飯食い幽霊とバースデーケーキ(前編)
ボクがむにゃむにゃとおねむをしていると、下の階から珠子おねえちゃんの声が聞こえた。
「ちょっと、お客様!? お客様困ります!? 食べるなら注文を!」
なんだろう、ボクはみんなを送ってつかれているのに。
ああ、送るってのはゆーれーさんたちをゆくえに送るって事ね。
町にさまよう、ふゆーれーたち、それを送るのがボクの仕事。
送る目じるしはおねえちゃんの精力。
それに妖力をのせて、あちらに投げると、それにつられてゆーれーさんたちもゆくえに行くってわけ。
緑乱おにいちゃんは『なんだかつりみたいだな』って言ってた。
「だから困りますって! ひょっとしてお客様じゃなくて狼藉者ですか!?」
んもう、うるさいなぁ。
「だったら容赦はしませんよ! たりゃあああぁぁぁー!」
ガタンガタンと下の音が大きくなる。
どうやら珠子おねえちゃんが何かと戦っているみたい。
でも、だいじょうぶかな?
おねえちゃんはお料理は上手だけど、ケンカに強くはないんだよね。
「はぁ!? 『先生に言いつける』ですって!? 議員が怖くて”あやかし”のお店の店員が務まるかぁ!」
どうやらお店に悪い客が来たみたい。
たまに来るんだよね、あーいうの、モンスター客ってやつ。
学校でならった!
「ふふふ、この邪悪を封じるありがたーい護符で……きかなーい! あの生臭坊主、不良品を売りつけやがって!」
下のどったんばったんはまだまだ続いている。
だけどまあ、ねむねむだから、またおふとんに入ろーっと。
ボクの名は紫君。
この『酒処 七王子』に住んでいる、ヤマタノオロチと、ちんこんの女神の子。
だけど、これって黄貴おにいちゃんから教えてもらっただけで、ボクは何もおぼえていないんだよね。
ホントなのかな?
◇◇◇◇
「たっだいまー」
ボクが学校から帰って来ると、そこにはごちそうがいっぱいあった。
そしてイヤなやつもいた。
「珠子殿、昨晩の”あやかし”は姿を見せず飯を食って帰ったという話であったな」
「はい、どんな”あやかし”かはわかりませんが」
アイツは慈道、この『酒処 七王子』の常連。
今日はいつもより早く来てる。
「おねえちゃん、これどーしたの?」
「あっ、紫君、おかえりなさい。これはね、昨日の無銭飲食”あやかし”を釣る罠なのよ」
「”むせんいんしょく”って?」
ボク、むずかしい言葉、わかんなーい。
「食い逃げの事よ。昨日ね、ご飯を食べたのにお金を払わないで逃げた”あやかし”がいたの。姿は見えないのに、声は聞こえて、料理も消えていったわ」
ぷんすかぷん! と怒りながら珠子おねえちゃんが言う。
「へー、悪いヤツもいるんだね」
「そう、いい子の紫君とは大違い」
「で、なんでこいつもいるの?」
「拙僧は珠子殿に頼まれたのじゃよ。その食い逃げ”あやかし”を退治して欲しいと」
シャリーンとお坊さん棒を鳴らしながら、そいつはにこやかに笑った。
ボク、こいつきらい。
だって、死んだ人をゆくえに導くじゃまをするんだもん、おじゃま虫!
ボクはゆっくりとみんなを案内したいのに、こいつは力ずくでぶっ飛ばすんだもん。
シャリーン
「さて、珠子殿、来たようだぞ」
お料理たちの所になにかが集まり、そして……
スー、パクッ
お料理が飛んだかと思うと、パクッっと消えていった。
「出ました! あいつです! あーん、やっぱり見えない! 透明人間でしょうか」
「ふむ、この拙僧にも見えぬとは、珠子殿の言う通り透明人間のような見えぬ特性を持つ”あやかし”かもしれぬな」
ボク知ってる! とうめい人間ってミイラみたいでサングラスかけてるやつでしょ。
でも、そうじゃないんだよなぁ。
「へへへっ、今日も食いに来てやったぜ」
見えないそいつはパクパクとからあげを食べながら言う。
「ふむ、何者かは知らぬが、おとなしく去ればよし去らぬというなら……」
そう言って慈道はお坊さん棒をそいつたちに向ける。
「きゃー、こわーい」
「こわいこわーい、キャハハハハハ」
だけど、そいつらはへーきへーき。
わらいながら、たべてるもんね。
「あっ! 食べる速度がアップしました! ああっ、特製煮込みハンバーグが!?」
ハンバーク、おいしいよね。
ボクはおねえちゃんのハンバーク大好き!
「ならば、この狼藉者たちを!」
ブオンと空中を切る音がして、慈道がお坊さん棒をブンブンする。
「ははは、はーずれー」
「こっちこっち」
だめだよ、そこじゃないよ。
「やはり視えぬと当て難いの。それならば、このありがたーいお経で!」
「あー、そんなことして、いいのかなー?」
「ここのえらーいあいつに、いいつけちゃうぞ」
お坊さん玉を構えて、なにか言いそうな慈道を前に、あの子ららが言う。
「ここの偉い方って、黄貴様ですか!?」
「そうそう、こうき、こうき!」
へー、こいつらって、黄貴おにいちゃんのお友だちなのかな。
「ふむ、こやつらの正体がわかって来たぞ」
「そうなのですか!?」
あー、まだ珠子おねーちゃんはわかっていなかったんだ。
「こいつらは”飯食い幽霊”、元禄に書かれた『狗張子』に載っておる甲斐の国の”あやかし”じゃな。ふむ、拙僧も遭遇するのは初めてであるが、その名の通り幽霊、霊体の集合霊とみた」
「なるほど! 死者の霊が集まって”飯食い幽霊”の特性を得たという事ですね!」
「左様、珠子殿は理解が早い」
そーだよ、こいつたちはゆーれいだよ。
「だったらどーなのさ」
「ぼくたちの、じゃまをすると、のろっちゃうぞ」
キャハハと笑いながら、
「錫杖は当たらぬとも、御仏のありがたーいお言葉はどうかな。ショウジノナカニホトケアレバ……」
慈道はなんだかむずかしいこと言ってる。
学校に行くときにお寺の近くで聞く言葉。
「あっ、料理が消えていくのが止まりました! いい感じです!」
ボクにもわかる、あいつたちも、ちょっと弱ってる。
だけど……ちょっとだけだね。
「へへーん、そんなのきかないもんねー!」
「ばーか、ばーか」
ほら、やっぱり。
「慈道さん! あんまり効いていませんよ!」
「うーむ、これは罪に応じて威力の増す”順現法受”のありがたーい、お経なのじゃが……。それでは少しばかり強引に行こうかの」
シャリーンと音がして、ボクのお家が、いやーな感じに囲まれた。
「逃げられぬよう結界を張った。視えずとも気配はわかる。あとは」
ブオンと音がしてお坊さん棒が振り回される。
「法力を込めた錫杖で当たるまで続けるまでよ」
こわーい顔で慈道があいつらをにらむ。
やっぱボクこいつ嫌い。
そんな事しちゃうとダメなのに。
だから、じゃましちゃおーっと。
「ん、少年、なにをしておる」
ボクはお坊さん棒とあいつらの間に立つ。
「だめだよ! それじゃあダメ! そんなやり方じゃダメ!」
「フンッ!」
お坊さん棒が勢いよく振り上げられ、
「セイッ!」
ボクの頭の上で止まった。
「どうしたの紫君。あぶないから、どいていてね」
「珠子おねえちゃん、それじゃあダメなの。こいつたちを無理やりゆくえにおくっちゃダメ。きちんと導かないと」
「まあ、少年が何を言おうと、拙僧は人間に害なす”あやかし”を退治するだけじゃがな」
ボクの頭の上でお坊さん棒が振り回され、あいつたちが必死に逃げ回るのがわかる。
「ボクがちゃんとするから、おねえちゃん、ねっ、お・ね・が・い」
おねえちゃんの足にギュっと抱きつき、ボクはウルウルとうるませた目でおねえちゃんを見上げる。
「あ、あざと……」という声が聞こえた。
へへーんだ、これでもうバッチリだね!
「破ァ!」
「ちょ、ちょーっとまったぁ! キャンセル、キャンセルです慈道さん! キャンセルさせて下さい!」
ほら!
「むっ!? 珠子殿、キャンセルと言ったが本当に良いのか? 拙僧としては軽微とはいえ、害のある”あやかし”を放置するのは心が痛むのだが」
「は、はい! キャンセルでかまいません! ここは紫君を信じようと思います!」
「まあ、そこまで言うのなら無理にとは言わぬが……」
「が?」
「キャンセル料はちゃんといただくぞ」
そう言って慈道はにこやかに笑って、おねえちゃんはアハハとかわいた笑いをしたのさ。
うん、ボク、やっぱこいつきらーい。
◇◇◇◇
「とほほ、今月の利益が……冬のボーナスへの査定が……」
おねえちゃんは慈道にお金を払った後、なんだかむずかしい事を言ってる。
あいつらはどこかへ行っちゃった。
「あー、たべたたべた」
「へへーんだ、また明日もきてやるぜ」
なんて言い残して。
「さて紫君、あたしにここまでやらせたんだから、あの”飯食い幽霊”を何とかできるのよね」
いつになく、まじめな顔で珠子おねえちゃんがボクをじっと見る。
ちょっとこわい。
「だいじょうぶだよ。あのね、あいつらはね、子どもなんだよ」
ボクのその言葉に、おねえちゃんはちょっとビックリしたみたい。
「言われてみれば、『のろってやる』とか『いいつける』とか子供みたいな言動だったわね……、そして……」
おねえちゃんはテーブルの上をじっとみている。
あそこにはあの子たちの食べ残しがいっぱい。
「煮魚にピーマン、茄子にブロッコリー……」
ボクの好きなハンバーグやからあげは無くなっちゃってる。
残ったのはいらない。
おいしくないんだもん。
「じゃあ、あの”飯食い幽霊”は文字通り子供の霊の集合霊ってわけね」
「そーだよ、だからね、あいつらをみーんな、おなかいっぱいのまんぷくまんぞくにしてやれば、ゆくえにいくよ」
ボクにはわかるんだ。
「全員を満腹満足させるって、あの”飯食い幽霊”が料理を残さず食べればいいってこと?」
「うん、きっとそーだよ」
「うーん、子供の集合霊でご飯を食べて満足すれば成仏する……」
「そーだよ、おねえちゃんだったら、かんたんでしょ」
ボク知ってる! おねえちゃんは、お料理がすごいんだ。
「おねえちゃんなら大丈夫でしょ! だから、ポテトフライとか、オムライスとか! いーっぱい作ろうよ! あんなのは作らないでさ」
あんなのってのはテーブルに残ったやつ。
ピーマンは苦いし、お魚は骨がいっぱい。
ボクはきらーい。
「うーん、子供が好きな料理を作るのは簡単なんだけど……」
おねえちゃんは少し考え込むと、
「ねー、橙依くん、ちょっとおりてきてー」
部屋にいる橙依おにいちゃんをよんだんだ。
「……なに、珠子姉さん」
「えっとね、橙依くんって茄子が嫌いだったよね」
「……そうだけど」
「紫君はピーマンが嫌いよね」
「そーだよ、だいっきらい!」
あんなに苦くてマズイもの、人間はよく食べるね。
ボクだったらぜーったい食べないのにさ。
「よしっ、これから晩御飯に茄子とピーマン料理を作るから、あなたたち、それを食べなさい!」
「……横暴、暴君、台所の独裁者」
「えっー!? そんなのやだよ! ボクはおにいちゃんとドムドムドムバーガーで晩御飯にするよ」
ボクと橙依おにいちゃんは、そう言い残して逃げ出した!
ガシッ
「はーなーしてー」
「……しかし回り込まれてしまった」
「知らなかったの? 台所魔王からは逃げられないのよ」
そういって、おねえちゃんは楽しそうにわらったんだ。




