは知っている。
こんな時におねえちゃんが何で言うか。
「だいじょうぶよ! 人類のエンターテイメント叡智にかかれば、そんなのはおちゃのこさいさいのこんこんちきよ! この珠子姉さんに、どーんとまかせなさい!」
ほら! やっぱり出た! いつものセリフ!
「……安直、だけど……きっとみんな喜ぶ」
そんなおねえちゃんを見て、橙依おにいちゃんは嬉しそうに笑ったんだ。
◇◇◇◇
次の日、おねえちゃんはパーティの準備にとりかかっている。
おねえちゃんはお料理係、ボクと橙依おにいちゃんが、かざりつけ係。
ハサミでおりがみをチョキチョキ、わっかにしてつなげるよ。
おにいちゃんは、もくもくとティッシュでお花を作っている。
ジュー
夕方にさしかかると、台所からフライのおいしい音とにおい。
『魚は骨を抜いて細めの短冊形のフライにしまーす、フィッシュスティックがオススメでーす』
そんなことを言いながら、おりょうりしている。
「まったく、なぜ我がこんなことを……」
そして、飾りつけは黄貴おにいちゃん。
ボクたちじゃ手のとどかない、たかーい所でも背がとどくんだよ。
「だって、飯食い幽霊ちゃんたちってば、黄貴様に言いつけるなんて嘘つくんですもの。ここは家長としてピシッっと言って頂かないと」
「我の威光を笠に着て良いのは我の臣下のみであるからな。まあ、良いであろう」
やっぱり嘘だった。
おねえちゃんとおにいちゃんたちが、がんばったのでパーティのじゅんびはあっという間に終わった。
「来ますかね」
「来てもらわねば困る。明日も準備をしたくはないからな。我は忙しいのだ」
「まーだーかーなー」
ボクたちはホカホカのお料理をながめながら待つ。
「……来た」
キャハハハハハと声が聞こえた。
「また来たぜー」
その声と同時に、パクッ、パクッとお芋のフライが消えていく。
「うん、やっぱポテトフライは最高だぜ! あれ? これはポテトだけじゃないな?」
「はい、それはお魚の鱚のフライですね。キスとポテトのフィッシュアンドチップスです」
「えー、あたしお魚きらーい」
「そうかな、けっこううまかったぜ。ほら」
パクパクパクとフィッシュアンドチップスが消えていく。
「そーお? それならあたしも……おいしい!」
「鱚は淡白でクセが無いのに旨みはしっかり! とってもおいしいんですよ」
そう言いながら、おねえちゃんはアルミホイルの包みを開く。
ボクはあの中身しってるもんねー。
「うわっ! ピーマン! 俺いらねー」
「あたしもー」
「あらま、困りましたね。それじゃあ、紫君たべてくれる?」
「はーい」
ボクはきのう食べたから、もうへーき。
ガブッ、ジュワー
「うーん、おいしー! もっともっと!」
「はいはい、まだありますからね」
アルミホイルの包みが開かれるたびに、おしょうゆのいいにおいが広がる。
「お、おれ、食べてみようかな」
「バカ! あれはワナだよ! ピーマンがおいしいはずないじゃないか!」
「で、でも、ちょっとたけなら……」
目にはみえないけど、飯食い幽霊のひとりがピーマンをガブリ!
「うめぇ! おいしい汁がいっぱい!」
「ほんと? にがくない?」
うそじゃないよ。
「にがくない、にがくない、うまい!」
「そう言うなら……、うまーい!」
ほら、ホントだったでしょ。
「……このナスのアヒージョもいける」
「うん、いける。……おかわり」
「ずるーい、あたしもー」
ボクのとなりでは橙依おにいちゃんが静かにアヒージョを食べている。
そしてそれに釣られた子もいっぱい。
「ふんだ! せっかくおいしいものがいっぱいなのに、そんなキライな物ばかり食べるなんてバッカじゃないの。あたしは大好きなそぼろご飯をたべるわ」
気配が向かったのは三色のそぼろご飯、茶と黄とオレンジの。
「おいしーい! あたし、これすきー! でもこのオレンジのってなにかしら。甘くておいしいわ」
「それは、すりおろした人参をゴマ油で炒めた”人参そぼろ”ですよ。甘味があっておいしいでしょ」
ニンジン、その言葉にそぼろご飯が消えていくのが止まる。
「ちがうよ。これニンジンじゃないよ。ニンジン、こんなにおいしくないもん」
ボクもニンジンは、あまり好きじゃない。
だけど、おねえちゃんが作ったのなら……
パクッとボクも三色そぼろをひとくち。
お口の中にひろがる、あまーい味、玉子の甘さとはちがう、あまーい味。
「おいしー! わかった! これは”ニンジン”じゃないよ! ”おいしいにんじん”だよ!」
「そっか”おいしいにんじん”なんだ! うん、あたし”おいしいにんじん”だーいすきー!」
そんなボクたちを見ながら、おねえちゃんは満足そうにうなずいていた。




