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あやかし酒場と七人の王子たち ~珠子とあやかしグルメ百物語~  作者: 相田 彩太
第三章 襲来する物語とハッピーエンド
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大江山四天王と鬼便人毒酒(前編)

 「ちょっと蒼明(そうめい)ちゃん! なんて真似をしてくれたの!」


 珍しく藍蘭(らんらん)さんが声を荒げている。


 「反省はしています……ですが後悔はしていません。事実、この街での”あやかし”の小競り合いは各段に減りました」


 ”あやかし”や霊力の高い人間はある程度、妖力(ちから)を感じる事が出来る。

 人間で言えば、音を感じるように肌で気配を感じるの。

 藍蘭(らんらん)さんが怒っているのはこの前の病院での出来事。

 豆腐小僧がいじめられている事を知った蒼明(そうめい)さんは、自らの妖力(ちから)を爆発させて宣言した。

 

 『弱きものを(しいた)げるものは、この私が相手だ!』(意訳)


 藍蘭(らんらん)さんが怒っている理由はそれ。

 

 「あんな真似をしたら、アタシたちがこの街に住んでいる事がばれちゃうじゃない! 八岐大蛇(ヤマタノオロチ)の息子たちが居るって!」

 「その噂なら既に広がっていました。何ら変わりありません」クイッ


 言われてみれば、この店は河童さんたちが相撲を取りに来たり、乙姫さんが来店されたり、天狗が訪問したりしている。

 その”あやかし”さんたちは、ここが八岐大蛇(ヤマタノオロチ)の息子たちの住処(すみか)だって知っていた。


 「その噂が確信に変わったのよ! これからは飲食店の客だけでなく、力試しの”あやかし”まで来ちゃうじゃない」

 「露払いなら緑乱(りょくらん)兄さんがいます。それに……」

 「それに?」

 「いざとなれば私が出れば荒事では負けません」クイッ

 

 眼鏡を光らせながら自信たっぷりに蒼明(そうめい)さんが言った。


 「”クイッ”じゃなーい! アタシは荒事が起きるのが嫌だっていってるの!」


 ふたりの言い争いはそのまま平行線に終わったのです。


◇◇◇◇


 「というわけなんですよ慈道さん」


 この店の夕方の開店直後に来店する常連さんといえば、破戒僧の慈道さん。

 善人なんだけど、般若湯が大好きで、隙あらば肉や魚といった生臭物を食べようと困ったさんです。

 あたしは来店した慈道さんに顛末(てんまつ)を説明する。


 「ふむ、そうであったか。あの妖気の爆発はこの街どころか遠くは高野山でも噂になっておったぞ」


 ポリポリとバタピーを肴に、泡般若をちびりと口にしながら慈道さんは言う。

 ちなみに泡般若とはビールの事です。

 慈道さんにとってバターのような乳製品は大丈夫だそうです。

 殺生につながらなければ平気なんですって。

 

 「そこでお願いがあるんですけど……」  


 そう言いながらあたしはトクトクトクとビールを注ぐ。


 「わかっておる。拙僧の高野ネットワークで退魔関連の人間には伝えておこう、ここの”あやかし”は無害じゃと。ただ、人に害を加えたなら、その限りではないぞ」

 「はい、みなさんにもしっかり伝えておきます」


 七王子のみんなは良い”あやかし”、人を傷つけるような事はしない。

 そうだとあたしは信じている。


 「それはさておき、まあ、やっぱり来てしまうのう」


 お店の前の気配を感じているのだろう、慈道さんが少し困った表情をする。

 あたしもその気配は感じている、ちょっと好戦的で強い妖力(ちから)


 チリン


 入店してきた”あやかし”の見た目は小学生くらいの若い男の子。

 だけど、その目つきは険しく、頭には尖った角。

 今日のお客さんは、そう……鬼の団体さんです。


◇◇◇◇


 「ああ、ここが噂の『酒処 七王子』か。なかなか良い店じゃないか。のう星熊(ほしくま)の」

 「おい、はやるな虎熊(とらくま)。我らの任務を忘れるな」

 「おう、それより腹が減ったぞ、なあ金熊(かなくま)

 「おお、(くま)よ、おあつらえ向きに人間がおるぞ。焼いて喰おか、煮て喰おか」


 入店するなり、その4体の鬼は物騒な事を口走る。

 でもあまり怖い感じはしないのよね。

 服装が禿(かむろ)だからかしら。

 赤い和服に前髪ぱっつん、見た目は兄弟か四つ子かと思えるほど似ている。

 角が無ければ、小生意気な小学生に見えるからかしら。

 それとも、この前、蒼明(そうめい)さんの妖力(ちから)を隣で感じたせいで、あたしの感覚が麻痺しているからかしら。


 「いらっしゃいませ、四鬼様ですね。こちらにどうぞ」


 あたしはいつも通りにお客様を席に案内する。


 「おい、熊よ! この飯炊き女は肉付きが良くてうまそうじゃぞ」

 「おお星熊よ。かつての洗濯女より脂がのっておるのう」


 ぐぬぬ、あたしのダイエットは絶賛継続中なのだ。


 「ご注文は? 今日のオススメは羊料理ですよ」


 今日は冷凍輸入品だが良い羊肉が手に入った。

 マトンにラム、人によってはマトンの匂いが苦手な方もいるけど、あたしはどっちも好き。

 そして、どっちも好きになってもらうような料理を作りたい。

 七王子のみんなも肉が好き。

 やっぱ男の子よねぇ、”あやかし”だけど。


 「おい、金熊よ。こういう時はどう言えばよいのじゃ」

 「おお、星熊よ。ここは『君が欲しい』と言うものだ」


 おい待て。

 あたしの予想を超えたおしゃまな会話が目の前で行われる。


 そして星熊と呼ばれた少年は、あたしの手を握ると、


 「君が欲しい」


 上目づかいに瞳を潤ませながらロマンスの始まりの言葉を紡いだのだった。


 「えっ、えっ!?」


 意表を突かれた攻撃にあたしは一瞬戸惑う。


 「おう、女。ここは『お持ち帰りですか? それともここでお食べになりますか?』と応える所であろう」

 「ああ、気の回らぬ女だ」


 そう言って4体の鬼はくすくすと笑う。

 うーむ、これは紫君(しーくん)とはまた違ったあざとさ。


 「それでお客様ご注文は」

 「おう! 肉だ! 種類はまかせる!」

 「ああ! あとは酒だ! 極上のを持ってこい!」


 二体の鬼が腕を振り上げてオーダーを叫ぶ。


 「はい、それではマトンステーキとオーストラリアワインをお持ちしますね」


 あたしが仕入れたのは羊肉だけじゃない。

 オーストラリアワインも一緒。

 仕入れた赤ワインは『ファウンド・ストーン・シラーズ』。

 その最大の特徴は、安い!

 でも安いのにおいしい! 力強い赤! お肉にぴったり!

 1瓶1000円しない! ものすごいコスパ! ひゃっほー!

  

 あたしが台所で肉を焼きつつワインを冷蔵庫から取り出していると、何やら声が聞こえて来る。


 「おい、おい、虎熊よ! 臭うとは思わんか!?」

 「ああ、臭い臭い! これは坊主の臭いじゃ!」


 あっ、慈道さん!

 そういえば、普段は”あやかし”が集まるのはもっと夜更け。

 慈道さんはその前に帰る事が多い、だから今まではトラブルにならなかった。

 だけど今日、あの四鬼は早く来てしまっている。

 でも、多分大丈夫、慈道さんはあれでも人間の出来た方だから!


 「ふむ、何やら小鬼が騒いでおるようじゃが、春が近いからかのう。春の陽気でバカどもが浮かれておるのじゃろて」


 ちょ!? なんでそんなに挑戦的なんですか!?


 「おお! 我ら大江山四天王をバカ呼ばわりとは、よっぽど命が惜しくないらしい!」

 「おう! あの肉付きの悪い女を喰ろう前に、この坊主から喰ろうてやろうか!」


 キヒヒと口の周りを手で()きながら熊と呼ばれた鬼が言う。


 そっか、どこかで聞いた名前だと思ったけど、大江山の四天王だったのね。

 

 「大江山四天王!?」

 「おい! 驚いたか! 恐怖したか! (すく)んだか!」


 慈道さんが驚きの声を上げ、四天王が立ち上がって(はや)し立てる。


 「知らんのう」


 ゴンッ!


 四天王が頭をテーブルに打ち付けた音だ。


 「慈道さん、酒呑童子の部下ですよ! 大江山の酒呑童子退治の!」


 大江山四天王、それは源頼光(みなもとのよりみつ)の大江山の酒呑童子退治の説話に登場する、酒呑童子の部下。

 星熊童子(ほしくまどうじ)熊童子(くまどうじ)虎熊童子(とらくまどうじ)金熊童子(かなくまどうじ)の4鬼。

  

 「おお! そうじゃったか! 珠子殿は博識であるなぁ! 拙僧も思い出したぞ、確か酒呑童子(しゅてんどうじ)茨木童子(いばらぎどうじ)と並び称されるのが大江山四天王であったな」


 少し思案する素振りを見せながら慈道さんが言う。


 「「「「「はっはっはっ、おそれいったか! 我らこそが泣く子がさらに泣く! 大江山四天王よ!」」」」


 あっ! 四天王が復活した。


 「じゃがのう、お主ら、ちと特徴(キャラ)付け薄くないか!? 十把一絡(じっぱひとから)げその他の鬼のように同じ格好では見分けなど見分けがつかんのぉ」


 ゴグッ!


 再生四天王が再び頭をテーブルに打ち下ろした音だ。

 うーん、そこはあたしも少し思っている所。

 四天王なら、おっきい鬼、ちっさい鬼、メガネ、目隠しタイプみたいにシルエットでもわかるような特徴が欲しい。

 みんな禿(かむろ)の衣装で前髪ぱっつんだとキャラ付けは薄いと思う。

 よーく見れば特徴があるのはわかるのですけど。


 「おい、我らが気にしている事を……」

 「おう、吠えたのう。なあ、みなよ、少々痛い目を見せてやろうではないか!」

 「ああ、同士よ。こやつにどんな理由があろうか知らぬが、我らをその他扱いとは聞き捨てならぬ!」

 「おお、音に聞こえし俺たちの力を見せてやろうぞ」


 ガタリと椅子を揺らして四天王が立ち上がる。


 「ふむ、拙僧は人間の味方じゃ。珠子殿を喰らうと聞いては放ってはおけぬよ」

 

 慈道さんと四天王の間に張り詰めた空気が流れる。

 どどどど、どーしよう。

 酒処な以上、酔っ払いの喧嘩は日常茶飯事。

 だけど、今までは藍蘭(らんらん)さんたちが何とかしてくれてた。

 でも、今日はみんな留守。

 そして、あたしはこの間に割って入るほどの度胸はあっても戦闘力はない。


 「心配いらぬよ珠子殿。ここは『喧嘩なら表でやれ!』と言えばよいのじゃ」


 えー、そんな事を言うの嫌だな。


 「おう、飯炊き女に言われんでも表に出てやるぞ! そして臭坊主(くさぼうず)の骨と肉を喰ろうてやろう」

 「ふむ、この慈道、生臭坊主と呼ばれるのは構わぬが、臭坊主と呼ばれるのは心外であるな。よかろう、表で決着をつけてやろう。拙僧が勝ったらお主たちの肉を喰ろうとするかの」

 「おう、好きにせい。勝ったならな」

 「ああ、天地がひっくり返ってもありえぬが」


 そう言って四天王はカカカッと笑い声を唱和させる。


 「ふむ、しかと聞いたぞ」


 慈道さんが立ち上がり、出口に向かう。


 「ちょ!?慈道さん!? 大丈夫なのですか!?」


 この前の鉄鼠(てっそ)との戦いを見て、あたしは慈道さんが老齢な見た目とは裏腹に、かなりの使い手(・・・)である事は知っている。

 だけど、今日の相手は四鬼、さらにあの酒呑童子の配下の大江山四天王なのだ。


 「なに、心配いらぬ。珠子殿はこやつらのために『鬼便人毒酒(きべんじんどくしゅ)』でも準備しておけばよい」

 「へっ? 鬼便人毒酒(きべんじんどくしゅ)? 神便鬼毒酒(しんべんきどくしゅ)ではないのですか?」


 神便鬼毒酒(じんべんきどくしゅ)とは、源頼光の酒呑童子退治に登場するお酒。

 神(人)には薬に、鬼には毒になるといわれる神より(たまわ)った神酒。

 源頼光はこの酒を酒呑童子と一緒に呑みかわす事で、弱った酒呑童子とその配下の鬼を討ち取った。


 「いや、鬼便人毒酒(きべんじんどくしゅ)で合っておる。頼んだぞ」


 そう言って慈道さんと四天王は店の外に出て行った。

 神便鬼毒酒(しんべんきどくしゅ)なら神界にならあるかもしれません。

 でも、慈道さんの言った鬼便人毒酒(きべんじんどくしゅ)はその逆。

 鬼には薬に、人には毒になるお酒ですって!?

 そんな酒はどこにもありませんよ!?

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