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あやかし酒場と七人の王子たち ~珠子とあやかしグルメ百物語~  作者: 相田 彩太
第一章 はじまりの物語とハッピーエンド
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お稲荷様と栗の甘露煮(前編)

 かくしてあたしは『酒処 七王子』の給仕兼料理人として雇われたのですが……


 「お客さん……きませんね」

 「そーねー、いつもこんなものよ」


 はっきり言って暇だ。

 ここの台所はかなり充実していて、あたしは新しい城を手に入れて喜んだが、それも食べてくれるお客さんがいてのものだ。


 「”あやかし”は気まぐれな上に数が少ないからね。商売繁盛で笹持ってこーいってなわけにはいかないわよ」


 キュッキュとグラスを磨きながら藍蘭(らんらん)さんが言う。


 「他の王子たちも気まぐれですもんね」


 七人の妖怪王子、八岐大蛇(ヤマタノオロチ)の息子たち、彼らもまた”あやかし”っぽく勝手気ままに過ごしているらしい。


 「そうね、赤好(しゃっこう)は町でエンジョイ、緑乱(りょくらん)はそこで飲んだくれ」

 「ういー、おじさんは自宅警備のおしごとちゅーでーす」


 奥の畳間から声がした。

 緑オヤジは毎日飲んだくれているらしい。


 「蒼明(そうめい)は大学で授業中、橙依(とーい)紫君(しーくん)も学校ね」

 「学校に通っているんですか!?」

 「ええ、趣味でね」


 七王子の五~七男は見た目は大学生と中学生と小学生に見える。

 学校に通っていても違和感はない。

 

 「じゃあ、この店は藍ちゃんがいつも仕切っているのですか?」 

 「そうね、店番はアタシがほとんどね。たまに弟たちが手伝ってくれるけど」


 お兄さんの黄貴(こうき)様は手伝わないんだ。

 まあ『よく来たな! 底辺”あやかし”どもよ! さあ我の酒を飲むがいい!』となったら益々閑古鳥が鳴く。


 「それに、美しいものを愛でるのはアタシくらいしか出来ないから」


 えっ!?

 美しいってわたしのこと!?


 「ほら! みてみて珠子ちゃん! このリキュールの瓶、ハイヒールの形をしているの!」


 なんだ、お酒の瓶のことか。


 「|シンデレラシュー《Cinderella Shoe》の瓶ですね。あたしも好きです。飲んだ後、飾っておきたくなりますよね」

 「んまっ! シンデレラ! あこがれるわぁ、やっぱ意地悪な継母や継姉にいじめられた華憐なヒロインが最後の1ページで逆転サヨナラ満塁ハットトリックって所がいいわよね」

 「満塁ハットトリックはないと思いますけど……」 


 カラン……


 「いらっしゃいませ~」


 やっと今日初めてのお客さんだ。

 銀色の髪、すらりとした目鼻立ちで神主さんの服、狩衣装束(かりぎぬしょうぞく)を着ている。

 そして、キツネ色の獣耳と尻尾……

 はい! ケモミミ青年頂きましたー!


 「あら、稲荷(いなり)じゃない。久しぶりね」

 「ああ、新人が入ったと聞いてな。その腕を確かめに来たのだ」


 どうやら、あたしの腕試しに来たらしい。

 よーし、初めてのお客だし、あたし張り切っちゃうぞー!


 「さて、娘よ。この俺の正体を何とみる」


 へっ!?


 「いや、そのおキツネ様でしょ」

 「ばかな!? この短時間で見切っただと!? 俺の木を隠すなら森の中作戦が見破られた!?」

 「なにその作戦?」


 藍蘭(らんらん)さんがおキツネ様に問いかける。 


 「ほら、本屋の”らいとのべる”というコーナーでは、この狩衣を着ている者はほとんど耳と尻尾を付けておるぞ! だったら、俺のこの恰好も人間として扱われるのではないか!?」


 あー、だから木を隠すなら森の中作戦なのね。 

 確かにラノベの表紙だとまともな人間風よりケモミミ率の方が高いもんね。


 「いや、簡単にわかりますって。耳とか尻尾とか名前とか」


 稲荷って名前でモロわかりだ。


 「名前か……それは気づかなんだ」


 いや、気づけよ。


 「ならば、新しい偽名を考えなくてはな。そうだな……(きつね)……()……コンコンというのはどうだろう」

 「いや、さすがにそれは短絡過ぎるかと……」


 あたしは答える。


 「ううむ……ならば、濁音を付けてゴンというのはどうだろう」


 ごん……お前だったのか……


 結局、新しい偽名はコーンになった。


◇◇◇◇


 「コーンか良い名だ」

 「はいはい、で、ご注文は?」

 「冷酒と、そこの娘のオススメをもらおう」


 来たっ!

 

 「ええ、ウチの新人ちゃんの腕前をご覧になって」

 「はい、5分ほどお待ちください」


 この店にもメニューはある。

 普通の居酒屋で出るようなメニューだ。

 だけど、あたしが来たからには一味変える。

 あたしは、そう決意していた。

 そして、準備もしていた。


 ジュ―


 揚げ物の音がする。

 おキツネ様と言えばやっぱりこれよね。


 「お待たせしました! 揚げたて油揚げです!」


 最初に揚がった2枚をあたしはカウンターに座るコーンさんに出す。


 「まぁ、おいしそう。油揚げって売っているものだけじゃないのね」

 「へへー、油揚げを作るのは意外と簡単なんですよ。水切りした木綿豆腐をスライスして、さらに水切りしてから揚げるだけです」


 シューといまだ音を立てている油揚げにコーンさんの視線が集中する。


 「ふん、キツネと言えば油揚げだなんて、短絡的すぎる。油揚げなんぞ江戸時代からずっと供えられておる」


 コーンさん、尻尾尻尾。

 カウンター越しでもコーンさんの尻尾がフリフリと揺れているのがわかった。


 「あら、じゃあアタシが頂こうかしら」

 「注文したのは俺だ!」


 目で威嚇しながら、コーンさんが皿を抱え込む。


 「では、いただくとするか」


 カリッ


 「むは、むは、このカリカリとした食感、そして熱々の中からあふれでる豆腐の旨み! 美味いっ!」


 そう言って、コーンさんは猪口の冷酒を口に含む。


 キュッ


 「くふうぁー、そしてこの冷酒との温度差の相性もいい!」


 カリッ  

 

 コーンさんはまた油揚げを口にする。


 コポッ

 キュッ


 そして、またまたお銚子からお猪口へ酒を注ぎ、瞬く間に口に運ぶ。


 「くふぅー! 油揚げと冷酒の相性は知っていたが、この揚げたてはさらにいいっ! 特に食感!」

 

 むふふ、思った以上に好評のようですぞ。


 「はい、追加が揚がりました。おかわりのご注文はどうですか?」

 「あら、これまたおいしそう。注文が無ければアタシが食べちゃおうかしら」

 「ま、まて、注文する。同じものを5つ!」

 「はーい、まいどありー」


 ふっふっふっ、この揚げたて油揚げは1つの木綿豆腐から5枚は取れる。

 それなのに値段はまあまあなのだ。

 つまり、利益率が高い!

 うひょー、腕が鳴るわ、油も鳴るわー!


 ジュワー


 そして、水切りしてあった豆腐5丁はあっという間に油揚げへと姿を変え、胃の中に消えた。


◇◇◇◇


 「これ、美味しいわね! 揚げたて油揚げって売ってる物とは全然違うわ!」 

 

 何とか1枚ご相伴に預かった藍蘭(らんらん)さんも褒めてくれた。


 「時間が経ったバンバーガー屋のポテトを思い出してちょうだい。あれは揚げたてと時間が経ったものとでは格段の差だわ。それと同じ事よ、油揚げだって揚げたてはまた格別なのよ」

 「そーいわれればそーね。橙依(とーい)がたまに食べているチェーン店のポテトも時間が経つと味が劣るわね」


 ふふーん、どう? 満足したかしら。

 あたしは自慢げにコーンさんの反応を待つ。


 「……92点」


 やった高得点!


 「でも100点じゃない。ふん、期待の大型新人と聞いて来たが、まだまだ俺を満足させるレベルじゃないな」


 えーっと、さっき口を上に向けながらハフハフと油揚げを運んでた口と同じ口でその台詞を吐きますか?


 「あら、厳しいのね。じゃあ次はどんな料理がご所望なのかしら?」

 「そうだな……じゃあ栗の甘露煮をいただこうか。高級で昔懐かしいやつがいいな」

 

 そう言ってコーンさんはニヤリと(わら)った。

 あー、これ悪だくみをしているキツネの顔だ。


 「いいわよ」


 そう言って藍蘭(らんらん)さんは戸棚から瓶詰の栗の甘露煮を取り出す。

 ブランド名は見た事はある。

 お高いやつだ。

 ラベルには『昔ながらの伝統手法』と記されていた。


 「はい、どーぞ」


 小皿に盛ったそれを藍蘭(らんらん)さんがカウンターに差し出す。


 「藍ちゃん、ダメですそれ!」


 あたしは声を大にして言った。

 ダメなんだ、それでは。

 コーンさんの所望しているやつじゃない。


 「ふむ、少しくどいな。58点」

 「んまっ、これ結構いいやつなのよ」

 

 そう言って、藍蘭(らんらん)さんも瓶の栗を一つ口に含む。


 「おいしいじゃない、どこが悪いのかしら?」

 「ダメなんですそれじゃあ」

 「あー、そっか、さっきと同じで手作り出来立てじゃないとダメって事?」

 「それもそうですが、材料が足りません」


 そう材料が足りない。

 そして、それは売っていないのだ。


 「コーンさん、少々お待ち頂いても良いですか?」

 「待つとはどれくらいだ? 三時間くらいか?」

 「えーっと……三日くらい……かな?」


 あたしの答えにコーンさんはあんぐりと口を開けた。

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