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あやかし酒場と七人の王子たち ~珠子とあやかしグルメ百物語~  作者: 相田 彩太
第四章 加速する物語とハッピーエンド
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燈無蕎麦(あかりなしそば)と月見そば(中編)

◇◇◇◇


 「お疲れさまです。いやー、流石ですね」

 「蒼明(そうめい)さん、強かったポン!」

 「この程度は造作もありません。それより貴方の方の首尾はどうなのですか? 私にここまで働かせといて結果が出ないでは済まされませんよ」


 私は少し語気を強めに言います。


 「はい、あとはあたしにお任せ下さい。まずは中間報告ですよ」

 「ボクたちの新しいお蕎麦だポン!」


 屋台の中からよちよち歩きの可愛らしいタヌキさんがお盆に丼を乗せて私の下に来ます。

 あーん、もう可愛らちいでちね!

 

 「あたしの指導で蕎麦の味は改善しました。まずはそれを味わって下さい!」


 私の前に運ばれて来たのは湯気を立てた丼。

 おや、少し汁の量が多いみたいですね、温かさを保つ工夫でしょうか。

 それに少し香りが高いですね。


 ズッズズズッ


 「おいしいです! これは今までとは段違いに!」

 「やったぁ! 褒められたポン!」

 「蕎麦はスルスルとのど越しが良く、おツユは旨みがたっぷり! それにこの香り、今までに味わった事のない強めなのに清涼感があります!」

 

 私はズズズと蕎麦を食べ切ると、ゴキュゴキュと喉を鳴らし、味わい深いおツユも飲み干しました。


 「流石ですね、珠子さん。蕎麦のレベルアップは貴方なら出来て当然と思っていましたが、予想以上でした」

 

 いずれ私は、彼女に料理勝負で勝とうと思っているのですが、その道のりは遠そうです。


 「秘密は蕎麦を均一に切る事と、汁に少し工夫をしました」

 「珠子さんにソバ切りの道具を教えてもらったポン!」


 なるほど、のど越しも良さは麺を均一に切った結果でしたか。


 「はい、蕎麦そのものは伝統の小麦粉2割、そば粉8割の二八蕎麦だったのですが、ソバ切りがタヌキさんは未熟でした。ですので、素人でも簡単に出来るマシーンをお貸ししたのです」

 「そうでしたか、ではこのツユの味は? これは『酒処 七王子』の味とも違いますが……」


 珠子さんが切り盛りしている『酒処 七王子』にも蕎麦や饂飩(うどん)といったメニューがあります。

 でも、この味はそれとは違う、いいえ、それ以上の美味しさでした。


 「秘密はこれ! ”鮎魚醤(あゆぎょしょう)”! これは鮎と塩だけで作られた魚醤なんですよ!」

 「これを最後にスプーンでひとさじ回しかけたポン!」


 魚醤はナンプラーやしょっつるといった魚を発酵させて作る調味料です。

 あれはかなり香りが強烈な、人を選ぶ調味料のはずですが……


 「この”鮎魚醤(あゆぎょしょう)”は魚醤なのに魚醤独特の強い香りがなく、強くはないのにしっかりした風味を付けてくれるといった優れもの! 鮎の名産地である甲斐の国ならではですよね!」

 

 説明を聞くと矛盾しているように思えるのですが、食べた後ならその説明も納得がいくというものです。

 確かに、ともすれば嫌な臭いとも感じてしまう魚醤ですが、これはスッキリとした良いものでした。


 「しかし、いくら味が良くなっても、それだけでは商売は上手くいくとは限りませんよ」

 「はい、わかっています! 蒼明(そうめい)さんのおかげで甲斐の国の”あやかし”面でもタヌキさんたちが商売出来るようになりました! 人の面はあたしにお任せ下さい! 実は既に仕込んでいるんですよ!」


 そう言いながら珠子さんはエッヘンと薄い胸を張ります。

 

 「まあ、そこはお任せします。他に私がやるべき事はありますか?」


 きっと、これだけでは済まないでしょう。

 また無理難題……いいえ、私にとっては軽い事ですが、少々疲れる事をやらされるのでしょうね。

 私は軽い溜息をつきながら、彼女の次の言葉を待ちます。


 「もう大丈夫です! あとはあたしとタヌキさんたちで頑張ります!」

 「ありがとうポン! あとはボクたちに任せるポン!」

 「そうですか、それではお任せします。私も少し疲労しました」


 私は軽い安堵の息をつき、肩の力を抜きます。


 「そして、蒼明(そうめい)さんにご褒美です! 気になりませんか? タヌキさんたちが蕎麦を均一に切れた道具が」

 「確かに気になりますね。どんな道具ですか?」

 「まずは、タヌキさんのサイズに合ったこね鉢ですね。そしてパスタマシーンです!」

 「パスタマシーン!? 蕎麦なのにですか!?」


 彼女が言った道具は、私の想像していたのと少し違いました。

 私は大きなまな板に、レールガイドと麺切り包丁が合体した物を想像していたのですが、パスタマシーンとは。


 「パスタマシーンは麺生地を薄く延ばすと同時に均一に切ってくれます。厚さも幅も()を取り替えれば自由自在ですしね。意外と蕎麦打ちで愛用している方も多いんですよ」

 「ハンドルをクルクル回すだけなので、ボクたちでも簡単だポン!」


 言われてみればその通りです。

 蕎麦もパスタも生地を薄く延ばして切るという所は変わりません。

 麺棒(めんぼう)で生地を均一に伸ばすのも、麺切り包丁で切るのもハンドルを回すという同じ作業で出来るなら、その方がタヌキたちには合っているでしょう。

 

 「最大の利点は化けなくても、タヌキサイズでも作業できる事です!」

 「化けながらの作業は疲れるポン! 調理だけの方が楽だポン!」


 なるほど、そういった利点もあるのですか。

 言われてみれば、”あやかし”にとって化けて調理するとは、人間ならば甲冑を着こんで調理するようなもの。

 少し感心しましたよ、珠子さん。


 「さて、お待ちかねのご褒美です! あの燈無蕎麦(あかりなしそば)の屋台の下でタヌキさんたちが調理しています。是非! ご覧になって下さい!」


 そう言いながら彼女は私の背をグイグイと押し、屋台の裏手に連れて行きます。


 「それではご開帳! じゃーん!」

 

 屋台の下にある扉を開きながら、彼女が腕を大きく広げます。

 そこには……可愛らしいタヌキさんたちが、ちっちゃなおててで、いっしょうけんめいおソバを打っていました。

 想像してみてください、ちっちゃいタヌキさんたちがグルグルとパスタマシーンのハンドルを回すシーンを。


 「どうです? 蒼明(そうめい)さんお好きでしょ、こーゆーの」


 少し下品な(いや)らしい笑いを浮かべながら、この女はそう言ったのです。

 くっ、こんなもので私が篭絡されると……

 

 あああーん! ちっちゃいタヌキさんたちが、がんばってまちゅー!

 くるくるーハンドルくるくるー。

 おソバがカタカタカターって、出てきてまちゅ。


 あっちの子は、こね鉢でこねこねしてまちゅねー。

 パンパンパンパンって、おててをたたきつけるたびに生地にきゃわいいおててのマークがついてまちゅ。


 あっ、あっちのたぬたぬはおててを洗ってまちゅ!

 せっけんでゴシゴシー、ゴシゴシー、そうでちゅね、たべもの屋さんでちゅから、おてて洗いましょうねー。


 「あっ、蒼明(そうめい)さん。どうでしたかポン? ボクたちのおソバの味は?」

 「とってもかわいかったでちゅよー!」

 「えっ……かわいいんですか?」

 

 まんまるおめめをクリクリとさせながら、つぶらなひとみでこっちをみてまちゅ。

 ごめんなちゃい、いいまちがえちゃいましたー。

 

 「とっても、おいちかったでちゅ! またごちそうになりたいでちゅよ!」

 「よかったポン! うれしいポン! もっともっとがんばるポン!」


 ああ、くぁわいいいいぃー!!


 「うんうん、蒼明(そうめい)さんもお気に召したようで、あたしも嬉しいです」


 そう言いながら、何かを理解しているような口調で、彼女は私の隣でうなずき続けたのです。

 

 ……かわいさには……勝てなかったよ。


◇◇◇◇


 翌日、本来ならば私は観光でも楽しむか、タヌキさんたちのお手伝いをしている所ですが、なぜが霊園で息を潜める羽目になっています。


 『明日はお墓参りをして、商工会の人と打ち合わせをして、夕方には合流しますから』


 彼女のお墓参りという言葉が気になったからでしょうか。

 いやいや、そんな事は……でも、しょうがありませんね。

 私が霊園で出歯亀(でばかめ)のような真似をしているのもしょうがないのです。


 彼女はひとり霊園を訪れ、とある墓を綺麗に掃除した後、祈りを捧げています。

 墓碑に刻まれているのは……おそらく数年前に死んだ聞いている彼女のおばあさまでしょう。

 それに、ふたりの名が同じ命日で刻まれています。

 1993年8月XX日……いまから四半世紀も前ですね。

 きっと事故でなくなったという彼女のご両親でしょう。

 同日に無くなっている事から簡単に推察出来ます。

 一応、記憶に留めておきましょうか。


◇◇◇◇


 時は日暮れ、ここは山の中の一角、夏の今は使われていないスキー場。

 動かないリフトが風に揺られてキィキィと音を立てています。


 「お客どころか人っ子ひとりいませんね……」

 「でも、珠子さんに言われた場所はここで合ってるポン!」


 タヌキさんの言う通り、場所はここで間違いありません。

 スマホのGPSもここが正しいと示しています。

 私の隣に居るのは人間に化けた数体のタヌキさんたち、彼らが屋台の係、そして林には何体ものタヌキさんとイタチさんが隠れていいます。

 屋台はいつもの燈無蕎麦(あかりなしそば)の屋台の他にもう一台、そこには駄菓子やジュースやお酒が控えています。

 その他には和風の平たい盃が大量に見えます、珠子さんの指示だそうですが、これを売り切る事ができるのでしょうか。


 「お待たせしました。こちらが地元の商工会の方です。このイベントの主催になります」


 そう言って珠子さんが手を指して紹介したのは初老の人間。


 「はじめまして。いやぁ、珠子ちゃんのおばあさんには、その昔お世話になってね。珠子ちゃんも小さい頃から良く知っているよ」


 そういえば、ここは彼女の実家の近くでしたね。


 「そしてこちらがイベント屋台の出店と見守りをしてくれる”田抜(たぬき) (らく)”くんです。あとは責任者の蒼明(そうめい)さん」


 今度は手をこちらに向けながら、彼女は私達を初老の男性に紹介します。


 「よろしくポン!」

 「よろしくお願いします」

 「はい、よろしくお願いします。いやー、助かりましたよ、警備のスタッフを格安でやって頂けるなんて」


 警備?

 私が(いぶか)しげな表情を浮かべると、パチンと彼女がウインクを返しました。

 アイコンタクトというやつです。

 まあ、いいでしょう、私も人間とトラブルを起こすのは本意ではありません。

 

 「はい、ご安心下さい。みなさんの安全は私が保証しますよ」

 「それは頼もしい! よろしくお願いしますよ」


 差し出す彼の手を握り、私たちは握手を交わしました。


 その後、タヌキさんと珠子さんは屋台の準備、私は……やる事がありませんので、夕日でも眺めましょうか。

 やがて、夕日が山の陰に隠れ、あたりが暗闇に落ちる、そう私が思っていましたら……


 ピカッ


 スキー場のライトが輝き、あたりに光をもたらしました。

 

 「うん、ライトも異常なしですね。それでは、後はお任せします」

 「はい、お任せ下さい!」


 手をブンブンと振りながら、珠子さんは彼を見送りました。

 それと入れ替わるように、大型バスがブロロロと入って来たのです。


 「さあ! これからが燈無蕎麦(あかりなしそば)の営業開始ですよ! たぬたぬさんたち! 準備はいいですか!」

 「りょうかいだポン!」


 『燈無蕎麦(あかりなしそば)』と『真の月見そば』のノボリを揚げ、タヌキさんたちが臨戦態勢に入ります。

 しかし大丈夫なのでしょうか、既に『ライトアップの立地はダメ』という条件を満たしていませんが。

 まあ、彼女が失敗したら(ののし)ればいいだけですけどね。

 クイッと眼鏡のフレームを持ち上げながら、私は彼女の首尾を見届けることにしたのです。


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