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あやかし酒場と七人の王子たち ~珠子とあやかしグルメ百物語~  作者: 相田 彩太
第三章 襲来する物語とハッピーエンド
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珠子と逢魔時(中編)

◇◇◇◇


 チーンと音を立てて数台の電子レンジの扉が開く。

 その間、あたしは手持ち無沙汰になった中華鍋と蒸籠を使ってお酒の準備をする事にした。


 「さあ! お召し上がり下さい! 私の小籠包を!」

 「お前は温めただけだろうに」


 赤好(しゃっこう)さんが文句を言いながら蒼明(そうめい)さんの小籠包を食べる。

 他の兄弟さんと鳥居さんも。


 「うーんと、まあまあ!」

 「……珠子姉さんの方が美味しい」

 「嬢ちゃんの方が旨いねぇ」

 「男の作った料理に俺が票を入れるとでも思ったかい」

 「うーん、悪くないけど、ちょっと差があるわね」

 「女中の方の勝ちであるな、鳥居」

 

 あたしの予想通り兄弟のみなさんは、あたしの小籠包に軍配を上げた。

 

 「……そんな、市販の冷凍小籠包でシミュレーションした時は電子レンジの方が美味しかったのに」

 

 あー、なるほど、この無謀とも言える勝負の申し込みには、そんな裏があったんですね。


 「蒼明(そうめい)さん、冷凍とあたしが準備した小籠包では作りが違うんです」

 「というと?」

 「冷凍小籠包は電子レンジで全体をに温める事を前提にしているので、電子レンジの方がおいしいんです。蒸して作ると中まで温めるのに時間が掛かって、皮がふやけちゃいますから。でも、あたしの手作りの小籠包は蒸して作るのを前提に作っているんですよ」


 皮の厚さ、具の量、気温、それらを考慮してあたしは小籠包を作り、蒸し時間を決めている、何度か失敗もして。

 この小籠包は下からの水蒸気で温まる事を前提にしているので、ちょっと扁平につぶれた形になっているのだ。

 下の部分の比率が多くなっているので、蒸すと全体がバランスよく温まる。

 だけど電子レンジだと上の部分が早く温まり過ぎて、固くなっちゃうの。


 「くっ、そうでしたか……やはり私のま……」

 「いや待たれよ、勝負を決めるのはまだ早い」


 言葉を遮ったのは鳥居様。


 「ほう、鳥居。何か異論があるのか?」

 「左様、まだ珠子殿の最後の段を食べておらぬ。蒼明(そうめい)殿の4つ目の小籠包は甘味で見事であった。儂が見るに珠子殿の最後の段は冷凍してあったからな。時間が掛かっているのはその為であろう」

 

 さすが鳥居様! よく見てらっしゃる!

 鳥居様の言う通り、最後の段は冷凍で準備したもの。

 蒼明(そうめい)さんも、タッパーから取り出したそれを見た時『おや?』という表情を浮かべ、温め時間を計算し直していた。


 「最後のやつって、これかしら」


 藍蘭(らんらん)さんがレンゲに乗せたのは蒼明(そうめい)さんの最後の一品。

 藍蘭(らんらん)さんがレンゲの上で小籠包の皮を箸で破ると、そこから黒いスープが溢れ出し、それを口にする。


 「あまーい! かわいくておいしいわー、これってお汁粉ね」

 「そうです、それは米粉で作った皮に、冷凍したお汁粉を包んだ小籠包です」


 他の小籠包のスープは煮凝(にこご)りで作っているので冷蔵の温度では()けない。

 だけど、このお汁粉が入ったデザート小籠包は、具として凍ったお汁粉を包んだ後、さらに再冷凍しないといけないのだ。

 

 「米粉のもちもちした皮と一緒に、レンゲの上でミニお汁粉が出来るわけね。あーん、スイートでかわいいー!」

 「なるほど、これなら電子レンジで温めた物と蒸した物でも互角! 味が互角ならば、手間が少なく作れる電子レンジの方が勝利と言っても過言ではないでしょう」クイッ

 「左様」

 「あー、うん、そう言えなくもないですけど……」


 あたしはちょっと言葉を濁す。

 負けたかもと思っているからじゃない。

 味と便利さの兼ね合いで、どちらかの価値が絶対なんて言う気はないけど……ちょっと可哀想かな。


 「それじゃ、珠子ちゃんのお味も拝見しましょ。もう蒸しあがっているよね?」

 「はい、ちょうと頃合いです」


 あたしがカパンと蒸籠の(ふた)を開けると、そこから花の……桜の香りが広がった。


 「なにこれ、いい匂い!」

 「おっ、こいつは桜だねぇ」


 あたしは蒸籠ごとそれをシートの上に並べる。


 「あっ、葉っぱ―だー」


 紫君(しーくん)が言った通り、小籠包の下に敷かれていたのは塩漬けの桜の葉。

 桜餅を巻く時などに使われるものだ。


 「なるほど、キャベツの代わりってわけだね。桜色の珠子さん」

 「はい、蒸す直前に入れました」


 蒸籠で焼売や小籠包を蒸す時には、皮が蒸籠にくっつかないように敷物をする。

 クッキングシートでもいいけれど、本格的な店ではキャベツの葉を敷く場合もある。

 あたしは、その応用として塩漬けの桜の葉を用意したの。


 「あまーい、おいしー」

 「んー、口に広がる甘さと桜の香り。これって実はお汁粉じゃなく桜餅だったのね」

 「はい、その通りです。皮を破かずに食べてもおいしいですよ」


 小籠包は食べ方がふたつある。

 レンゲの上で皮を破って、溢れるスープを飲んだ後に、皮と具を味わう方法。

 そして、皮を破かずにそのまま口に入れる方法だ。

 どちらにも良さがあり、両方で味わってみる人も居る。


 「……すまぬ蒼明(そうめい)殿」

 

 結果は火を見るよりも明らかでした。

 トドメを刺される形になった蒼明(そうめい)さんが少しうなだれているのがわかります。

 

 「まだです! まだ終わっていません!」

 

 そう言って、立ち上がった蒼明(そうめい)さんの視線の先にあるのは、お銚子。

 日本酒が入っているお銚子だ。


 「今度は(かん)で勝負です! このお酒の燗付けで勝負です!」

 「ういーっく、蒼明(そうめい)よ、そいつは止めときな」

 「どうしてです? やってみなければわからないでしょう」

 「まあ、こいつを飲んでみりゃわかるさ」


 おじさんはそう言って、よっこいしょと立ち上がり、もうひとつの蒸籠に近づく。


 「おっ、こいつはぬる燗だねぇ」

 「熱燗がお好みでしたら、下の段がいいですよ。上はぬるめです」

 「そいつはいいねぇ。お嬢ちゃんは気配りも十分だねぇ」


 おじさんはトクトクトクと猪口にお酒を注ぎ『ん』と言って蒼明(そうめい)さんにそれを差し出す。


 キュッ


 蒼明(そうめい)さんはそれを受け取り、一気に飲み干す。


 「これは、キリッとした辛口がシャープなのに、お酒の旨みが力強い!」

 「こいつはな”蒸し燗(むしかん)”と言ってな、湯煎や電子レンジとはまた違った燗の方法さ、旨いだろ」


 おじさんは自分の分も猪口に取り、ゴクリとそれを飲み干すと、さらにお代わりも注ぐ。


 「なるほど、高湿度の蒸気で蒸す事で、風味やアルコールが飛ぶのを防いでるというわけですか……」

 「お前さんは固いねぇ。そんな事を言わずに『うまい! 嬢ちゃんお銚子もういっぽん! 次は熱燗で!』って言えばいいのにさ」


 はいはい、次は熱燗ですね。

 あたしは下の段から追加のお銚子を取り出す。


 「いよっ、まってました!」

 「女中、こっちにも頼む」

 「珠子おねぇちゃーん、こっちもー」

 「はーい、ただいま」


 ふたりの飲みっぷりを見て他の兄弟たちも興味をそそられたみたい。

 次々に燗酒をリクエストする。

 珍しく年少組も。

 あれ? 蒼明(そうめい)さんは何やら考え込んでいるご様子。


 「理解しました珠子さん」

 「はい?」

 「このお酒の銘柄は、レンジの燗よりも湯煎よりも蒸し燗で最も美味しくなる銘柄なのですね」

 「そうです! 今日の日本酒は『龍力(たつりき)』の赤! お燗向きのお酒です。燗を付けるのに時間が掛かる蒸し燗でも平気なくらいキレとコクが強いんですよ」


 お手軽さで言えば、電子レンジでの燗に叶うものはない。

 逆に蒸し燗は手間としては最悪。

 だけど、味わいならば最高!

 いや、湯煎も捨てがたい。

 いやいや、電子レンジの燗が最高に美味しくなる銘柄を探すってのも。

 いやいやいや、熱々ホットケーキのアイスソースのような、凍結酒と熱燗の温度差を味わう可能性を探るのも……


 「なんですか、貴方(あなた)の圧勝だというのに、そんなに難しい顔をして」

 「いやちょっと、新しい料理について考えてまして……」

 「ふふっ、頭の中は料理の事で一杯ですか。これでは私が勝利するのは遠そうですね」

 「そう言う蒼明(そうめい)さんこそ、電子レンジの蒸し器の水にお酒を入れておくなんて工夫に余念がありませんよね」


 あたしは鼻が利くの。

 電子レンジから蒼明(そうめい)さんが小籠包を取り出した時に流れ出るアルコールの香りを逃したりしない。

 きっとあれは、具が固くならずふんわりとするための工夫。


 「気づいてましたか。まだまだ私には修行が足りませんね」


 そう言って、蒼明(そうめい)さんは少し楽しそうな笑みを浮かべた。


 「嬢ちゃん、こっちもまだまだ足りないよー、お銚子をもう一本追加ねー。おじさん銚子に乗っちゃうぞー」

 「なんなら、温かい珠子さんの人肌燗がいいなー」


 既に酔い始めた緑乱(りょくらん)さんがお銚子の上でバランスを取り、赤好(しゃっこう)さんの口からセクハラ発言が飛び出す。


 ……

 

 「とりあえず殴っときましょうか?」

 「おねがいします」


 ひらひらと桜が散る(はかなさ)さの中から、それとは似つかわないボグッっという音が聞こえた。

◇◇◇◇

 

 その後も宴は続いた。

 みなさん”あやかし”だけあって夜は強い。

 あたしも大分強くなった。

 だけど、明け方が近くなるとやっぱり眠気がさす。


 ピピピッ


 あたしの携帯のアラームが鳴った時刻は朝の五時半。

 酒のせいもあってみなさんは横になって寝息を立てている。

 あたしは頑張った、徹夜でねむねむです。

 あたしはがんばった! お酒は飲んでない! 

 ちくしょう! 火さえ扱ってなければ!


 天国のおばあさまがあたしに料理にイロハを叩き込んだ最初のイ!


 『酔っぱらって火を使うな!』


 おばあさま、あたしは今日もその教えを守っています。

 蒼明(そうめい)さんには言えないけど、電子レンジにはよくお世話になっています。

 人類の叡智! マイクロウェーブの勝利です!

 負けたのはあたしです。


 「みなさん、起きて下さい。あたしから見て頂きたいものがありますよ」


 あたしは七王子のみなさんをゆさゆさと揺する。


 「うーん……お嬢ちゃんが裸体を見てほしいのなら起きるよ」


 ボゴガッ!


 「アウチッ!!」


 よしっ、緑乱(りょくらん)おじさんは叩き起きた。


 「なーに、騒がしいわね」

 「女中、我はまだ眠りに入ったばかりなのだが……」

 「ひとりで(かしま)しい珠子さん、なんだい」

 「……おはよう、珠子姉さん」

 「なーに、ボクまだねむーい」

 

 他のみなさんも眠い目をこすりながら上体を起こす。


 「ふむ珠子殿、見せたいものとは何ですかな?」

 「ふふっ、夕方のお返しですよ」


 そしてあたしは荷物を片手に歩き始めた。

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