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あやかし酒場と七人の王子たち ~珠子とあやかしグルメ百物語~  作者: 相田 彩太
第三章 襲来する物語とハッピーエンド
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大江山四天王と鬼便人毒酒(中編)

 あたしは考える……慈道さんが言った鬼便人毒酒(きべんじんどくしゅ)の意味を。


 「おい! 少しはやるではないか! みな気を抜くなぁあぁ!?」 ゴイン!


 慈道さんは破戒僧ではあるが、殺生や姦淫、強盗などを行うような人ではない。

 

 「おう! 囲め囲め! 我らの連携をおぉ!?」 ガゴン!


 だけど、その三戒は守っているが、その反面、浄肉を食べたがったり酒を飲む生臭坊主。

 不飲酒戒(ふおんじゅかい)は破っている破戒僧。


 「ああ!? ほしくまー! かなくまー! おのれぇーえええぇー!?」 グガン!


 なら、あの意味はその五戒の最後のひとつ、不妄語戒(ふもうごかい)を破ろうと……嘘を付こうとしている!?


 「わ、わかった! 今日は痛み分けで勘弁してやりゃあああー!?」 ドドゴゴン!


 でもなんで……あっ!? もしかして!

 あたしは慈道さんの意図を理解して……呆れた。

 その、相変わらずの破壊僧っぷりに。


 ドンガラガッシャーン!


 「「「「ぴぎゃー!!!!」」」」  


 表から落雷のような音が響く。

 あたしは準備する、確か洋酒の棚にそんな酒があったような。

 あった! 鬼便人毒酒(きべんじんどくしゅ)もどき!


 カラン


 「騒がせて済まなかったな、珠子殿」

 

 扉から入って来たのは息ひとつ乱していない慈道さん。


 「「「「きゅう」」」」


 その手にあったのは、猫のように首根っこをつかまれてぶら下がる四天王だったのです。


◇◇◇◇


 「ボス……すみません」

 「姐さん、金熊は……」

 「うう、体が思うように動かぬ」

 「肉だ……肉と酒で回復を……」


 四天王はテーブルに突っ伏すように体を預けていた。

 

 「慈道さん、あれ大丈夫なのですか?」

 「心配はいらぬ、あやつらは”あやかし”じゃからの。あの程度なら、食って飲んで寝れば回復する」

 

 あたしの心配をよそに慈道さんは肩をコキコキさせながらいう。

 そんなものなのかな。

 飲食で回復するなら、あたしはいつもと同じく美味しい料理とお酒を提供するだけですけど。

 あたしは台所に戻り調理を再開する。


 「お待たせしました! マトンステーキと赤ワインです!」


 あたしは鉄板の上でジュージューと音を立てているステーキをテーブルに運ぶ。

 

 「まちかねたぞ……」


 弱弱しく星熊童子が頭を上げ、ステーキ皿に手を伸ばす。

 だが、その手に皿が渡る前に、ひょいと横からの手が皿をかっさらった。


 「約束じゃからな、お主の肉は拙僧が頂くぞ。熊熊四天王とやら」

 「おい、星熊じゃ!」

 「おう、熊だ!」

 「ああ、虎熊なるぞ!」

 「おお、金熊じゃぞ!」

 「わからぬわからぬ、もう少し特徴(キャラ)付けをしてから出直せい」


 慈道さんはうきうきと皿を手にカウンターに戻っていく。

 ついでに赤ワインも手にして。


 「ああっ~あー……」


 虎熊童子さんの伸びた手が力なくガクッとテーブルに倒れた。


 「ああ、世は末法を遥か昔に過ぎてるというのに、我らの時代はまだ来ぬか」

 「おう、肉、喰いたかったなぁ」

 「おお、しかも我らはキャラ付けが弱いと言われる始末」

 「おい、飯炊き女、追加で肉をくれ……」


 四天王は力なく追加のオーダーを出す。


 「そう言うと思っていました。すぐにお持ちしますね」


 元々、ステーキだけだと足りないと思っていたから、あたしは他の肉料理も下ごしらえ済みで、仕込み済みの肉料理を温めている。

 それは、とってもおいしいラム肉料理。

 マトンには力強い味があるけど、やっぱり羊ならラムを食べてもらいたい。

 あたしは台所に戻り、オーブンと大鍋から肉を取り出し大皿に盛り付ける。


 「お待たせしました! 骨付きラム四種です!」


 デデンと大皿にのった四種の肉がその上で存在感を示す。


 「「「「おおっ!」」」」

 

 大量の肉を前に四天王がガバッと起き上がる。


 「四種は『骨付きスネ肉(ラムシャンク)の赤ワイン煮』、『骨付バラ肉(ラムスベアリブ)のグリルオレンジソース』、『骨付きロース肉(ラムチョップ)の香草焼き』、そして『ラムのTボーンステーキ』です。さあどうぞ!」


 あたしの言葉の終わりを待たずして、四天王は肉に群がる。

 ナイフやフォークは使わない、手づかみだ。

 

 「おい! この赤ワイン煮とやらは固いはずのスネ肉がトロットロにとろけておるぞ!」

 「はい、星熊童子さん、これは固いスネ肉を赤ワインで何時間も煮る事で、肉の繊維がホロホロに崩れるくらいに柔らかく食べれる料理です」


 「おう、こっちもうまいぞ! このスベアリブとやらは(だいだい)の酸味と甘味が濃厚な脂を中和している!」

 「ええ、熊童子さん。あたしが一番美味しいと思うのは、骨周りの肉は脂がたっぷり乗った肋骨周りの肉です。柑橘系のソースと合わせてこそぎ取るように頂くのが美味しいですよね」


 「ああ、これは絶品なるぞ! このラムチョップは香草の刺激と肉の柔らかい旨みが!」

 「その通りです、虎熊童子さん。ラムチョップの香草焼き、それは骨付きラム肉料理の代名詞とも言える料理。理由はもちろんおいしいから! 柔らかい肉質と骨周りの肉の旨みがたっぷりですよ!」 


 「おお、このTボーンステーキとやらは、柔らかい肉質と、さらに柔らかくきめ細かい肉質の料理が味わえる。右に左に、口の振り子が止まらぬわい!」

 「お得なのは嬉しいですよね、金熊童子さん。Tボーンステーキは柔らかいロースと、それを超える柔らかさのフィレ肉が同時に味わえます。脊椎を周りのTの形の骨を使った野趣あふれる高級料理! この上質の味ならば味付けは岩塩のみで!」


 うーん、他のはともかく、Tボーンステーキはナイフを使って欲しかったな。

 

 「うーむ、こっちより美味そうじゃな」


 そんな呟きがカウンターからも聞こえてくる。


 「おい、ん? 飯炊き女よ、お主は我らの見分けがついておるのか!?」


 あたしとの会話で気づいたのか、星熊童子さんがあたしに尋ねてくる。


 「はい、接客業としてお客様のお顔を間違うわけには参りません。切れ長の目が星熊童子さん、眉が太めなのが熊童子さん、ちょっぴり八重歯が見え隠れするのが虎熊童子さん、光の加減で髪が亜麻色に見えるのが金熊童子さんですよね」


 言ってはみたものの、この差はすごく小さい。

 よーく観察しないとわからないくらい。


 「おお! わかっておるではないか!」


 髪を光に透かしながら金熊童子さんが嬉しそうに言う。


 「おう、見込みがある良い飯炊き女じゃ」

 「ああ、でも、それが見切れる(やから)が少ないのも難点なのじゃ。努力はしているのじゃが……」


 熊童子さんがあたしを褒め、そして虎熊童子さんがうなだれる。


 「その努力とは会話の頭に『おお』『ああ』『おう』『おい』を付ける事でしょうか?」

 

 あたしは、ずっと気になっていた、彼らの会話が。

 やっぱり不自然よね。


 「「「「気づいてくれたのか!? ボスや姐さんも気づかなかったのに!?」」」」


 あー、うん、気づいてたけど生温かい目で見てくれてたんじゃないかな。

 

 「真打は後から出て来るものです。この子羊料理も同じ骨付き肉ですが、部位と調理法と味付けでグッと変わるのです! ちょっと待ってて下さいね。おかわりを持って来ますから」


 あたしは台所に戻り追加の骨付き肉をもってくる。

 ただし、追加分はほとんど味付けしていない。

 赤ワイン煮はブーケガルニを加えた水煮に変わり、ラムチョップもスペアリブもTボーンステーキもオレンジソース、香草、塩すらも抜いている。

 本当に煮て、焼いただけ。

 でも、その代わりに調味料の皿が4種。


 「はい、追加のお肉と調味料です。今回はイギリス風ですね。調味料でお好みの味付けにして下さい。調味料は『塩』『マスタード』『純マーマレード』『柚子胡椒(ゆずこしょう)』です」


 日本やフランスではシェフが味付けを整えた料理が一般的。

 だけどイギリスとアメリカはそれとは違い、テーブルの調味料で個人個人が好きな味に整える方が一般的なのです。

 あたしは、どちらかというと日本よりだけど、今日の後半は(おもむき)をちょっと変えてみた。


 「おお! 辛子(からし)よ! 肉には辛子の刺激がよいのう!」

 「脂の多いスペアリブはくどくなりがちですが、西洋辛子(マスタード)のピリッとした刺激が、それでも次の肉への食欲を出してくれます」


 「ああ! やはり塩だ! 単純だが完成されておる!」

 「塩は調味料の原典です。水で煮ただけのスネ肉(シャンク)と塩という太古からの味付け、それは永遠とも究極とも不変ともいえる原初の味です」


 「おう! このママレードとラムチョップは甘いようで甘くなく、肉の味を際立つのう!」

 「この純ママレードは砂糖不使用! オレンジの果汁と皮だけで作りました。酸味と苦みがラムチョップの旨みを引き立てるのです!」


 「おい! この柚子胡椒の辛さとTボーンステーキも意外といけるぞ!」

 「青唐辛子と青い柚子で作られた柚子胡椒は意外にも肉にも野菜にもスープにも合うんですよ。新しい発見があると嬉しいですよね」


 四天王はこんどはこっちの肉にこの調味料を、いやこっちを、いやいやいっそ無しで、そんな感じで調味料ごとに変わる味わいを楽しんでいる。


 「おわかり頂けたでしょうか。同じ料理でも最後の調味料で味は大きく変わるのです。つまり……」

 「つまり!?」


 あたしの言葉を待ちわびるように四天王があたしを見上げる。


 「つまり、キャラ付けには会話の最初ではなく、最後に語尾を付けるのが良いと思います! 具体的にはスタ―とかクマーとか」

 「「「「なるほど!」」」」


 ゴチン


 カウンターから何やら頭を打つ音が聞こえるけど気にしない。


 「そう言われれば、合点だスター!」

 「これならキャラ付けもばっちりだクマー!」

 「そうトラよ。これがナウなヤングというやつトラ!」

 「そうカナー。やっぱいい感じカナー」


 うわー、言ってはみたけど、会話の不自然さが減った代わりに怪しさが増しちゃった。

 でも、まっ、いっか、四鬼とも楽しそうだし。

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