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あやかし酒場と七人の王子たち ~珠子とあやかしグルメ百物語~  作者: 相田 彩太
第三章 襲来する物語とハッピーエンド
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豆腐小僧とむすびとうふ(中編)

 「それでは! ここから裏技の伝授に入りまーす。さて、一度パックのまま凍らせて常温で解凍した豆腐がここに!」


 あたしは豆腐パックのフィルムをはがし、中の豆腐を取り出す。


 「これをさっきと同じように細切りにして、お湯の中で結びまーす。はいできたー! みんなもやってみよー!」


 ちょいちょいとあたしはボウルの中で細切り豆腐を結んだ。


 「さっきと何も変わってないじゃないですか!」


 蒼明(そうめい)さんが少し怒りながら言う。

 うん、そうよね、工程は全く同じように見えるわよね。

 でも、これはさっきとは違うのですよ。


 「できたー!」

 「できました!」


 憤慨の声を上げる蒼明(そうめい)さんの隣で、紫君(しーくん)と豆腐小僧が歓喜の声を上げた。


 「へっ!?」


 それを見て蒼明(そうめい)さんも豆腐を結びにかかる。


 「できました……」


 ボウルに中には、その手の先で結ばれた”むすびとうふ”がひとつ。


 「あとは網ですくって、お椀にいれて、粉末のお吸い物の素とお湯を入れれば……」


 トットットッとお湯がお椀に注がれ、白い”むすびとうふ”がその中にちょんと浮かんだ。


 「むすびとうふのお吸い物の完成でーす!」


 あたしの声にあわせて3人がパチパチと手を叩く。


 ズズッ


 「おいしーい!」

 「おいしいです。でもなぜ結べたのでしょう?」


 豆腐小僧くんの頭に(はてな)マークが浮かぶ。


 ガサッ


 蒼明(そうめい)さんの手がお店のゴミ箱をまさぐり、その視線が一枚のフィルムに注がれる」


 「ふむ。豆腐の銘柄は先ほどと同じ。ならばやはり凍らせたのが……」


 そう言って蒼明(そうめい)さんは少し考え込む。

 あっ、眼鏡が光った。


 「理解しました。()み豆腐でしたか」クイッ

 「正解です! さっきとの違いは凍らせた所にあります。この豆腐は豆腐百珍の『(こおり)とうふ』の作っている途中のものですね」


 (こおり)とうふ、それは蒼明(そうめい)さんの言う通り()み豆腐とも、高野豆腐とも呼ばれる豆腐の加工品の一種。

 豆腐を凍らせて解凍した上で、重しで水切りした上で天日で干せば出来上がり。

 食べる前にぬるま湯で戻した上で、出汁で炊いて食べる。

 その食感は……スポンジ。

 弾力のある歯ごたえと、中からジュワッと出汁と豆腐の旨みが染み出ておいしいの。

 口の中でとろける豆腐の柔らかさとは違い、凍とうふは弾力があってぐにゃんぐにゃん曲がる。

 細長くすれば結ぶ事だって簡単になるの。


 「この凍み豆腐のなりかけを使う事で、今回の豆腐は弾力が増して結べたという事ですね」クイッ

 「はいその通りです。これなら結びの成功率は格段に跳ね上がります。あたしの仮説では、きっと江戸時代の人もこうやってたんじゃないかと」

 「というと?」


 あたしの言葉に蒼明(そうめい)さんが質問してくる。


 「はい、この”むすびとうふ”は豆腐百珍では”尋常品”。つまり、一般的に普通に作られている品とあります」

 「その通りです」

 「ですが、考えてみて下さい。この”むすびとうふ”は尋常品というには難易度が高くありませんか?」

 「言われてみれば……」

 「むずかしいよねー」

 「はい、今まで何度やってもできませんでした」


 あたしもこの難易度は異常だと思う。

 少なくとも、正攻法で作るには相当の修練が必要。

 だからあたしは考えて、調べたの。


 「江戸時代って今より気温が低かったんですよ。冬の江戸で氷点下は当たり前くらいに」


 東京の真冬で氷点下になるのは限られている。

 でも、過去の文献には江戸時代は今よりずっと寒かったという記述もちらほらあるのだ。


 「確かに、江戸時代と同時期のイギリスではテムズ川が凍結したという絵画が残っています。これは現代では考えられない寒さです」


 その絵はあたしもネットで見た事がある。

 凍った川の上で市民が氷の上で遊んでいる絵だ。

 

 「それであたしが立てたのは、江戸時代の庶民の家や、商家であっても土間などに置かれた豆腐は夜に凍ったのではないか、という仮説。それを解凍して”むすびとうふ”にしたんじゃないかって」 


 豆腐百珍はレシピ本としては説明が足りない部分がある。

 分量とか時間とかの記述があいまいなの。

 だとしたら、あたしのこの説も十分に信憑性(しんぴょうせい)はある。


 「まあ、説としてはありでしょうか」クイッ

 「すごーい!」

 「まあ、仮説は仮設だけど。でもこれで豆腐小僧くんも”むすびとうふ”は作れるようになったでしょ」

 「ありがとうございます! これでおばあさんに”むすびとうふ”を作ってあげれます」


 豆腐小僧くんがぺこりと頭を下げる。


 「どういたしまして。それじゃあ、最後に超裏技も教えますね」


 そう言ってあたしは冷蔵庫からダイエット用のアレ(・・)を取り出す。

 真空パックに入れられたそれは、見た目は中華麺のようにも見える。


 「それは?」

 「これは豆腐干糸(とうふかんす)! 中国や台湾で使われている押し豆腐の細切り麺です!」


 あたしがパックを開封すると、そこから白い塊が出て来る。


 「これを茹でれば麺になるんですよ。ちょっと待ってて下さいね」


 沸騰するお湯に入れられた塊は、その中でほぐれて麺になっていく。


 「茹でている間に、麺にのせる具を作りまーす」


 あたしは卵を取り出し、卵白と卵黄に分け、卵白にはカニ缶の身と汁を入れてかき混ぜる。

 それを炒めれば芙蓉蟹(ふようはい)、かに玉の完成!

 日本では全卵で作る事が多いけど、中華では卵白の方が一般的。


 「カニの卵白炒めのかんせーい! そして麺もゆで上がったので軽く炒めながらソースをからめまーす。今日はオイスターソースにしましょう!」


 フライパンの中で白い豆腐の麺がオイスターソースの色に染まっていく。

 そして、台所に広がるオイスターソースの香り。

 グルルとなる蒼明(そうめい)さんの腹。


 「失礼」

 「いえいえ、かまいませんよ。そうですよね、湯豆腐と吸い物だとちょっと物足りませんよね」


 そしてあたしは盛り付けに入る。

 茶色の麺に白い芙蓉蟹(ふようはい)が丸く乗り、そしてその中心をスプーンでちょいと(へこ)ませる。


 「最後に、この窪みに卵黄を乗せればかんせーい! さっ、いただきましょ!」


 卵黄が乗った所で、みんなから『おおお』と声が上がる。


 「いただきまーす」

 「いただきますです」

 「頂きます」クイッ

 

 あたしも手を合わせて豆腐干糸のカニ玉中華風炒めを口にする。


 ズルッ、ズルルッ、ズルルルルルルッ!

 滑らかな音を立てて麺がみんなの口に吸い込まれていく。


 「おいしーい! ソースの味のメンとふわふわのカニのコクが!」

 「はい、卵黄をからめるとコクがさらに増します!」

 「ふむ、この麺は弾力もあり、淡い味わいがソースと蟹の旨さを引き立てていますね。その奥ゆかしさは、珠子さんとは正反対の味です。実に良い」クイッ


 うーん、蒼明(そうめい)さんは一言多い。

 でも、これはとっても美味しい! そしてヘルシー! 低炭水化物! いやっほー!


 「これが、超裏技の豆腐干糸です。これを使えば”むすびとうふ”も簡単です。ひと結びどころか、細工結びまで出来ますよ」


 箸で麺を掴み、上へ持ち上げながらあたしは言う。


 「ありがとうございます! これで、おばあさんに最後の豆腐百珍を届けられます!」

 「珠子おねーちゃん、ありがとー」


 そう言ってふたりくんは深々と頭を下げた。


 「ええ、お役に立ててうれしいわ」


 そう言いながらも、あたしの頭には豆腐小僧くんの言葉がちょっと引っかかっていた。

 最後の(・・・)という言葉が。 

 

◇◇◇◇

 

 翌日、紫君(しーくん)は豆腐小僧くんとお見舞いに行くと言って外出した。

 やっぱり、あたしは気になる。

 だから、こっそりとふたりの後をつける事にした。


 「おい! 豆腐小僧じゃねぇか! それに七王子のガキか」


 道ゆくふたりが単眼の大男に声をかけられる。

 一つ目入道(ひとつめにゅうどう)かしら。


 「あっ、いやなやつ」

 「いやなやつとは大層じゃねぇか。おっ、なにか持ってるじゃないか、よこしな」


 そう言って一つ目入道は豆腐小僧の包みに手を伸ばす。

 うわー、わるい妖怪だ。

 

 「だめです。これはとっても作るのが大変だったのです」

 「ほう! そりゃ益々そいつが欲しくなった」


 あの包みの中には”むすびとうふ”が入っている。

 崩れないようにしっかり守られて。

 だから、それが奪われるのを黙って見過ごすわけにはいかない。


 「待ちなさい! ここからはあたしが相手よ!」

 

 あたしは道にザッと飛び出しふたり一つ目入道の間に割って入る。


 「はっ、霊格の高い人間かと思ったら『酒処 七王子』の飯炊き女じゃねぇか。てめーなんぞに……」

 

 一つ目入道入道の声が止まる。

 その瞳に光る影が映る。


 「そ、そう思ったが、き、今日はいい陽気だから見逃してやるぜ……やります……いたします」


 一つ目入道はそんな捨て台詞を残して光の当たらぬ影に消えていく。

 

 「ありがとうございます。たすかりました」

 「いいのいいの、たまたま通りがかっただけだから。それより気を付けてね」


 豆腐小僧くんがあたしにペコリと頭を下げる。

 うーん、感謝するべきは別の人なんだけど。

 豆腐小僧くんは”あやかし”の中では弱い、戦闘力という意味では特に。

 だから、あんな風にいちゃもんつけてくる”あやかし”がいるのね。 


 「ありがとー、おねえちゃん」


 紫君(しーくん)と豆腐小僧くんは手を振って駆けだす。

 そしてあたしはふたりとは逆の方向に進み、角を曲がる。


 「で、なんであなたはふたりの後をつけているのです」

 「そういう蒼明(そうめい)さんこそ」


 曲がり角に居たのはあたしの予想通り蒼明(そうめい)さん。

 さっき、一つ目入道の大きな瞳に映った光る眼鏡の正体。

 目的はきっと同じ。

 それに、あたしには理由がある。

 その理由はこの包みの中に。


 「私は豆腐小僧をいじめている(やから)がいると聞いた事が気になりましてね」


 そう言って蒼明(そうめい)さんは眼鏡を光らせる。

 蒼明(そうめい)さんは”あやかし”なのに正義感が強い。

 

 「そうですか、それじゃあ一緒に行きましょうか」

 「あなたと一緒なんて、まっぴらごめんです。私は私で勝手に行動しますから」

 「わかりました」


 そう言ってあたしはあたしの目的地に向かって歩きだす。

 病院の名前は聞いてわかっている、徒歩ルートも。


 スタスタ、スタスタ、スタタタッタ


 「蒼明(そうめい)さん、どうしてあたしの後ろをつけて来るのですか?」

 「今日はいい陽気ですからね。こんな日はべとべとさんごっごをしたくなるのです」 


 べとべとさんとは夜道で人間の後を足音だけでつけてくる妖怪である。

 うーん、鬼畜ツンデレ眼鏡。

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