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あやかし酒場と七人の王子たち ~珠子とあやかしグルメ百物語~  作者: 相田 彩太
第三章 襲来する物語とハッピーエンド
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珠子と逢魔時(前編)

 季節は春、桜の季節。

 今日はみんなとお花見会。

 あたしたちは、夕方からの夜桜をお楽しみ中。


 「あらやだ、桜がとっても綺麗であたしたちの美しさが(かすみ)そう」

 「そんな事ないですよ。藍ちゃんさんの美しさで桜もピンク色に頬を染めています」

 「あらま、おじょーずね」


 嘘じゃない、藍蘭(らんらん)さんは今日もおしゃれ。


 「藍ちゃんさんのファー付きコートも素敵です。優しいクリーム色で」

 「うふふ、ありがと。桜は咲いたけど、まだ夜桜は寒いから」


 寒いのはコートの前を開けた上で、アンダーに腹筋の見えるロックな服を着ているからではないでしょうか。

 そう思ったけど、あたしは言葉を飲み込んだ。


 「はーい、お待ちかねの花見弁当ですよ」

 「やったぁ! 待っていたよお嬢ちゃん」


 花見と言えばお弁当。

 でも、あたしが用意したお弁当は普通のお弁当じゃないの。


 「ふむ、このお重は伝統的な花見弁当であるな」


 お弁当の正体を一瞬で見抜いたのは黄貴(こうき)様と一緒に参加している部下の鳥居様。

 そう、これは江戸時代に流行った花見弁当。

 四段もの重箱に詰められた豪勢なものなのです。


 「昔の金持ちの商家は重箱の豪奢(ごうしゃ)さで競い合ったものであるが、これは落ち着いた面持ちで良い」

 「あはは、さすがに現代では本漆や金、貝を使った豪勢な重箱はお高いですから」


 現代は合成プラスチックと染料を使った重箱が比較的お手軽な値段で売られている。

 本物は高い、そりゃあもう。


 「おっ、酢味噌で食べるお刺身かい」

 「はい、ヒラメとサヨリとウドです。あとはワカメを中心とした海藻サラダも酢味噌でどうぞ」


 一の重はお造りとウドと海藻を酢味噌で頂くフレッシュ重。


 「こっちは押し寿司であるな。うむ、魚の王、鯛の押し寿司とは見事であるぞ女中。ん? これは飯が柔らかくて良い味だな」


 ふっふっふっ、二の重は押し寿司風の重、だけどあたしなりの工夫がされているの。

 黄貴(こうき)様が食べているのは押し寿司のようで押し寿司ではない。

 

 「それは”小鯛笹漬けの押し寿司風”ですね。小鯛の半身を塩と米酢で容器に詰めて重しをした笹漬けを寿司ネタに見立てて、お米は少し固めに握りました」

 「ほう! ネタは押し寿司、酢飯(シャリ)は握り、それを合体させた物であったか。うむ、うまい!」

 「こっちの鯵とのどぐろの押し寿司風もいいね。合体大好きな珠子さん」


 赤好(しゃっこう)さん……合体大好きは止めて下さい。


 「続いてはかまぼこと煮物のお重ね。あら? このかまぼこは色が茶色いわ」

 「これは”わた蒲鉾”であるな。鮑の肝を練り込んで作っておる伝統的なものであるぞ」


 あたしの代わりに鳥居様が解説してくれる。

 鳥居様が言う通り、あれは”わた蒲鉾”、鮑の腸を練り込んだ手作り蒲鉾なの。

 おいしい! けど高い!


 「その他は(たけのこ)の煮物と銀杏の煮物”うちぎんなん”ですね。その緑のラインがある蒲鉾っぽいものは”春かすみ”です。ゆり根をすって蒸し合わせた物ですが、抹茶を挟んでミルフィーユ状にしています。綺麗ですよね」


 この三の重に入っている”春かすみ”は江戸時代から続く伝統的な料理。

 ゆり根の白と抹茶の緑の色合いが美しい一品。

 江戸時代に生きた方のセンスには頭が下がります。


 「あまーい、おいしー」

 「……これは甘露、いや甘味」


 そして年少組に好評なのが四の重、ここは和菓子の重。

 椿(つばき)の葉でくるんだ椿もち、桜の葉でくるんだ桜もち、梅の形の紅梅もち。


 「春のお花のお菓子って、すてきねー珠子ちゃん。綺麗で甘いなんて人間の作るものっていいわねー」

 「ええ、デザートという概念の無い時代ですが、和菓子の重を用意しておくなんて、江戸の人は流石ですね」

 「かつて、この花見弁当は商家が贅沢を競う事もあったが、色とりどりの品は良い物であるな。儂はもやし物は奢侈(しゃし)を招くとして禁じたが、季節物は禁止はしておらぬ。この弁当は儂の先見の明のおかげとも言えよう」


 ちょっと自慢気に鳥居様が解説してくれる。

 江戸時代にも現代のビニールハウスに似た油障子で囲った野菜の促成栽培があった。

 その野菜たちを総じて”もやしもの”と言われていたの。

 旬より遥かに早く育った野菜は初物として高値で取引された。

 その結果、江戸時代の後半、鳥居様が全盛期まっさかりの天保の時代、贅沢すなわち奢侈(しゃし)を禁ずる御触れが度々出された。

 でも、鳥居様の言う通り、旬の物は禁止されなかったの。

 だから、あたしたちは今でも江戸時代から脈々と途切れなかった食文化を堪能出来ている。


 「その通りです鳥居様。素晴らしい文化を残してくれてありがとうございます!」


 あたしの言葉に鳥居様は少し照れた表情を浮かべ、それを隠すようにお酒をキュッと口にした。


 ブルルッ


 あたしの身体が夜風を受けて震える。

 4月の初めとはいえ、夜は寒い。

 

 「あら珠子ちゃん、ちょっと寒そうね。上着を貸してあげましょうかしら?」

 「いいえ、大丈夫ですよ。こんな事もあろうかと対策は準備していますから」


 気遣いは嬉しいけれど、藍蘭(らんらん)さんの上着の下は肌がそこかしろに露出した穴のあるロックな服。

 それが見えてしまうと見えてるだけで寒そうなのです。

 

 「対策というとやっぱりアレ(・・)かい?」


 緑乱(りょくらん)おじさんが、何かを待ちわびるような目でこちらを見る。


 「はい、それもご用意していますが、まずはこちらから! じゃーん!」


 そう言ってあたしが取り出したのは野外用の焚火台と中華鍋。

 

 「続いて、じゃじゃじゃーん! 蒸し蒸籠(せいろ)―! はい、合体! ガギューン!」


 続けてあたしが取り出したのは中華街の誘惑、蒸籠カゴ。

 瞬く間にそれらはタワーのように積み上がる。


 「やっぱり合体大好きじゃないか」

 「……合体は男のロマン」


 すみません、あたしは女の子ですけど男のロマン合体大好きです!

 炭の熱量でもうもうと水蒸気を上げる蒸籠台は見ているだけでもワクワクしてしまいます。


 「ふむ、して女中よ。何を蒸しておるのだ?」

 「小籠包です! 熱いお汁がピュピュとほとばしり、熱々で身体がポカポカしますよ。早速、一の段が蒸しあがりました!」

 

 シュパッと素早い動きであたしは一番下の段の蒸籠を抜き取る。

 

 「おや、これは皮が薄い緑であるな。ホウレン草を練り込んだ翡翠の皮であるかな?」

 「いいえ、これは烏龍茶の茶葉を挽いて皮と餡に練り込んだ烏龍茶小籠包です! 台湾の名店京鼎樓(インディンロウ)を真似てみました!」


 敷物にはキャベツを使い、緑の中に緑が映える。

 それは烏龍茶入りの烏龍茶小籠包。

 烏龍茶は茶色のイメージがあるけど、高級品の凍頂烏龍茶は緑がかっているの。

 

 「ほほう、烏龍茶を練り込んだ物は珍しい。ではその味は……」


 黄貴(こうき)様はまだ熱々の小籠包をレンゲに乗せ、箸でその皮を破る。

 

 ジュワッ

 

 その中からスープが溢れると共に、烏龍茶の香ばしくも爽やかな匂いが広がる。

 黄貴(こうき)様はチュルっとスープと一口すすると、ゴキュっと一気にレンゲに乗った全てを飲み込んだ。


 「ふうー……これはムチムチとした厚手の皮が舌に吸い付き、そして具の肉汁のコクが烏龍茶の爽やかさで一気に喉元を流れていく。舌と喉で美味を味わえる……うむ、旨い!」

 「ありがとうございます! 二段目はオーソドックスな肉の小籠包。三段目は帆立のスープが美味しい海鮮小籠包です。四段目は蒸し上がるまで、もう少々お待ち下さい」


 あたしの声にみんなの手が蒸籠に群がる。

 こりゃ、もう1セットの蒸し道具を持って来て正解だったわ。


 「お待ちなさい」

 「なんだい蒼明(そうめい)。早く食わんとお前の分も無くなるぞ」


 赤好(しゃっこう)さんは既にハフハフとひとつめ小籠包を平らげ、ふたつめに手を出している所。


 「いいえ、私が止めたのは珠子さんのお代わりの準備にです」

 

 はい?


 「いやいや、蒼明(そうめい)さん。お代わりを作らないとみなさんの胃袋が(おさ)まりませんよ」

 

 七王子のみなさんは食欲が旺盛、食べるペースも早い。

 やっぱ男の子よねぇ。

 まあ、作る側としては嬉しいんですけど。


 「いいえ、お代わりは私が作ります。つまり……貴方(あなた)に料理バトルを申し込みます!」


 はいいぃー!?

 

 「……なんという自然な流れ」


 もぐもぐと小籠包の旨さを口の中で味わいながら橙依(とーい)くんが呟いた。

◇◇◇◇


 「蒼明(そうめい)さん、料理バトルと言っても、ここには材料も道具もありませんよ」


 お花見という事であたしは材料を持って来ていない。

 ここにあるのは、お弁当とあとは温めるだけになった小籠包と……お酒だけ。


 「今回の勝負は純粋な調理技術だけを競います。具体的にはその小籠包を私が蒸しましょう。さっきのあなたが蒸した物より美味く出来上がったら、私の勝ちって事で」クイッ


 そう言って蒼明(そうめい)さんは小籠包の入ったタッパーを奪い取る。

 ああ、そういう事ですか。


 「うーん、それは構いませんけど……多分、蒼明(そうめい)さん、負けちゃいますよ」

 「やってみなければわかりません。橙依(とーい)くん!」

 「……はいはーい」


 やる気のない返事で橙依(とーい)くんが異空間格納庫(ハンマースペース)から蒼明(そうめい)さんのマイ電子レンジと四角い箱を取り出す。


 「あら、何かしら? その可愛くないのは」

 「これは災害用蓄電池です! 珠子さん風に言えば『人類の叡智! マイナスイオンの勝利です!』といった所でしょうか」


 いや、リチウムイオンだと思います。

 いやいや、マイナスイオンで合っているのかも。


 「これはガソリン式の発電機とは違い、排ガスの臭いがしません! それに加えて電子レンジ用蒸し器も用意しました! さあ! 私の電子レンジがスパークする時です!」


 お願いです、スパークしないで下さい。

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