つらら女とイチゴミルク(前編)
『女心と秋の空』ってあるだろ。
変わりやすい秋の天気のように女心も変わりやすいって意味さ。
だけど、夏の空だって負けてはいないぜ。
炎天下の猛暑から、滝のような土砂降り、果てには雹まで。
というか変わらない物なんてあるのかな?
女心は変わりやすいって言うが、それって悪い事ばかりじゃないぜ。
姿形が内面を表すように、心も女の子の姿を変えるものさ。
好きな男のために変わる、変わろうとする女の子なんて素敵じゃないか。
だから俺はささやかな報酬でそんな彼女たちの相談に乗っているのさ。
今日もまたひとりの”あやかし”が俺の下を訪れる。
彼女の願いは『変わりたい』。
変わるっていっても、巷を賑わあせているような変身ヒロイン?じゃないぜ。
彼女は男のためにずっと強くなりたいって願っているのさ。
「そうか、君の願いは好きな男との真夏のデートのために強くなりたいって事か」
冷房のガンガン効いた喫茶店で、かき氷とアイスの山盛りを食べている彼女が今日の依頼者。
彼女は”あやかし”、だけどその恋人は昔話よろしく普通の人間。
「そうです、ああ、でも男の方っぽくバトル的な意味じゃないですよ」
そう言って、少しおどけるように彼女が笑った。
彼女は、そんな種族の差を乗り越える強さを求めている。
だけど、その強さはは、あの妖力バカの蒼明の言う戦闘力とは違う、素敵な真の強さ、心の強さを求めているに違いないさ。
そうだろ、つらら女さん。
「わたくしはもっと強くなりたい! 具体的にはこの炎天下の彼とのデートにも負けない、溶けない、そんな体を手に入れたい!」
あれ? なんか違わないか?
◇◇◇◇
「だから、なんであたしに丸投げなんですか!?」
ともあれ、こんな問題を解決出来るのはひとりしかいない。
そう思った俺の相談相手の第一声はこれだった。
「お願いします! 頼りになりそうなのはあなただけなの」
「そうは言われても、あたしは料理人であって、体質改善とかは専門外ですよ。医療系の”あやかし”さんのお知り合いはいないんですか? 白澤様とか薬師如来様とか」
「そいつらは妖怪にとっては敷居が高いんだよ」
シャリ
白澤は中国の聖獣、薬師如来は仏尊だ。
俺たち妖怪とは棲んでいる世界が違う。
それに知り合いでもない。
シャリシャリ
外は真夏の炎天下、だけど室内は涼しい。
これも人間の発明したエアコンのおかげ。
でもな……
シャリシャリシャリ
「このかき氷美味しいです! イチゴの味が濃厚で!」
さすがにかき氷五杯目は見ているこっちも寒くなる。
俺の目の前には空になったガラスの器のタワーが出来ていた。
「ふふふ、この台湾風かき氷マシーンのおかげよ! 従来のかき氷マシーンよりきめ細かくふわふわになるの!」
珠子さんが指差したのは新品ピカピカのかき氷機。
料理用バーナーといい、このかき氷マシーンといい、この子が来てから『酒処 七王子』の備品は次々にリニューアルされていく。
「台湾は熱帯地域でかき氷の本場! 氷そのものに果汁を加えたり、ミルクを加えたりして味を付けた上に、シロップとフレッシュフルーツもてんこ盛り! はい、おかわりもう一丁!」
そう言って彼女が追加でも持って来たのは見た目もあざやかな赤と紅とピンクのかき氷。
スライスイチゴの赤にイチゴシロップの紅、そしてイチゴの果汁ごと凍らせたピンクのかき氷だ。
「ホント、おいしいです! これならいくらでも食べれそう!」
「いくらでも食べて下さいね。お代はそこのプレイボーイ持ちですから」
彼女がいきなり俺の財布にダイレクトアタックをかける。
「ちょ、商売繁盛な珠子さん!?」
「こんな素敵な女の子に奢らない道理はありませんよ。恋する女の子の味方な赤好さん」
「ごちそうさまでーす」
ちょ、つらら女さんまで。
「あれ? つらら女さん。少し頬が赤くなっていませんか? エアコンの設定温度を下げましょうか?」
「ああ、大丈夫です。これはイチゴの赤みです。ちょっと妖力を入れれば、ほら」
つらら女さんが掌を握り、少し妖力を入れると、その肌は淡いピンクから透き通るような白い肌に戻った。
「わたしは食べた物の影響がちょっと出ちゃうんですよね。でも大丈夫ですよ、体調は全然悪くありませんから」
「へー、やっぱり”あやかし”は人と体の構造が違うんですね」
そう言って彼女は少し考え込む。
「……できました! つらら女さんの体質改善の案が! うまくいくかはわかりませんが、やってみましょう!」
薄い胸をドンと叩き、彼女がつらら女さんに宣言する。
「ありがとうございます! あたし、どんな特訓でも耐えて見せます!」
「俺も出来ることなら何でも協力するぜ!」
嘘じゃない、少なくとも俺は女の子を悲しませるような嘘はつかない。
泣き言だって言わないぜ!
「その心意気や良し! それではまず……」
「まず?」
「かき氷をあと20杯ほどおかわりして頂きましょうか!」
俺の財布が悲鳴を上げた。
◇◇◇◇
ミーンミーン
蝉時雨が聞こえる。
『男子、三日会わざれば刮目して見よ』という諺がある。
三国志の呂蒙の逸話から来たもので、男の成長性の高さを示した諺だ。
だけど、俺の考えは違うね。
『女子、30分会わざれば刮目して見よ』
それが俺の感想さ。
女の子がドレッシングルームに30分入ったら見違えて出て来るって意味じゃないぜ。
いやいや、それは十分過ぎるくらいに納得できる事なのだけど。
とにかく、それはさっきまで俺の前で繰り広げられていた光景についてだ。
いいか、冷静になって聞いてくれ。
つらら女さんは、この30分でBカップスレンダーボディからDカップムチムチワガママボディになった。
「そうです! そう! 食べたかき氷を体の表面に」
「こうですか? えいっ!」
つらら女さんがかき氷を食べるごとに彼女の体がムチムチになる。
「特に核のある体の中心は念入りに、見た目も考慮して胸部まわりを強化! ぐぬぬ」
「はい、おっぱいを大きくする感じですね」
そして、つらら女さんのバストサイズが大きくなる……
女は魔性だ……いや”あやかし”だ。
「はい、次はこの『キラキラお肌に輝きを』の日焼け止めスプレーを全身に……」
……
………
「赤好さん、ちょっと表に出ててくれます」
「へいへい」
そして俺は外に追いやられ、この真夏の炎天下の中、蝉の声を聞いてるってわけさ。
「はい、できました! ジャーン!」
「ど、どうでしょうか、赤好さん」
店の中からふたりのレディが登場した。
麦わら帽子のつばの下からつらら女さんの水晶のように透き通った瞳が見える。
服は清楚な白のワンピース、そしてその下から見える白く輝く肌。
それは、完璧な夏の思い出の少女の姿だった。
「デートのファッションとしては完璧だね! あとは、この真夏の太陽の下で溶けなければパーフェクトさ!」
「珠子さんのおかげで今までよりも格段に過ごしやすいですー!」
そう言って、つらら女さんは手を広げ『酒処 七王子』の前庭を走り回る。
「ふっふっふっ、その秘密は空気をいっぱい含んだかき氷の層、そして全身の表面を覆うキラテカ日焼け止めオイルのスプレーです!」
珠子さんの言う通り、つらら女さんの肌はキラキラと輝いていた。
真冬のゲレンデのように。
「つまり! 断熱構造! そして反射装甲! これが真夏のつらら女さんのデートを勝利に導く力なのです! さらに!」
「さらに!?」
その声に俺たちの視線が集中する。
「キンキンに冷えたアイスを定期的に補充すれば、冷気を保つ事ができます! はい、どうぞ」
「ありがとうございます! これで防暑は完璧です」
アイスキャンディーをペロペロと舐め、力強くつらら女さんが言った。
「さらにさらに! 冷気の補充にも一工夫あります。少々お待ちを! あ、赤好さん、椅子とテーブルの準備をお願いしますね」
そう言って彼女は店の中に一旦戻ると、クーラーボックスを抱えてやってきた。
「この季節、アイスを食べるのは人間にとっても自然ですが、やはり限度があります。それにデートに食事は欠かせません。そこで、この料理です」
俺が炎天下の中、えっちらおっちらと倉庫から引っ張り出してきたテーブルにまな板と皿を置き、彼女はクーラボックスから魚の切り身を取り出す。
「それは?」
「あたし特製のルイベ三種です!」
そう言って彼女は包丁を構えた。




