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あやかし酒場と七人の王子たち ~珠子とあやかしグルメ百物語~  作者: 相田 彩太
第三章 襲来する物語とハッピーエンド
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狐狸(こり)と狸料理(前編)

 「称えよ! ここに『金の亡者』、『獅子身中の虫』、『外道教主』に次ぐ、我らの新しい同志が加わった『傾国のロリババア』である!」


 パチパチパチー


 あたしは新しい仲間を拍手で迎える。 

 天国のおばあさま、この国に新しい仲間が加わりました。

 建国以前の問題……もとい、建国以降の問題です。

 もう、この国の未来はお先真っ暗です。


 「だれがロリババアじゃ! だれが!」

 「どうどう、姉上、どうどう」


 片足をテーブルの上にあげて抗議しているのが新しい仲間の讃美(さんび)さん。

 コーンさんのお姉さんだそうです。

 黄貴(こうき)様が街で家臣集めをしていた時に出逢ったそうです。

 そしてそのまま意気投合。

 とある(・・・)条件の下に仲間になりました。


 「でも黄貴(こうき)様、大丈夫なのですか? あんな条件を飲んで」

 「なんだ女中よ、心配しておるのか?」

 「そりゃ心配しますって、条件が『黄貴(こうき)様の建国する八岐大王国(やまたのだいおうこく)を建国後に滅亡させる』って知ったら」


 あたしは黄貴(こうき)様とは違って、妖怪の世界の支配者が誰になるかはに興味はない。

 だけど黄貴(こうき)様がこのロリババア……もとい見た目は犯罪的な幼なさの妖狐に篭絡されるなんて……

 そう……なんかもやっとする。


 「心配は要らぬ、傾国の女性(にょしょう)に魅入られるのも王の(つと)めである。むしろ魅入られてこそ王道! ならばよし!」


 黄貴(こうき)様は胸を張り自信たっぷりに笑い飛ばすけど、やっぱりちょっと心配。


 「なんだ女よ、妾が妬ましいのか。心配いらぬ、しゃぶりつくしたならお主にも下賜(かし)してやるからの」


 ロリババア……いやいや、讃美(さんび)さんが舌なめずりして犯罪的なエロさを醸し出しながら言う。

 

 「いりません!」


 あたしは顔を真っ赤にしながら拒絶する。

 

 「なぁに、遠慮するな。妾はあの(・・)年増の玉藻とは違い心が優しい。国を乗っ取ったら王などに用はないわ」

 「だから! いりませんって!!」


 彼女の言う玉藻の前とはとっても有名な九尾の狐のこと。

 なんでも今は殺生石に封じられていているらしい。


 「姉上、珠子殿をからかうのはほどほどにして下さい。これから大事な役割を担って頂くのですから」

 「なんだコーンよ、人間の味方をするのか? やはり妖狐になるのを避け神使(しんし)になったのは、人間の女の方が好いとるからか」


 口元を巫女衣装の袖で抑えながら讃美さんがくふふと笑う。


 「そりゃ、妖狐の運命を知ったら別の道を選びたくなりますって!」


 顔を真っ赤にしてコーンさんが叫ぶ。


 「さもありなん」


 あたしの隣で鳥居様が小声で(うなず)く。


 「鳥居様、何かご存知なのですか?」

 「うむ、妖狐は雄であっても美女に化け男をたぶらかすと聞いた事がある。その後、年を経ると性別を超えた存在となるとも。無論、男をたぶらかすとは情事を指しておるぞ」

 

 なにそれエモい!

 あたしはコーンさんの別の運命を想像しながら温かい目で彼を見る。


 「だから! 俺はそんな道は選びませんでしたって!」

 「ほっほっ、弟よ、今からでも遅くはないぞ」

 「だから! だから! 選びませんって!!」


 うーん、あの堅物のコーンさんが軽くあしらわれているぞ。

 さすがは三本の尻尾を持つロリババア……もとい千年妖狐。

 あの(・・)九尾の狐”玉藻の前”を一方的にライバル視しているだけはある。

 ちなみに”玉藻の前”は彼女が駆け出しの時に既に数千年を経た大妖狐だったんですって。


 「さて、妾が加わったからには八岐大王国(やまたのだいおうこく)の版図を広げてやろうぞ」

 「うむ、期待しておる。我の所領は今のところ、この八王子近辺のみであるからな」


 えっ!?


 「なんだ女中よ、思ったより所領が狭くて驚いておるのか? 心配いらぬ、これから爆発的な侵攻が始まるのだ」

 「いえ、所領なんてあったんですね。あたしはてっきりこの『酒処 七王子』だけだと思っていました」


 実は黄貴(こうき)様の部屋だけだと思っていたのは内緒だ。 


 「……ま、まあ、今までは人材確保を優先しておったのでな。これからなのだ、これから!」


 そうですねー、これからですねー、千里の道も一歩から!

 億万長者の道も一円玉貯金から!


 「うむ、妾の狐一族も続々と集まっておるぞ」


 チリンとお店の扉の鈴がなり、続々とお客さんたちがやってくる。

 おっ! みなさんカッコイイ美男子じゃありませんか!

 しかも、三角形のお耳ともふもふ尻尾!


 「讃美様! 新たなる頭領の黄貴(こうき)様! みな、この時を待っておりました!」

 「我々、狐一族の悲願の時!」

 「今宵こそは、あのまんまるのやつらとの雌雄を決しましょうぞ!」

 

 集まったおキツネさんたちが口々に勇ましい声をあげる。

 こんな事を言ってるけど、妖狐の道を選んだら、女の子に化けて男をたぶらかしちゃうんだー。

 雌雄を決しちゃうんだー、ぐへへ。


 「な、なあ鳥居殿。珠子殿が我らを見る目がいやらしい気がするのですが……」

 「コーン殿、心配無用ですぞ。あれは、歌舞伎の女形(おやま)をいやらしい目で見る庶民と同じ目であるからな」

 「全然大丈夫じゃないじゃないですか!!」

 

 自分があたしの脳内でどんな扱いを受けているかを想像したのか、コーンさんの顔が青ざめる。

 もう、失礼しちゃう。

 一応、あたしは”あやかし”とも関わっているけれど、人間であって、人間の世界のルールを守って平和に生きているのです。

 そして人間の世界のルール、日本国憲法には『内心の自由』が保障されているんですよ。

 げへへ。

 

◇◇◇◇


 「みな、よくぞ集まった! 今宵、隣の国立(くにたち)市の主と領土を賭けての決戦がここ『酒処 七王子』で執り行われるのである! 心してかかれ!」

 「「「おー!」」」


 黄貴(こうき)様の号令に合わせて、みんなが(とき)の声をあげる。 

 あたしも一歩おくれて「おー」と声をあげた。

 あまりやる気はない。

 だって、あたしは料理が専門で戦闘要員じゃないんですもの。


 「ちなみに、支配するとどうなるんですか?」


 この八王子近辺は黄貴(こうき)様の支配下にあるらしい。

 だけど、あたしはその影響を感じた事なんてない。

 昼は普通の町、夜はたまに”あやかし”と遭遇するけど、危険な目にあったことはない。

 それは都内の他の地域でもそう。

 大通りなら夜の女性のひとり歩きでも平和、それが日本。

 ありがとう! おまわりさん!

 

 「支配するとな……」

 「すると?」

 「街を歩くと『いよっ! 大将!』とか『今日は良い月だねぇ、ボス』とか『リーダー、今日は牛肉が安いよ』とか声をかけられるのだ!」


 うん、町内会長レベルですね。

 

 「珠子殿、殿はああいっておられるが、”あやかし”の荒事の仲裁や、悪事を働く余所者(よそもの)の排除などを行えるようになりまする」


 あたしの黄貴(こうき)様を見る目がどんどん温かくなるのを見て、鳥居様がフォローを入れる。


 「この八王子は妾たち狐の一族を中心に支配しておる。そして隣の国立は(たぬき)めの一族が支配しておるのじゃ。今日はその狸たちとリーダー”あやかし”がやってくるのじゃ」

 「その狸のリーダーって、四国の隠神刑部(いぬがみぎょうぶ)とか金長狸(きんちょうたぬき)とか有名な方ですか?」


 妖狐の筆頭に九尾の狐”玉藻の前”が上げられるように、狸にも強大な妖力(ちから)を持った狸が存在する。

 四国の隠神刑部(いぬがみぎょうぶ)とか金長狸(きんちょうたぬき)はその一例。


 「いや、狸のほとんどは豆狸(まめだ)でな、以前のリーダーは赤殿中(あかでんちゅう)であったのじゃが、数年前より強力なリーダーが加わったと聞いておる」


 赤殿中(あかでんちゅう)……それは赤い袖なしの半纏(はんてん)を着た子供の妖怪。

 道で遭遇すると『おぶって』とねだってくるのでおんぶすると……

 キャッキャと喜んで肩をトントン叩いてくれる狸の妖怪。

 ……かわいい。

 

 「「「「「ぽんぽこぽんぽん、ぽこぽこぽーん」」」」」」


 扉の向こうから声が聞こえてきた。

 察するにあれが国立市を支配している狸の一族とそのリーダーの声。


 「「「「たんたん、まめまめ、まめだぬきー」」」」


 声はどんどん大きくなり、扉の前で止まる。

 あれ、この中にどこかで聞いたような声があるような……


 「「「「ぽんぽこ、たぬきだ、ぽこぽこうぉーず」」」」


 扉が開かれ、狸の一団が入って来る。

 その中心で赤い半纏を着た狸を背負っていたのは、鬼畜メガ……もとい、


 「蒼明(そうめい)さん!?」

 「蒼明(そうめい)!?」

 「おや、狐のリーダーが代わったと聞きましたが、黄貴(こうき)兄さんでしたか。まあ、予想はしていましたが」クイッ


 眼鏡を白く光らせ、狸のお腹をもふもふと撫でながら蒼明(そうめい)さんはそう言ったのです。


◇◇◇◇


 3月の中旬、世間では寒さも和らぎ、春物の衣装へと着替える時期、この『酒処 七王子』では熱気が充満していた。

 テーブルを挟んで狐と狸の集団が火花を散らす。


 「なるほど、国立(くにたち)の狸どもが最近調子に乗っていると聞いたが、合点がいったぞ。まさかこの賢弟(けんてい)が後ろ盾についていたとは」

 「ふむ、八王子の女狐が虎の威を手に入れたと噂になっていましたが、それが偉兄(いけい)だったとは」クイッ


 そしてその中心にいるのは八岐大蛇(ヤマタノオロチ)のふたりの王子。


 「頼んだぞ! 黄貴(こうき)殿! あの狸のリーダーを打ち倒してたもれ!」

 「まかせておけ。王とは先頭に立って戦うものである」


 讃美さんに背中を押され、黄貴(こうき)様が大胆不敵に先頭に立つ。


 「お願いでんちゅ! 蒼明(そうめい)さん! 女狐のボスをたおちゅでんちゅ!」     

 「ええ、強き私は弱き者の盾となり(ほこ)となりましょう」クイッ


 赤殿中さんを背中に乗せ、蒼明(そうめい)さんが威風堂々と前に出る。

 ちょっ、一触即発の雰囲気。

 

 「それで、どうやって決着をつける。やはり総力戦か?」


 総力戦という言葉で狐たちの声が高まる。


 「ふむ、私と兄さんの代表戦で決着をつけようと思ったのですが、総力戦がお望みでしたか。まあ、私と兄さんの妖力(ちから)を鑑みるに理解できます。いいでしょう、可愛いたぬたぬたちを守り切りながらでも勝利など容易(たやす)いですから」クイッ


 蒼明(そうめい)さんの声を前に狸たちはその背中に隠れる。


 「蒼明(そうめい)さんは強いでんちゅ、絶対まけないでんちゅ!」


 ふたりの間で肥大化していく妖力(ちから)

 大変! このままじゃ狐狸(こり)妖怪大戦争が始まっちゃう! 

 というか、その前にあたしの城が危ない!


 「ちょ! ちょっとまったー!」


 あたしはふたりの間に割って入る。


 「女中は控えておれ。お前は戦いに参加する必要はない。勝利の美酒と美料理を用意しておればよい」

 「喧嘩なら表でやれという事ですか。まあ、理解できます」クィッ

 「そうじゃありません! なんでバトルで決着を着けようとするんんですか!? もっと平和的な戦いだってあるんじゃないですか! ”あやかし”らしい!」


 蒼明(そうめい)さんの眼鏡が光る。


 「ふむ女中、いや忠臣の忠告であれば耳を傾けるべきであろう。どうだ蒼明(そうめい)よ、ここは”あやかし”らしい別の方法で決着を着けては」

 「別の方法とは?」

 「狐と狸の伝統的な決着方法と言えばひとつしかあるまい。そう”化かし合い”だ」


 化かし合いという言葉に狐と狸の一団が盛り上がる。


 「そうだそうだ! あの狸どもより我らの方が上手く化けれるぞ!」

 「いやいや! 化かし合いなら狐よりポンポコが優れておる」


 なんだかちょっと楽しそう。


 「なるほど、一理あります。私も力で押さえつけるやり方は好きではありません。得意ではありますが」クィッ

  

 よかった、わかって頂けたみたい。

 急速にしぼんでいく蒼明(そうめい)さんの妖力(ちから)を感じて、あたしは胸をなでおろす。

 これであたしもあたしの城も安全。


 「ただし、ひとつだけ条件があります」クイッ

 「なんだ、申してみよ」

 「本来ならばこの戦は私がひとりで狸を勝利に導いていたはず。その方法を変えるなら、私と珠子さんで料理勝負させて下さい。珠子さんが勝てば”化かし合い”の変更に応じましょう。ただし、珠子さんが負けたなら戦で決着のままです」クイッ


 はい!?

 なんで、そこであたしが出て来るの!?

 しかも料理勝負!?


 「かまわぬ。これで成立であるな」

 「はい、そうですね」クイッ


 そう言ってあたしを見る蒼明(そうめい)さんの目はかなり真剣でした。


◇◇◇◇ 

 

 「なんだ女中よ。自信がないのか?」

 「自信はあります。負ける気もしません。でも、どうしてこうなったかがわからないですね」


 あたしの心に何かがひっかかってる。

 

 「それより料理対決の具体的な内容を決めましょう」クイッ

 「蒼明(そうめい)さんの得意な料理でいいですよ。プロの余裕ってものです」


 あたしは自信たっぷりに言う。


 「クッ……クククッ」

 「どうしました? 何かおかしい事いいましたか?」


 少し前かがみになって笑う蒼明(そうめい)さんの態度にあたしは少しムッとする。


 「いえいえ、橙依(とーい)くんのいうとお……」

 「蒼明(そうめい)!」


 珍しく黄貴(こうき)様が語気を荒げる。


 「……いえ、失言でした。勝負ですが『キツネ料理とタヌキ料理』でどうでしょう。私がキツネ料理を作り、あなたがタヌキ料理を作る。その出来栄えで勝負しましょう」

 「なるほど、お互いを喰うという意味ですね。いいでしょう、最高のタヌキ料理をご馳走します。それで審査員はどなたですか?」


 その時、『酒処 七王子』との居住エリアとの扉が開いた。


 「ういーっく、話は聞かせてもらったぜ」

 「あらま! 下が騒がしいと思ったら、何だか楽しそうな事をやってるじゃないの」

 「日常的な珠子さんの料理はおいしいけど、真剣勝負な珠子さんの料理も食べてみたいね」

 「……まかせて」

 「ボク、タヌキさん食べるの初めて」


 出て来たのは七王子のみなさん。

 

 「紫君(しーくん)、本物のキツネとタヌキは使いません。ですよね」クイッ

 「ええ、キツネ料理、タヌキ料理といっても油揚げや別の食材を使います」


 ジビエ料理にはキツネやタヌキを使った料理もあるけど、今日はそんな材料はない。

 あたしも作れない事はないけど、かなり大変なので避けたい。


 「あら、そうなの、残念ねぇ。まっ、審査の準備は万端だから安心してねっ」


 そう言って、藍蘭(らんらん)さんはテーブルに白い布をかけ、さらに自分たちにはナプキンを装備する。

 ご丁寧にテーブルに名札を立てて。

 みなさんノリノリですね。

 

 「それじゃ蒼明(そうめい)さん、勝負を始めるとしますか」


 あたしは割烹着の帯を締め、蒼明(そうめい)さんに向かい合う。


 「ええ、いずれ貴方とは決着を着けなくてはと思っていました。今こそ私の電子レンジが火を吹く時です!」


 お願いです、火は吹かないで下さい。


 「んじゃま! 勝負開始としゃれこもーかい! さあ! 調理スタートだ!」 


 緑乱(りょくらん)さんの合図で勝負が始まる。


 「橙依(とーい)くん! あれを!」


 開始と同時に蒼明(そうめい)さんが叫ぶ。


 「……はい」


 橙依(とーい)くんの横に黒い穴が開いて、中から白い箱が出て来る。


 「蒼明(そうめい)さん、それは!?」

 「マイ電子レンジです。あなたがマイ包丁を持っているのと同じですよ」クイッ


 ヤバい、蒼明(そうめい)さんはあたしの想像以上のマジもんでした。

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